後編
次に目覚めたのは知らない天井と部屋だった。だけど人には覚えがあった。
ここはクヴェルテュール伯爵邸だった。
もしかして彼に会える?!と期待したが屋敷にいたのは父伯爵と見知りの使用人だけだった。
レブリック様の部屋の中は片付けられたベッドと机、クローゼットくらいしかめぼしいものはなく彼の痕跡を残すものもなかった。
使用人の話では元々少なかったが荷物を持ちだされた後なので何も残っていない。彼は籍だけを残してメルクルディール侯爵家に住んでいるらしい。
カストルとアルペナの部屋も見たがこれでもかと荷物が置かれていて彼との差に吐き気がした。
カストルは前の婚約者に貢がせて交流費を着服し自分が欲しいものを買って遊んでいたらしい。
わたしの時も同じことをしていたからドレスもアクセサリーも贈れなかったのだろう。伯爵家なのに体裁すらとらないなんてありえないもの。
アルペナの部屋はやたらとファンシーで顔に合っていないなと思った。
部屋の端にぐちゃぐちゃに固まっているものを見ればわたしがレブリック様に贈った誕生日プレゼントが雑に転がっていた。
あの時はこれがレブリック様に似合うと思って贈ったけど今見ると安っぽくて伯爵令息には似合わなかった。子供のお金で買えるような安物だ。
レブリック様が買ってくれたプレゼントに比べたら十分の一にも満たないだろう。
一瞬気に食わなくてレブリック様がアルペナにいらないと押しつけたのかと思ったけど彼はそんなことしないはずだ。きっとアルペナが奪ったのだろう。
可愛いものが好きらしい彼女が気に入るはずもないものをレブリック様から奪って悦に浸っていたのだ。
だってあの双子はレブリック様の嫌がることばかりしていたもの。
―――わたしもあいつらと同じね。
双子と並べられて途轍もなく嫌な気分になったが否定できるほどわたしがしてきたことを正当化できなくなっていた。
カストルとアルペナの荷物は元婚約者への慰謝料として換金されるらしい。
わたし宛じゃないのが悔しいが慰謝料を踏み倒そうとしていたみたいだからいいざまだと思った。
一階に降りて応接室に入ると伯爵が待っていた。見ないうちに皺が深くなり白髪も増えやつれてしまったように思う。
だがわたしも似たようなものか。
鏡に映ったわたしは父に似た青年に変わっていた。女装なんてしたら道化師と間違われるくらい似合わない骨格と顔をしている平凡な青年だ。身長だって低い。これが少女の言っていた罰なのだろう。
「キミはブリジット・サルマージュ嬢でよかったか?」
「ぁ…あ゛ぁ゛」
うまく言葉が紡げない。声もしゃがれるどころか喉が潰れているみたいだ。
伯爵が使用人に命じて筆記具を持ってくるとそこに書いて返した。
それを確認してから伯爵は寝ていた間のことを教えてくれた。サルマージュ子爵家は少女が言った通り没落した。
ただ王命に逆らったとして子爵家三人が毒杯をあおり使用人が縛り首になったと聞き目を見開いた。サルマージュ家に子供はわたし一人だけだ。
「恐らくレブ…の嫌がらせだろう。すまないな、こんなことになって」
彼は何を言ってるんだろう。と眉を寄せた。
レブリック様がわたしに嫌がらせをするはずがないじゃない。
少女はわたしの自業自得だと言っていた。そしてわたしはいろんな約束事を破った。
死んでもおかしくなかったのにレブリック様が生きていてほしいと言ってくれたからここにいるんだ。
女が男になって、喋ることもできなくなったけど少なくともクヴェルテュール伯爵に謝られる筋合いはない。
腹が立ち苛々するので早く本題に入ってしまおうと思った。
『なぜわたしはこの屋敷にいるんですか?』
そう紙に書き彼に向けた。
「ああ。引き取らされたんだ。私の教育がなってないから子供がバカに育ったと。教育したのは亡き妻と家庭教師だというのに。
はぁ。恐らくキミを教育し直して後継ぎにしろと仰せなのだろう」
『わたしがクヴェルテュール伯爵家の跡継ぎですか?もっと相応しい直系の方がいるのでは?』
「レブ…ああもう鬱陶しい。アレでいいなアレで。アレのせいで今やクヴェルテュール伯爵家は風前の灯火だ。アレがちゃんと役目を熟さないからこんなことになったんだ。
アレがちゃんと従順に従っていれば側近になれていたしカストルやアルペナもあんなことにはならなかった。第二王子殿下やコールスマン侯爵令嬢も仲良くご成婚されていたはずだ」
さもレブリック様のせいですべてがおかしくなり破滅したような言い方をする伯爵にイラッとしてペンを強く握った。
「そのくせ風向きが悪いとわかるや否やメルクルディール侯爵家に侍って擁護してもらいやがった。
籍は残すが跡を継ぐつもりはない。家にも住まない。親のために働きもしない。
だったら平民に落ちて一人で生きてみろと言うんだ!!私の金で育ったくせに文句ばかり並べやがって!
