職人の信頼
更新できました。
二重生活が始まって三日が過ぎた。午前の訓練でガレンにボロ雑巾のようにしごかれ、筋肉痛を引きずりながら昼過ぎに鋳造所の食堂へ駆け込むのが、俺の新しい日常だ。
「おい、新人! 今日も期待してるぜ、あの『特製スープ』だ!」
厨房に入ると、初日に俺に殴りかかってきた大柄な職人のボルグが、照れくさそうに声をかけてきた。あの日、俺がパリィで彼をいなした後、差し出した一杯のスープ。それが男の胃袋と心を掴んだらしい。
ボルグだけではない。周囲の職人たちも、俺が通るたびに「よお、エイド」と親しげに顎をしゃくる。
彼らは、実力と誠実さを何よりも重んじる
俺の「調理」はただ腹を満たすだけの存在ではない。重労働で塩分を欲する職人のために、岩塩の量を微調整し、「心」も満たすのだ。
今回の隠し味は支給された安物のワインをそのまま使わず、一度鍋の端で煮詰め、酸味を飛ばして芳醇なコクだけを抽出する。
「調理」スキルが導く最適解に、俺の前世の記憶を結び合わせる。
スプーンですくった時のとろみ、喉を通る時の塩気の余韻。そのわずかな差が、泥のように疲れた職人たちの心を解いていく。
「……よし、完璧だ」
配膳が始まると、職人たちの反応は劇的だった。
「エイドの作る飯は、ただの炊き出しじゃねえ。これは『料理』だ」
「この手際の良さ……お前、本当にただの新人か?」
現場監督も満足げに頷き、俺の背中を叩く。
「お前、最初は18歳の若造だと思って舐めてたが……大したもんだ。その落ち着き、どこで鍛えたんだ?」
「……まあ、5年弱ほど、特殊な場所で揉まれまして」
俺は心の葛藤を抑え込み、謙虚に微笑んだ。人から奪ったスキルであるという後ろめたさは今もあるが、それを自らの意志で「もてなし」へと変える瞬間、微かな救いを感じていた。
その日の配膳中、俺の耳に気になる噂が飛び込んできた。
「……聞いたか? 街外れの古い廃屋から、夜な夜な地響きのような槌音が聞こえるらしいぜ」
「ああ、例の『鍛冶師』の話だろ。腕は超一流だが、誰の依頼も受けず、ひたすら何かを叩き続けてるって……」
「噂だと奴が作った武具は最高のものらしいが、持っている奴をみたことがねえ」
その言葉を補足するように、一人の年老いた職人が呟いた。
「……いや、昔、一度だけ見たことがある。あれは剣じゃない、鉄の塊が呼吸をしているような代物だった。だが、打った本人が気に入らねえとその場で叩き壊しちまうんだ。あそこは鍛冶場じゃねえ、『鉄の墓場』だよ」
地響きのような槌音と、鉄の墓場。その不穏な響きが、俺の脳裏に焼き付いて離れなかった。
職人たちが声を潜めて語るその正体不明の鍛冶師。俺は直感した。ボロボロになったガレンの盾を直す鍵は、そこにあるのではないか。
しかし、持っているやつを見たことがないとはどういうことだ。それに鉄が呼吸しているような代物ということは使い手は死ぬ類のやつか、それとも使いこなせる奴がいないのかどっちかの可能性もあるな。
配膳が一段落した頃、現場監督がふと俺の横に並んだ。
「お前のおかげで、連中の食いカスが減ったよ。不味い飯は士気を下げるし、何より現場が荒れる。」
「いえ、私はただ……皆さんが気持ちよく午後の仕事に戻れるように、と」
「その『ただ』が一番難しいんだよ、今日はお礼に追加で銀貨一枚くれてやる」
監督はそう言って笑い、俺の手に銀貨を渡した。
宿へ戻る夜道、ふと自分の足の軽さに違和感を覚えた。(銀貨をもらって浮かれてるのか。それとも若さからか)
前世ではこれだけ動けば翌日はベッドから起き上がるのにも一苦労だったはずだ。だが今の肉体は、どれだけ疲弊しても、夜風に当たっているだけで筋繊維が修復されていくような全能感に溢れている。
(精神は『休め』と叫んでいるのに、心臓は『もっと動ける』と拍動している……)
このアンバランスさは、慣れるまで時間がかかりそうだ。俺は自分の若すぎる手を見つめ、少しだけ苦笑した。
宿に戻るとガレンは厳しい顔をしていた。
「エイド、盾の修復についてだが……。俺の知りうる情報とギルドからの情報をまとめるとこの盾を扱えるようなまともな奴はこの街にはいなかった。この街で新しい盾を作るか考えなければならん」
ぶっきらぼうに言い放つガレンの手は、マジックバックの中をさぐっていた。
その名残惜しそうな表情の揺らぎを、俺は見逃さない。確かにガレンは「相棒」といっていた。彼にとってその盾は、単なる防具ではないのだ。
「ガレンさん、実は今日、食堂で気になる話を聞いたんです」
俺は職人たちから得た情報を伝えた。街外れに潜む、誰の依頼も受けない偏屈な鍛冶師。その男なら、あるいは——。
「ふん、訳ありの引きこもりか。だが、たとえそいつが首を縦に振ったとしても、問題が山積みだ。必要な素材もわからんし。費用の問題もある。」
「確かに問題が山積みですね…。ですが、やるしかないんでしょう?」
「ふん、覚悟ばかりあってもしかたない。全てが手探りだ。それにお前の実力も鍛えねばならん。
しかし明日は訓練を止めにして、まずはその廃屋へ行ってみるか。話はそれからだ」
食堂で得た小さな「点」が、俺たちを想像もつかない過酷な場所へと導こうとしていた。
明日も頑張ります




