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14 マジメな夜美さん

書き直したりで予定より遅くなりました。

 乾いた風が吹きつける寒空の下、四台の馬車が街道に連なっていた。

 もうすぐ雪が降って身動きが取り難くなってしまう時期だ。そうなる前に少しでも稼ぎたい商人たちが大量の積み荷を抱え、慌ただしく移動を開始する。

 だから、こうした馬車隊は珍しくない光景である。


 ところが……その馬車隊は少し雰囲気が違う。

 商人たちの先を急ぐ荒っぽい運転と比べて、実に静かで使命を背負った騎士隊のように整然としている――――という理由もあったが、それ以上に目を引くのが先頭から二番目の馬車だろう。


 氷角と翼が生えた白馬が引く箱型の銀馬車……銀の魔動車(アルゼンタム・マキナ)だ。


 どのような意図なのか車体が銀色に染められ、さらに御者が見当たらないのに行き先を理解しているかのように自ら動く白馬……色々と非常識である。

 前後が一般的な幌馬車であることもあって目立つのは当然だった。


 ……ちなみに、この世界では一部モンスターの飼育に成功している。

 利用法は多岐に渡るが、とにかく費用がかかるため運用できるのは王侯貴族か豪商くらいだと認知されている。

 角と翼が生えた白馬と銀の車体も、そうした金持ちの道楽だろうと納得され、目にした者は珍しい物が見られたと喜ぶのだった。


 そして、その馬車隊がどこに所属しているのか気になり、旗を確認する。

 例えば貴族が所有する馬車であれば、貴族の紋章が刺繍された旗が掲げられているのだ。もし商人の物だとしたら、どこの商会か判別できるだろう。


 まず三台の幌馬車は、冒険者ギルドを表した剣を交差させる紋章旗が大きく掲げられており、それらがギルド所有だとわかる。

 だが銀馬車が掲げる小さな旗へ目を向ければ……上等な紺の生地に、白で描かれた結晶花の紋章がはためいていた。

 細長い六本の枝が伸びるデザインは誰もが見覚えがあったものの、どこの所属を示す旗なのかが見当もつかずに首を傾げる。


 それも当然だ。

 なにせ、その旗はつい先日この世界に誕生したばかりなのだから。

 今はまだ誰も、その樹枝六花の旗がヴァルハラというダンジョンを示すとは知るはずもない。






 そんな風に注目を集めているとは知らず、闇鴉族(レイヴン)の夜美はふかふかのシートに座りながら……悩ましい顔をしていた。

 というのも、この魔動車が快適すぎるのだ。


 快適なのにダメなんですか? と、アルマならきょとんとしていただろう。

 それに対する夜美の答えは……こうだ。


 まず、この魔動車には同乗者がいない。

 車内のスペースに余裕はあるし、暖房が利いているため他の馬車より居心地のいい空間となっている。だが彼女以外のメンバーが男ばかりのため、防犯の意味もあって完全に夜美専用として独占状態となっていた。


 そうなれば他人の目を気にすることもなく、思う存分にくつろげる行程となってしまうわけで……夜美は考えてしまう。


(……こんなに楽していいのかな)


