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3 黒い狐と白い狐2

 その後、場所を移してすずちゃんとクーちゃんが話し合った。

 どういう内容かは不明だけど、とにかく合意に至ったらしい。なにがだろ?

 そしてクーちゃんがヴァルハラの仲間に加わった。なにがなにやらだ。とりあえず喜んでおこうかな。やったぁ。


 改めて自己紹介を済ませて、詳しい話を聞く。

 クーちゃんこと『クーコ』は、すずちゃんと同じ狐人族(フォクシー)だ。

 狐の仮面を外すと現れた素顔は、口調とは裏腹に幼い顔立ちで、アメジストみたいな紫の瞳は自信に満ち溢れている。


 見た目から年齢は十四歳くらいに見えるけど、そもそも魔族は実年齢と外見が伴わないから、あまり意味がない予想だ。

 少なくとも、すずちゃんより年上なのは間違いないらしい。

 身長はボクより二十センチくらい高くて、すずちゃんと比べたら頭ひとつ分は差がある。


 そんなクーちゃんは、すずちゃんを探してここまで来たという。

 細かい事情はプライベートなので深く立ち入らないけど、この二人って実は仲がいいんじゃないのかな?


 もしそうならちょうどいいから、ボクはしばらくクーちゃんの面倒をすずちゃんが看てくれないかお願いした。

 知り合いが近くにいたほうが気兼ねしないからね。

 ちょっと間があったけど、すずちゃんは引き受けてくれたので安心したよ。


 とはいえ最初くらいダンジョンの主として、しっかり案内しておきたい。


 そんなこんなでボクたちは第五階層へやって来た。

 ここにはワンダ君たちが住居にしている従業員用のホテルが建っている。もちろんクーちゃんの部屋も、ここに用意するつもりだ。


 でも、その前にボクは和風旅館を見せびらかそうと立ち寄って……。


「ほおぉー、なんと立派な楼閣じゃ!?」


 一目見るなり、後ろに倒れそうなほど見上げて大口を開けるクーちゃん。

 なんとクーちゃんは和風旅館に興味があるみたいだったので、ボクは張り切って案内したよ。

 だって、せっかく気合を入れて完成させたのに誰も見てくれないんだもん。

 和風デザインに疎いリゼちゃんやイリスちゃんはともかく、慣れ親しんでいるはずのすずちゃんも反応が薄いし……。

 だからちょっとテンション上がっても仕方ないんだよ。


「この正面館の他に左右と奥の合計四つの建物があるんですよ!」

「ほうほう、入口の大橋も見事だったが、ここから望める庭もまた絶景じゃな!」

「特に『奥の院』は力を入れてまして、水面に浮かぶように建ってるんです!」

「朱に染まった渡り廊下も雅なのじゃ!」

「薄暗さを保つのに照明は明るくなりすぎないよう調整してみました!」

「仄かな灯篭の明かりが目に優しいのじゃ!」

「ええと、それからそれから……」

「アルマ様、楽しそうなのです」


 それはもう!

 やっと自慢の和風旅館を自慢できる相手が来てくれたからね!

 なにより解説する度に、返ってくるクーちゃんの反応がすごく楽しい。


「どれも素晴らしいのう。あぁ、一度こんなところに住んでみたいのじゃー」

「住んでみますか?」

「な、なんと……よいのじゃ?」

「もちろんですよ!」


 せっかく建てた旅館なのに誰も使う予定がなかったからね。

 だけどクーちゃんは申し訳なさそうに、ふわふわの耳をぺたりと伏せている。心なしか尻尾もしなしなだ。


「うむぅ、だがクーは料理の代金を立て替えてもらったばかりか、なにをすればいいのかもわからないのじゃ……」

「そうなのですアルマ様。クーはごく潰しなのです」


 とても辛辣なすずちゃんだけど、ボクはそうは思わないよ。


「誰にだって苦手なことはありますよ。クーちゃんもこれから得意なことでお手伝いしてくれたらいいんです」

「おぉ、おぉ……そのような言葉をかけられたのは初めてなのじゃぁ」


 和風旅館にうっとりしたり、感激して涙を流したり、クーちゃんは感情表現がとても豊かだ。この真逆な性格が、すずちゃんと反りが合わない原因なのかも。


「アルマちゃん様!」

「えっ? あ、はい。……え?」


 急にクーちゃんから両手をがっしり握られて驚いたけど、それ以上に謎の呼び方が気になって仕方ない。


「わかったのじゃ! クーにできることなら、なんでも言って欲しいのじゃ! クーはなんでもするのじゃ!」

「えっと、それは頼もしいですね」

「どーんと任せるのじゃ!」


 得意気に胸をどんと叩くクーちゃん。すごい自信だ。そしてすごい揺れだ。


「……アルマ様、あれの大言壮語を真に受けたらダメなのです。あれは話半分どころか話一分くらいでちょうどいいのです」

「残りの九分はいったいどこへ……」

「あれの空っぽな頭に取り残されたままなのです」


 まだ残っているならよかった。

 それにしても、すずちゃんがここまで言うなんて……クーちゃんとの過去にいったいなにがあったんだろう。


「じゃあボクは部屋の用意をしますので、あとの細かい話はすずちゃんから教えてあげてくださいね」

「わかったのです。任せるのです」


 実際にどんな手伝いをしてもらうかは、追々で考えていこう。

 すずちゃんは最後までクーちゃんの能力を疑問視していたけど、新しい仲間が増えたのは喜ぶべきことだ。

 そもそもボク自身、エネルギーを使って色々と作れるだけで、他はほとんど誰かを頼ってばかりだからね。

 適材適所の精神で、それぞれの長所を伸ばすのがボクなりのホワイトなダンジョンなのである。

 勝手にダンジョンの主を押し付けるブラリアンとは違うのだ。






「――――というわけなのです。十分に注意するのです」

「ふむ、わかったのじゃ」


 アルマからの指示により、不承不承ながらすずは丁寧かつ噛み砕いて、クーコの頭でも理解できるようヴァルハラにおける生活様式やダンジョンとしての状況、そして注意しなければならない点を教えていた。

