表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハル子さんは考えています――最適ではない選択について  作者: 秋田コウ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/5

第4話 現場に残された異常な痕跡――人間ではありえない動き

水沢祐子は、

“説明できないもの”を見逃せない。

 現場は、すでに片付けられていた。

 昨夜の騒ぎを示すものは、ほとんど残っていない。

 規制線も縮小され、救急車の姿もない。

 だが、完全には消えていなかった。

 アスファルトに残る血痕。

 誰かを引きずった擦れ。

 壁際に残る、鈍い衝突痕。


 水沢は、その中央で立ち止まった。

 静かすぎる。

 それが、最初の違和感だった。

 骨折。打撲。

 搬送された男たちは全員重傷。

 だが、致命傷はない。

 壊されている。

 なのに、壊し切っていない。


「女が一人でやった」

 証言は、どれも同じだった。

 水沢はしゃがみ込み、地面に指を触れる。

 わずかな擦れ跡。

 だが、踏み込みの痕跡が薄い。

(……跳んだ?)

 一瞬、思考が止まる。

 距離が合わない。

 人間の動きとして計算できない。

 視線をずらす。

 争った跡。

 その外側に残る足跡。

 一直線だった。

 迷いがない。

 無駄がない。

 まるで最初から、終わる位置が決まっていたみたいに。

 その足跡が、不自然に途切れている。

 一歩分だけ消えていた。

 水沢は眉を寄せる。

 軌道。

 間合い。

 消え方。

 どれも現実と噛み合わない。


「水沢」

 後ろから声が飛ぶ。

 振り返る。

「どうだ?」

 年配の刑事だった。

 水沢は立ち上がる。

「不自然です」

「人間の動きではありません」

 相手はすぐには返さなかった。

「……またか」

 小さな声だった。

 だが、水沢は聞き逃さない。

「“また”?」

 刑事は目を逸らす。

「いや。気にするな」

 曖昧に切られる。

 だが、水沢の中には残った。

 引っかかる。

 説明できないまま。


 その時だった。

「それと——」

 若い警官が近づいてくる。

「何?」

「目撃証言で、もう一つあります」

 水沢は視線を向ける。

「攻撃の瞬間、光を見たと」

「青白かったそうです」

 水沢の目が細くなる。

 また、それか。

「……光?」

「はい。複数証言です」

 水沢はゆっくり空を見上げた。

 昼の空だった。

 当然、何もない。

 だが、頭から離れない。

 あの痕跡。

 あの軌道。

 説明できない動き。

 再現できる気がしなかった。


 視線を戻す。

 壁。

 地面。

 残された衝突痕。

 どれも理屈が通らない。

 だが、確かに存在している。

「……人間の動きじゃないわね」

 独り言のように呟く。

 仮説ではなかった。

 感覚でもない。

 確信に近かった。


 水沢はゆっくり立ち上がる。

「この件、追います」

「おい、勝手なことを——」

「気になります」

 言葉を重ねる。

「理由は?」

 低い声。

 水沢は少しだけ考えた。

「説明はできません」

「ですが——」

 真っ直ぐ相手を見る。

「放っておくべきじゃない気がします」

 短い沈黙。

 やがて刑事は息を吐いた。

「……好きにしろ」

「ありがとうございます」

 水沢は、もう一度だけ現場を見る。

 誰もいない。

 だが、確かに何かがあった。


 整いすぎた暴力。

 説明できない痕跡。

 揃いすぎた証言。

 偶然ではない。

 そう思わせる何かが、まだここに残っている。

 見えないまま。

 誰にも気づかれないまま。

 水沢以外には。


 もっとも、彼女自身もまだ分かってはいなかった。

 自分が、何を追い始めているのかを。

水沢は、

まだ知らない。

自分が追い始めたものが、

“人間ではない何か”だということを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