22 主たちの集い2
山羊たちと別れたボクは、少しだけ場の雰囲気に慣れたこともあって、他のダンジョンの主たちにも積極的に話しかけることにした。
すると、みんな思ったより友好的で質問にもあっさり答えてくれる。
中には興味がなかったり、そもそも会話する気がなかったりで、まともに取り合ってくれないこともあったけど、そんなのは人間でも同じだよね。
ちょっと価値観とか見た目が人間とは違うだけで、ほとんどは穏やかで素直な性格の持ち主という印象だ。
でも……。
なぜダンジョンの主は人間を苦しめるのか。
誰がダンジョンの主を作り出しているのか。
それらの謎に関しては、誰もが知らないと答えた。
というより多くの主はそういうの気にならないみたいで、どうしてそんなことを気にするのかと、逆に疑問を持たれちゃうくらいだ。
ただ中には少しだけ、興味を持ってくれる主もいた。
その主は活発だった頃、作り出したモンスターをどんどん外へ送り出し、侵入してきた人間をすべて返り討ちにしたりと、謎の使命感に満ちていた。
だけど十年ほどダンジョンを運営している内に、人間を苦しめるために戦うことに意味が見出せなくなってしまい、以前ほど活動的ではなくなったとか。
最近では残りのエネルギーが尽きて、そのまま自然に任せて朽ちるのも良いと思い始めている、なんて言い出すほどだった。
まるで、ダンジョンのおじいちゃんみたいだ。
ここまで色々な主から話を聞いた結果、残念ながら答えは得られなかった。
だけど、ふと気になって今まで話した主たちが、いったい何歳なのかを確認してみる。
すると驚くべき結果が出てしまった。
まず多くの主は五年前後しか生きていないそうだ。
十年近くになると少数で……その比率は、見事にボクの質問に興味を示さなかった層と、興味を持ってくれた層で分けられた。
つまりダンジョンの主は長く生きるほど、色々と疑問を持つようになるらしい。
同時に、どんなに長生きでも二十年を超えるのはごく少数で、ほとんどの主は十五年前後で自然と消滅していることもわかった。
……もしかしてダンジョンにも寿命があるの?
あくまでエネルギーの供給を自ら止めての消滅だから、生きようと思えばもっと長く生きていられると思うけど、なんだか精神的に生きる気力を失っているように感じられるんだよね。
さっきの主が言っていたように『なんのためにダンジョンを運営するのか』そんな存在意義を考えるようになってしまい、生き甲斐みたいなものを見失っちゃうのが原因なのかも知れない。
先輩のダンジョンみんなが、そうやって二十年も経たずにいなくなってしまうから、新しく生まれたダンジョンの主たちにも色々な情報が共有されずに、よくわからない状態が続いているんじゃないかな。
……となると、二千年も消滅せずに生きているダンジョンの主だったら、誰よりも興味を持って色々なことを調べ上げているかも知れない。
できれば、そっとしておいてあげたかったけど、これは是非とも話を聞かないといけなくなってしまった。
他の主たちと話を終えたボクは、未だ眠ったふりを続けるブラッドルーラーさんのところへ向かう。
「あのー、すみません、ちょっといいですか?」
机に突っ伏したまま動かない銀髪の人に話しかける。
だけど返事がない。まるで死んでいるかのようだ。身じろぎひとつしない。
「聞きたいことがあるんですけど……」
諦めずに再び声をかけても、やっぱり反応しない。
どうしよう……とりあえず向かいの席に座ろうかな。
こうなったら長期戦の構えだ。延々と話しかけ続けるよ!
「いや、普通そこで諦めないか?」
と思ったらブラッドルーラーさんが顔を上げてくれたので短期決戦だった。
「お話を聞かせて欲しいんですけど……」
「俺は話したくない。はい、おしまい」
そう言って両腕を組んだ間に顔を埋めて、また寝たふりをしようとする。
なんだか思っていた感じとは、ちょっと違うような?
少なくとも話し相手がいなくて寝たふりをするような性格じゃなさそうだ。
それに初めてブラッドルーラーさんの顔を見たけど、さらさらの銀髪の輝きに負けないほどの美形だった。
最初は女性かと思ったけど、男性なのかな?
中性的な声ではっきりと判別できないけど、たぶん男ってことにしておこう。
フリルの付いたお洒落な白いシャツに黒いズボンというファッションのせいもあって、どことなく吸血鬼を連想する。名前もブラッドさんだし。
もしくはピアニストだ。でっかい黒いピアノを激しく弾き鳴らしてホールはスタンディングオベーションである。
「……なんか変な想像してないか?」
「してないですよ?」
吸血鬼とピアニストは変じゃないよ。
「とにかく俺は話なんざ……おい、それはなんだ?」
「これですか?」
ずっと手に持っていたワインのボトルをテーブルに乗せる。
お酒が好きなのかな?
