表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/20

港の朝は、魚と猫と怒鳴り声で始まる

潮鳴町の一日は、魚の匂いと漁師たちの怒鳴り声で幕を開ける。野良猫みゅいは、魚屋の源さんとの絶妙な攻防を繰り広げながら、今日もちゃっかり魚を“調達”する。だが、いつもの平和な朝の裏で、にこにこ笑う茶白猫シャケヤンが静かに姿を現す。猫社会を揺るがす騒動は、まだ誰にも気づかれない小さな違和感から始まっていた。。。のです。

潮鳴町の朝は、目覚まし時計より先に漁師たちの活気ある声で始まる。


「上げろ上げろ! 今朝のアジは跳ねがいいぞ!」

「サバ、箱こっちだ! 氷足りねぇ、早くしろ!」


 まだ太陽が海の端から顔を出す前、漁港の岸壁には銀色の魚が次々と並べられていく。

濡れたコンクリートに氷水が流れ、木箱がぶつかる乾いた音と、カモメのぎゃあぎゃあ鳴く声が混ざっていた。

 その騒ぎを、魚市場の屋根の上から見下ろしている猫がいた。

 灰色と白のまだら模様。尻尾の先だけ白い。丸い目を半分だけ開けた野良猫、みゅいである。


「今日の大地、動きが遅い。昨日より眠そう。つまり、魚箱の見張りが甘い」


 みゅいは小さく鼻を鳴らした。

 せり場では、漁師たちと買い手の声が飛び交っている。


「このアジ、身が厚いぞ! トロで三千五百!」

「四千!」

「四千二百!」

「源さん、どうする!」


 魚屋の源さんが、白い前掛けを揺らして腕を組んだ。


「五千! うちの客に半端な魚は出せねぇんだよ!」

「出たよ、源さんの見栄っ張り値段!」

「うるせぇ! 魚を見る目ってのはな、金じゃねぇ、意地だ!」


 人間たちは笑い、魚は氷の上で朝日に光りはじめる。みゅいには、せりの細かい数字などどうでもよかった。重要なのは、源さんがいい魚を競り落とした日ほど、切れ端も上等になるという事実である。


 やがて源さんは、買い取った魚を台車に積んで朝市通りの店へ戻った。みゅいは屋根から塀へ、塀から木箱へ、音もなく移動する。足裏に残る朝露の冷たさが気持ちいい。

 源さんの店先には、もう客が集まっていた。


「源さん、今日は何がいい?」

「アジだな。目が違う。見ろ、この腹!」


 源さんが包丁を握る。まな板に魚が乗る。その瞬間、みゅいは店先へするりと現れた。

「みゃ」


 源さんの眉がぴくりと動く。

「出たな、泥棒猫」


 みゅいは前足をそろえ、首を三十二度傾けた。観光客なら三秒で陥落する角度である。

「みゃあ……」

「だめだ。今日はやらねぇ」


 そう言いながら、源さんの手元からアジの切れ端が木箱の端へ落ちた。

 偶然。

 もちろん、偶然。

 みゅいは一瞬でくわえた。


「こらっ! また盗みやがったな!」


 源さんの怒鳴り声に、朝市の客が笑う。みゅいは逃げながら振り返り、申し訳なさそうな顔をした。実際には、次に落ちそうなサバの位置を確認していただけだった。


 魚屋裏では、ブチローとチビスケが待っていた。

「遅いぞ、みゅい」

「源さんの演技が長かったの」


 みゅいはアジを置く。チビスケには柔らかい身を少し。ブチローには大きく見える骨多めの部分。自分は脂の乗った端をくわえた。


「みゅい姉ちゃん、今日も勝ったね!」

「勝ったんじゃない。源さんが負けたがってるの」


 そのとき、港の空でカモメが低く鳴いた。ぎゃあ、と笑うような声だった。


 みゅいは耳を立てる。

 魚の匂い。潮の匂い。人間たちの声。いつもの朝。

 けれど、その中にほんの少しだけ、面倒ごとの匂いが混じっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