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35 ヴァルキリー・ヘリヤ

 とある大滝の裏に隠されたダンジョン。

 内部は左右に分断する川のような水路が中央に流れており、落ちた者を激流に呑み込んでしまう通路が続く鍾乳洞である。

 途中、強力なモンスターが守護する広間を通って到達できる最深部には、ドーム状の大空間が広がっていた。


 奥には大きな石造りの階段と、その頂上に石の祭壇が鎮座しているが、これを正しく表現するならば玉座だ。

 ここはダンジョンの主たる者が侵入者を待ち受け、全戦力でもって迎撃する最終防衛ラインなのだ。


 並みのダンジョンでも最後の抵抗は激しく、ここまで辿り着いたとしても返り討ちに遭う者は少なくない。

 ダンジョン攻略が危険で、とても難しいとされる最大の理由だ。


 しかし、このダンジョンの主であるサメ怪人は――――。


『グゥ……ば、バカなッ……!』


 全身に傷を負い、成す術もなく倒れ伏していた。

 その姿はエネルギーを用いた身体変化によって、より強く、大きな怪物へと変貌していた……にも関わらず、無惨なまでにボロボロだ。

 背中のヒレは千切れ、牙も砕かれ、まさに満身創痍である。もはや立ち上がる体力すら残されてはいないだろう。


 周囲にはモンスターの死骸が散乱していた。

 すべてサメ怪人が配置したダンジョン防衛の兵であり、中には戦闘力においてメガロドンを越える深海の怪物『クラーケン』も含まれていたが、まったく歯が立たなかったのが窺える惨状だ。


 ダンジョンはモンスターに有利な環境である。

 このドームも足場は水浸しであり、所々に深い穴が隠されていた。穴の下には上側と同じくらいの広さがあり、そこに潜むモンスターは穴を通って侵入者の裏を取れる戦法だ。

 どの穴から敵が飛び出るかは判別できず、飛び込めば水中で待機するモンスターの群れに襲われてしまう。

 この布陣は破れない……そうサメ怪人は絶対の自信を持っていた。


 だが侵入者はすべてを圧倒し、蹂躙したのだ。


『きゃはははっ! 雑魚が群れても雑魚のままですわ!』


 あざ笑う少女の優雅な声が、サメ怪人を見下すように降り注いだ。

 すでに勝敗は決しているだろう。しかしサメ怪人の頭を、汚れひとつ付いてない黒いパンプスが踏みつける。

 サメ怪人の目だけが睨むように見上げられた。


『悔しいですか? 悔しいですかぁ?』


 なおも煽る少女の声だが、これはなにも優越感に浸ったり、格下を馬鹿にしているだけではない。

 二度と逆らう気が起きないよう、徹底的に力の差を示し、立場をわからせているのだ。


 これからサメ怪人はアルマの方針により、属国ならぬ属ダンジョンとなる。

 敗者に選択する権利はないとはいえ、問答無用で滅ぼされるよりはよっぽど慈悲深い処遇だろう。


『命があるだけ感謝しなさい! そして崇めるのですわ! お前のご主人様となる尊き御方を!』


 踏みつけた足でグリグリと頭を擦り、強制的に地面を舐めさせる。格好だけは平伏しているかのようだ。

 そんな無様な姿がお気に召したのか、少女の高笑いがドームに響く。


『うふふふ、あははははっ、きゃははははははっ!』






 ――――ぷつん。


 と、ここで映像が終わって画面が真っ暗になる。

 目を離したボクが次に見たのは、最初からずっと立ったまま終わるのを待っていた、当の高笑いをしていた少女だ。

 その顔には緊張と期待が混ざった曖昧な笑みを浮かべて、なにやらモジモジしている。


 ……うん、少しだけ待ってもらおう。


 ボクが見ていたのは、彼女がサメ怪人のダンジョンを攻略する様子だ。

 試しにヴァルハラの外でも稼働するカメラを持たせて、ほぼ視線そのままの撮影に成功したんだけど、今のは……。


 いや、彼女を作ったのは間違いなくボクなんだ。

 能力や外見、コンセプトなどはアルヴィトと相談して決めたもので、あの衝撃的な映像も理解できる。


 ……まず、彼女の名前は『ヘリヤ』という。

 アルヴィトと同じく北欧神話のヴァルキリーから取られていて、ボクは覚えてないけど『壊滅』を意味する名前らしい。


 その名前に相応しく、ダンジョン攻略を目的として作られたヘリヤは、凄まじい戦闘能力を持っている。

 ただ、戦うのが苦手な性格になってしまうと意味がないから、なるべく好戦的な性格をイメージしたんだけど……そういう方向性だったとは予想外だ。


 サメ怪人の命を取らない場合、上下関係の構築が必要だったのは、アレクシスさんのアドバイスもあって理解していた。

 でもヘリヤは明らかに楽しんでいたように思える。


 なんだっけ……さでずむ?