ちらりと様子を見れば、ボトルをジッと睨んだまま動かない。
どこにも置いておけないし、地味に重くて困っていたんだけど、貰ってくれるならすごく助かる。
「よかったらこれ、いりますか?」
「……フン、まあ手土産を用意するくらいの礼儀はあるってわけか」
ただの偶然だけど、良い方向に誤解してくれたみたいだ。
ブラッドさんは不機嫌そうだった顔を少し緩めてボトルを手に取る。
「ラベルがないな。銘柄はなんだ?」
「え? えっと……ヴァルハラのワインですけど」
「ヴァルハラ? 地方の名前か? まあいい、肝心なのは中身だ」
どこから取り出したのか、片手にワイングラスが出現していた。
慣れた手つきでワインを注いで、軽く揺らしたりする。プロっぽい!
「ふーん、なかなか上物だな……いや待て。確か以前どこかで」
なにかに気付いたようで、ブラッドさんはゆっくりとグラスに口を付けた。
そういえば味見とか一切してないんだけど、マズかったら機嫌を悪くしたりしないよね?
も、もう止めるには遅いし、せめて口に合いますように……。
「……ふー、なるほど。そういうことか」
なぜかボクを見て、ブラッドさんがにやりと不敵な笑みを浮かべた。
ダメだったの? おいしかったの? どっちなの?
「さて、なにか聞きたいことがあるんだったか? こいつの対価分くらいなら付き合ってやろうじゃないか」
「え、いいんですか? 本当に?」
「早くしたほうがいいぞ。俺が飲み終える前にな」
ワインをするすると飲み続けるブラッドさん。
そんなに気に入ってくれたの?
元はテキトウに作った物だから心配だったけど、本人が良いって言ってるんだから良いよね。やったー。
棚からぼたもちっていう奴だと思って、遠慮なく質問してみよう。
「そもそもダンジョンってのは女神が作り出したシステムなんだよ。人間たちに試練を課して、堕落しないように研鑽を促し、苦難を乗り越えた者には相応の褒美を与える……それがダンジョンという名のシステムで、俺たちダンジョンの主は管理者ってわけだ。人間を苦しめるってのは曲解して今の奴らに伝わったんだろ。どっちにしろ役割は変わらないんだから、誰も訂正していないってだけだな。なんにせよ面倒な仕事を押し付けられた俺たちからすればクソッたれな話だ」
「な、なるほどぉ……」
もし知らなかったとしても仕方ないくらいの軽い気持ちで、ダンジョンが人間を苦しめる理由を聞いてみたんだけど、予想以上の答えが返ってきてしまった。
というかダンジョンって女神さまが作ったの?
だとしたら人間の敵とは言えない……あ、でもモンスターが村を襲うことに変わりはないんだし、やっぱり人間にとっては敵といっても間違いないんだよね?
ダンジョンを運営するのに必要とはいえ、恐怖からエネルギーを回収するところとか控えめに言っても邪悪だもん。ボクのところは違うけど。
……本当にそんなの女神さまが作るのかな?
ウソじゃないとしたら、まだボクは勘違いしているのかも。
「もうひとつ質問なんですけど、どうしてダンジョンは恐怖からエネルギーを回収するんでしょうか?」
「……お前はなにを言っているんだ?」
「はい?」
「その誤解も理解できるが、エネルギーの正体は『女神の力』だ。人間たちが試練を前にして抱いた『恐怖を乗り越えようとする心』を受けて、それぞれのダンジョンの主に与えられる。それを褒美として人間たちへ再分配するか、より試練を難しくするかは主の采配次第だけどな。だが、もしも恐怖そのものがエネルギーになるんだったら、ひたすら拷問でもすれば効率よく稼げるんだから楽でいいな」
恐怖を乗り越える力がエネルギーになる……?
