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第十一話 稲刈り休み

 フレティア王国国民の主食は米と小麦である。両方とも建国以前の大陸からの侵略と同時期に、大陸から渡って来たものである。建国以前は水辺の水利が良い部族であれば米、水利が良くない、または水利が良くとも土壌などの問題がある部族は麦、というように部族ごとに違いがあった。


 こういった状況が変わったのは建国後である。建国者イライアス・ケンドリックとその周りの部族の土地は水利に恵まれ大多数が米作を行っていた。このことから、フレティア王国の有力者たちは小麦よりも米を好むようになり、貴族制が普及しだしてからは「米は貴族の食べ物、小麦は庶民の食べ物」と言われるようになり始めた。


 米は都市部で珍重されたため、それまで稲作が行われていた農村部では、米は一種の換金作物として栽培されるようになり、農民の口に入ることはほとんどなくなった。なら農民は、何を食べていたのかというと、それこそ換金価値のない小麦や、燕麦、高粱、蕎麦などの雑穀を合間に作ったり購入したりして、食べていたのである。







 フレティア歴 274年 10月4日

 フレティア王国 ポート・ヴァール フォード名誉子爵邸 研究農地


「10月4日 晴れ 育苗法いくびょうほうは穂が黄金色となり垂れ下がって収穫期を迎えたと判断しこれから収穫を行う。なお、直播法ちょくはんほうについては生育にムラがあるため収穫期を迎えたと判断したものから順次収穫を行う。……よし」


 待ちに待った収穫だ。この稲たちのおかげで色々と大変な目には会ったが、その分収穫となると喜びもひとしおだ。


「いやぁ、それにしても最終的にここまで違うものだとは思いませんでしたよ、やはり私達の目に間違いはなかった。そう思いませんか、子爵?」


「はぁ……。私は父と違い、こういった農業や植物に関しては門外漢で、唯一わかるのは木の種類ぐらいなもので……。そんなに素晴らしいものなのですかな?」


「何を言ってるんですか子爵!この栽培方法の素晴らしいところはですね…………」


 なにやら後ろの方で、父にデレクさんが講釈を垂れ始めた。父が自分で言った通り父は材木商人、ひいては商人としては非常に優秀で文句の付け所がないが、それ以外のこととなると、へたれで甘い父親だと私はそう思う。


 私は今着ている服の袖を捲ると、グレックが用意してくれた少し小さめの鎌を持ち意気揚々と、田んぼに足を踏み入れる。やはり、最後の稲刈りくらいは、少しでもいいので自分でやってみたいものだ。父はこのことについて渋い顔を押したが、デレクさんとグレックが助け舟を出してくれたおかげで、「まぁ、少しだけなら」と了解してくれた。


 困ったのは、このやりとりを見ていたニコラが「私もウィルと一緒にやりたい!」と、駄々をこね始めたことだ。私や父、そしてグレックも反対したのだがデレクさんは「別に貴族の娘というわけではありません、ただの平民の娘です。怪我さえしなければやらせても問題ないでしょう」と、言ってしまったため、仕方なく、稲刈りをやらせることにした。


 そして今日は、私たちの他にも農業の経験のある使用人が何人か手伝いに来てくれている。狭い田とはいえ稲刈りは重労働である。それに稲を乾燥させるための稲架掛はさがけという木の棒を組まなければならない、どれもめんどくさい作業なのでさっさとやってしまおうとグレックが収穫のお披露目も兼ねて使用人を呼んできたのだ。


 そしていよいよ稲刈りが始まろうとしている。私はニコラと一緒に田んぼの隅の稲に鎌を入れる。


 「それではウィル様にニコラ様、鎌をしっかり持ちましたかな?収穫を始めますぞ。くれぐれも自分を切らないように注意してくだされ」


「わかってるよ、グレック」


「わかってるよ~」


 私とニコラはグレックに返事をしつつ、稲を刈り取る。籾がこぼれ落ちそうなくらいにたわわに実っている。自然と笑みが浮かぶ、そんな私を見て、ニコラもグレックも嬉しそうだ。私達は稲刈りの作業を続けているとグレックから声がかかる。


「ウィル様、ニコラ様、ありがとうございます。後は我々に任せてください」


 まぁ、子供に農作業をさせても邪魔になるだけだろうし、私達は邪魔にならないように、刈った稲を括ってまとめる作業を端の方でやることにした。


 そして、稲刈りの半分ほどが終わった頃に屋敷の方から聞き慣れた声がした。


「お~い、ウィル様。お昼にしませんか~」


 見るとラッセルと二人のメイドが荷物を抱えてこちらに向かってくる。ラッセルは籐で編まれた大きな箱を二つ、右のメイドは大きな薬缶と食器が入っているだろう籠を提げている、そして左のメイドは大きな筵を抱えている。その様子を皆が気づくと、デレクの講釈から逃げ出す好機だとでも思ったのだろう、父が作業をする私たちに向かって大きな声で叫んだ。


