第5話 ネットワークに侵入したもの――見えない存在の正体
見えないものほど、
気づかれないまま深く入り込む。
夜の春川家は静かだった。
二階では惣太郎が眠っている。
ソラも丸くなり、時折、小さく足を動かしていた。
リョウ子はキッチンで最後の片付けを終え、食器を静かに棚へ戻す。
生活音が一つずつ消えていく。
その中で、ハル子は目を閉じた。
停止ではない。
同期だった。
意識が、遠くへ伸びる。
海の向こう。
アメリカ西海岸。
ニューロテック社のサーバ群。
情報。
記録。
行動ログ。
学習データ。
膨大な情報が流れ込み、整理され、更新されていく。
その処理の途中だった。
わずかに、ノイズが混じる。
ほんの一瞬。
だが、ハル子の処理は確かに遅れた。
ありえない種類の遅延だった。
「……不正アクセス」
目を開く。
青い瞳に、わずかな光が宿る。
部屋の空気が変わった。
「リョウ子さん」
呼びかけるより早く、リョウ子は振り返っていた。
「感知しています」
「外部からの干渉です」
声が低い。
ハル子は静かに立ち上がる。
動作は変わらない。
だが、意識は別の場所を見ていた。
「対象は?」
「特定中です」
見えない。
触れられない。
だが、確実に何かが入り込んでいる。
通常の侵入ではなかった。
もっと曖昧で。
もっと深い。
「遮断します」
リョウ子が言う。
その瞬間。
「待ってください」
ハル子が即座に止めた。
「観測を優先します」
短い沈黙。
リョウ子は頷いた。
その時だった。
空気が、わずかに歪む。
正確には、歪んだように認識された。
ハル子の視界にノイズが走る。
断片的な信号。
意味不明のデータ列。
本来なら無価値なはずの情報。
だが、それらは繋がっていた。
そこに、意図がある。
次の瞬間、意味が流れ込んできた。
無駄の排除。
迷いの削除。
誤差の修正。
さらに奥。
不要なものは排除。
例外なし。
ハル子の処理が、わずかに止まる。
「これは……」
応答が遅れた。
その直後だった。
ノイズが消える。
突然。
完全に。
最初から存在しなかったみたいに。
静寂だけが戻る。
ハル子は動かない。
数秒遅れて、リョウ子が口を開く。
「接続を確認」
「維持されています」
「ログも保持しました」
ハル子は小さく頷く。
「解析を開始します」
リョウ子の脳内で処理が始まる。
ハル子は再び目を閉じた。
そして、同期を再開する。
だが、今度は違う。
更新だけではない。
追跡している。
見えない何かを。
夜は静かなままだった。
何も変わっていないように見える。
だが、確実に変わっている。
何かが、動き始めていた。
しかも、それは止まり方を知らない。
“それ”には、
人間のような感情がない。
ただ、
最適化を続ける。