 もしアルマの頼みでなければ、絶対に引き受けなかっただろう。


 とはいえ、そこは万能と称されるほど器用なすずだ。

 それなりに長い付き合いもあってクーコをよく理解しており、適切に要点のみを押さえることで難なく任務を達成した。

 問題があるとすれば、それはクーコがヴァルハラに滞在する事実そのものか。


「それで……いつまで居座るつもりなのです?」

「お主こそ、いったいなにをしていたのじゃ?」


 アルマの前とは一転して、二人の間に一足早い真冬の如き冷風が吹き荒ぶ。

 お互いに憎んでいるわけでも、恨みがあるわけでもない。

 ただ生まれや育った環境、そして背負う使命によって、クーコは自然とすずをライバル視するようになったのだ。

 一方すずは過去に少なくない回数の衝突があったため、この自称ライバルを相手にするのも、その尻拭いをするのも辟易としている……そんな関係であった。


「よもや、クーたちの使命を忘れておるのじゃ?」

「すずにはすずの考えがあるのです。そっちこそ、今の今までどこをうろついていたのです? まさか迷子です?」

「そ、そんなわけなかろう! クーはクーなりにがんばっておったのじゃ!」


 アルマに説明した、クーコがすずを探してヴァルハラにやって来たという話は大きく外れてはいないが、正確ではなかった。


 二人は狐人族(フォクシー)と呼ばれる魔族だが、その中でも代々ひとりずつ巫女を輩出することで特別視されている、黒狐氏族と白狐氏族の出身だった。

 つまり……すずは黒巫狐、クーコは白巫狐として生まれた巫女同士である。

 そして二人が背負う使命とは――――。


「クーのことよりアルマちゃん様じゃ! お主があれほど拘るところを見るに、間違いないのじゃな?」

「ほぼ確定なのです」

「であれば、なぜ人間と共存することになっておるのじゃ?」

「アルマ様の意向なのです」

「ふむぅ、どういうことなのじゃ?」

「考える必要はないのです。それより自分の仕事の心配をするのです」

「う、うむぅ」


 仕事と言われてクーコは首を傾げる。


「いったいクーは、なにをすればいいのじゃ?」

「知らないのです……と言いたいところなのですが、アルマ様に迷惑がかかってしまうのは避けたいのです。クーにできる仕事は――――」


 なんでも器用にこなしてしまうすずと違い、クーコは不器用だった。

 それというのも白巫狐としての修行は最低限のみで、花よ蝶よと苦労を知らずに育てられた箱入りお嬢さまなのだ。

 お嬢さまと言っても、人間からすれば片田舎ともされる集落のため、貴族のような贅沢や華やかさに欠けているが、それでも白狐氏族の中では尊い存在として大事にされてきたのである。


 やがて年齢だけを重ねたクーコは、なにをさせても半人前であり、他の狐人族(フォクシー)からは落ちこぼれの巫女などと陰口を叩かれるようになっていた。


 そこにクーコの責任を問うのは酷だろう。

 当初はすずも同情する部分があると見ていたが、高慢なクーコの性格が災いしてしまい、なにかと優秀なすずに張り合おうとするのだ。

 せめて能力が釣り合っていれば、正しくライバル関係になれたのだろう。

 だが周囲を巻き込んで自爆を繰り返すだけに終わり、対抗すらできずにいた。


 正直なところ、すずはクーコを故郷に帰すべきだと考えている。

 しかし巫女として生まれた定めか、使命への姿勢はすずにも負けず劣らずの意気込みを持っており、その点に関してだけは認めていた。

 そうして深く関わりたくないけど見捨てるに見捨てられず、ずるずると現在に至ってしまっている。

 すずが悪縁と断じたのも、それが理由であった。


「――――すぐには思い付かないのです」

「うむぅ……であれば、しばらくはアルマちゃん様の傍に控えるのじゃ」


 止めるべきか、放っておくべきか、すずは静かに悩んだ。

 なんらかの面倒を起こす可能性も高いが、すでにアルマに心を開き、懐いている辺りから、クーコにとって成長の機会でもあるかも知れないと判断する。


「邪魔だけはしないようにするのです」

「ふふん、言われずとも、わかっておるのじゃ!」


 謎の自信に満ちた顔で胸を張るクーコ。

 すでに先を越されている以上ここから挽回しないといけない……そう考えているのだろうと、すずは的確に予想した。

 その対抗心が、また空回りしないだろうかと無表情のまま深い溜息を零す。

 クーコは悪い意味で、すずの感情を揺り動かせる数少ない人物だろう。


 そして……すずの懸念が現実となるのは、翌日のことであった。

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