2 黒い狐と白い狐1
あと変わったところと言えば、ゴーレムとの訓練に領主さんの騎士や、街の衛兵が参加するようになったことかな。
表向きは遠征訓練として、ちょくちょくヴァルハラにやって来る。
こっちに滞在しているイリスちゃんとの連絡役を兼ねている辺りから、領主さんがどれだけ娘思いなのかがわかるね。
当のイリスちゃんは煩わしいって、ちょっと不満を漏らしていたけど……そろそろ反抗期なのかな?
領主さんのおかげでヴァルハラの認知度も上がっているそうだから、あまり邪険にしないであげて欲しい。
もちろん、その陰に各ギルド支部の協力があったことも忘れないよ。
今や街ではヴァルハラから輸出される高品質な商品が大人気で、安全なダンジョンとして受け入れられる下地が出来つつあるそうだ。
これから本格的な冬が到来するから雪解けを待って、春には大々的にヴァルハラを公表すると聞いている。
逆に言うと、冬の間はじっと待たなければならない。
雪が積もるから人の往来どころか物流も滞るとかで、多くの人を呼び寄せるのに向いていない時期らしい。
なのでウワサだけ流して、興味を引いておくとかどうとか……。
詳しくはヴァルハラから出られないボクが知っていても仕方ないので、あまり興味ないけど、領主さんが上手くやってくれるはずだ。
その間、しっかり準備をしておくのがボクの仕事だね。
とはいえヴァルハラ側の準備は、もうほとんどなくなっている。
あのヴィオラさんがダンジョン攻略から戻って警備隊に加わり、ホットドッグたちと一緒に巡回しているからヴァルハラ内の治安は万全となっているし、新しいアトラクションの建設に、趣味で建築予定だった和風旅館も完成した。
リゼちゃんから謎の研究を見せられたりとか、他にも色々あったけど、のんびり試食会を開ける程度には余裕が生まれているんだよね。
半年前の慌ただしさが懐かしいくらいだ。
ただし、そんな余裕の裏には彼女の存在が非常に大きいことを忘れない。
『マスターアルマ。お茶をお持ちしました』
「ありがとうございます、アルヴィト」
人数分の緑茶を淹れてくれたのは、人形めいた美貌を持つアルヴィトだ。
……というより本当に人形そのものと言える。
アルヴィトはついに球体ボディではなく、人型ボディを得たのだから。
これは本人の設計、デザインによる新しいボディであり、名付けるなら機巧人とでも呼ぶべきオリジナルモンスターだ。
あまりの超性能によって消費エネルギーが軽く一千万を上回ったけど、もう貯蔵エネルギーが一億を突破しちゃっているので安く感じるね。誤差の範囲だよ。
ただ……なぜか人型ボディは、ボクに似ている。
長い月白色の髪に、雪のように白い肌、そして顔の細かい部分に至るまでそっくりで、まるで鏡を見ているみたいだ。
理由を聞くと、これが最適だからです、と答えが返ってくる。なんで?
細かいところで少し違う部分もある。
そのひとつは瞳の色だ。左目はボクと同じ透き通った碧眼なのに対し、右目が黄金色に輝いている虹彩異色症で、すごくかっこいい。
もうひとつは身長がボクより少し高い。たぶん十五センチくらい。外見年齢そのものがボクよりも高い設定なのかも知れない。中身はゼロ歳児なのに。
あと、ある部分がしっかりと膨らんでいるんだけど、これも最適なのかな?
