36 冬の聖女
とても遅くなりました。
今夜のヴァルハラは、お祭りダンジョンだ。
煌びやかなイルミネーションが星空みたいに夜を飾り、たくさんの料理やケーキが大きなテーブルの上に並べられたら……クリスマスだこれ!
うん、やっぱりイルミネーションはクリスマス感が強くなるね。
この世界には存在しない行事なので、誰も気にしてないみたいだし、ボクもあまり気にしないでおこう。そうしよう。
ちなみに、このお祭りは『四季神祭』といって年越しを祝うものだけど、特になにかをする決まりはないらしい。
家族や友人たちで集まり、ごちそうを食べたり、お酒を飲んで騒いだりするだけだとか。割といい加減だ。気楽でいいね。
だから運営側であるボクも、今夜は特に予定がない。
一応、ヴァルハラの主として一通り見て回るつもりだけど、問題が発生してもアルヴィトが常に各階層を把握しているし、警備隊の人たちも交代で巡回してくれるようだから、ボクの出番はないだろう。
そもそも会場はヴァルハラの一部分だけだし、例えなにかあってもすぐ対処できるはずだ。
具体的には、第三階層のギルド支部が並ぶ大通り。
第四階層の避難村がある草原。(神殿予定地)
第五階層のモンスター用の宿舎……以上の三ヶ所が会場となる。
第三、第四はそれぞれ誰でも参加可能で、人間だけじゃなくて一部の魔族やモンスターも混ざって楽しめる。
逆に第五はヴァルハラの身内専用で、こっちは外部の人が参加できない。
これはヘリヤもそうなんだけど、まだ人間に慣れていない子もいるからね。無理に参加させるつもりはないよ。
そんな感じなので、もし問題が起きるとしたら、人が多く集まっている第三と第四階層になる。
しかも……どちらも心配事があったりするんだよね。
とりあえず第三階層から行ってみよう。
「ところでアルヴィトって、どこか行きたいところってないんですか?」
「マスターアルマが向かうところです」
「まあ……わかってたけど」
声をかけないと黙って後ろから付いて来るだけなので確認したんだけど、アルヴィトはお祭りに興味ないみたいだ。
ボクが頼めば……いや、頼まなくても自発的に動いて尽くしてくれるアルヴィトだけど、その反面、ボクが関わっていない物事に微塵も興味を持たない。
そんな風に作ったつもりはないのに、なぜかモンスター作成はボクのイメージ通りにいかない部分が大きい気がする。
単純に集中力の問題なのか、それとも……なにか原因があるのかな?
第三階層へやって来た。
左右をギルド支部に挟まれた大通りには、多くの冒険者や商人、薬師に職人、そして魔術師の人たちが歩きながら飲み食いしている。
普段は仕事ばかりで外では見かけない職員さんも、今夜だけはすべて忘れて楽しんでいるようだ。
その混雑っぷりは、前が見通せないほどってわけじゃないけど、なんだか久しぶりに街へ来たような気分になってわくわくする。
なんだか田舎から出てきたような言い方だけど、残念ながらヴァルハラから出られないボクは、例え田舎だろうと行くことはできないのである。
まあ代わりに、これからもっとヴァルハラを賑やかにすれば、大都市に行ったも同然だと思っているので、あまり気にしてないよ。
それよりも今のボクが気にしているのは……あった。
雑踏の流れに乗ってボクとアルヴィトが一緒に歩いていると、それを見つけた。
「お、おい、あの子たち見てみろよ……」
「なんだよ。俺はこのヴァルハラ産ワインを味わうのに忙し……うおっ!」
「すっげえ、かわいい姉妹だな」
「どこかのご令嬢か?」
通りの端に設置された簡易テラス席みたいなところで、年齢もバラバラな男たちがお酒を飲んでいる。
こっちを見てなにか話しているけど、残念ながら聞き取れない。
立ち止まると迷惑だから、歩きつつ観察してみる。
「なんか、こっち見てないか?」
「声かけてみようぜ」
「おっと、やめたほうがいいぞ」
「はぁ? なんでだよ、貴族のお嬢様に気に入られるチャンスだぞ」
「同じこと言って領主の娘に突撃した奴がいたんだが、あれは傑作だったな」
「ああ、近くにいた護衛に取り押さえられた上にギルドからもペナルティを食らったとか聞いたな」
「……じゃあ、あの子も?」
「よほどの身分があれば、話しかけられるだろうよ」
「で、お前は挑戦するのか?」
「……また今度にしておく」
若手冒険者と思われる少年が、周囲の大人に注意されたようで、遠目にわかるくらいしょんぼりしている。なにを話してたんだろう?