 ああいう、ちょっとだけ特殊な性質になってしまったのは、やっぱりボクの責任なのだろうか。


 改めてヘリヤを見る。

 外見はアルヴィトのデザインだからというべきか、例によって『アルマ』に似た美少女だ。身長も普段のボクと同じくらいかな。

 顔立ちは強気な感じで、高飛車なお嬢様をイメージしたからか、キリッとした深紅の瞳がボクを見つめている。


 服もゴシック系の白と黒のドレスで、それだけ見れば、たしかにイメージ通りのお嬢様っぽいけど、その背には人間ではない証が生えていた。

 三対の翼っぽくなるように伸びた、死神の鎌に似た形状の鉤爪だ。

 翼はそれぞれヘリヤの意思で動かせるし、実は伸縮可能なので最大十メートル先まで伸ばして攻撃もできる。

 使わない時は折り畳めば、彼女の背中に隠れるくらい小さくなるので、普段は邪魔にもならない優れものだよ。

 まあ、今はうねうねそわそわ動いてるけど。尻尾みたい。


 でもヘリヤの最大の特徴にして、最凶の能力は翼ではなくて、そこから放出される黒い粒子だ。


 仮に『ヘリヤ粒子』と呼んでいるけど、これを一言で言ってしまえば『周囲をヘリヤにとって有利な環境に塗り替える粒子』である。

 嵐のような黒い渦がヘリヤを中心として生じたら最後、敵の身体をヘリヤ粒子が蝕み、放っておいても動けなくなるし、ほぼ魔術も使えなくなってしまう。


 一方で、ヘリヤ自身は逆に強化される。

 粒子を纏って攻撃すれば大岩だって木端微塵で、もし攻撃を受けても粒子によって守られているからダメージはない。

 さらに粒子内限定だけど瞬間移動まで可能となったり、やりたい放題だ。


 唯一の弱点と言えば、粒子が切れたら弱体化してしまうのと、広範囲にヘリヤ粒子を展開すると拡散して効果が薄まることくらいかな。

 つまりダンジョンのような閉鎖空間なら、もう誰にも止められない残虐系悪役お嬢様なのだ。

 こうして見ていると、とてもそうは思えないけどね。


 ……そろそろ声をかけないと、ずっと黙っているのはよくない。


「お、おつかれさま。よくやってくれたね」


 事前にアルヴィトから教わった言葉遣い……ちょっと偉そうな感じで、ヘリヤの活躍を褒める。

 するとヘリヤは花が咲いたように、ぱぁっと満面の笑顔になった。

 そして、すぐに取り繕って澄ました顔になる。あるいはドヤ顔ともいう。


「ふふーん! このくらい当然ですわ! お母様!」


 お母様。

 なぜか彼女は、ボクをそう呼ぶ。

 たしかにヘリヤを生み出したのはボクなので、関係性を言えば正しいのかも知れないけど……ちょっと複雑な気分だ。ヌマネコちゃんやアルヴィトも同じになっちゃうし。


 とはいえ、無理に止めるつもりはないよ。

 本人がそう呼びたがっているなら、それを尊重したいからね。まあ知らない人の前では色々と控えてもらうことになってるけど。


「これで『戦争』については、もう終わりなんだよね?」

「はい。今後はマスターアルマの命令に従うとのことです。当面はおとなしくするよう指示してあります」


 アルヴィトの説明によると、サメ怪人は今のところ素直に言うことを聞いてくれているらしい。

 これで人間を無闇に襲うのは止められたけど、問題は今後どうするかだ。

 ずっとエネルギーを得られないで死んでしまうなら、ボクの言葉なんて無視するだろうし、かといって面倒を看るほどボクもヒマじゃない。


 というより、この先ずっと指示に従ってくれる保証もないからね。

 一応、アルヴィトが立てた作戦と、ヘリヤのおかげで上下関係が構築できたそうだけど……いっそサメ怪人を改心させられたら、ボクとしては楽でいいのに。

 そう言ってみたら……。


「ではヘリヤに任せましょう」

「お任せください、お母様! 絶対にヘリヤがやりとげて見せますわ!」

「え、あ、じゃあ、ま、任せるね」


 なにをどうするのか不明だけど、ちょっとサメ怪人について考えるのも面倒になってきたし、丸投げしちゃおう。

 アルヴィトならいい感じにやってくれるよね。


 サメ怪人については片付いたので、次は……。


「あの、たしか闇ギルド? ていう人たちって捕まえてあるんだよね?」


 ボクが眠ってしまっていた間に、なにやら犯罪者の集団がヴァルハラに入り込んでいたという。

 そんな報告を起きてから聞いたボクは、すぐに被害がないか確認したけど、ヴァルハラに残っていたモンスターや、冒険者のみんなが対処してくれたから、ケガ人どころか荒らされた形跡すらなかった。ほっとしたよ。


