20 アルマの勧誘1
「ぬーん、いったいどうしたらぁ……」
場所は第十階層のプライベートエリア。
青空と青い海が広がる水面から突き立った四本の塔。そのひとつの頂上に建っている、ほどほどに大きいお家のリビングから、だらけた呻き声が聞こえていた。
声の主は……当然アルマだ。
「アルマ様、どうかしたのです?」
心配したすずが声をかける。
いつもならヴァルハラ内を視察という名目で遊びまわっているか、自室に籠って新しいアトラクションやらを考えているのに、今日はリビングのソファに突っ伏していたのだ。
アルマが悩んでいるなら力になりたい。それはアルマが目的の人物かどうかは関係なく、すず自身の望んだ想いである。
そのアルマの背にはヌマネコが我が物顔で乗っかっていたが、これはいつものことなので二人とも気にしなかった。
「あれ、すずちゃん家にいたんですか!?」
「ポーションを教えるのはお休みなのです」
「こ、これはこれは、みっともないところ見せちゃいましたね……」
リーゼロッテは今日も魔術師ギルド支部に出かけていたため、家に誰かがいるとは思ってもみなかったようだ。
アルマは顔を赤くしながら体を起こし、ヌマネコが転がり落ちて、白いワンピースの裾を整えるときちんと座り直した。
そんな風に慌てて取り繕うアルマだったが、とっくにアルマの本性はワンダやリーゼロッテたちにも見抜かれていたので今さらである。
すずも気にしていなかったが、アルマ本人が気にすると考え、この件には触れないように秘密会議で取り決められていた。
「なにか悩み事です?」
「そうですねぇ……実は少し難しいお願いをされちゃいまして」
特に隠すつもりのないアルマが語るのは第八階層のことだった。
大自然を再現したそこにモンスターを放ち、冒険者に狩らせるという提案はアルマにとっても有益である。
命がけの狩りは恐怖を伴うためエネルギーが確保でき、ギルドはモンスターの素材を得られるため、収支が釣り合って上手く循環すると予想できたからだ。
しかしゲオルクは、死者をゼロにしたいという。
言うまでもなく、アルマだって死者どころかケガ人すら出したくはないし、もしもヴァルハラの悪評が立てば楽しいダンジョンテーマパークが台無しである。
とはいえユリウスのように、相応の覚悟を持ってくれなければエネルギーの回収効率が悪くなってしまうのも事実だ。
どうせ死なないから、などという心構えでのモンスター狩りでは意味がない。
なにより、どうやってケガ人や死者を出さないようにするかだろう。
「冒険者のみんなにポーションを持たせて、モンスターには逃げたり降参した相手は攻撃しないよう指示を出せば、事故は減ると思うんですけど……」
その段階に至る前に弱すぎて死んでしまったり、あるいは諦めが悪い冒険者が無理をしてしまうと、文字通りで救いようがない。
確実に死者をゼロにできるとは言い難かった。
「あと、モンスターは細かい指示を覚えられないのが難しいところですね」
モンスターへの命令は『この場所に入ってきた敵を攻撃しろ』や『逃げる敵を追いかけるな』程度でも、状況が複雑になると命令を無視した暴走を引き起こし、見境なく敵を攻撃してしまう。
例として出せば『この範囲内を防衛して敵を攻撃しろ』という命令も、その範囲外から攻撃された場合、敵を排除しようと指定の範囲外まで出て行くだろう。
とにかく臨機応変とは真逆の存在だ。
仮に『死なないように手加減しろ』という命令でも、どこまでが死なないのか判断ができなくて暴走する。
だからこそ司令塔として、知恵を持つ魔族が必要なのだ。
「あんなに広いところで細かく指示を出し続けるには、魔族を何百人も雇わないと無理ですし、ちょっと手詰まりなんですよ」
「警告を聞かずに無茶して死んだら自業自得なのです」
「あ、あはは……すずちゃんは厳しいですね。でもこのまま諦めるくらいなら、まずはできる限り方法を探してからにしたいんですよね」
アルマの前向きな笑顔を前に、すずは狐耳をぴんと立てて考える。
ダンジョンで人間の死者を出さないよう安全にモンスターを狩るなどと、あまりにも虫がいい話だろう。
目に余るようなら、すずはアルマを守るために手を汚すことも厭わない。
しかしアルマ自身が望まないと理解していたし、なにより諦める前にできる限り方法を探すと言われたばかりである。
ならば今はアルマを見習い、自身も一緒に頭を捻るべきだと、隣にちょこんと座るのだった。
残念ながら、すぐには答えを見つけられなかった二人。
あまり悩んでばかりいても仕方ないですねと、すずはアルマに誘われて散歩に付き合っていた。
向かった先は第二階層の地底湖エリアだ。
この階層は、暑い時期に来るとヒンヤリした空気が気持ちいい。
現にアルマたちの他にも、散歩コースとして利用している者は多かった。
水着で泳げないと判明してからはアルマがやる気を失い、この階層は手を付けずに放置していたのだが、それが自由に使っても大丈夫な場所だと認識され、誰もが気軽に訪れるようになったのである。
足元に付いて歩くヌマネコたちも、どこか心地よさそうな表情でとことこ歩く。
「ヌマネコちゃんたちも暑いのは少し苦手なんですよね」
「そうなのです?」
たしかにヌマネコたちは、普段から自分たちが好む場所を探してはくつろぐ。
……まるで意志を持っているかのように。
