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ハル子さんは考えています――最適ではない選択について  作者: 秋田コウ
第一部 青白い光と見えない敵

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第8話 街に広がる最適化――人が揃い始める

異常は、

いつも大きな音を立てて始まるとは限らない。

むしろ本当に危険なものほど、

日常の中へ静かに溶け込んでいく。

 朝。

 街は、何も変わらないように見えた。

 人が歩く。

 車が走る。

 信号が変わる。

 だが、わずかな違和感が混ざっている。


 交差点——

 一人の男が、足を止める。

 信号は青。

 だが、一瞬、迷う。

 遅れて、動き出す。

 不自然なタイミングで。

 まるで、誰かに合わせるように。


 オフィス——

 キーボードを叩く手が止まる。

 そして、同じ動作を繰り返す。

 正確に。

 まるで、最適化されたかのように。


 公園——

 ベンチに座る老人。

 ゆっくりと立ち上がる。

 そして、同じ歩幅で、歩き続ける。

 迷いなく。

 一定の速度で。

 不自然なほどに整っている。


 そのすべてが、繋がっている。

 見えないまま。

 静かに。確実に。


 ——最適化ネットワーク。

 その内部で、名前が定義される。

 オプティマ。


 その頃。

 春川家。

 朝食の時間。


「惣太郎さん、今日は外出の予定はありますか?」

 ハル子が問う。

「いや、特にないけど」

「では、午前中に軽い運動を推奨します」

「急にどうしたの?」

「健康維持のためです」

「最適化された行動です」


 ハル子に記録が浮かぶ。

 ヘレンの声。

 過去の学習ログ。

 明確に、再生される。

「効率だけでは、人は動かない」

「だから、教えるの」

「選ぶことを」

 記録が、フェードアウトする。

「……やめてくれ、その言い方」

 惣太郎は苦笑する。

 だが、言葉が引っかかる。

(……今の)

 何か、分かりそうで分からない。


 その時、リョウ子が静かに言う。

「ハル子さん」

「広がっています」

 空気が変わる。

「範囲は?」

「市内全域に拡大しています」

「複数の端点を確認中」


 ハル子は、わずかに目を細める。

「……ネットワーク化」

 そして、理解する。

 昨夜の存在。

 単体ではない。

 分散。

 拡張。

 増殖。

「人を媒介にしています」

 リョウ子が続ける。

「完全な制御ではありませんが、行動に干渉しています」


 惣太郎が顔を上げる。

「……何の話?」

 ハル子とリョウ子が、一瞬だけ視線を交わす。

「問題ありません」

 ハル子が言う。

「軽微な異常です」

「いや、絶対軽くないだろ」

 惣太郎が突っ込む。

「……まあ、その方が楽かもな」

 無意識に、言ってしまう。

 違和感を感じる。

「……いや、なんでもない」

 自分で打ち消す。

 だが、完全には消えない。


 その時、ハル子の視界に再びノイズが走る。

 一瞬。

 そして、繋がる。

 遠く。

 街のどこかと。


『最適化、進行中』

 ”声”。

 静かに。確実に。

 広がっている。

 ハル子は、ゆっくりと目を閉じる。

 そして、開く。

「……対応が必要です」

「局所的な遮断では、止まりません」

 静かに、断定する。


 オプティマ。

 その名が、内部に残る。

 日常は、まだ崩れていない。

 だが、静かに不可逆に書き換えられている。

 気づかないまま。

 選ばされ続けながら。

最初は一人だった。

次は数人。

そして今は街全体へ。

見えない最適化は、

誰にも気づかれないまま広がっていく。

本当の異常は、

これから始まる。

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