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29 ミスティー・ナイツ

遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。

今年もよろしくです。

 剛嵐は冷たい雪の上に倒れ伏していた。

 闇鴉族(レイヴン)にとって翼は重要な器官のひとつである。深く傷つけられてしまえば飛べないどころか、魔術を操ることも困難になってしまうのだ。

 それでも残った力でどうにか着地した剛嵐だったが、全身の力を失ったように動こうとしない。


 すでに夜美との戦いは、敗北という形で決着がついていた。

 その受け入れがたい事実を受け止めるのに精一杯で、戦う気力を失いつつあったのだ。

 傍に降り立った夜美にも、顔を向けるのがやっとである。


 一方で夜美は、別人のような姿となっていた。

 髪の毛は中央から左右で色が異なっており、右側が従来の黒髪に対して、左側は真っ白になっている。

 その背から広げられた両翼も同じ具合で、もはや闇鴉族(レイヴン)とは別の魔族になってしまったかのようだ。


 なによりも変わっていたのは、剛嵐の目から見ても夜美は以前の……片翼を失う前の力を取り戻していることだ。

 いや、それ以上の力を得ていると感じ取れるほどの威風堂々たる姿だった。


「……情けをかけたつもりか?」

「そんなつもりはないけど」

「ならば、なぜ翼を切り落とさなかった。わざと急所を外しただろう……」


 隙を突かれて夜美に斬られた剛嵐の翼だが、飛べなくなったのは一時的なものであり、傷が癒えれば元通り飛べるようになるだろう。

 完全に切り落とすことも、あるいは首を狙うことも可能だったはずだが、夜美はそうしなかった。

 それが剛嵐には、情けをかけられたとしか思えなかったのだ。


「私はただ、アルマがいたら止めたかなって、そう思っただけよ」

「雇い主の意向というわけか……ふん、甘いな。その甘さが命取りとなる」


 言いながら剛嵐は残った魔力を空に放った。『魔獣部隊』への号令だ。


「まだ俺には魔獣共がいる。お前でも、あの数を相手にするのは――――」

「気付いてないの?」

「……なに?」

「あなたが連れてきた魔獣なら、もう全滅寸前よ」


 なにを馬鹿なことを、と信じない剛嵐だったが、自身が出した魔力の号令に反応がなかった。

 まさかと腕に力を込めて立ち上がってみれば、すでに『魔獣部隊』は戦力として機能していないと悟る。


 魔獣たちは霧込む騎士隊(ミスティーナイツ)によって文字通り、狩られていた。

 戦いと呼べたのは最初の内だけであり、一方的にやられていたように思えた黒い騎士たちは、どれだけ甲冑をバラバラにされようとも、それぞれのパーツが意思を持っているかのように動き出し、空中を飛び回って元の騎士に戻るのだ。


 おまけに甲冑そのものは非常に硬く、ワーウルフが爪を立てようとも傷跡すら残せていなかった。

 ……となれば、どちらに軍配が上がるかは火を見るよりも明らかだろう。


 剣を掴んだままのガントレットが飛び交い……。

 散らばった甲冑がひとりでに組み上げられ……。

 ヘルムを弾き飛ばそうとも動きは止まらず……。

 時には自ら分離して次々に魔獣を斬りつける……。


 相対する者からすれば悪夢でしかない。


 他にもグラコーンが駆け回ってワーウルフを蹴り上げたり、上空ではザクロがスカイハンターをシューティングゲームのように撃墜していたりしたが、こちらはまだ常識の範囲内だろうか。

