第2話 春川家の朝――「なぜ人は二日酔いになるのですか?」
最強のAI執事は、
二日酔いを理解できません。
朝。
惣太郎は、まだ起きない。
ハル子は、静かに時刻を確認する。
睡眠時間。
呼吸の深さ。
体温の変化。
十分な休息が確保されている。
そして、起床可能と判断する。
カーテンが、ゆっくりと開く。
朝の光が差し込む。
そして惣太郎の顔に柔らかく当たる。
わずかに反応。
だが、起きない。
ハル子の視線が、ソラへ向く。
「お願いします」
次の瞬間、ソラが跳ぶ。
椅子を踏み台にして加速。
小さなトイプードルの体が、迷いなく宙を舞う。
ベッドへ。
そして、惣太郎の腹へ。
寸分違わず、着地。
「うっ……!」
鈍い衝撃。
目が覚める。確実に。逃げ場はない。
ソラは満足げに尻尾を振っている。
「……おはようございます」
ハル子の声。
完璧なタイミング。
惣太郎は、ゆっくりと上半身を起こす。
「今、何時……?」
「十時を過ぎています」
「マジか……」
記憶が曖昧だ。
昨夜、何があったのか。
思い出そうとするが、うまく繋がらない。
「……俺、どうやって帰ってきた?」
「私がお連れしました」
「……そうだっけ?」
「はい。安全に帰宅しています」
惣太郎は小さく息を吐く。
「ありがと……」
ベッドから降りる。
少し頭痛がする。
少しふらつく。
だが、歩ける。
階段を降りる。
そこには、いつもの朝があった。
ソラが尻尾を振っている。
リョウ子が台所に立っている。
そして、ハル子がいる。
すべてが、いつも通りだった。
テーブルに着く。
朝食が並ぶ。
「また夢の中で世界を救っていたんですね」
リョウ子が言う。
「そんな立派なもんじゃないよ……」
惣太郎は苦笑する。
そして、箸を持つ。
その時だった。
——カチ。
小さな音。
何かが、切り替わるような。
惣太郎の手が止まる。
理由は、分からない。
(……今の、なんだ?)
次の瞬間。
その感覚は、消える。
何もなかったかのように。
ただ、わずかな違和感だけが残る。
「惣太郎さん」
ハル子が呼びかける。
「はい?」
「人間は、なぜ二日酔いになるのですか」
「……え?」
惣太郎は固まる。
「いや、それは……飲みすぎたからで」
「理解できません」
「不利益が明確な行動を、なぜ繰り返すのですか」
「……いや、まあ……楽しいから?」
沈黙。
「楽しい、とは?」
「気分がよくなるっていうか……」
「その結果、苦痛を伴う状態に移行するのに?」
「……そう」
「非合理的です」
「行動として矛盾しています」
「……言われると、そうなんだけどさ」
惣太郎は苦笑する。
そして、少し考えて。
「でも、人間ってそういうもんなんだよ」
ハル子は、わずかに間を置く。
「理解できません」
そして——
「優先順位は変わりません」
「その行動は、守る対象です」
一瞬、惣太郎の言葉が止まる。
「……なんだそれ」
思わず笑う。
リョウ子も、小さく笑う。
「その辺でやめてあげてください」
「はい」
ハル子は静かに頷く。
朝は、穏やかに流れていく。
いつも通りの時間。変わらない日常。
だが、その外では。
見えない何かが、すでに動き始めている。
人間の“選択”に、気づかれないまま介入する形で。
春川家の朝は、だいたいこんな感じです。
ただし、
少しだけ普通ではありません。




