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8 閑話1

 ――――四季神祭。

 新年を前に行われる、無事に一年を過ごせた感謝を四女神に捧げ、それを祝う祭り事だ。

 国や地方によって規模や形式は異なるものの、ほとんどの平民にとっては夜通し飲んで食べて踊っての盛大なお祭りという認識である。


 王国セインブレイドでは、中心地である王都と七つの主要な都市において、国王や領主が晩餐会などの宴を開くのが慣習となっており、例年ならば新年まで残すところ一か月となった今の時期は、それに合わせた準備に追われてしまう頃だ。


 しかし当の七大都市のひとつ……国境都市ローラインでは、領主のグランツシュタイン伯爵が夜会を開こうとしていた。

 招待状が送られたのは地理的に訪れやすい近隣諸侯に限られていたが、その貴族たちからしても、なぜ新年を前にと疑問を抱きつつ……全員が参加を決める。


 実のところ、すでにヴァルハラの噂が広まりつつあったのだ。

 世事に疎い者ですら国境都市の商店では目新しく、画期的な品々が並び始めていることを知っている。

 そこへ渦中の人物からの招待となれば、なにかしらの意図……つまりは公表したい情報があるのではないかと、見抜けない者はいなかった。


 そうして国境都市に集まり、夜会へ出席した貴族たち。

 家族を伴っての参加が可能だったこともあり、小規模ながらも会場内は多くの人で溢れている。

 とある男爵などは娘を連れての参加だったが、上位貴族の伯爵が開催する夜会に招かれるのは初めての経験であった。

 緊張と期待が入り混じった初々しい姿を娘共々見せており、余裕を持った周りの貴族たちは微笑ましく見守っている。

 なにかと諍いや確執も多い貴族社会だが、この場に集められた貴族たちは、そういった面倒事を抱えていない者たちでもあった。


 雰囲気こそ良い夜会だが、残念ながら料理に期待はできない。

 なにせ四季神祭を控えているのだ。ここで豪華な食事を招待客全員に振る舞うとなると、後に控えたメインでは、よりグレードを上げた料理を用意しなければ失礼になってしまうのだ。さすがにグランツシュタイン伯爵でも難しいだろう。

 だからこれは、夜会を開いた真意を探ることこそが本題であり、楽しむのは二の次である……当初は誰もが、そんな風に考えていた。


 空気が変わったのは、会場内に新しい料理が運び込まれてからだ。

 立食形式で思い思いに軽い食事と会話を楽しんでいた貴族たちは、それまでは夜会において一般的な、悪く言えばありきたりな料理ばかりが並べられていた中、不意に登場した異彩を放つ香ばしいソースに引かれて、その料理を口に運ぶ。


「な、なんだ、これは……肉、いや魚か?」

「ううむ、なんという柔らかさと味わいだ!」

「たしか帝国に似たようなものが……」

「しかし、あれは色も白くて、もっと淡泊な味では?」

「なんにせよ、これほどの美食を用意するとは……」


 多くの豪華なパーティーに出席して舌も肥えており、数々の珍味を口にした貴族たちでさえ、その料理の正体がつかめなかった。


「お、お父さま、こんなにおいしいもの初めて食べました……」

「う、うん、いや僕も初めて食べたよ……」


 とある男爵もまた、娘と一緒に注目の料理を口にした。

 貴族と言っても誰もが裕福というわけでもなく、彼らの生活レベルは平民のそれに毛が生えた程度のものだ。

 それでも男爵令嬢という肩書から娘には苦労をかけていたために、夜会で少しでも美味しいものを食べさせてやりたい……そんな親心から連れて来たのだが、その料理はあまりにも想像を越えたものだった。


 すぐに食べ尽くされてしまうのではと、まだ口にしていない面々も足早に料理へ向かうが、予想していたように追加が運ばれて来たのを目にして、すでに食べたはずの者たちですら、ほっとする。

 そうして参加者たちの心を鷲掴みにしたタイミングで、主催者が登場した。


「あれはグランツシュタイン伯爵と、イーリス嬢で間違いないよな?」

「ああ、そのようだが、あのお姿はいったい……」


 まず目に入るのは領主、バルトロメウスの服装だった。

 王国では貴族が公の場に出る際、伝統的な正装こそが相応しいとされている。

 今回のような個人的な夜会では主催者の裁量によるのだが、上位貴族の夜会となれば伝統に則った正装が無難だろう。

 現に出席者たちの誰もが正装なのだが……近年では他の貴族との差別化を図ろうと、装飾を強調したデザインが流行っており、より過熱して装飾過多とも思える様相を呈している。


