15 ヴァルハラ移住計画1
「……アルマちゃん、なにそれ?」
「あ、リゼちゃん。これはですね……なんだと思います?」
「……おもち」
ボクの手の平の上に乗っかっている楕円形の白い玉を、リゼちゃんは興味深そうに観察しながら指でつつこうとする。
すると、白い玉がくるりと動いて三つの黒い点が現れた。
「……ごまおもち」
「ふっふっふっ、実はこれ鳥なんですよ!」
「……とりおもち」
おもち食べたいの?
「これはシマエナガという種類の鳥なんですよ! ……まあ見た目は曖昧だったので微妙に違う気もするし、正体はまったく別のモンスターですけどね」
カラス型のモンスター『レッドアイ』は鳥系だけど、このシマエナガっぽいイメージで作ったのは鳥ではなく『ウィスプ』という、なんかよくわからない系モンスターである。
なんかよくわからない系というのは、なんかよくわからないのだ。
「見た目は完全に鳥ですけど、ふわふわ浮いて光るんですよ。かわいいですね」
ボクが手を掲げると、白い玉が風船みたいに浮かんで内側から仄かに発光している。まるで提灯のようで、暗いところで見たら幻想的で美しく映るだろうね。
「……完全に浮かんで光るおもち」
どうやらリゼちゃんはお腹が空いているみたいだ。こんなにかわいいのに。
手の上に戻った白い玉が首を傾げて……というより体ごと傾けてボクを見つめている。まるで『おもちってなぁに?』と問いかけているようだ。
おもちじゃないよ。そう言いながらボクは指先で撫でて、名前はシラタマだよと教えてあげた。おもちじゃないよ。
それはさておき、どうして急にシラタマを作ったのかと言えば、夜美さんに同行させているカラスのザクロに触発されたから……かな?
単純に鳥のペットが欲しくなっただけとも言う。
猫や兎や犬もいいけど、鳥もいいよね。
そう言った時、すずちゃんの目が鋭い光を放った気がするけど、すぐに戻ったから気のせいかも知れない。
ただ尻尾が寂し気に揺れていたので、いっぱいもふもふしておいた。
あまり表情が変わらないすずちゃんの感情は、顔より尻尾に表れると最近わかってきたのだ。
もふり終えた時には、尻尾が左右上下にぶんぶん振り回されていたよ。
「ところで、ボクになにか用があったのでは?」
「……そうだった」
ここは第十階層にあるボクたちが一緒に暮らす家だけど……まだ午前だ。
最近のリゼちゃんだったら魔術師ギルドにいる時間だし、お昼ご飯には少し早いからわかりやすい。
「……これ見て」
「なんですか、このガラスの瓶……えっとフラスコでしたっけ?」
「……人造精霊の器」
「ああ、前にも見せてもらったやつですね」
研究の成果とかでリゼちゃんが見せびらかしてくれたけど、ボクの目にはフラスコ内で液体がぽこぽこしているようにしか見えなかった記憶がある。
だけど今は液体だけじゃなくて、フラスコの中に別の存在が感じられた。
これは……命の反応?