違いと言えば、アルヴィトは黒っぽい服装ばかりだ。
ボクが白っぽいのをよく着ているから、隣に並ぶとコントラストが綺麗だってイリスちゃんが褒めてくれたのを思い出した。
ちなみに今日のボクはイリスちゃんの見立ててくれた服装で、白っぽいお嬢さまスタイルなのに対し、アルヴィトは黒いゴスロリっぽい衣装を身に着けている。
そして人型ボディを得てからのアルヴィトは、甲斐甲斐しくボクを甘やかそうとしてくる。
それはもう、おはようからおはようまで。
例え近くに姿が見えなくても、呼んだらどこからともなく現れるからね。いったいどこに潜んでいたのかと思うほどだ。
そんなアルヴィトの姿は、ボクの口から言うと変な話に聞こえるけど……本当にかわいい。
なんというか、ケースに入れて飾って眺めたい。
「アルヴィトも座って休んでください」
『まさか……そのように残酷な仕打ちをされるとは』
「ざ、残酷でしたか?」
『このアルヴィトからマスターアルマのお世話を取り上げるなどと――さすがはダンジョンの主です。感服致しました』
「不満なんですか? 喜んでいるんですか?」
『マスターアルマの成長に胸が熱くなる思いです』
「どちらかと言えば、それってボクが感じる立場では?」
なんというか、本当にケースに飾って静かにさせておきたい。
「こうして見ていると、本当の姉妹としか思えませんね……」
「中身はまったく違いますけどね!」
左右に視線を行ったり来たりさせるイリスちゃん。義足の件でアルヴィトのお世話になっているから、球体ボディの頃から意外と仲が良くて、今の姿になっても好意的に受け止めているひとりだ。
というか、ほとんどの人はアルヴィトの人型ボディを受け入れている。
本当にボクが言うのもなんだけど、ものすごくかわいいからね。
それだけに人型のアルヴィトで客観的に眺められるのは、たしかに嬉しい部分もあったりするボクである。
「アルマ様、今日は食堂に行くです?」
「あ、そうでしたそうでした。ありがとうございます、すずちゃん」
試食会で披露した料理のレシピを、定期的に職人ギルド支部が運営する大衆食堂の料理人さんたちに渡しているんだ。
そろそろ数が溜まったから、今から渡しに行こう。
ボクはすずちゃんと二人だけで第三階層へと移動した。
他の三人は用事があるみたいだったので、残念ながらお別れだ。まあレシピを渡すだけで他に用事もないから、すぐに帰るけどね。
最も人口密度が高い階層なだけに、大通りを歩けば何人もすれ違う。
そしてその度にボクは、あれは誰だろう? どうしてここに? という怪訝な視線を向けられていた。
隣のすずちゃんも少し見られているけど、彼女は各ギルド支部の人からの認知度が高いから、単純に珍しい人を見かけたって感じだ。
それはボクも同じじゃないの? って話だけど……実は違う。
少し事情があって、最近ヴァルハラにやって来た人たちは、ボクのことを知らないのだ。
だから歩いていると、どこかのギルドの関係者だとは思われても、どこのギルドなのかはわからないから不審な目で見られてしまうんだよね。
これも必要なことだから仕方ないけど。
「……あれ? なんだか食堂のほうが騒がしいですね」
「誰かが喚いているのです」
すずちゃんの言葉通り、食堂から聞こえるのは女の子の高い声で、動物が威嚇する鳴き声みたいな……なんだろう、これ? 怒鳴り声なの?
