第19話 奴隷商人の馬車
今更ですが、姫様の本名はアリシアですが
変装中は偽名のアリーシャと明は呼びます
「よし、まだ腐っていない」
僕はイーヴァから出て『ワープ』で再び先ほどの場所に戻り、ブレードベアの死体を回収した
アイテムボックスには生物は入れられないが、死体なら入れることができる
蝿が集りはじめていた死体もあったが、アイテムボックスに入れると蝿の卵、幼虫、成虫ははね除けられてしまう
僕は4頭分の死体と手首を1つ回収すると、アリーシャさんを助けた場所へと向かう
もちろんその前に、ここに設置しておいたマーカーポイントを消去しておくのも忘れない
もうここにワープすることがあるとは思えないからだ
ちなみに、マーカーポイントは直接視認できる場所からでないと、設置も消去もできない
これはパーティ登録と解除も同じで、実際に相手を見なければならない
だからうっかりアリーシャさんの登録を解除し忘れたせいで、さっきのワープの際
『ポイント3に移動します
アリシアも移動させますか?』
と頭の中の声で確認され、思わず同意しそうになって、あわてて中断したのだ
まあ、1度対象から外すと次からはデフォルトで外しっぱなしになるから
うっかり姫様誘拐事件にはならないだろうが
「…あれ?
何か引っかかってる感じがする…」
ふと、頭に浮かんだもやもやした感じに戸惑いつつも、僕は一番の大物を回収しに山道を登って行った
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「よし、回収終わり
…しかし本当に大物だったな、よく勝てたなぁ」
僕は最後の獲物をアイテムボックスに仕舞うと、ひとまず休憩することにした
『ワープ』で即帰ってもいいのだが、2回のワープ、マーカー設置、『復活』『メガヒール』という上級回復魔法を含めた回復魔法の連打、おまけにクラスチェンジまでしたため、MPをかなり消費してしまったのだ
そのMPは回復の腕輪(スターハ村で手に入れたミスリルの腕輪)で、自動回復するので
僕は休憩しつつ、さっきの疑問を考えることにした
「しかし本当に僕はブレードベアと縁があるなぁ」
この国に転生することになった理由の1つは、スターハ村がブレードベアに襲われたからだし
今の装備もブレードベア素材のものが多い
「ブレードベアって、あまり縄張りから出ないはずなのに、山を越えてスターハ村まで来たんだったかな
本来は群れを作らない動物なのに、さっきは何匹もいたし…って、そういうことかっ!」
群れを作らず、縄張りから出ないはずのブレードベアが、6匹もいたのはなぜか
それは熊寄せのフェロモンを使ったからだ
そしてフェロモンは少量でも効果は絶大で、しかも持続する
つまり、この辺りにはしばらくの間、ブレードベアが集まって来るということだ
「まずい、嫌な予感がする」
僕は、急いで今来た道を下り始めた
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「やっぱりかっ!」
僕が旧街道に出ると、悲鳴と戦いの音が聞こえる
「なんでみんな旧街道を通るんだよ」
急いでその場所に向かった僕の目に飛び込んだのは、3頭のブレードベアに囲まれている馬車だった
「3頭か、ならいけるかな
護衛の人もいるみたいだし
しかし変な形の馬車だな」
その馬車は4頭の馬が引く大型の馬車で、列車のように2台が連結している
問題は前の車両で、窓に鉄格子がはまっていて、まるで牢屋のようだ
「冒険者です、助太刀します」
数時間前と同じセリフを言い、同じように参戦する
結果も似たようなもので、僕が1頭を倒し、護衛の人たちがもう1頭を倒す
しかし、残った1頭が後方の車両の壁を壊すと、中に入り込んでしまったのだ
「いけないっ!
中に人はいますかっ!?」
「大丈夫です、後ろの車は食料と服がメインで人は乗っていません」
「そうですか、ならば…
どうしましょう?」
おそらく食料に引かれたのが理由だろうから、満腹になれば出てくるだろうが
食料を食い荒らされるか、服などが血で汚れる覚悟で中で倒すかの2択である
「…食料よりも服の方が大事です
冒険者殿、できれば外で倒してください
皆は被害状況を調べてください」
馬車から商人らしき人が出てきて僕に頼みこむ
おそらくこの商隊の主だろう
「わかりました」
数分後、満腹になって出てきたブレードベアをあっさり倒し、アイテムボックスに収納する
商人や護衛の人たちが驚いているが、さすがにもう慣れた
「…で、この道を通っていたということは、イーヴァに向かっていたということですよね?」
「はい、実は私達は奴隷を扱っていまして
イーヴァに急ぎの用がありまして…」
「急ぎの用?」
この人たちは、ジェイス様の婚約で人が集まるという情報を手に入れ、急いで奴隷たちを引き連れてイーヴァに向かっていたらしい
確かに貴族の婚約なので、貴族や裕福な人が集まり、奴隷の需要も増えるのだろう
「…なるほど、貴族の婚約って凄いんだな」
そこに、被害を調べていた人がやって来ると、商人に耳打ちをしだした
「…なんと、そこまでの被害が出たのですか
いや、贅沢は言いますまい
命あっての物種ですから」
「しかし、どうしますか?