ボクのダンジョンの主としての感覚が、微かだけどフラスコの内側から発せられるエネルギーによって、ひとつの命が存在することを認識できる。
「これなにか入ってるんですか?」
「……生まれた」
「なにがですか?」
「……新しい命」
「つまり赤ちゃんですか……」
「……そうとも言う、かも?」
ボクが聞いているのに首を傾げられてしまった。
よくわからないので詳しく聞いてみると、どうやらリゼちゃんもよくわかっていなかったらしい。
というのも、これは錬金術の秘奥にして秘中の儀のひとつだとかで、もし成功したら魔術師として偉業となるのだとか。
つまり今まで成功させた人が数えるほどしかいないので、リゼちゃんにも順調かどうか、現状をどう評価すればいいのかわからないのだ。
そもそも魔術と錬金術って同じなの? って思うけど、分野が少し違うだけで根本的には同じものらしい。
厳密には、魔術の流派のひとつが錬金術みたいだ。
実はポーションを作るのも、半分くらい魔術師が協力しているから錬金術が関わっているとかいないとか。
これを認めちゃうと魔術師ギルドに吸収されるから、薬師ギルドは別物って言い張っているみたいだけどね。
あと他にも召喚術、幻影術、精霊術、死霊術があって、それらを扱える魔術師が少ないから、まとめて黒魔術って呼んでいるようだ。
一般的には炎や水といった六つの属性を操るのが魔術と呼ばれていて、リゼちゃんいわく最もシンプルかつ奥が深いという。
ちなみに神殿の白魔術は完全に別系統だから、黒魔術とは明確に区別されているようだけど、ボクからするとどちらも同じ……すごい魔術だ。
「もし成功していたら、最後はどうなるんですか?」
「……新しい命が生まれる」
「え、じゃあもう成功しているんじゃないですか?」
「……ちょっと違う。これだと虫が湧くのと変わらない。もっと大きく、もっと賢い、もっとかわいいのが生まれる予定」
「かなり違いますね」
あと、それって半分リゼちゃんの願望なのでは……。
改めてフラスコを見ても、中身は薄い青色の液体だけで、今のところ大きくも賢くもなさそうだし、かわいいのが生まれる気配はない。
そこへ、かわいいシラタマがフラスコの傍に近寄って中を覗き込んだ。
よくわからない同士で、なにか引かれるのかな?
「だったら、とりあえず名前を付けてあげましょう」
「……名前?」
「最近クーちゃんが色んなものに名前を付けるのにハマっているみたいで、ボクも気付いたら考えてしまうんですよね」
建物どころかヴァルハラの各階層や、訓練用ゴーレムたちにまで名前を付けようとしたのには驚いたよ。
まあ、ほとんどは保留になっているけど。見た目が同じで判別できないし。
「……アルマちゃんは、どういう名前がいい?」
「えーと、まだ見た目もよくわかりませんからね。こういう時はあれです。こういう風に育ってくれますようにって願いを込めた名前にしましょう」
フラスコの中にいるのが赤ちゃんみたいなものなら、方向性としては間違っていないはずだよね。
リゼちゃんは少しだけ考え込む仕草を見せてから、ボクに向かって言う。
「……アリーゼがいい」
「ふむふむ、いい名前ですね。なにか意味があるんですか?」
「……アルマちゃんと、私から取った」
ボクとリゼちゃんの名前から?
つまり『アルマ』と『リーゼロッテ』で『アリーゼ』ってこと?
「えっと、なんでボクたちの名前から取ったの?」
「……ダメだった?」
「ダメじゃ、ないです……」
ちょっと恥ずかしいけど、満足気な顔をされてしまったら強く断れない。
きっと、そんな深い意味とかないよね……?
「……アリーゼ、早く大きくなってね」
フラスコに語りかけるリゼちゃんに、どこか母性を感じてしまう。
あ、あまり触れないでおこうかな。そうしよう。
そっと現実から目を逸らすと、ちょうどいいタイミングで懐中時計からチリンチリンと涼やかにベルの音が鳴った。着信音だ。
ポケットから取り出して内側の水晶に表示された名前を確認すると、夜美さんからだった。
几帳面というかマジメな夜美さんは、いつも定時連絡として決まった時間に連絡をくれているんだけど、時計盤のほうを見ると少し早い気がする。
「なにかあったのかな?」
不安に思いながらボクは懐中時計の通信を始める。この場にはリゼちゃんしかいないので隠す必要もない。
『アルマ、ちょっといい?』
「夜美さん、どうかしましたか?」
『そう、だね。私たちだけじゃ判断が難しくて、アルマに確認したいんだ』
夜美さんの声色からは切羽詰まった様子はない。
ただ向こうにはギルド代表としてユリウスやヨハンがいるし、現場での判断は夜美さんも含めて任せている。