「この声は……やつが来やがったです」
「す、すずちゃん、さん?」
不意に剣呑な雰囲気を纏わせるすずちゃん。
その表情はすごくイヤそうで、なんとも言えない感情を表している。
「アルマ様、ちょっと面倒ですが、敵ではないのです。行けばわかるのです」
「えっと、お知り合いの方でしょうか?」
「悪縁なのです」
よくわからないけど、このまま放っておくわけにもいかないので、ボクは意を決して食堂へ入ってみる。
もう昼過ぎでお客さんは少なくなっている席の中、清潔な白い服の料理人さんたちが集まっている。
そこに騒動の中心と思しき、少し既視感のある少女がいた。
どうやら両者は対立……というより女の子が一方的に捲し立てているようだ。
「何度も言っているように、このお金は使えないんだって……」
「ええい、そんなわけなかろう! このクーコ様は騙されんのじゃー!!」
まず目立つのは、長い白髪のてっぺんでぴんと立つ獣耳だ。次にお尻の辺りで毛を逆立たせているふさふさの尻尾。そして蒼と白の巫女さんっぽい和風な装束。ついでに顔の上半分を覆い隠している白狐の仮面……。
隣の黒狐少女すずちゃんを見る。
こちらも尻尾を逆立たせて、やっぱりなのです、といった苦虫を噛み潰したような顔で白狐少女をじっとり睨んでいた。
「お主らでは話にならぬ! このダンジョンの主を呼ぶのじゃ! そうすれば自ずとクーが正しいことが証明され……むっ、この陰湿な気配は!?」
ばっ、とこちらに振り向くと、口元を緩めて両手をぶんぶん振る白狐少女。
「おぉ、おおっ! すずではないか! やはりここにおったのじゃな!?」
「相変わらずうるさいのです……はぁ」
すずちゃんがこういう反応をするのは、すごく珍しい気がする。
そしてうんざりとした顔をしながら、すずちゃんは白狐少女へ向かって重そうな足を進める。
ボクも黙って後ろから付いて行く。
「すず! お主からも無知なる人間どもに言ってやるのじゃ!」
「この阿呆が迷惑をかけて申し訳ないのです」
ぺこりと頭を下げるすずちゃんに、料理人さんたちも驚いていた。
「なーにを謝っておるのじゃ!」
「どうせいつものクーの勘違いなのです。先に謝っておくのです」
「ぐぬぬ、相変わらずかわいくないヤツめ……」
「そっちが浅はかなだけなのです。もう少し落ち着きを覚えるです」
「だったらお主は年上を敬うべきじゃ!」
「敬える部分が欠片もないのです」
「なんじゃと!?」
「なんなのです?」
黒狐と白狐がいがみあっている。
でも心から嫌っているわけじゃなさそうだ。本当に嫌いな相手だったら、きっと関わろうとすらしないからね。
それに二人のやり取りは慣れている感じがする。
「ところで、なにがあったんですか?」
「あ、ええと、それがですねぇ……」
料理人さんに話しかけると、戸惑いながらもボクを知っている人だったから、あっさり教えてくれた。
どうやら白狐少女ことクーちゃんは、食堂の料理を気に入ってたくさん食べていたらしいけど、その支払いができなかったらしい。
ただ、お金を持っていなかったんじゃなくて、持っていたお金が使えなかったのが騒ぎの原因だった。
「やっぱり阿呆なのです。この国の通貨も持ってないのです?」
「なんじゃとぉ!」
見たところ、すずちゃんと同じく魔族みたいだから、人間社会の常識に疎いのかも知れない。
とりあえずボクが立て替えておこう。ついでにレシピも渡そうかな。
「はい、新しい料理のレシピです」
「これはこれはっ、いつもありがとうございます!」
「ほほう? あの美味なるものはお主が考えた、というわけじゃな?」
すずちゃんと言い合っていたクーちゃんが、急にこっちへ来て口出しする。
少し身長差があるからか、前かがみになって顔を突き出す形でボクを見てくるんだけど、高さ的にちょうど胸の辺りが視界に入ってしまって困る……あれ、なんかでっかくない? でっかくない?
「クー、アルマ様に失礼なのです」
「アルマ様じゃと?」
「このダンジョンの主なのです」
「む……すずがここにおるということは、やはり冬の――――」
「黙るです」
「もふふぁっ、し、尻尾で口を塞ぐのはやめるのじゃ!」
「アルマ様、なにも聞いてないです?」
「でっか……え、なんですか?」
「なんでもないのです」
とてつもないポテンシャルを秘めていたクーちゃんに驚きすぎて話を聞いていなかった。
ボクの身長が百三十くらいだから、たぶん百五十センチくらいなのに、身長に見合わないサイズで目が離せない。あのノーラさんも大きかったけど、まだ常識的だったと今ならわかる。クーちゃんの場合はそれ以上……いや異常だ。
……えっと、それでなにがどうなったのかな?
それぞれ身長は以下のようになっています。
アルマ:約130センチ
すず :約123センチ
クーコ:約150センチ




