第十話 人の恋路を……
フレティア王国の主要の一つ産業である林業は フレティア中央山脈の裾野に広がる、森林の恵みのたま賜物である。
フレティアの長耳族達は、これを切り出し住居や道具等様々なものに加工している。王国もこの資源を保護するため、管理する村をそれぞれ定め、伐採の本数を管理し、植林の義務化や、山火事を防ぐため、山での火の使用の制限などを定めている。
だが、こういった手厚い保護も、次第に形骸化しつつあり、この森林の恵みが消え去ってしまうのも、時間の問題となっている。
フレティア歴 274年 8月8日
フレティア王国 ポート・ヴァール フォード名誉子爵邸
前回の騒動から二ヶ月が経った。私の生活は特に変わってはいない。変わったことといえば父が商会の経営について私に助言を求めに来ることくらいだ。助言といっても私の本職は官吏であったので大した助言をすることができなかった。だが、それでも父は何故か満足気な顔をするのであった。
父は前回の騒動から屋敷で仕事をする頻度を週に2日から3日に増やし、私と話す機会を増やしてくれている。今日も私は稲の成長記録を付けた後に父の書斎に呼ばれている。
私はいつもどおり父の書斎に着くとノックをした後、返事を待って中に入る。椅子に座る父を見ると今日は様子が少しおかしい、いつもであればニコニコとまではいかないまでも機嫌よく私を迎えてくれるはずだ。その父が難しい顔をしたまま手元の書類に目を通している。
すこし聞いてみようか……。
「父上、何か不都合なことでもありましたか?」
父は書類から目を離すことなく私の質問に答える。
「実はな、少し面倒事を押し付けられてなそれの対応に苦慮しているわけだ。まったくどこかの馬鹿にせいで私達が……」
聞いて失敗した。話の内容のほとんどが愚痴かそれに近いものであった。重要なところだけをかいつまんで言うと。
ヴァールの北にある山の一部の管理を任されていた村が飢饉のため食糧を買う金を工面するため大木も若木もなにもなくほとんどの木を伐採してしまい、山を禿山にしてしまったらしい。元々山の管理が杜撰な村だったらしくこういったことは今まで何度かあったようだ。このことを重く受け止めた王国は、木材の買付けの大手であるフォード商会なら何とかするだろうと我々に僅かな金子渡し、山の管理の監督をするように言ってきたらしい。
確かに、父が愚痴の一つでも言いたくなる様な面倒事だ。一通り話を聞いたあと父は思い出したよう机からに身を乗り出して私に問い詰める。
「ウィル、お前こういう時に役立つような知識を持っていないか?」
この父は息子をなんだと思っているんだ。まぁいい、禿山の利用といえばどんなものがあったかな……。
「どんな使い方をしてもいいんですか?」
「使い方は指定されていないな」
使い方はなにも言われていないのか……。問題は多いがあれが出来ないことはないかもな。
「牧を作ってみてはどうですか?」
父は私の言葉が理解できないといった様子で聞き返してくる。
「牧……?牧というと?」
「牧とは馬や牛などの家畜を育てる場所です。今回は馬を育てるのに特化した牧を作りたいと考えます」
馬という言葉に父は驚く。
「フレティアでも馬を繁殖できるのか」
「さぁ?わかりません。ですが、適切な技術の導入ができれば飼育することは難しくないでしょう。現に大陸出身の馬がフレティア中を走り回っているんですから」
父は私の言葉に今までの期待に満ちた表情を崩しつつ私に語りかける。
「ウィルよ、大体こういうことは誰かがやろうとしたことかやったことなんだ。それが広まっていないということはやろうとした連中が諦めてやった連中が失敗したということなんだよ……」
「父上、いい事をいいますね。ですが、そうやって失敗を恐れていては新しい商売の機会は巡ってきませんよ。幸い私達は今まで諦めたり失敗した連中よりも金も人脈も土地も多く持っていると思いますが」
私の問いかけがそんなに難しかったのか父は深く考えると、私にいくつかの質問をする。
