喇叭と車
………………
DMは全員の治癒を終えると手を叩く。重吾たち全員に新たな魔術『水の幻影』が与えられる。三本がつぶやく。
「これは……デスクロウズの江馬が使っていた……」
DMは仕事を終えた後、忠告を行う。
「いよいよこの迷宮の攻略を急ぐ必要が出て来たように思います。このままいけば、悪霊たちがこの街に集まることや人々を襲う呪術師たちが現れる可能性さえあります……」
そこで疑念を抱いた三本がすかさず質問を投げかける。
「僕たちが外の世界での身体能力が常識を外れて上がっているのもこの迷宮の影響だってことかい?」
DMは落ち着き払った様子で答える。
「ええ、それも間違いなく、迷宮の影響でしょう。皆さんの街とこの場所の『境界』が曖昧となり、世界が侵食されつつある証拠です。いずれ『入口』もどんどん増えてゆくことになるでしょう……」
國山先生が話に入る。
「つまり……何としても被害が大きくなる前に頂上の『巨人』を倒す必要があると……」
重吾が何かに気づいたようにDMに訊く。
「そういや、『巨人』のステータスってどうなってるんだ? 目指すところが見えてた方が張り合いがあるってもんだろ?」
その問いにDMは少々考えるそぶりを見せつつ答える。整った笑みを見せる表情、その中の瞑られたように細められる瞳には思慮深げな光が映っている。
「……各層のボスの全ステータスの目安を張り出しておきましょうか……。質問にお答えいたしますとステータスは大体『10万』ほどです」
三本は焦って訊き返す。
「じ、10万……!?」
DMは変わらぬ調子で話す。
「ええそうです、ちなみに第四層のボスは大体二千程度のステータスです。第五層は一万程度。第六層は五万程度が目安です」
重吾が笑う。
「バランス調整悪ぃ~。どんぶり勘定が過ぎるぜ、ハハハ」
靖穂が言う。
「結局一層一層ゆっくり進むしかないようね……。でもまあ、私たちのステータスの上がり幅もどんどん上がっているし、行けないことはないと思うよ」
DMは更に神妙な声色で忠告する。
「今後、この迷宮の拡大の影響で私が認知していない『異常事態』や『招かれざる客』が現れるやもしれません……。そのような事態が起こった場合、以前の【デスクロウズ】の襲撃のように私がエントランスホールに不在という事もあります。そこで……」
彼は赤い色をした自らの手に小さなラッパを『出現』させ、重吾に渡す。
「何か非常事態となればこちらの『ラッパ』をお吹きください。私が駆けつけます」
重吾は素直にそのことに頷き、感謝する。
「ああ、ありがとう」
だが、三本はその『ラッパ』に対して少々疑念が混じった瞳を落としていた。
――何か……何か引っかかる。この、DM……本当に僕たちは彼を信じていいのだろうか?
その三本の疑念も知らず、重吾は次なる迷宮の階層に心躍らせ、笑っていた。
―――――
阿嘉霧市三須香町、廃ビル三階にて、|黒服の男たち《Men in Black》が、『機械式計算機』のようなものから出るパンチカードを確認していた。
腰に刀を携帯した黒服の男は、パンチカードを確認している男に質問する。彼の右頬には縫合痕があり、髪は短髪に切り整髪料で整えられ、瞳には戦場をくぐった者特有の陰りがあった。しゃがれた声が廃ビルの空虚なフロアに響く。
「……観測結果は予想通りか?」
それに答える黒服の男は、ネクタイを緩ませ、髪も手櫛で整えた程度で少々スーツを着崩した格好をしており、眼鏡をしている。だが、彼もまた質問者の男と同様に一定の修羅場をくぐって来た瞳を持っていた。彼は埃だらけの机の上に置かれた、『機械式計算機』のようなものが吐き出すパンチカードに瞳を落としたまま、呟くように答える。
「……いや。『神祇寮』の奴ら……。明らかに報告違反だな。まあ、今に始まった話でもないか……。この街に『憑依型神霊』が居るのは確実だ。……それに、妙に素人の……『魔術師』が多いな……未登録なだけで、違法性は薄そうだが……。あとは……オイオイ、マジか……!」
男は動揺したようにバック型の『機械式計算機』のような機械の一部を動かし、計器を確認する。
刀の男はそれを静観しつつ報告を待っていた。
計器を確認した男は刀の男に振り向き、興奮した様子で答える。
「初めてだ……『この観測装置』が動いているところを見たのは……! 『コード128』だ……。すぐに『上』に報告に行かないと……!」
その興奮した様子と対照的に刀の男はため息交じりの返答を行う。
「ああ、わかった……。だが、『増援』は来てもおれらと同じ『三課』だろうがな……」
黒服の男たちは『機械式計算機』のようなものの蓋を閉め、鞄として持ち上げると、廃ビルの屋上に向かった。
廃ビルの屋上には、様々な紋章や刻み文字が車体に刻まれた二人乗りの旧車が止められており、二人が乗り込み、エンジンを掛けられると、その旧車は空に浮かび上がり、空中を走る。
その車は、この阿嘉霧市に住まう市民のほとんどには認識されず、そのまま南へと 走り去っていった。