「ウィル、ラッセルが食事の用意をしてくれた!早く手を洗ってこっちに来なさい。グレックたちも食べよう、こっちに来い」


 普段から使用人との関係にはおおらかな我が家であるが、一緒に食事を取るのは珍しいことだ。恐らく外での食事とデレクさんの退屈な講釈が招いた結果だろう。


 使用人達は作業の手を止め父に向かって恭しく一例すると、水路で手を洗い父達のの方に歩いていく。私とニコラもそれに習いグレックの手を借りながら水路で手を洗うと父達の元に走っていく。


 ラッセルが作ってきてくれた料理は空腹と相まってとても美味しく感じた。私達に気を利かしてか塩の効いたご飯に魚のほぐし身やミュル(フレティアの大豆を発酵させた味噌のようなもの)をいれて握ったおにぎりに、葉野菜を卵でとじたものに野菜の煮染めなど決して豪勢ではないが疲れた体に染み渡るような食べ物ばかりだった。持ってきてくれたお茶も、いつものハーブティーのような香りのいいお茶ではなく、香ばしくよく冷えた麦茶で、これがまた持ってきてくれた料理によくあった。


 私がラッセルの料理に舌鼓を打っていると、おにぎりを持ったデレクさんが、真剣な表情で私の隣に腰を下ろしつつ、私に向かって話しかけてきた。


「どうですか、成果のほどは?思っていた異常でしょう」


 そんな急に話しかけのいで欲しい。こっちはまだ食事中だ。私は口の中のものを急いで咀嚼し、手元のお茶で飲み下す。


「んぐ……、はい、思っていた以上です。ざっと見た感じですが直播法ちょくはんほうに比べて1.3倍程の収量差があるように思えます。せいぜい一割くらいだと思っていました」


 私の言葉を聞いたデレクさんは満足気だ。


「私の言ったとおりでしょう、ウィル君。君は自分のやっていることを、過小評価するきらいがある。もっと自信を持ちなさい。ところで、私が送ったルーペは役に立ちましたか?」


「はい、とても役に立ちました。どうしても稲の花なんかを観察するには肉眼では少し見づらいですから」


「それは良かった。西の都市国家連合から取り寄せたかいがありました」


 あのルーペは、そんなに貴重な物だったのか、大事にしよう。


「そんな貴重な物をわざわざ、ありがとうございました」


「いえいえ、そんな大したものではありませんよ。馬に関する技術者に比べればね。私と子爵はこのことについて、詰めなければならないので、午後からは屋敷の方に行きますので、娘をよろしくお願いします」


 ああ、やっぱり皮肉で返してきたよ、この人は。やっぱりこういうとこがあるから、好きになれないんだよなぁ。


「わかりました。それでは、技術者の方をよろしくお願いします」


「まぁ、何とかしてみますよ」


 デレクさんは私の言葉に答えると、食事を終えていた父と二、三言葉を交わすと父と一緒に屋敷の方に歩いて行った。


 ……最近思うのだが、あの二人は傍から見れば、怪しい関係に見えるのではないだろうか。よく二人でいる所を遠目から赤い顔で眺めるメイド達を目撃するようになった。彼女たちはそういう妄想が好きな前世の世界にもいた゛腐女子゛というやつでは……。これ以上考えるのはやめよう、食事が不味くなりそうだ。


 丁度、ほかの使用人たちも食事が終わり、作業に戻ろうとしている。だが、先程まで私の隣で食事をしていたニコラは、慣れない作業で疲れたのだろう、うつらうつらといった様子で船を漕いでいる。仕方がないので、ニコラを料理を持ってきたメイドの一人に任せると、私は一人で田んぼに向かった。




 私が最後の稲の束を稲架掛けにかけると、西の空は少し赤みがかっていた。稲刈りの作業は日が暮れる前に、終わらせることが出来た。後はこれを一、二週間乾燥させれば出来上がりだ。問題は直播法ちょくはんほうだが、これも収穫時期を迎えたものから順に、稲架掛けにかけていこう。


 それと最後にグレックにあの道具は作れそうだったか聞いてみよう。


「グレック、この前言っていたあれって作れそうかな?」


「あぁ、あれですか。歯の部分を堅い木か鉄にしないといけませんが、おそらく出来るでしょう。稲が乾燥するまでには、器用な者に言って作らせておきますよ」


「本当に!ありがとう。助かるよ」


 農法は確立し始め、農具も性能の良いものが作れそうだ。これが広まっていけば、この国の農業生産は倍化するかもしれない。


 デレクさんが言っていたように、私がやっていることは、この国の農業を変えれるかも知れない。私は今までの疑問が確信に変わって行くのを感じた。


 


タイトルの通り何処か牧歌的な話でした。


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