6 初めての来場者たち5
翌朝、ボクが目を覚ますと抱き枕になっていた。
いや違う。抱き枕にされていた。
両手両足でがっしりとボクを拘束するのは、黒と白のパンダみたいなパーカー姿のリーゼロッテちゃんだ。
なぜこうなったのかを、寝ぼけた頭で少しずつ思い出す。
そう、お風呂に連行された後のことだ。
ボクはノーラさんとリーゼロッテちゃんから、それはそれは色々と世話を焼かれてしまった。
それこそ脱衣所で脱がされ、全身を洗われ、寝間着を着せられてと……完全に子供扱いだよ。
このダンジョンの主はボクだから、持て成すのはボクの役目のはずなのに。
なぜこんなに構ってくれるのか聞いてみたら……。
『アルマさんは、なんだか放っておけませんから』
『……わたしがアルマちゃんのお世話する』
なにやら二人の保護欲だか庇護欲だかに火を点けてしまったらしい。
特にリーゼロッテちゃんは過激で、子供を通り抜けて赤ちゃん扱いだ。
その原因の一端となったのが、ボクの服装だった。
すっぽんぽんだったボクは当初、地球の洋服をエネルギーで作ろうとしたんだけど、加工の手間が複雑になるほどエネルギー消費が激しくなる。
まだ先が見通せず余裕もなかったから、その時から節約のために大きな布で全身を覆い隠すだけにしたのだ。
そして着替えるヒマもないまま脱衣所で脱がされて……。
『あの、アルマさん? その、どうして下になにも着けていないのですか?』
『……ちゃんと着ないと、めっ』
まるでボクが、下着もまともに着ないダメな子みたいに思われたのだ。
見た目は幼いのに、中身はもっと残念なのだと。
その結果、なにをするにもリーゼロッテちゃんはボクに付いて回るし、お風呂では頭から足先まで洗われてしまうハメになった……。
そして、とうとう部屋に連れ込まれて抱き枕にされてしまったのだ。
ボクはボクで最初は女の子を相手にどきどきしていたけど、疲れていたのかぐっすり眠れたし、もはや諦めてされるがままだ。
まあリーゼロッテちゃんは、まだ小さいからね。そこまで緊張しないよ。
ちなみにノーラさんは着痩せするタイプだった。
……今さら元男だなんて言えない。
さて、ずっと寝ているわけにもいかないので、そろそろみんなを起こして食堂に集めよう。
眠そうなリーゼロッテちゃんを連れて部屋を出ると、ちょうどノーラさんが自分の部屋から出て来るところだった。身だしなみもしっかりしていてさすがだ。
一方で男性陣はよほどベッドの寝心地が良かったのか、様子を見に行ったらまだ眠っていた。寝坊だね。
でも朝食の時間だと言ったら即座に飛び起きたよ。単純なやつらだ。
ちなみに、みんなボクが選んだ寝間着の姿だ。
リーゼロッテちゃんはパンダパーカーで、ノーラさんは清純な白パーカー、ヨハンが赤色ジャージ、ユリウスは狩人からイメージして緑ジャージだ。
男女でパーカーとジャージに分けた形だね。
ただ、ゲオルクだけは見た目から甚平を渡してみたんだけど、これが予想以上に似合っている。
本人も黙って身に着けているから気に入ったようだ。
そしてボクもノーラさんとリーゼロッテちゃんの監修によって、きちんとした服装になっている。
いや、みんなが街に帰ったあとで着替えるつもりだったけどね?
それまで待ってくれない二人の視線が厳しかったので、お風呂の後に指導を受けて作ったのが、今ボクが着ているワンピースだ。
シンプルだけど肌触りが良く、清潔感のある白いワンピースは袖がないタイプで肩が露出している。
寝間着の代わりにしているけど、普段使いでも問題ないデザインだ。麦わら帽子と併せて着ると合いそうだね。
……あとまあ下着は無難というか普通の白である。上は必要ない。
そうして着替えたボクを二人ともかわいいと褒めてくれたけど、ボクの心は男なので少し複雑だった。
というのは置いといて、気を取り直して朝ご飯を作るとしよう。
朝のメニューは、お米に馴染みがないようだったからバターを塗ったカリカリふわふわトーストにベーコンエッグの組み合わせにする。
手間もかからないから早く出せて、しかもおいしい。
「お待たせしましたー」
相変わらずお預け状態のゲオルクを除いて、みんなが一口食べると……。
「おお、うまいな!」
「本当だ! おいしい!」
「昨日のお肉も素晴らしい味でしたが、こちらも美味しいですね」
「……おいひい」
大絶賛だ。そんなに喜んで貰えると作った甲斐があるね。
ユリウスとヨハンはがつがつと男らしく、ノーラさんは上品に味わい、リーゼロッテちゃんはハムスターみたいに頬張っていた。
おっと、口元が汚れちゃってる。
「リーゼロッテちゃん、口のとこ拭きますよ?」
「……んー」
「はい、きれいになりました」
「……ありがと、アルマちゃん」
なんだかんだで精神的にはボクより子供なリーゼロッテちゃんのお世話をしていると、周りから微笑ましいものを見るような視線を感じた。
ちょっと気恥ずかしい……もうボクも食べよう。
「昨日も思ったけど、アルマは料理が上手いんだね」
トーストを齧っていたら、なぜかヨハンはボクが料理上手だと妙な勘違いをしていた。簡単な料理なのに。
「ふふっ、アルマさんは良いお嫁さんになれますね」
「……わたしが貰う」
お嫁に行かないし、リーゼロッテちゃんはちょっと落ち着いて。
というか二人もヨハンと同じ感想なのか。
ひょっとしたら食材や調理器具の質が良いから、料理上手だと思われているのかも知れない。火力調整できるコンロとか、オーブントースターとか、フッ素加工でくっ付かないし焦げないフライパンなんて、この世界にはないだろうし。
ちょっとした料理でも、そういった差でボクの腕が良いように見えるんだ。
教えてあげたらびっくりするかな?