 これは魔動車に限った話ではなく、ヴァルハラでの扱いも同様だった。

 明らかに他のダンジョンとは大きくかけ離れた待遇で、それはもう至れり尽くせりとも言えるほどである。


 それにアルマの柔らかい態度も、雇われ魔族に対するものではない。

 普通ならばダンジョンの主は、もっと上から目線で一方的に命令することが多いのだ。

 おまけに人間と手を取り合い、ダンジョン外の人間まで助けに行かされるというのも初めての経験である。

 どれも闇鴉族(レイヴン)が暮らす里では、耳にしたこともない話だ。


 そもそも夜美という少女……実のところ一族を率いる長の家系の姫である。


 多少、世間知らずなところはあるが優れた能力と知恵を持っており、その気質と美しい容姿は上に立つ者としても相応しい。

 彼女を知る誰もが敬意を表すほどで、いずれは彼女こそが長となって里を治めるのだと、周囲の期待を一身に集めていた。


 ……だが、闇鴉族(レイヴン)の誇りと象徴である漆黒の翼を失ってしまった時から、姫として持て囃されてきた彼女の転落劇は始まってしまう。


 片翼が欠けた夜美は一転して『羽なし』と蔑まれるようになった。

 長の家系からはあっさりと縁を切られ、一族からは爪弾きにされ、闇鴉族(レイヴン)にとって誉れある伝統の黒衣すら奪われてしまう。


 それは少女の心を深く傷つけ、絶望させるに足るほどのものだったが、なによりも夜美を苦しめたのは……二度と空を舞えないという事実だろう。

 闇鴉族(レイヴン)にとって、それほど翼は大切なものだったのだ。


 仲介ダンジョン『ナンデモニウム』に登録したのも、もはやダンジョンに雇われる他に生きる道がなかったからだが、半ば自暴自棄になっていたのもある。

 なにせダンジョンは人間と戦う最前線であり、魔族と言えど命の危険は常に存在する戦場だ。


 空を飛べない以上、本来の戦法も封じられているため戦えるか自信はない。もしかしたら、あっけなく人間に殺されてしまったり、ダンジョンの主から使い物にならないと捨て駒にされるかも知れない。

 それでも里に残り続けるよりは、いいだろうと考えていたのである。


 そして諦め半分、怖れ半分でダンジョンへ転移してみれば……。

 雪の妖精と勘違いしそうな儚い少女が、夜美をぽかんと見上げていた。


『……驚かせてごめん。私の名前は夜美。それで、君が雇ってくれたの?』


 思わずダンジョンの主なのか確認してしまった夜美である。

 他に誰もいないのだから、その少女が雇い主である以外にないのだが、予想していたより愛らしい外見に目を疑ったのだ。

 つい年下の子供を相手にする口調になってしまうのも無理はない。


 ……ともあれ雇われたからにはダンジョンのために尽くそうと、マジメな性格の夜美は覚悟を決めている。

 だというのにアルマに事情を聞けば聞くほど、ヴァルハラは従来のダンジョンとはまるで異なる場所だった。

 一時は死すら覚悟していたのに、戦わなくてもいいなどダンジョンとして前代未聞だろう。


 なにより夜美が驚いたのは……アルマの言葉だ。

 醜いとしか思っていなかった欠けた翼を見つめるアルマは片翼と呼び、本心でかっこいいと褒めたのである。


『え……かっこいい?』

『カッコよくないですか?』

『でも片方しか……』

『そうですね。すごく、カッコいいです』


 ダンジョンの主なのに、飛べない役立たずの闇鴉族(レイヴン)を気にしないと受け入れてくれたばかりか、まるで最初からすべて理解していたように夜美の(きず)と痛みを優しく包み込み、そっと癒してくれる。

 意識はしていなかったが、その時から夜美は雇われた義務や責任感ではなく、心からアルマのために尽くそうと思うようになっていたのだろう。


 人間の村を支援する馬車隊への参加も、そんなアルマからの頼みであれば快く了承した。元から人間への敵対心も薄くて抵抗心もないのだ。

 これがもし空を飛ぶ必要のある仕事だったら戸惑っていたが、移動はすべて馬車と徒歩だけで、物資を運ぶだけならば今の夜美でも問題ない。

 むしろ、翼が欠けても役に立てるのだと知って、少し嬉しくもあったのだ。


(少しでも受け入れてくれた恩を返さないと)