奴隷が売れれば良いのですが、服も食料もかなりの被害を受けています
このままでは商品として価値が下がってしまいます」
(商品…)
思わず顔をしかめる僕だが、怒るわけにはいかない
この世界では、地球と違って奴隷制度は合法だからだ
「そうだ、冒険者殿
ブレードベアをあっさりと倒し、アイテムボックスまで使える冒険者殿は、さぞや名のある方と見ました
うちの奴隷を買って頂けませんか?
特別にお安くしますよ」
(ふぅん、そういうことか)
彼らの考えは理解できる
奴隷には経費がかかるのだ
痩せたり太ったりすると買い手がつかないか、安く買い叩かれるだろうから、食事管理は重要だし
客の前では着飾る必要もあるだろう
しかし、ブレードベアのせいで食料も服も台無しにされたし、馬車も損傷した
ならば多少安く売ってでも経費を抑えようとしているのだろう
「いえ、僕は冒険者です
貴族の方が買うような奴隷はちょっと…」
「ああ、それなら大丈夫です
今回の奴隷には獣人も混じってますし
皆祝福を受けてすぐの若い娘ばかりです
相方にするも良し、性奴隷にするも良しのお買い得商品ばかりですよ」
(お買い得商品……)
ここぞとばかりにセールストークを始める商品だが、逆効果だと気づいていないのだろうか?
(しかも性奴隷って…)
もちろん僕は若く健康な男なので、『そういうこと』に興味がないと言えば嘘になる
しかし『そういうこと』は愛し合う男女の間でするべきであると思っている
「ありがたいお話ですが」
「まあ、減るものではありませんし、馬車の準備が整うまで見るだけでもどうでしょうか
触るまでならただですよ
それ以上は有料ですが」
上手いことを言ったつもりか、商人が笑う
「馬車の準備?」
「ああ、これからイーヴァに向かうのですが
助けていただいたお礼に冒険者殿をお乗せしようかと思いまして」
(ちゃっかりしてるなあ)
僕に護衛をやらせるつもりらしい
しかも無料で
まあ、そのくらいでなければ商人として大成しないのだろうが
「……わかりました
見るだけは見てみます」
根負けして僕は牢屋のような車両に入る
正直若い女の子には興味がある
まして貴族の眼鏡にかなう娘なら尚更だ
「……ひどいな
想像以上だ」
確かに馬車の中の奴隷たちは可愛い
しかし全員が生気のない目で、膝を抱えて座っている
腰に剣を下げた僕が入って来ても、視線を向けるだけで無関心である
「生きる気力がないのかな…
やるせないな…
…えっ!?」
僕の目に床に寝そべっている少女が飛び込んできた
15〜6歳くらいのまだあどけなさの残る少女
茶色の髪を肩まで伸ばしていて、頭の上に白い兎の耳がある、兎族の獣人だ
しかし、それよりも気になったのは、後ろ手に手錠をはめられ、足枷と猿轡までつけられ、起き上がることさえ許されていないところだった
次回タイトル予告
兎族の少女
用語解説
プライムガルド王国
この世界の国の1つでその名の通り王政をしいている
王位継承権は庶子を除く現王の長子から順にあり、男女の区別はないため、現在の1位はリリアーナという姫が持つ(ルーファスとアリシアの姉)
産業は農業、漁業、酪農でドワーフも多いため、武具や細工物も名産品である
また、国内の至るところに迷宮があり、冒険者たちが入って宝を持ち帰り、それも流通している
厳格な身分制度があり
王族、貴族の下に平民がいて、さらにその下に奴隷がいる
また、亜人は貴族以上になれないという法律もあるが、差別という認識はなく、当の亜人たちも疑問に思っていない
ここ200年ほど平和が続いているが、最近隣国との間がきな臭くなっているらしい