 どちらにせよ一方的な狩りとなっていることに違いはなかったが……。


 夜美は戦況を常に把握していたが、剛嵐は気にしていなかった。

 もし途中で気付いていれば、まだ他に打てる手はあったかも知れない。

 だが『放っておいても勝てる』と慢心した結果だ。夜美に意識を取られ過ぎたとも言えるだろう。


「なんだあれは……リビングアーマーではなかったのか!?」

「半分は正解ね。もっとよく観察すれば、本当の答えを見抜けるかも」

「本当の、答えだと……?」


 言われてようやく、剛嵐の目に奇妙なものが映った。

 黒い騎士の間接部から漏れる蒸気めいた白い影、そして分断されたパーツ同士を結ぶ魔力の塊……そして、それらから甲冑の内側に秘められた正体に思い至る。


「まさか、あれの中身はミスティーなのか?」


 その正体は霧人とも呼ばれるモンスターだ。

 濃霧に入り込んだ人間を惑わし、危険な崖に誘導するなどの厄介な能力を持っているが、直接的な攻撃手段を持たない上に、霧がない場所では生きられない。


 これはミスティーが実体のない『アストラル体』のモンスターであり、周囲を霧で覆っていなければ文字通り霧散してしまうからだ。

 正体さえ知っていれば、魔術や松明の炎で追い払えるほど、かなり弱い部類である。


 しかし甲冑という体を得たミスティーに、もはや弱点は存在しない。


「だ、だがミスティーがあれほどの力を持っているはずが……」

「だから言ったのよ。半分は正解だって」


 たしかに通常のミスティーを甲冑に詰めただけでは戦力にならない。

 なぜなら甲冑を動かせないからだ。

 そんな力を持っているなら、最初から直接攻撃すればいいのだから当然と言えば当然である。


 秘密は中身だけではなく、甲冑にもあった。


 中身はミスティーで間違いないのだが、剛嵐が言い当てた通り、甲冑はリビングアーマーだったのだ。

 つまり正しくはミスティーとリビングアーマー、二種類のモンスターが融合した新たなモンスター。

 それこそがアルマの生み出した霧込む騎士隊(ミスティーナイツ)なのだ。


 ちなみに一体につき、二万ものエネルギーを注ぎ込んでいる。

 ヌマネコに換算して一体で二匹分だ。

 どれほどアルマが気合いを入れて作ったかが窺えるだろう。


「彼ら……彼女たち? とにかく彼らなら、そこらの魔獣なんか何百体だろうと相手にならないわ。これがアルマのモンスターよ」

「ぐっ……!」


 モンスターの強さは、それを作り出したダンジョンの主の実力を表している。

 夜美の言葉は 、さっきまでアルマを馬鹿にしていた剛嵐への意趣返しだ。

 反論できず呻くことしかできない剛嵐に、こんなものではないと言わんばかりに追撃が入る。


「それから、私が勝てたのもアルマのおかげね」


 白い片翼が形を崩すと光の玉となってふわりと浮かび、元の黒髪に戻った夜美の左手に収まる。

 まるで宙に浮くおもちのような物体……それはシラタマであった。


 本来シラタマは『ウィスプ』と呼ばれる小さく、か弱い火の玉のようなモンスターだ。

 それをアルマが注ぎ込んだエネルギーによって高位モンスター『エレメンタル・ソウル』へと存在を昇華されていた。


 今のシラタマは高密度のエーテル体で構成されており、本人の意思で自在に形を変化させられる。

 そして夜美が持つエーテル体と接続することで、一時的に肉体と同化し、義翼として機能していたのだ。

 先ほど剛嵐の上を取れた点からも、その有用性は証明されている。


「この子こそ、アルマが私のために用意してくれた新しい翼よ」


 などと夜美は解釈しているが、もちろん違う。

 アルマはペットとして作っただけで、シラタマ自身が役に立とうと自分から夜美に協力している、というのが真実である。言わぬが花ともいう。


「それだけじゃない。この防具と武器もアルマから与えられたもの……」


 身に付けた黒いセーラー服を自慢気に撫でる夜美。

 デザインそのものはアルマの趣味だが、生成する際に込められた思いは本物であり、剛嵐の魔術を無効化するほどの高い防御力を誇る。

 剣はお金で購入した物とはいえ名工の手による業物であり、魔力で硬質化した翼を切り裂けたのも、この剣あってこそだ。


 霧込む騎士隊(ミスティーナイツ)、一級品の武器と防具、そして新たな翼……。

 どれひとつ取ってもダンジョンの主として高い実力を示し、そしてそれらを容易に与えるアルマの器が、どれほど大きいのかを物語っていると言えた。