馬車隊が出発して、今日で三日目。
今までの夜美さんからの報告では順調だったはずだ。
先の二つの村では被害は少なく、物資を提供すると村中から感謝されて見送られるほどだったとか。
まだ物資にも余裕があり、例え最後の村の被害が甚大だったとしても、十分な量を提供できるって言っていたからね。
それでも難しい状況となると、予想外のことが起きたのかも知れない。
「な、なにがあったんですか?」
『順番に説明するから落ち着いて。まず私たちが三つ目の村に――――』
夜美さんによると、それまではたしかに順調だったようだ。
馬車隊のメンバーとも打ち解けた夜美さんは、もうすぐ三つ目の村が見えてくるところまで来た……その時、ザクロが異変に気付いて伝えてくれたらしい。
『村がモンスターの襲撃を受けていたんだ』
「ええ!? だ、大丈夫だったんですか?」
『すぐに私たちも撃退に出たし、なによりザクロとグラコーンも頑張ってくれたからね』
あの二体が敵モンスターとの戦いで活躍したみたいだ。
詳しく聞いてみたいけど、今はそれどころじゃないので後にしよう。
「夜美さんも戦ったんですか? 無事だったんですよね?」
『うん。みんなケガもなかったから安心して。村の人も……まあ無事だったよ』
なぜか歯切れの悪い夜美さんは、言い辛そうに続きを話してくれた。
『村の人の話だけど……もう村として維持できないみたい』
「え、無事だったんですよね?」
『ケガをした人は出なかったけど、それ以外はちょっと酷い状況だよ』
その村では特産品として羊を育てていたらしい。
まとまった数の羊毛を街まで運んで、それを売ったお金で必要な物を買って暮らしていたようだけど、今回の襲撃ですべての羊を失ってしまったのだとか。
そうなると今年の冬を乗り切れても、後が続かない。
小さな畑くらいはあるけど、それは村内で消費していたものだから収入源にならないし、なにより次もまたモンスターに襲われたら、今度こそ人間に被害が及んでしまう。
「支援するだけじゃダメってことですか?」
『もう、この村で暮らすのも不安みたいだね。だから、どこか別の場所に移住したいって言っているんだけど……時期が悪くて』
もうすぐ本格的に寒くなって雪も降り始める。
食べ物は馬車隊が提供できるけど、住む場所まで用意はできない。
かといって、春まで村に残るのはモンスターが恐ろしい……なるほど。
「たしかに難しいですね」
『ううん、解決策はあるんだ』
「そうなんですか?」
『実は、ザクロやグラコーンが村の人たちに注目されて、危なくないのかって話になってね……それは冒険者のみんなが色々と話してくれて、実際に村を守るために戦っているのを見た人もいたから信じてくれたけど』
その結果、ヴァルハラについても説明することになったみたいだ。
「ということは……」
『村の人たちが、みんなヴァルハラに行きたいって話しているんだよ』
「えっと、ここもダンジョンでモンスターがいるんですけど……」
『ザクロとグラコーンは子供たちにも人気だから、それは問題ないと思うよ』
「人気なんですか?」
『怖がらせたらいけないって理解しているみたいだね。本当にモンスターなのか怪しいくらい頭が良くてびっくりしたよ』
そういえば夜美さんには、まだボクのモンスターが意志を持っているって教えてなかったっけ?
「えーと、とりあえずヴァルハラで受け入れる準備をすればいいんですか?」
『あれ、いいの?』
「え、ダメでしたか?」
『村の人たちを勝手に移住させるのって色々と問題になると思うから、どうするか相談したかったんだけど……』
ふと、隣で聞いていたリゼちゃんに視線を向ける。
「どうなんでしょうか?」
「……たぶん平気。でもゲオルクに確認したほうがいい。そうすれば領主にも話が通るから安心」
「そ、そうですね。ちょっとボクも聞いてみますので、夜美さんは少し待ってくれますか?」
『わかった。ザクロが手紙を送っていることになっているから、ゆっくりでも大丈夫だよ』
「そういえばそうでしたね。またこっちから連絡します」
とはいえ、あまり待たせられない重要な話だ。
通信を切ったボクは、リゼちゃんと一緒に急いで冒険者ギルドに向かう。
このまま懐中時計で連絡を取ってもいいけど、やっぱり直接会ったほうが話しやすいからね。
でも少し気になるのは……村を襲っていたというモンスターは、いったいどこから来ているんだろう?
近くにダンジョンがあるのかな。
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