それってつまり人間の『勇気』こそがダンジョンを動かして、ボクたちが生きるのに必要なエネルギーの元になるってことだ。
そう考えると、なんだか邪悪な感じは薄れるね。
でも、それだとボクはちょっとだけ冷や汗が流れてしまう。
「あの、ボクの話じゃなくて、例えばの話なんですけど……試練じゃなくて恐怖だけ与えて、色々ご褒美をあげたり、他のダンジョンの攻略を後押しするのってダンジョン的には違反なんでしょうか?」
ボクのダンジョンは基本的に絶叫アトラクションでエネルギーを稼いでいる。
それを試練と呼ぶには軽すぎるし、すでにポーションや食料など、色々な物を作ってあげたりした。
おまけに他のダンジョン攻略を手伝っている面もあるし……これまでは悪いダンジョンの主なら討伐されて当然だと思ってたけど、女神さまの作ったシステムって聞いた今では、なんだかボクが悪いことをしてしまった気持ちになる。
「別にいいんじゃないか?」
「いいんですか!?」
あっさりと否定するブラッドさんに、ボクは大声を出してしまった。
「エネルギーを与えられたなら、それは女神的に問題ないんだろう。深く考えてないって線もあるけどな」
「女神さまはそんなテキトウなこと、しないんじゃないですか?」
「どうだかな」
ぐいっとグラスを傾けて空にするブラッドさん。結構な勢いで飲んでるけど大丈夫なのかな?
「だいたい、お前が違反者だとすれば、もっとダンジョン失格の奴らがいるぞ」
ブラッドさんの視線を追うと、そこには大量の料理やお酒を飲み食いして騒いでいる集団がいた。
ぎゃははっと馬鹿笑いする声が、隅っこの席にいるボクたちにまでよく届く。
実はランプさんに頼めば料理などは用意してくれるらしい。
ただダンジョンの主は食べなくてもお腹が空かないから、普段からエネルギー節約で食事しない主もいるみたいで、この会場でも料理を頼むのは少数だった。
だから他の主とは違って宴会している集団は、どこか人間っぽくてボクも気になっていたんだけど、あまりにガラが悪いから近寄りがたかったんだよね。
「最近は主の中に、人間のような考え方をする奴が増えている」
「それって悪いことなんですか?」
「どうだろうな。思考の柔軟性や発想力に目を見張るところはあるが、その反面あいつらのように品性が欠けてしまう。言い換えれば欲望に素直なわけだが、暴走して人間を襲うのでは意味がない」
どうやらモンスターを積極的に送り出している集団で、人間をダンジョンにおびき寄せる目的ではなく、食料や道具を奪うために襲撃するらしい。
しかも、ただ奪うどころか、楽しいから弱い人間を攻撃するのだとか。
それはもう試練じゃなくて蹂躙だ……。
「試練と褒美を与える管理者が私欲に走ってしまえば、それこそ堕落だ。後に残るのは人間にとって害悪でしかない世界の病巣だろう」
すごく辛辣な表現だ。ブラッドさんも嫌いなタイプなのかな。
「あんなのが存在を許されているんだ。お前が褒美をばら撒くのも、人間に肩入れするのも、むしろ推奨されるべきなんじゃないか?」
「ですね。そこまで酷いとは思いませんし、ちょっと安心しました。あ、ボクの話じゃないですけどね!」
「フッ、そうだったな」
むぅ、あまり信じられてない……。
まあブラッドさんは置いといて、ちょっと情報を整理しよう。
まずダンジョンを作ったのは女神さまだ。
理由は人間のためで、簡単に言えば攻略すればご褒美を与えられる。
ボクたちは、そんなダンジョンの管理者だ。
ある程度の裁量権が与えられて、どれくらい難しいダンジョンにするか、どんなご褒美をあげるかを決められる。
つまりボクたちをダンジョンの主にしたのも女神さまというわけで……。
ブラリアンの正体は女神さまだった?
その場合、ボクはどうやって文句を言えばいいんだろう。
やっぱり神殿に行くしかないのかな。外に出られないし、ヴァルハラに神殿が建てられるまで待てば……。
あれ、でも神殿って四つなかったっけ?
女神さまも四季と同じで、春夏秋冬の女神さまが存在するはずだ。
「ダンジョンを作った女神さまって、どの女神さまですか?」
「もちろん冬の女神に決まっているだろう。こんな陰険で湿っぽいこと思い付く女神なんて、他にいないからな」
なにか女神に恨みでもあるのだろうか。
ともあれ冬の女神さまがブラリアンなら、いずれ冬の神殿がヴァルハラに建てられたら、そこに乗り込んで文句を言ってやろう。
……まあ、今はちょっとだけダンジョンの主になれたことを感謝している部分もなくはないけども、いくらなんでも勝手すぎるし説明不足だよ。
伝えるべきことは、しっかり言って伝えないとね。
「それで?」
「え、なんです?」
「他に質問はないのかって聞いているんだ」
もう随分と話して貰っちゃった気がするけど、まだまだ教えてくれるみたいだ。
ひょっとして酔ってるから口が軽くなってるの?
ボクとしては嬉しいので、他に聞いておくべきことがないか考えてみる。
あとは夜美さんの懸念していた、敵対するダンジョンについてかな。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
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