4 黒い狐と白い狐3
クーちゃんがヴァルハラの仲間になった翌日。
最初こそ騒ぎを起こしてしまって第一印象が不安だったけど、すずちゃんと同じ狐耳が幸いしたらしく、騒いでいたことすら納得といった感じで意外なほどすんなり受け入れられた。
夜の報告会で紹介した時のリゼちゃんや、イリスちゃんの反応もあまり悪くはなかった。二人は食堂での騒動を知らなかったから、単純に新しい仲間を歓迎してくれたみたいだ。
ヌマネコちゃんたちは、いつも通りごろごろ喉を鳴らしている。
食堂にも改めてクーちゃんと一緒に謝りに行ったら、おいしそうに食べてくれたからと快く許してくれて、また食べにおいで、とまで言ってくれたよ。
これにはクーちゃんも感激して、心から反省したのを表すように大きく頭を下げていた。
その際、何人かの視線がちらちらと下を向いていたのが印象的だったね。気持ちはよくわかるので黙っておこう。
ついでに各ギルド支部にも紹介して、最後にボクとクーちゃんは冒険者ギルド支部を訪れる。
ちなみに後ろからは、すずちゃんも静かに付いて来ていた。
昨日に続いてクーちゃんがやらかさないか、監視しているらしい。きちんと説明したみたいだから、さすがに大丈夫だと思うけどね。
そもそも注意する点なんて、ボクがダンジョンの主『アルマ』であることを隠すだけだから、そんなに難しくないはずだ。
「クーちゃんは、ボクが正体を隠している理由って聞いていますよね?」
「もちろんじゃ! よくわからんが任せて欲しいのじゃ!」
後ろを振り返ると、すずちゃんが黙って小さく首を横に振っていた。
どうやら聞くだけで理解はしていなかったらしい。
ボクが正体を隠すようになったのは、もちろん理由がある。
それは領主さんからの提案がきっかけだった。
いずれ第八階層におけるモンスター狩りが開放される時、もしもケガ人や死者が出てしまったら、ヴァルハラの評判が悪くなってしまうのではないか……それが領主さんとギルマスが心配していたことだ。
元々ダンジョンはそういう危険な場所だけど、このヴァルハラに限っては正反対の立ち位置にある。
だというのに死者が出てしまえば、危険なダンジョンじゃないか! って悪評が流れてしまい、最終的に誰も近寄らないどころか、攻略対象に指定されてしまう恐れがあるという。それだけは避けなければならないわけだね。
そこで領主さんは、ボクが表舞台に出なければ解決すると言い出した。
最初は意味がわからなかったけど、ボクが人間の味方という情報を伏せて、ダンジョンの主との同盟関係にあり、ギルド支部や訓練所を設立させてもらっていることだけを公表すれば、例え訓練中の事故で誰かがケガをしても、それでダンジョンの主に対して文句は言わないのだとか。
つまりボクがみんなに色々なサービスをして、ヴァルハラの印象を過剰に良くしてしまうのが問題らしい。
行き過ぎた施しは相手を傲慢にさせる、とは領主さんの言葉である。
似たようなことをノーラさんにも言われていたので、きっとその通りなんだろうなとボクは納得した。
そのためにダンジョンの主として名が知られたボクが、表に出なければ隠し通せると考えたみたいだけど、ヴァルハラを自由に歩けなくなるのはイヤだよ。
ただでさえダンジョンから出られない身だからね。
そこでボクの正体を隠せばいいと発想を変えて、ダンジョンの主『アルマ』ではなく、ただの人間の少女『ノルン』を名乗ることになった。
ダンジョンの主を正体不明にすれば、不気味でありながら人間の味方であるという絶妙な立場を維持できる……らしい。
正直ちょっと怪しい作戦だけど領主さんの提案だったし、なにより面白そうだったのでボクは喜んで賛成したよ。
以前からヴァルハラに滞在している人たちにも事情を説明して、新しく来る人には秘密にすれば、もう誰もボクがダンジョンの主だとは気付かなくなった。
まあ、普通の女の子は勝手にギルド内を出入りできないから、ちょっとだけ不便になったけどね。そのくらい大した手間じゃないので我慢しよう。
冒険者ギルド支部に入ると、一斉に視線が向けられる。
最近ここへ来た若手冒険者からは、ボクはリゼちゃんたち同様に雇われているお手伝いさんという認識だ。
たまに顔を見せているから、知っている人はすぐに興味を失うけど、今回はクーちゃんを連れているせいか注目を集めてしまう。
「な、なんじゃ? なぜクーを見るのじゃ?」
「見慣れない人が来たら誰だって気になっちゃいますよ」
「むぅ……あまり見られるのは苦手なのじゃぁ」
照れているのかクーちゃんはボクの後ろに隠れてしまった。
「おまえが守られてどうするのです」
後ろからボソッとなにか聞こえた気がするけど、後頭部の柔らかい感触に阻まれて聞き取れなかった。
そうしている間にも、どんどん若手冒険者の興味を引いてしまっている。
「なあ、白い髪の美少女ってあれじゃないのか?」
「ダンジョンマスターの噂か?」
「なんかあれって勘違いだったって聞いたけど……」
「やっぱそうだよなー」
「なんの話だ?」
「あの子をアルマっていうダンジョンマスターだと勘違いしたやつの話だよ」
「そりゃないわ」
「もしあんな子がダンジョンマスターだったら攻略なんて楽勝だな」
「それな」
すでに訓練所を卒業したり、商売でヴァルハラを離れている人からボクの噂が流れているみたいだけど、それは別人という話で落ち着いていた。
噂されてるのは『アルマ』であって『ノルン』じゃないからね。
大声でアルマのほうの名前を呼ばれたりしない限り、実は本人だなんて思いもしないだろうね……ふっふっふー!