そのうち機会があったらキッチンも紹介しよう。
「ところで、お嬢ちゃんに頼みがある」
そう言い出したのは、ようやく食べ終えたゲオルクだ。
食休み中、ノーラさんとリーゼロッテちゃんに弄られて大きな三つ編みになった髪からボクは目を離す。
「なんですか?」
「あの着替えや、店みたいなところに置かれてた道具だが、いくつか持ち帰ってもいいだろうか?」
さっきまで寝間着だったみんなは、すでに洗濯してきれいになった元の冒険者っぽい服装に着替えている。
だから持ち帰りたいと言っているのは甚平やパーカー、ジャージのことだ。
「構いませんよ。一度は使ったものですし、残されても捨てるしかないです」
ノーラさんとリーゼロッテちゃんの物ならともかく、男共が着ていた服なんて興味もないよ。
するとゲオルクだけではなく、他のみんなも嬉しそうな反応を見せる。
どうやら着心地が良くて気に入っていたみたいだ。
「まあ個人で貰う分は別として、ギルドに証拠として提出したい」
「……あ、もしかして、それでボクが協力的だって証明できるんですね?」
「説得の材料にはなるだろうし、俺たちの調査がデタラメだと判断されないためにも必要になるな」
普通はダンジョンの主が人前に現れて、おまけに持て成してくれたと報告しても信じられないらしい。
だからダンジョン産で、珍しい物を持ち帰りたいようだ。
「お嬢ちゃんが一緒に来て、例のダンジョンマスターの力を見せてくれるのが一番手っ取り早いんだがな」
「うーん、それは無理ですね」
「そうだろう。いくらお嬢ちゃんでも、外に出る危険性はわかるか」
「もちろんです。ダンジョンの主は外に出たら即死ですからね」
「……なんだと?」
「あれ?」
話がかみ合ってないので確認すると、うっかり外でダンジョンマスターだと知られると、その場で殺される可能性があるらしい。こわい。
でも心配はいらない。
なぜならダンジョンの主は常にエネルギーを供給されて生きているので、ダンジョンを出ると死ぬからね。ほぼ即死だよ。
人間にとっての酸素みたいなものだと捉えればイメージしやすいかな。
とにかく外に出られないので、いっぱい賄賂を贈ろう。
「それじゃ服と小物がいくつかと……あとなにが欲しいですか?」
「あの浴場にあった液状の石鹸だな」
「石鹸……ボディソープとシャンプーのことですかね?」
「ああ、たしかそう言っていたな。あれは良い。よく汚れも落ちるし、なにより香りも悪くない」
「ちなみに一般的な石鹸はどうなんです?」
「ダメだとは言わんが、ここの石鹸を使うとな……」
質に差がありすぎて、もう元の石鹸に戻れないみたいだ。
「他には? 他には気に入ったのありませんか?」
「お、おお……そうだな、できれば服が洗える箱や、あのトイレなんかも持ち帰りたいくらいだが」
「うーん、それはちょっと無理ですね。あれは持ち帰っても使えないので」
「そうか……」
心の底から残念そうに呟くゲオルク。そんなに?