通常ならば作られたモンスターが自分で考えることはない。
ダンジョンと、その主を守るという本能によって侵入者に敵意を抱くなど、そういった行動はする。
だが下手に知恵を持てば反抗され、いざという時に裏切られる恐れすらあるのだから、ダンジョンの主からしても余計な意志など必要ないだろう。
(でもアルマ様の場合は違うです)
確実にアルマの作ったヌマネコたちは意志を持っており、単なるモンスターの枠を越えていた。
それどころか飛び兎も同様で、例外はゴーレムくらいか。
秘密会議にリーゼロッテが参加させていたのも、ヌマネコたちの知能が見かけ通りではないと察していたからだ。
ただ、その異常性に気付いているのは今のところ、すずだけだ。
アルマは自分以外のダンジョンを知らないため、初めからそういうものだと考えているし、リーゼロッテも似たようなもので、不審な点もアルマのダンジョンだからと納得してしまう。
これについて説明すべきか。
もし説明するとなれば、どこまで話すべきか。
記憶を失っているアルマの事情を考慮して、すずは逡巡していた。
「あれ、あそこにいるのは……」
アルマの声にすずも意識を向ければ、前方から地底湖を沿うようにして歩いてくる人影があった。動きやすい恰好をした短い髪の女性……ヴィオラだ。
彼女のことはアルマだけではなく、すずもよく知っている。
なにせ、なにかと睨まれているのだから。
一方でアルマに気付いたヴィオラは見るからに挙動不審だったが、すぐに平静を装うと、まっすぐ前を向いて歩き続けた。
もうすぐヴァルハラから去るため、最後に各所を見て回っていたのだが、そんなヴィオラとすれ違う前にアルマは声をかける。
「こんにちはー」
「っ!? ……ッ!? ――――っ!?」
三度見するほどヴィオラは驚愕した。
まさか声をかけられるなど露ほども想像していなかったのだろう。
「たしかヴィオラさんは、今日でここを出ちゃうんでしたよね?」
「ぁ、は、はいぃ!」
気にせず語りかけるアルマに、ヴィオラはどうにか返事をするので精一杯だ。
憧れの人物に声をかけられただけではなく、名前まで呼ばれたのだから仕方ない反応だろう。
それは今までヴィオラが纏っていたクールな印象とはかけ離れた姿であり、すずですら何事かと目を見張るものがあった。
「そういえば前から聞きたいことがあったんですけど」
「な、な、なんでしょうかっ?」
「他のダンジョンを攻略に行った後ってどうするんですか?」
ギルドとの契約では、訓練所を卒業した後はダンジョン攻略に参加し、一定の成果を得られた時点で契約完了となる。
その後、冒険者はどこへ行くのかアルマは気になったのだ。
「え、ええーと、それはですね、人によると言いますかっ……」
「じゃあヴィオラさんはどうするんですか?」
元々が冷静な性格であり、心を乱さず戦闘するのに慣れていたせいか、話している内に落ち着いたヴィオラはアルマの目を見つめて答えた。
「私は……実は、ここに戻って来たいと考えているのですが」
「本当ですか!?」
「あ、はい……その、もしアルマ殿に許されればという前提ですが」
「もちろんオッケーですよ! いつでも来てください!」
その様子を傍から見ていたすずは、アルマは自分が作ったヴァルハラを気に入ってくれたことが嬉しかったのだと正確に分析していた。
「ですが、あまり蓄えもなく、稼ぐアテもないので迷っていまして」
「あー、うーん、そうですよね……」
まさしく、そのことでゲオルクから第八階層の話を持ちかけられていたので、アルマはなんとも言えない顔をする。
そして名案とばかりに表情を明るくして、ヴィオラにお願いをした。
「それじゃあボクに雇われてくれませんか?」
「えっ?」
「実はですね……」
アルマが語ったのはヴァルハラに増えて行く人口に対して、警備が十一匹しかいないヌマネコ頼りという脆弱さだった。
戦力だけで言えば一匹だけでも不足はないが、アルマの護衛こそが本分であるため、あまり警備に割けないのだ。
また数も少なく、目が届かない場所も増えてしまうだろう。
単純にモンスターを増やそうと考えていたアルマだったが――――。
「ゲオルクさんが警備隊を作ってくれるそうなんです。まだ人を集めている段階なので、よかったらボクから推薦しますよ。お給料はボクが出すことに決まったので、冒険者ギルドじゃなくてヴァルハラ所属になっちゃいますけど……」
それはヴィオラやユリウスが提案した、アルマに任せるだけではなく人間たちで治安を維持するための組織だった。
ただし、あくまでゲオルクは警備隊の結成を手伝うだけで、できあがった後は運用するのも維持するのもアルマに任される形である。
一応ヴァルハラの主であるアルマに配慮した結果だ。
「どうでしょうか?」
「とても魅力的な話ですが……」
つい先日まで悩んでいたヴィオラであれば、降って湧いたような話に迷わず飛び付いてもおかしくない。
だが、ひとつの懸念がヴィオラの言葉を呑み込ませる。
「……やっぱりダンジョンの味方になるのはイヤですか?」
「い、いえ、それは違います! ただ私は……アルマ殿の近くにいては、いけないのではと思いまして」
悲し気に伏せた瞳から一転し、きょとんとするアルマ。
そんな少女にヴィオラは地底湖を遠い目で見つめながら語る。
自身の過去について――――。