「クーちゃん、そろそろ行きますよ?」
用があるのは支部長室にいるゲオルクだ。
立ち止まっているから注目されているわけだし、早く移動しようとボクはクーちゃんから離れて先に進む。
するとクーちゃんは慌てて――――。
「ま、待って欲しいのじゃ、アルマちゃん様!」
「……あ」
「……やりやがったのです」
一瞬、時が止まった気がした。
誰もがぴたりと言葉すら発さずに、世界から音が失われた。
ただひとりだけ、クーちゃんは周りの空気をまったく意に介さず、動かなくなったボクに首をこてんと傾げる。
「どうしたのじゃ、アルマちゃん様?」
そして再び時が動き出すと……今度はボクがとんでもなく注目を集めてしまうことになるのだった。
「大変だった……すっごく大変だったぁ」
ボクは支部長室のソファに倒れ込むように突っ伏した。
「も、申し訳ないのじゃぁー!」
「むぐぇー」
ぐったりするボクの頭を抱き上げる涙目クーちゃん。頬に当たるやわらかあったかい感触が心地いい。
「ここまで阿呆だとは思わなかったのです。すずの落ち度なのです」
なにも見えないけど、すずちゃんの声色から落ち込んでいるのがわかった。
「いえいえ、仕方ないですよ。クーちゃんも慣れていなかったんですから。それにゲオルクさんが口止めもしてくれましたからね」
あの後みんなに囲まれて質問攻めにされ、完全に身動きが取れなくなってしまったボクたちだけど、すぐに騒ぎを聞きつけたゲオルクが現れて、どうにか支部長室に逃げ込めた。
今もゲオルクは事情を説明してくれているはずだ。
「とりあえず、ほとぼりが冷めるまで少し休ませてもらいましょう」
「アルマちゃん様、クーの膝を使うのじゃ!」
「ではお言葉に甘えて……」
クーちゃんの膝枕だ。頭を乗せて天井を見上げると、視界の半分が大きな山の影に入ってしまい見えなかった。
今度はふわりとした物がボクの身体を覆う。なんだろう?
「クーの自慢の尻尾なのじゃ。これでぬくぬくなのじゃ!」
「ほわぁぁぁ……」
まるで高級羽毛布団……なんて言ったら怒られるかも知れないけど、とにかくこれは良いものだ。
触れてみると、さらさらと指の隙間を零れ落ちるかのように滑らかな感触が伝わってくる。
「アルマ様はすずの尻尾がお気に入りなのです」
「こ、これは極大ふわもこ毛玉の予感……もふぁ!」
顔全体に覆いかぶさる、すずちゃんの尻尾。
クーちゃんの尻尾が毛長でさらさら特化だとすれば、すずちゃんはふわふわ特化だった。どちらも甲乙つけ難いです!
「なにをしているんだ……」
おや、ゲオルクが戻ったようだ。
ボクは毛玉を掻き分けて顔を出す。
「ゲオルクさん、ありがとうございます。どうなりましたか?」
「ああ、ひとまず落ち着いたが、しばらく声をかけられるかも知れんな。そこは注意してくれ」
「なんだか芸能人になった気分ですよ」
「げいのうじん? ……ああ、芸術家のことか? 人気のある作家や詩人は身動きが取れなくなるって話だな。ふっ、たしかに似ている」
そうなると顔も隠したほうが……いやいや、そんなことしたらボクが正体を隠しているってバレバレだ。ダンジョンの主だという噂を補強してしまう。
「あと口止めのほうは大丈夫でしたか?」
「口が軽いやつはいるがギルマスと領主様の指示だからな。うっかりでも口を滑らせれば罪人だと脅しておいた」
「そんな重い話になるんですか……」
ついクーちゃんを見ると、顔を青くして震えていた。
「大丈夫ですよクーちゃん! クーちゃんは悪くありませんからね!」
「あ、アルマちゃん様ぁ……!」
「むぎゅ」
感極まったクーちゃんにぎゅぅっと抱きしめられて頬ずりまでされる。
前から思ってたけど、クーちゃんは感情が大きく動くと抑えられなくなって暴走するみたいだ。
怒れば大声で騒ぎ、悲しければ泣いて、嬉しければ抱き着く。
きっと、すごく純真な心の持ち主なんだね。
巻き込まれるほうは少し大変だけど、こういうのだったらボクは嬉しいし、なんだか胸も暖かくなるから楽しい。
もし仮面を付けたままだったら、硬くて大変なことになっていたけど。
「そういえばクーちゃん、もう仮面は付けてないんですね」
「あれは人間の街に行く時に使っていたのじゃ。アルマちゃん様のダンジョンなら必要ないのじゃー」
今度は後ろから抱き抱えられて、膝の上に座らせられる。
さらに頭まで撫でられて、まるでお子様扱いだ……。
「はわぁー、アルマちゃん様はどうしてこんなに愛いのじゃぁ」
「おまえ本当に反省してるです?」
背中は温かいのに、前のほうから極寒の視線が投げかけられる。その標的はボクじゃないのに、余波だけでぞくりとしたよ。
振り返ればクーちゃんは、またしても青褪めてぶるぶる震えていた。
さすがにちょっと擁護できないかも……。