 というより雇われた魔族としては、ダンジョンでの働きによって貢献しなければ雇われた意味がない。

 だというのに、気付けば高品質の装備を与えられ、快適に移動できる馬車に、とんでもなく便利な連絡手段と、もったいないほどの護衛が付けられた。

 恩を返すどころか、矢継ぎ早に新たな恩が増えてしまっている。


 つまり楽すぎて悩むとは、受けた恩を返すのが難しいという意味なのだ。


 なお、具体的に夜美が恩と感じているのは大きく分けて三つある。

 ひとつは役に立たない自分(……と夜美は感じている)をダンジョンに受け入れてくれたことで、もうひとつが与えられた装備や環境だ。


 例えば最初に渡された黒いセーラー服だが、アルマは見た目重視だと気にしていないものの、実際は希少な素材が用いられた一級品の防具である。

 あるモンスターから採取できる黒絹糸を基にしており、非常に軽く丈夫で、ちょっとした刃物くらいなら完全に防ぐほどの防御力があるだろう。

 加えて高い耐魔力性を持ち、並の魔術では弾かれて突破できない。


 そして人間から購入した剣もまた、夜美の目利きでは一流の鍛冶師の手によるもので、美しい刃の輝きについ見惚れてしまうほどだ。

 金額で言えば、どちらも金貨数百枚……要するにとんでもなく高価なのだが、お金に興味がないアルマは無頓着である。

 ちなみにエネルギーで換算すると百万エルだと言われたら、少しだけ価値を理解するだろう。惜しみなく渡すところは変わらないが。


 続けて、魔動車と懐中時計だが……これらは必要なものだと説得されたので一応は夜美も納得している。言わば従業員に配られる備品だろう。

 しかし護衛については別だ。


 氷角と翼を生やしたグラキエス・ユニコーン。

 三つ目のように紅宝石を額に宿したカーバンクル・レッドアイ。

 この二体は、魔動車用と連絡手段の擬装役としてアルマが付けてくれたモンスターであるが、いざという時のために夜美の護衛も兼ねているのだ。


 だが、どちらも今の夜美からしたら足元にも及ばないほどの力を秘めた強大なるモンスターである。

 ユニコーン亜種とも呼べるグラコーンは白魔術と黒魔術を使いこなし、その巨体から繰り出される蹴りや、突進からの氷角の一撃は鋼鉄の盾ですら容易く打ち砕けるだろう。


 そしてザコモンスターとして有名なレッドアイのザクロは、もはや別種とも思える魔力から羽を硬質化させる能力を持ち、さらに紅宝石から放たれる閃光は魔力そのものを反射する性質がある。

 これは魔力抵抗の高いモンスターが持つ異名『魔術師殺し』よりも遥かに上位であり、名付けるなら『魔術師返し』……味方から放たれた魔術が反射され、まるで敵に寝返ったかのように感じられるのだ。


 そんなモンスター二体が夜美の護衛で、しかもザクロは従者のように専属となっているのだから、もはやどっちがダンジョンの主かわからない厚遇である。 


 そして最後に……ある意味で夜美が最も感激していたのは、実はセーラー服が黒だったことだ。

 黒い衣服は闇鴉族(レイヴン)の長から授けられる物で、忠誠を誓う騎士にも似た特別な意味を持っている。

 もう二度と身に着けられないと諦めていた黒衣を、偶然とはいえ新たな主に下賜されて再び纏える奇跡……。


(ううん、違う。これはアルマと出会えたことが奇跡だね)


 余計に受けた恩は返さなければいけないと思ってしまうのだが、やはり返すよりも先に新しい恩ができてしまうのは否めない。

 ひとまず今すぐに解決できないことは間違いないので、夜美は思考を切り替えることにした。


(今は任された役割を、しっかりと果たそう)


 小さく両手の拳を握って、よしっと気合を入れる。

 幸いにもヴァルハラにいるアルマの配下は優しく、新人である夜美を下に見るような高慢さもない。

 雇われた初日の夜に開かれた報告会でも、あっさりと仲間として迎え入れられたくらいだ。

 だから、今のところ夜美に今後について不安はないのだが、ひとつだけ疑問だったのは報告会に集まった面々に混ざる二人の狐耳……。


「……もしかして、聖女に仕える黒巫狐と白巫狐じゃないのかな?」


 薄っすらと覚えていた容姿と照らし合わせて、その名前を思い出した夜美はヴァルハラに帰ったらアルマに聞いてみようと決める。

 懐中時計の通信は仕事用だからと、私用は控えるのがマジメな夜美だった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[良い点] ブクマ、星5つ投下しました! [一言] ヤミン君「最初から最新まで見させて頂きました!今後どうなるのか楽しみです!……アルマちゃんかわいいです」
[良い点] これが流行りの自動運転車ですか… 実際何も操作せず、揺れもせず、広々と快適空間で移動できるって地球でも普通に羨ましい環境っすよね。 [一言] 片翼、カッコいいですよね。セフィ◯スっぽくて。…
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