 だが主催者たるバルトロメウスが着ていたのはスーツ……燕尾服であった。

 この世界、この時代において珍しいどころか存在しないファッションだ。

 もし若い下級貴族が身に着けていたら色眼鏡で見られてしまっていたが、この場に集められた貴族たちの正直な感想は好意的なものばかりとなる。


「初めて目にしますが、不思議としっくりきますな」

「うむ、それに印象も随分と変わって見える」


 恰幅のよいバルトロメウスだが、シンプルながらも洗練されたデザインの燕尾服によってスマートな印象を与えており、年齢よりも若々しく映るのだ。

 それと比べて参加者の正装は、ごてごてした装飾がどこか野暮ったく感じられてしまい、着心地もよくなかった事情もあって羨望の視線を一身に集めていた。


 続けて娘のイーリスへ注目が移る。

 こちらも黒と白のコントラストが美しいシルクのドレスで、本人の気品も相まって感嘆の声が聞こえるが、男性陣の目線では大きな動揺はなかった。

 男たちにとって、ドレスのデザインなど同じように見えるのだ。


 だが男爵の娘は、その意匠に気付いていた。

 例えるなら、それは夜闇に包まれた厳かな聖堂の雰囲気を宿したドレスだ。

 一見すると黒と白の二色だけで大人しいデザインに思えるが、細かな部分でフリルやレースといった刺繍による飾りが、決して過美にならないよう上品に彩っていることがわかる。

 それらは精緻を極めた熟練の職人の手によるものだと思わせるほどで、有体に言えばとんでもなく高価だろう。

 ……ちなみに、この世界で初めてゴシック&ロリータ調のドレスが公開された瞬間でもある。


 さらに金色の髪に添えられた髪飾り……無色の輝きを放つ扇状結晶の細工物は、まるで溶けない氷を削った宝石で、本人の魅力を見事に引き立てている。

 やはり、こちらも尋常ではない代物だろう。


 ――――ふと、ひとつの違和感に思い至る。

 イーリスの足取りが、とてもしっかりしていたのだ。


 事故によって足に大ケガを負ったことは知れ渡っており、どれだけ金をかけて義足を用意したとしても、以前のように歩けないと囁かれていた。

 その驚きは、どよめきとなって会場内を包むほどである。


「さて、楽しんで貰っているところだが、この辺りで少し時間をお借りしたい」


 イーリスと共に会場の中心に立ったバルトロメウスは、周囲を見渡しながら力強い声で語りかけると、参加者たちもひとまず口を閉じる。

 まずはお決まりの簡単な挨拶から入ると、話題は今夜の料理へと移った。

 ちらりと視線を向ければ、すでに空になった皿が確認できるだろう。


「どうやら気に入って貰えたようでなによりだ。実のところ、その料理は『ウナギのカバヤキ』というのだが、ある場所から特別に仕入れたものでな。今回の夜会のために少し無理を言って用意して貰った」


 ある場所とは、もちろんヴァルハラである。

 しかし、それをウワサ程度にしか知らない貴族たちは確信を持てず、話の続きにじっと耳を傾ける。


「すでに察している者もいるだろう。この服装も、そして娘のイーリスがこの場に立っているのも、すべて同じ理由で説明できる……『ヴァルハラ』。それが件のダンジョンの名前だ」


 いきなり核心の部分に触れるバルトロメウスだが、参加者たちはダンジョンの存在について大なり小なり情報を得ていたため、やはりと納得していた。

 つまりは、この夜会はヴァルハラを先行して一部の者たちだけに公表するのと同時に、そこから得られた物のお披露目の場でもあったのだ。


 そして招かれた貴族たちは、自分たちがバルトロメウスから信用に値すると認められ、他の貴族に先んじて貴重な情報を得られるであろう優越感に浸る。

 あれだけの品々のみならず、歩けないはずの者すら歩かせてしまう……ヴァルハラなるダンジョンには、いったいどのような秘密があるのか?

 参加者の誰もが期待に胸を躍らせて、夜会は続くのだった。






 実のところ、イーリスが新年の四季神祭に出席せずヴァルハラで過ごしたいと珍しくわがままを口にしたため、その祭りに際してお披露目する予定を無理して早めたのが大きな理由だったのだが……。

 どこまでも娘に甘い領主である。

ドレスや髪飾りはイーリスが夜会に出ると聞いたアルマからの贈り物です。

デザインはアルヴィトが担当しました。


ウナギの蒲焼きとスーツは、それを知った領主からの頼みでついでに用意しました。

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