それよりもボクが気にしているのは、彼らが飲んでいる物だ。
実は今回のお祭りでは、ボクがエネルギーで生成した例のお酒を少しだけ出していたりする。
何度もお願いされていたし、あんなにおいしいなら気持ちもわかるからね。
とはいえ、量は本当に少なくてひとりグラス一杯分だけだ。
おいしいからって、飲み過ぎはよくないからね。
ボクだって反省して我慢しているんだから。
実際に軽く見て回ったところ、きちんとひとり一杯分だけという決まりは守られているようで安心した。
後で聞いたところ、周りが絶対に独り占めさせないように見張っていて、ちょっとずつ味わうしかなかったらしい。それはそれで良し。
あと、今後も頼まれると予想していたので、最初からお祭りの夜だけの限定品と伝えてある。
販売もしないからね。飲み過ぎダメだよ。本当に。
ボクと一緒に酔い潰れていたイリスちゃんも、お祭りの前に様子を窺いに行ってみたら、ボクと同じく反省して今日は飲もうとしなかった。
「いざという時に動けなくなっていては、領主代行として失格です……」
そう言って落ち込んでいたくらいだ。
でもボクが誘って飲ませたわけで、責任はボクにあると感じてしまうわけで。
「じゃあイリスちゃん、これをどうぞ」
「こちらは?」
「ノンアルコールのお酒です。味は一緒なので、これなら飲んでも大丈夫ですよ」
「……アルマさまはお飲みにならないのですか?」
「そうですね。ボクは今日だけ謹慎中です」
「でしたら、わたしもご一緒しますね。こちらのお酒は、よろしければ他のお酒を飲めない方にわけてください」
気を遣ったつもりが、逆に気を遣われてしまう結果に終わってしまった。
まあ無理にすすめるつもりはないし、そんなやりとりもあって、ノンアルコールのお酒……ほぼジュースは、村の子供たち用になったのだった。
村と言えば、今頃クーちゃんがそっちに行っているはずだ。
もちろん遊びに……ではなく、以前からヴァルハラの主としてウワサになっていたので、この機会にお披露目するためだ。
うっかりボロが出てしまうと少し困るけど、一応すずちゃんが見てくれているから心配はいらない……はず。
というわけで今度は第四階層へ来た。
ここには村から少し離れた草原に、一本の大きく立派な木が立っている。
今ではイルミネーションによって煌びやかクリスマスツリーに変貌してしまっているけど、お祭り会場の中心として非常に目立っていた。
輝くツリーに目を奪われている人も多いけど、料理が並ぶテーブルに群がる人も同じくらい多い。
花より団子タイプだね。
第三階層でも見かけた光景だけど、少し違うのは羊肉の料理が多いことかな。
その理由はもちろん、クーちゃんにお願いされたからだ。
「くふふ、どうじゃエルマ。ここにあるのは、すべて羊肉の料理じゃぞ」
「あ、あれが全部ですか?」
ウワサをすればクーちゃんの声が聞こえた。
同時に、ボクの隣に現れたすずちゃん。
どうやら村長さんや村の重鎮が集まって、受け入れてくれた感謝の挨拶とか、一通りの話を終えたところらしい。
ダンジョンの主を前にして畏縮する村長さんたちに対し、クーちゃんは普段通りの気楽さで、ひとりだけ用意されたイスに堂々と座っていた。さすがだ。
その隣で従者みたいな立ち位置にいる女の子は、前に言っていた誕生日がモンスターの襲撃で中止になった子かな?
「すごい、おいしそう……」
「どれでも好きなだけ食べてよいのじゃぞ」
「え、いいんですか?」
「当然じゃ。子供に遠慮など似合わないのじゃ」
「ありがとうございますクーコさま!」
クーちゃんの食べ放題宣言だけど、とっくに他の子供たちが料理に飛び付いていたので、大人たちが恐縮して頭を下げ始める。
「申し訳ありませんクーコ様。子供たちには後でしっかり感謝するよう言い聞かせますので」
「くふふ、構わんのじゃ。今夜は祭りじゃ……お主らも心配事は多々あるじゃろうが、今だけは忘れるのじゃ。悪いようにはならんのじゃ」
「おお……ありがとうございます」
これから先の不安を抱える村長さんたちに、優しい眼差しで配慮するクーちゃんが、すごく立派な人に見える。
ひょっとしたら、こういうの向いているんじゃないかな。
「あいつは故郷でちやほやされて育ったのです。だから無駄に人を使うのが上手いのです」
すずちゃんも認めるほどのようだ。
「でも戦術のひとつも覚えてないのです。計算も下手なのです。お飾りなのです」
り、立派な飾りなら十分すごいと思うよ?