 でも、そんな大事な時にお酒に酔って動けなかったなんて……主として失格だ。

 今後は、なるべく飲むのは控えよう。なるべく。


「現在は冒険者ギルド支部の収容所にまとめて放り込んであります」

「あれ、収容所なんて作ったかな?」


 覚えてないけど、ボクしか作れないから作ったんだろうなと納得する。

 捕らえた犯罪者は、基本的には領主さんに引き取ってもらって、街のほうで罰を与える手筈だ。

 とても重い罪を犯したから、きちんと裁判を開いて徹底的に裁くらしい。


 ボクは裁判とか難しくて疲れそうなことに関わりたくないし、すべて請け負ってくれる領主さんが味方で本当にありがたい。

 監視とかの仕事も冒険者ギルドでやってくれるらしいから、ボクの手間はほとんどない。食料を提供するくらいかな?


 ちなみに闇ギルドの目的は、まだわかっていない。

 ギルドでも取り調べはしたみたいだけど誰も話さなかったから、街に連行してから本格的な調査に入るという。

 なぜか領主さんが張り切っていたそうなので、本当に全部任せてもよさそうだ。


 ヴァルハラとしての対応は、二度と怪しい人が入り込めないように警備をしっかりすることくらいかな。

 ただ今回、闇ギルドは神殿の騎士を装って侵入したように、もし冒険者としてヴァルハラに訪れたら判別は難しい。

 これは他の多くの街でも頭を悩ませていて、どれだけ警戒しても、いつの間にか入り込んでしまうのだとか。

 アルヴィトと相談して、どうにか対策を考えよう。


 あと驚いたのは冒険者のモニモニさん……じゃなくて、モニカさんが春の神殿の聖女だった件だ。

 よく大衆食堂でアイドルみたいに踊って、ファンの人たちが熱烈な声援を送っているところを目にするけど、あまり聖女っていうイメージじゃなかったからね。


 詳しく聞いたら春の神殿は、聖女が舞を披露することで有名らしくて、ファンの中にはうっすらと察していた人もいたようだ。

 もちろん関係者であるノーラさんも、すぐに聖女が来たことに気付いたけど、お忍びだから黙っているように本人から頼まれていた。

 ちょっと挙動不審だったのは、そのせいだったのか。


 その聖女モニカさんからは、建設予定だった神殿の設計図については春までには用意できるので、よろしくお願いしますと丁寧に頼まれた。

 いつもの明るいモニモニさんと違って、すごく聖女っぽかったのが印象的だ。


 でも本人的には、まだ冒険者モニモニとして活動したい……というより神殿ができても、たまには冒険者のモニモニとして踊りたいみたいだ。

 お仕事で動くより、自分が楽しいから動きたい。そんな時もあるとかなんとか。


 まあ、それはボクではなくノーラさんや春の神殿の人たちと話し合って欲しい。

 そっちでオーケーが出たなら、こっちも遠慮なく協力できるからね。


「マスターアルマ、そろそろお時間です」

「え、もうそんなに経ったの? えっと、ヘリヤは本当に参加しなくていいの?」

「はい、お母様。ヘリヤは奥に残っています」

「じゃあボクたちだけで行ってくるね。おいでー、ヌマネコちゃんたち。お祭り会場に行くよー」


 今日は、今年最後の日。

 各階層では、すでに年越しのお祭りで盛り上がっている最中なのだから、ヴァルハラの主として参加しないわけにはいかないよね。


 今まで『戦争』の準備や、闇ギルドのあれこれの後処理で忙しかったし、ヘリヤの活躍する動画を見るのも遅くなってしまったけど、もうお仕事は終わりだ。

 リゼちゃんや、すずちゃんたち、みんなと一緒に楽しもう!

今回で三章を終わらせるつもりが、またしても長くなりました……。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[一言] 冒険者のモニモニさんのことようやく今回で思い出した、前回までは完全に忘れてて話が少し唐突に感じていた。あー、記憶力が落ちてますなぁ。
[一言] あ、そういえばまだダンジョン間戦争、終結前でしたね。 こっち側のへ侵入者やら出来事やらですっかりサメさんの事忘れてたよ……
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