「これでも、まだアルマが愚かだなんて言える?」

「……ずいぶんと、その飼い主を気に入っているようだな」

「ふふっ、まあね」


 皮肉に対しても朗らかに笑って返す夜美の瞳は一片の曇りもない輝きを宿し、今度こそ剛嵐に誤魔化しようのない敗北を痛感させた。


「……魔獣共を失った以上、俺に打つ手はない。これで終わりだ」


 ついに負けを認めた剛嵐は、しかし言葉とは裏腹に薄ら寒い笑みを浮かべる。


「それでも……お前たちは勝てないだろう」

「どういう意味?」

「ここにいる魔獣がすべてだと思ったか?」


 サメ怪人が送り出した『魔獣部隊』には、とっておきの切り札があった。

 そのモンスターは剛嵐たちの後方をゆっくりと追従しており、今ようやく雪原まで辿り着いたのだ。


「あれは……」


 夜美が強い気配に天を仰ぐと、分厚い雲と見まごうほど巨大な物体が空を泳いでいた。


「大きな……魚?」

「メガロドンという。こちらの最大戦力と言っていいモンスターだ」


 海の生物に明るくない夜美の反応は薄かったが、アルマがここにいたら『サメの怪獣だ!』と大興奮していただろう。

 全長二十メートル越える、超巨大サイズのサメが飛んでいるのだから仕方ない。


 メガロドンは夜美と霧込む騎士隊(ミスティーナイツ)を敵と認識し、高さ五十メートルほどの位置から頭を下げて降下する。

 凶悪な牙が並ぶ口を大きく開き、大地ごと抉ってなにもかも喰らってしまうつもりだ。


 あまりに巨大すぎて、正面からまともに戦うなど不可能なサイズである。

 剣は通じないと見た夜美は、剛嵐へ視線を移す。


「先に言っておくが俺に指揮権はないぞ。あれは別の魔族が担当している」

「……そう」


 一瞬だけ剛嵐を脅すか人質に取ろうと考えた夜美だったが、近くに仲間がいるにも関わらず突っ込んで来る様子から無意味と判断する。

 それならばと、夜美はメガロドンに背を向けた。


「撤退するか……妥当だな。あれは俺もろともお前を始末するつもりだろう。近くにいれば攻撃できないなどと甘い期待はしないことだ」

「なにを言っているの?」


 本気で意味がわからないと夜美は首を傾げつつ、右腕を天に掲げる。

 背を向けたのは、合図を出すためだ。


「みんなに活躍の場ができてよかったわ」

「なんだと?」

「もしかして、霧込む騎士隊(ミスティーナイツ)があれで全員だと思った?」

「ま、まさか……」


 アルマが用意した黒い騎士たちは五十体。

 雪原で魔獣たちと交戦していたのは四十五体。

 残りの五体は、どこへ行ったのか?


 その答えは……雪の下から現れる。


「じゃあ、撃って」


 夜美が腕を振り下ろすと同時……落とし穴の地点より後方から、五つの光が奔流となって飛び出した。


 ――――キュイイィィィン!


 光は奇怪な音と共に、大気を焼き焦がしてメガロドンの胴体へと銛のように突き刺さる。

 その直後、命中した箇所から一際まばゆい閃光が放たれると激しい爆発が断続的に五回、空気をビリビリと震わせた。

 地上にいる夜美と剛嵐のところにまで突風が吹き、雪を舞い上がらせるほどの衝撃である。


 オオオオオオ……。


 不気味なメガロドンの鳴き声が響き渡り、ようやく辺りを見回す余裕を取り戻した剛嵐が見たのは……。

 胴体の一部が深く抉れたメガロドンの姿と、いつの間にか雪上に現れていた五つの四角い物体……銀の魔動車・改(アルゼンタム・マキナ)である。


 これは夜美が雪に隠し、合図で新武装の主砲『魔導収束マギアブラスター』を一斉に発射する作戦だったものだ。

 当初は落とし穴を察知して動きを止めた『魔獣部隊』を狙う配置だったが、あっけなく罠にかかってしまい使い所を見失っていたので、メガロドンの登場はとても助かる話であった。


 仲間が華々しく初陣を飾っている中、ただ車内で待機していた五体の黒い騎士たちも、ようやくの出番にこっそり喜ぶ。

 このまま活躍もせず帰っていたら、しばらく落ち込んでいたところだ。


 とはいえ巨体を沈めるには、まだ足りない。


「驚かされたが、むしろ事態は悪化したようだな」


 手負いとなったモンスターは生存本能が働き、通常時よりも狂暴になる。

 頭から突っ込もうとしていたメガロドンは空中で停止すると、体内にある膨大な魔力を膨らませた。

 そして大きく開いた口内に魔法陣を展開すると、地上にあるすべてを圧し潰さんと、めちゃくちゃに水の魔術を放ったのだ。

 