ともあれクーちゃんは意外と影武者が適任だったっぽいし、これなら今後もうまくやっていけそうだ。
一安心したので、そろそろボクはリゼちゃんと合流しようかな……と、その場を後にしようとして――――。
「マスターアルマ、あちらに」
急にアルヴィトに誘導されて、村から離れていく。
すると草原の道が途中から舗装されて、雪のように真っ白な地面が広がり……その上に、まるで氷の彫刻みたいな神殿があった。
「……はい? なにこれ?」
そんなものが知らないうちに建てられていたら、誰だって驚くと思う。
でもアルヴィトは、もっと驚くことを言い出した。
「マスターアルマが用意した『冬の神殿』です」
「ボクぅ?」
まるで覚えがないんだけど……。
「これボクが建てたの?」
「酔われていた時に、一息でした」
「……ホントにぃ?」
「他にこんなことができる者はおりません」
「それはそうだけど……」
ちょっと信じられないのは、あまりに氷の神殿が美しくて荘厳だったからだ。
ボクがイメージできたとは考えにくいんだよ。
正面から階段を上がって中に入ってみると、構造はシンプルで礼拝堂みたいな広い空間が最初に確認できる。
一番奥にあるのは玉座だ。どちらかと言えば王の間って言われてほうがしっくり来るかも。
見上げるとシャンデリアが透明度の高い天井から吊り下げられて、星と月の光を反射しているのか、天然の照明として輝いていた。
一見すると氷に思えた材質も、触れると冷たさは感じない。
アルヴィトに聞けば壁も床もすべて特殊なクリスタル製で、それこそがボク以外に作れない証拠でもあった。
「なんでボクはこんなものを……」
「それについて春の聖女から言伝てがあります」
「モニモニさんから?」
「他の神殿用の土地を残しておくと揉めずに済みますよ、とのことでした」
どういう意味か詳しく聞くと、モニモニさんは春の神殿を建てたら、いずれは夏と秋も押しかけてくると予想していた。
なので冬の神殿も先に用意すれば、早い者勝ちで文句を言わせず、最も穏便なのだとか。
それを酔っていたボクが聞いて、そのまま勢いで作り上げたらしい。
「いやでも、春の神殿はモニモニさんがいるけど、勝手に冬の神殿を用意したらダメじゃないの?」
「その件も解決済みです。冬の聖女はマスターアルマに、すべてを一任しました」
「えっと、どういうこと?」
「聖女の職務放棄です」
「えぇ……」
ばっさりアルヴィトが切り捨てたけど、それだけ聞いたら単なる怠け者にしか思えないよ。
いったい冬の聖女ってどんな人なんだろう。
「というか会ったの? え、来たの!?」
「はい。マスターアルマが酔い潰れている頃に」
「あの時かぁ……うわぁ失敗しちゃった」
やっぱりお酒はダメだね。もう飲むのはやめ……るのは早計だと思うから、きちんとケーカク的においしく飲もう。うん。
「冬の聖女さんが仕事を放り出したのはわかったけど、神殿はどうするの?」
「現在はマスターアルマが正式に聖女として任命されています。なので今後はマスターアルマの思うがままです」
「ちょっと待って聞いてない」
ただでさえブラリアン……たぶん冬の女神さまに無理やりダンジョンの主にされたのに、今度は聖女としても働かされるの?
それはちょっとイヤだ。
「心配は無用ですマスターアルマ。特に今までと変わらず、マスターアルマのやりたい放題です」
「別に今までもやりたい放題じゃないですけど、それなら……いいのかな?」
「管理はアルヴィトが手配しますので、マスターアルマは心の赴くままにお過ごしください」
すでにヴァルハラを運営する上での仕事も、ほとんどアルヴィトが引き受けてくれている状態だし、たしかに任せたほうが早い。
本人も言ってくれているし、ここは素直に甘えよう。
「ではマスターアルマ、こちらへ」
ゆっくりと手を引かれて、クリスタルの玉座っぽいところに座らされた。
堅そうな見ために反してソファみたいにふかふかだ。
「なぜボクをここに?」
「今はマスターアルマが冬の聖女だからです」
「なんか王様みたいで偉そうなんだけど……」
「偉そうではなく、マスターアルマは偉いのです」
「……ボクは一般ダンジョンの主でいいのに」
それが通らないのは、人間の味方をすると決めた時からわかっているけどね。
だって普通のダンジョンとして運営していたら、今のボクはいなかったか、とっくに討伐されていただろうから。
まあ、それはそれとして、ボクは玉座っぽいソファから飛び降りる。
せっかくのお祭りなんだから、こんなところで難しいことを考えているヒマなんてないよ!
「この神殿のことは後回しにして、そろそろリゼちゃんのところに行こう。アルヴィト、お願い」
「かしこまりました。ご案内します」
常にヴァルハラの全階層を把握しているアルヴィトの後ろを付いて、ボクは神殿から出た。
最後に振り返ると、空っぽの玉座に白い少女が座っているように見える。
もちろん、そこには誰もいない。だけど同時に感じ取れた。
「冬の聖女……」
ぽつりと零した言葉に、その白い少女は微笑んだ気がする。
「マスターアルマ、どうかしましたか?」
「……なんでもないよ」
ただの幻覚だったのかも知れない。
なんにせよ、ボクはひとつ決心したことがある。
「人に仕事を押し付けておいて、自分は笑って見てるなんて冬の聖女め……」
どこかで『え?』という声が聞こえた気がした。幻聴かな。
「いつかブラリアンと一緒に懲らしめてやる!」
また『ちょ、まって!』という焦った声が聞こえたような聞こえないような。
でもきっと気のせいなので、ボクはもう振り返らないのだった。
今回で三章も終わりですが次回でいつものキャラ紹介と
いくつか説明不足だと感じたところの補足をしようと思います。