「あれらはダンジョンからエネルギーを供給しないと動かないので、たぶん外では置物にしかなりませんよ」
「そう上手くはいかんか」
「他に欲しい物はありませんか?」
「ずいぶんと乗り気だな」
「もちろん! このダンジョンの良さをアピールするチャンスですから!」
「ふむ……それなら、ひとつ提案があるんだが」
そう言ってゲオルクは腰のポーチから小さな瓶を取り出した。
透明度が低い表面がデコボコした小瓶で見え難いけど、中に濃緑色の液体が入っているようだ。
「これがなにか知っているか?」
「……あ、青汁?」
「よくわからんが、たぶん違うな」
いやだって、すごく苦そうな色してるし……なんかマズそう。
「こいつはポーションという魔法の薬だ」
「え、回復魔水薬ですか?」
「ん? ああ……いや、一応だが確認するぞ。そのライフポーションってのはどういう物なんだ?」
「どうもなにも、さっきゲオルクさんが言ってた魔法の薬ですよ」
回復魔水薬は傷口にかけるだけで切り傷、打撲、火傷などに効果がある名前通りの魔法薬だ。
服用すると体内を中心として全身が回復するけど、その場合は直にかけるよりも効果が薄まってしまうので、状況に応じて使い分けるといいね。
なぜ詳しいのかと言えば、これはダンジョンの知識に含まれるからだ。
ブラリアンが勝手にボクの脳内に送り込んだから、そういった餌を用意してダンジョンに人間を誘い込む……なんて、知りたくない情報も知ってしまうんだよ。
でもボクが知っているポーションとは色が違うような?
「とりあえず聞くが、お嬢ちゃんはポーションを作れるのか?」
「作れますよ。おいしょーっ」
手の平にエネルギーが集まって小瓶の形になる。細長い栄養ドリンクみたいだけど、あっさりできた。
中身は透き通った緑色でメロンジュースにも見える。おいしそう。
「これが回復魔水薬ですね」
「この色合い、たしかにダンジョン産のポーションと同じだな」
ゲオルクが持っていたのは人間が作った物で、あまり品質が良くないそうだ。
具体的にはナイフで刺された傷はギリギリ治せるけど、ばっさり斬られたら一本では足りない。
一方、ダンジョン産ポーションなら腕が千切れても繋げられる。圧倒的な性能差じゃないか。
でもダンジョン産は安定して手に入らないから、そんな低品質ポーションでも冒険者は頼るしかないらしい。
「なるほど。そこでボクが回復魔水薬を提供すれば……」
「お嬢ちゃんの立場が良くなるのは間違いないな。俺たち冒険者としても、これ以上ないくらいありがたい話だ」
話によると、冒険者は四肢のいずれかを失ったり、目が潰れたりで引退することが多いようだ。
すでに傷口が塞がってしまっている人は治せないけど、今後は回復魔水薬を常備していれば、そういった冒険者は劇的に減るだろうね。
「それなら回復魔水薬と、魔力補充水薬と、あと復調魔水薬もあったほうがいいですね」
赤色の魔力補充水薬は魔力の回復速度を上昇させるし、水色の復調魔水薬は主に魔毒を除去する効果がある。
どれもダンジョンでは必須とも言えるポーションだ。
「なに……なんだこれは?」
「ですから魔力補充水薬と、復調魔水薬です。魔力ポーションと、解毒ポーションのほうがわかりやすいですか?」
「ユリウス、知っているか?」
「いや、こんな色は初めて見たな」
「マジですか」
どうやら他のダンジョンでは回復魔水薬以外、まったくポーションが出ないみたいだ。そこまでサービスする気はないってことかな。
あ、だから正式名称の回復魔水薬を知らなかったのか。
他にポーションがなければ区別する必要もないし。
「ノーラさんとリーゼロッテちゃんはどうですか?」
「私もマジックポーションやリカバリーポーションというのは聞き覚えが……」
「……初めて見た。アルマちゃんすごい」
魔法の専門家である二人も同様となると、珍しいどころか世界初かも?
他にも万能霊薬とか月霊酒とかあるけど、教えたら大騒ぎになりそうだからやめておこう。作るのすごいエネルギー使うし。
「じゃあ、これ持ち帰ってください」
「いいのか?」
「せっかく作った物ですし、置いていかれても使い道がありませんので」
そして存分にアピールして欲しい。
「わかった、必ず悪いようにはしないと約束しよう」
「はい、お願いします!」
こうしてゲオルクたちは着替えと日用品一式、各種ポーション三本ずつをお土産に受け取ってダンジョンから去って行った。
帰り際になってリーゼロッテちゃんが寂しがって、なかなか離れてくれなかったけど、みんなの説得と再会する約束をして、ようやく決心してくれたよ。
『……絶対また来る』
両手を握ってそう言い残したリーゼロッテちゃんは、本当にまた来るんだろうなと予感した。次は更なる絶叫マシンで歓迎しよう。
それと調査の人がいつ来るのかは不明だけど、早ければ三日後には訪れるそうなので、こっちも色々と準備しておかないとね。
だけど今日のところは……。
「とぉっ」
ダンジョン最奥部にある私室に戻ったボクは、ふかふかベッドにダイブした。
「あー、づかれだぁー」
五人も持て成すのに張りきったせいか、まだ昼前なのにクタクタだ。精神的に。
今日はもう、のんびりだらだらして過ごそう……。
あ、それから後で着替えよう。
さすがに、ずっとスカートは落ち着かないよ。
あっという間に今年も終わった気がします。
年始も引き続き更新して行きますので、来年もよろしくお願いします。