あんなクソガキ、女のうちに娼館にでも売り払ってやればよかった!!」
伯爵が吐き捨てるのと同時に目の前が真っ赤に染まり、気づいたらペンを持ってる手が真っ赤に染まっていた。
目の前には目を手で押さえ至るところから血を流す伯爵がいて少しだけスッとする。
「子爵家の分際でっいや没落した平民の分際で生意気だ!殺してやる!!」
「おやめください旦那様!彼女、いえ彼を受け入れなければクヴェルテュール伯爵家は男爵位まで落ちるか爵位の返上しなければならないと言われたではありませんか!」
「なら鞭を持ってこい!痛めつけて誰が主人かわからせてやる!」
「いけません!定期的に王家から監査が来ると言われています!もし今以上の傷や死んだとなれば間違いなく旦那様が疑われます!
我々が手を下しても命じたのは旦那様だと見るからそのつもりでいるようにとメルクルディール侯爵が仰っておりました!!」
執事の必死の訴えで伯爵は真っ赤になった顔のまま「クソックソッ!」と物に当たると手当てのためにその場を後にした。
伯爵は眼球が傷つけられ眼帯生活を余儀なくされた。医者の話では失明ではないが視野が狭くなりぼやけた世界しか見えなくなるだろうとのこと。
そこまでしてもブリジットに大きな罰は与えられなかった。
跡継ぎの話もなかったことになったので使用人に落とされたが別に構わない。監査官に正直に答えるだけだから。
レブリック様は何も悪くなかった。
悪かったのは彼の家族だ。
こいつらがレブリック様を守らなかったから第二王子とコールスマン侯爵令嬢に目をつけられとんでもない負担を強いられてきたのだ。
その余波でわたしはレブリック様との婚約を失ってしまった。
伯爵がレブリック様が女性に変えられた時にしっかりと王家に陳情すればよかったのだ。
だって実の息子が女性の姿に変えられ侯爵令嬢に女装を強いられ第二王子に娼婦のように扱われたのだ。怒らないほうがおかしい。
少なくとも子爵家よりは言葉が響いたはずだし、箝口令が敷かれていたなら第二王子への牽制もできたはずだ。
それらをしてこなかったのにレブリック様をアレだと見下し責めるなんて許せない。
子爵家に婚約を保持させながらレブリック様に嘘をつかせ続けていたのが許せない。
そんな資格伯爵にはいはずだ。
なぜレブリック様のいないこの家にわたしを放ったのかわからなかったけど、きっとレブリック様の代わりにあの父親へ天誅を下だせと言っているんだろう。
伯爵は老害だ。生きている価値もない。実の父親なのにあのお優しいレブリック様を貶しあるべき将来を捻じ曲げたのだ。
わたしだって彼と結婚できたかもしれなかったのに。
許せない。絶対に許せない。
必ず、あの男に天誅をくだしてやる。
読んでいただきありがとうございました。
予定とは違った形になってしまった…。




