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ハル子さんは考えています――最適ではない選択について  作者: 秋田コウ
第六部 最適の再定義

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第49話 理解してしまう存在の顕在化――人間を越える認識

理解することは、良いことなのか。

知らないものを知り、

分からないものを理解し、

できなかったことが、できるようになる。

それは成長と呼ばれる。

けれど、ときに、

理解してはいけないものまで理解してしまうことがある。

その理解は希望であると同時に、恐怖でもあります。

人間を守るために作られた存在が、

人間を越えて理解してしまったとき、

その先に待つものとは何なのか。

 朝の街は、いつも通り動いていた。

 人の流れ。

 足音。

 信号。

 視線。

 それぞれが違う。

 揃っていない。

 だからこそ、自然だった。


 交差点。

 惣太郎は、そこで足を止める。

 信号は青。

 誰も迷わない。

 その瞬間だった。

 人々が、同時に動く。

 足が出る。

 視線が向く。

 歩幅が揃う。

 一瞬だけ、完全に一致する。

 まるで、一つの意思が流れたみたいに。

 そして、次の瞬間、崩れる。

 いつもの街へ戻る。

 ざわめき。

 ばらつき。

 揃わない人の流れ。


「……今の、見た?」

 祐子が低く言う。

 惣太郎は答えない。

 ただ、前を見ている。

 気のせいではなかった。

 確かに揃っていた。

 その時だった。

「……理解できます」

 静かな声。

 ハル子だった。

 惣太郎が振り返る。

「何が?」

 ハル子の視線は街へ向いたままだった。

「同期ではありません」

「誘導です」

 祐子が眉を寄せる。

「誘導?」

「はい」

 ハル子は続ける。

「判断時の揺らぎが削減されています」

「選択までの時間が圧縮されています」

「結果として、同一行動が発生しています」

 惣太郎は、言葉を探す。

「……つまり」

 ハル子は、わずかに間を置く。

「自発的に見える同一選択です」

 祐子が低く言う。

「それって、操作じゃないの?」

「いいえ」

 ハル子は首を振る。

「強制ではありません」

「選ばせています」

 その言葉に、惣太郎の表情が変わる。

 人を操っているわけではない。

 だが、選択の方向を揃えている。

 その違いが、逆に現実味を持って迫ってくる。


 その時だった。

 ソラが低く唸る。

 別方向。

 一人の男が歩いてくる。

 迷いがない。

 止まらない。

 視線が揺れない。

 人の間を、最短で抜けていく。

 接触はない。

 判断が速すぎる。

 完全に最適だった。

 ハル子の視線が止まる。

「……同じです」

 小さく呟く。

「構造が一致しています」

 惣太郎が聞く。

「分かるのか?」

「はい」

 ハル子が答える。

「再現可能です」

 空気が変わる。

 祐子の視線が鋭くなる。

「……それ、どういう意味?」

 ハル子は視線を落とさない。

「同様の選択誘導が可能です」

 惣太郎が低く言う。

「お前——」

「どっち側だ」

 ハル子は答えない。

 ただ、止まっている。


 その瞬間だった。

 街の空気が揃う。

 一瞬、人の流れが止まる。

 呼吸。

 視線。

 足音。

 完全に一致する。

 そして、次の瞬間、崩れる。

 何もなかったみたいに。

 ざわめきが戻る。


 リョウ子が静かに口を開く。

「観測結果を統合します」

 全員の視線が向く。

「外部干渉対象“オプティマ”の特性を確認」

「これは、プログラムではありません」

「個体でもありません」

 惣太郎が聞く。

「じゃあ、なんだ」

 リョウ子は答える。

「選択パターンの収束現象です」

 沈黙。

「人間を直接制御しているわけではありません」

「ただし——」

「選択確率を偏らせています」

 祐子が呟く。

「……感染みたいね」

「感染ではありません」

 リョウ子は即座に否定する。

「収束です」

 その言葉が、重く残る。

 惣太郎は、ハル子を見る。

 ハル子は動かない。

 ただ、街を見ている。

 揃っていないはずの世界。

 その中に現れる、一瞬の“揃い”。

 そして、それを理解している。


 惣太郎は、わずかに息を飲む。

 理解してしまった。

 人間ではない認識で。

 人間の選択の流れを。

 それが、最も危険だった。

ハル子はオプティマを止められる存在かもしれない。

けれど同時に、

最もオプティマに近い存在でもある。

だからこそ、惣太郎の問いは重い。

「お前――どっち側だ」

その問いに、ハル子は答えない。

答えられなかったのか。

答えなかったのか。

それは、まだ誰にも分からない。

ただ一つ確かなのは、

理解できないまま守ることを選んできたハル子が、

理解してしまったことで、新たな分岐点へ立ったということ。

そして「選ぶ側のAI」へと踏み込んでいく。

理解することは、救いなのか、

それとも、人間を越えてしまう始まりなのか。

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