 見かけは大量の水を吐いているような悍ましい光景だが、魔術は単純な破壊だけではなく生き物のエーテル体に影響を及ぼし、最悪の場合は死に至らしめる。

 例え水圧に耐えても、魔術抵抗力が低いと意味がないのだ。


「ふっ、おまえも俺もここまでか……」


 これで終わりならばと、剛嵐は最期の言葉を告げようとする。

 だが夜美は平然として……まるで午後の昼下がりにお茶を楽しむような涼しい顔をしていた。

 視線の先には大瀑布の如く押し寄せる水の魔術と、たった一羽のカラス。


 クァー。


 そんな鳴き声を、剛嵐は聞いた気がした……その時、まるで水の流れを遮るかのように紅色の花が空に咲く。

 カーバンクル・レッドアイのザクロが放った魔術返しである。


 透き通った紅色の樹枝六花を模した光の壁を前に、水の魔術は弧を描いて天へと駆け上がる。さながら水と油の弾かれようだ。

 向かう先は狙い済ましたようにメガロドンの傷口であり――――。


 オオオオオオオオオオオオ……!


 自ら放った魔術で傷を広げたメガロドンは、先ほどより強い鳴き声をあげる。

 致命傷には至らなかったが、徐々に高度を下げつつあった。もう飛行するだけの余力もなくなったのだ。


 最後はなりふり構わず突撃しようとするメガロドンだったが、再び五つの光の奔流が突き刺さり、冷たい大地へ叩き落とされた。胴体に風穴が空いては、いかに巨体を誇るメガロドンと言えどひとたまりもない。

 ぴくりとも動かなくなり、今度こそ『魔獣部隊』は全滅だ。

 夜美たちが勝利した瞬間である。


 それを確認した霧込む騎士隊(ミスティーナイツ)は揃って剣を掲げ、歓喜の声をあげられない彼らに代わってグラコーンが大きくいなないた。その背にはザクロが乗って毛づくろいしている。

 

 一方ひとり生き残った剛嵐は、信じられないといった顔で茫然としていた。


「これがアルマの――――」

「ああ、もうそれはわかったからいい。俺が悪かった」


 遮られて不満そうな夜美を無視して、剛嵐は勝者を祝福する。

 魔族共通の価値観として、強き者は称えられるべき、という意識があった。

 ここまでの戦果を見せつけられては認めざるを得ない。


「……信じられんが、おまえたちなら本当に、この『戦争』にも勝てるかも知れないな」


 それはサメ怪人の実力を知っている剛嵐なりの賛辞だったが、夜美は微妙な顔をする。


「ん……たぶんだけど、もう『戦争』は終わっているはずよ」

「……なにを言っているんだ?」

「実はね、私たちは敵の進行を食い止める時間稼ぎが役目なの」


 そう、夜美を指揮官とする『戦闘部隊』は、あくまで敵にヴァルハラを荒らさせないため用意された迎撃用の部隊。

 ここで剛嵐に勝てずとも、一時的に足止めできれば作戦成功となるのだ。

 もちろん倒してしまっても構わないため、張り切った霧込む騎士隊(ミスティーナイツ)は完勝してしまったわけだが。


 つまりサメ怪人のダンジョンを攻略するのは――――。


「別動隊があったのか」

「隊というか、ひとりね」

「……正気か?」


 どこまで本当なのかと剛嵐は疑いの目を向けるも、夜美は冗談など言わない性格だと知っている。

 たしかに夜美たちは強く、メガロドンまでも討伐するほどの戦力ならば、たいていのモンスターは破れる。

 それでもサメ怪人のダンジョンには、今回の『魔獣部隊』とは別の強力なモンスターが控えているのだ。

 たったひとりで攻略するなど不可能だと、とても信じられなかった。


 別に信じて貰わずとも構わない夜美は、あるひとつの記憶を思い返す。

 ヴァルハラを出発する前に、こっそりアルマが紹介してくれたモンスターだ。


 それは敵ダンジョン攻略用の特別製で、あのアルヴィトの姉妹機であり、戦闘特化型と定義された化け物のような性能を誇る。

 例え夜美が万全の状態だったとしても、敵対したくないと思わせるほど理不尽極まる能力を秘めていた。


 欠点として戦闘時の消耗が激しく、余計な行動は避けなければならないため、なにもかも任せられるわけではなかったが……あれならダンジョンをひとつ潰すくらい容易い仕事だろう。


 そんな風に夜美が納得してしまうモンスターから、ダンジョンの制圧完了の報告が届いたのは、ほんの数秒後だった。

ブックマークと評価ありがとうございます。

今年も頑張れそうです。

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