第23話:元彼、失脚して左遷で島流しの刑
【立川広域防災基地・大規模災害対策本部内 危機管理センター立川執務室】
窓のない会議室で、桃井参事官は一枚の辞令をデスクに滑らせた。
「……有明?」
桃井参事官(62):そう。有明の『そなエリア東京(東京臨海広域防災公園)』だ。
あそこに現地対策本部を設置する。君にはそこで、最前線の指揮を執ってもらいたい。
京極(35):最前線……ですか。聞こえはいいですが、あそこは封鎖エリアの目と鼻の先。しかも現在、ライフライン以外は完全に停止しているゴーストタウンですよ?
桃井参事官:だからこそだよ。現場の空気を吸い、ウラヌスの動向を肌で感じる。
今の君に必要なのはそれだ。……それに、ここ(立川)に君たちの席はもうないんだよ。
京極:どういうことですか。
桃井:予算だ。『イージス』のサーバー維持費が、今期の防衛予算を圧迫している。何の成果も出さないシステムに、これ以上湯水のように電気代は使えない。明日から、イージスのメインフレームへのアクセス権限は『閲覧のみ(Read Only)』に制限させてもらう。
京極:なっ……!?解析を止めろと言うんですか! それではウラヌスの正体など永久に……
桃井:解析して、何かわかったかね?
京極:……
桃井:……以上だ。荷物をまとめ給え。
◇
数時間後。黒塗りの公用車が、人けの無い湾岸道路を走っていた。後部座席には京極。助手席と運転席には、道連れにされた部下Aと猿渡(56)と部下B雉岡(42)が座っている。「……左遷、ですね」ハンドルを握る部下A猿渡が、独り言のように呟いた。
「栄転だ」
京極は窓の外を見ずに言い返した。「現場指揮官への抜擢だ。勘違いするな」車は豊洲市場を抜け、有明エリアに入る。かつてタワーマンションの建設ラッシュで沸いていた街は、死んだように静まり返っていた。信号機だけが、誰もいない交差点で虚しく色を変えている。
『そなエリア東京』
広大な防災公園の中に建つ、巨大なオペレーションセンター。到着した京極たちを出迎えたのは、埃っぽい空気と、警備員一人の敬礼だけだった。
「……広いな」
案内された執務室は、立川の倍以上の広さがあった。だが、デスクの上には埃が積もり、インターネット回線もまだ開通していない。
「とりあえず、腹ごしらえといくか」
京極は努めて明るい声を出した。朝から何も食べていない。彼は財布を持って立ち上がった。「一階にコンビニがあったはずだ。……おい、君たちも何かいるか?」
部下二人は顔を見合わせた。
「えっと、京極さん……」部下A猿渡が気まずそうにスマホの画面を見せた。「ここ、半径2キロ以内の店舗、全滅してますよ」
「は?」
「一階のローソンも、向かいの有明ガーデンのレストラン街も、全部『臨時休業』か『撤退』です。物流が止まってるんで、商品が入ってこないんですよ」京極は舌打ちをした。空腹で胃がキリキリと痛む。
「……自販機は?」「見てきましたけど、全部『売切』の赤いランプでした。コンセントも抜かれてます」「クソッ……なんだここは。陸の孤島か」
京極は窓の外を睨みつけた。
「まあいい。デリバリーがある」京極はスマホを取り出した。「多少高くつくが、背に腹は代えられん。……牛丼でいいな?」
彼はまだ知らなかった。このエリアへの配送料が、彼の想像を絶する金額になっていることを。
◇
【ウラヌス内部・ミサキの拠点】
「ん〜っ! ひんやりして気持ちいい! これで夏場もクーラーいらずね。最高の床だわ。やっぱ床が良いと気分上がるわねー。次はキッチン周りかな、、、」
満足げに頷いたその時、スマホが通知音を鳴らした。
「ミサキさぁぁぁぁん!!」(ドタドタドタッ!)(外からガミが転がり込んできた。顔面蒼白だ)
「死ぬ! 死ぬっす! 緊急事態っす! マヨネーズっす! マヨネーズが切れたんす! 木島くんに発注を……!
「仕方ないなぁ、私も料理の『さしすせそ』が切れたのよね……」
☎︎「あ、もしもし木島くん? お疲れ。ちょっと頼みたいんだけど。(中略)あ、そうなの無理…… ギックリ……うんわかった……お大事に」
「マジすか……」ORZ
——ダンジョンの食材は豊富だ。トマトも、小麦も、肉も魚もある。だが、それらを「料理」にするための調味料は、すべて地上からの輸入に頼っていた。醤油がない刺身。マヨネーズのない温野菜。ソースのないコロッケ。
……味気ないわね
私は腕を組んで考え込んだ。2週間。いや、リハビリを含めれば一ヶ月は復帰できないかもしれない。その間、味のない素材だけで過ごす?
……ないなら、作るしかないか
「え? 作るって、何をっすか?」
「全部よ。調味料も、加工食品も。……素材はあるんだから、あとは加工の問題でしょ」
(第23話 完/第24話へ続く)