「牧の整備に必要なものは?」
「金と土地、馬のつがいが何組かそして一番重要なのは繁殖についての知識を持った人材でしょう、私達は金と土地については解決したも同然です。馬と人材はリンメル商会の伝手でなんとかなりませんか?あの方は私たちを散々利用しているのですから我々も利用しなくては」
「この事業の利点は?」
「この事業が成功すればすぐには無理ですがこの国で馬を自給することができます。これは、これからの改革にも関係する謂わば国益的なものでしょう。そしてフォード商会としてもこの国唯一の馬の生産から販売までができる商会として主導権を握れるでしょう。そしてなによりフレティアからの奴隷輸出が減るかもしれません」
「よろしい、では欠点は?」
「やはり、父上の言ったように失敗の可能性が大きいことでしょうか、人材も集まるかわかりませんし。それに生き物だけあって利益が出るまでに長い投資が必要でしょう。まぁ、これについては林業も大して変わりありませんが」
質問が終わると父は瞑目して考えを巡らしているようだ。まぁ、些か投機的な事業であるがやってみる価値はあるだろう。もし、大陸諸国と事を構えるならば馬の自給は必要だろう。それに列挙した利点も含め、なにより馬は可愛い。
前世では生まれが田舎だったので馬はよく見たことがある。西日本なのでその頻度は牛には劣るが、近所のおじさんが山から木を切り出してそれを運ぶのに使っていた。幼い時、何度か撫でさせてもらったり、乗せてもらったりしたが、つぶらな瞳にブラシを掛けてやると気持ちよさそうに目をトロンとする様は、幼いながらに可愛いと思ったものだ。もっとも、年を重ねるにつれ馬への興味は薄れていったが……。
そんなことを考えていると父は考えが纏まったのだろう、目を開いて言葉を発する。
「よし、とりあえずやってみよう。だが、実行までの段階で何かしらの問題があるようならば事業からは撤退する。」
妥当な判断だと思う、できないと分かってズルズルと金をドブに捨て続けるよりは幾分かましだ。うちだって金持ちとはいえ金は有限なのだ。
「そうと決まれば、人材の確保から始めたいですね。デレクさんはいつ頃、ヴァールに帰ってくるのでしょうか?」
デレクさんは今、王都の引き継ぎや新店の人員確保のために一時王都に帰っている。内心は一生帰ってくるなと言ってやりたいが、そうも言ってられない。
「彼は、そうだな……。今月中には帰ってくるとは言っていたな、そういえばお前に土産を用意していると言っていたぞ。楽しみにしておけ」
父はそんな事を言って笑っているがあの人の土産なんか怖くて楽しみになどできるわけがない。どうせ、また面倒事に決まっている。
「お前が何を考えているか知らんが彼はあれで義理堅いやつだぞ。あまり変なもの持ってくることはないと思うぞ」
そんな事を言い合っていると扉をノックする音が聞こえた。父は「空いている」と一言告げると、恐る恐るといった様子で扉が開く、扉の隙間からちょこりと青髪の女の子が顔をのぞかせる。
「ウィル、お話終わった?」
ニコラだ。ニコラはデレクさんが王都に帰る時にうちに預けられている。デレクさん曰く「幼い体に長旅は堪えるでしょう。どうせ、もう一度帰ってくるんです。それに、ニコラはウィル君のことも気に入っているようですし」とのことである。
私は父に目配せすると父は笑顔で大きく頷いた。もう話したいことは終わったようだ。私はニコラの方を向くと大きく笑顔で頷いた。
「今日は何をして遊ぶんだいニコラ」
「うーんと、今日はウィルに本を読んでもらう」
「それじゃあ、書庫に行こうか。それでは父上失礼します」
父は部屋を後にする私たちの背中を笑顔で見送ってくれいた。だが、その瞳は心なしか遠いところを見ているようだった。
昔の農家はいろいろな動物を家で飼ってたようです。祖父の生家も農耕用の牛や現金収入を得るために豚や鶏、兎、狸を飼っていたようです。
狸……。
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