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13 ヴァルハラの日常(裏)1

 冒険者ギルド支部のだだっ広い訓練所。

 集められた三十人の若手冒険者の中に、ひとりだけ周囲からちょっと浮いている冒険者がいた。


 その人物は目付きが氷のように冷たく、端正な顔立ちをしていたが、若手の中だと頭一つ分ほど高い身長もあり、見る者に威圧感を与えている。

 加えて冷静な性格から、若手特有の初々しい空気に馴染めていない。今もひとり集団から離れて、後方でぽつんと佇んでいた。

 名前はヴィオラ。ちょうど今年で二十歳になった女性冒険者だ。


「今日は例の作戦の日ですからフォローよろしくお願いします。支部長からも失敗しないように念押しされていますからね」

「わかった……」


 訓練所の前に、そんな風にギルドの女性職員から愛想よく話しかけられても、ヴィオラはたった一言だけ、ぶっきらぼうに返して会話が終わる。

 そうした不愛想な態度も誤解を招くのだろう。

 同じ若手からは一緒に訓練所で励む者として仲間意識こそ芽生えているが、それは友人と言えるほどでもなく、仕事場の同僚といった距離感だ。


 ぶっちゃけると、軽いぼっちである。


 ちなみに女性の冒険者は珍しくない。

 なぜなら魔力による身体能力の強化は性別に左右されないため、例え魔術を学んでいなくとも、素質さえあれば活躍できるからだ。


 ただしダンジョンに潜ると数日、長引けば数十日も地上に出られない。必然的に入浴どころか、体を拭く水すら節約しなくてはならず、他にも色々とプライバシーに配慮しなければならない。

 ただでさえ命がけの攻略である点も加味すれば、非常に過酷な環境だ。

 男女を問わず、一般人からすると避けたい職業だろう。


 それでも冒険者を目指す者が後を絶たないのは、誰でも申し込めば入れる門戸の広さ故に、とりあえず稼げるのが理由としてひとつ。

 加えて基本は肉体労働のため、学がない者、手に職を持たない者でも受け入れられる点が大きい。

 数字だけで判断するなら、冒険者は割と人気のある職業とも言えるのだった。


 ところがヴィオラの場合、元々は傭兵ギルドの所属だ。

 本人の裁量に任される自己責任な面が強い冒険者と違い、傭兵は指示された通り規則に従って動く仕事だ。

 その性質から不真面目な者、落ち着きのない者には向かず、冒険者の自由な印象に比べると、誠実でお堅いイメージが一般的である。


 合わない者は合わないが、合う者には合う。

 そんな傭兵ギルドで人柄と腕前を買われていたヴィオラだったが、込み入った事情もあって、仕方なく若手冒険者として転向しているのだった。


「よし、全員揃ってるな?」


 冒険者ギルド支部の支部長ゲオルクが訓練所にやって来た。

 その鋼のような筋肉を纏う巨躯の隣にはダンジョンの主、涼やかな白いワンピース姿のアルマが同行している。ついでに三毛猫がとことこ歩いている。


 月白色の柔らかな髪に、もちもちの柔らかほっぺた、宝石のような蒼い瞳が輝いて、どこのお姫様なのかと思うほど気品があるアルマを目にした若手たちが、にわかに色めき立った。

 男性、女性を問わずにだ。


 実のところアルマは、各ギルドの者たちからの人気が高い。

 アルマのおかげで多くの恩恵を得られ、住み心地の良い宿舎と、おいしい食事まで提供されているのだから当然とも言えるだろう。

 それが見た目も美しく、さらに性格までお人好しとあっては、もはやアイドルも同然の愛され具合なのであった。

 遠くから眺めるヴィオラも表面上は無反応だったが――――。


(今日はアルマちゃん来てくれた……か、かわいいっ!)


 無表情で鋭い目付きのまま、内心で歓喜の叫びをあげていたりする。

 きっと今の感情を表に出していれば、もう少し周囲と仲良くなれただろう。

 悲しいことに、それができない性格だからぼっちなのだが、それでも辛いとは感じていない。

 アルマを近くで眺めているだけで、ヴィオラは幸せなのである。


 だが人気が高くなるほど、近寄りがたくなる場合もある。

 アルマの場合はダンジョンの主である立場も相まって、一種の憧れと畏怖が混ざり、決して踏み込んではならない尊い聖域のような扱いをされていた。

 アルマはアルマで若手冒険者と仲良くなるきっかけを探していたが、自分から話しかけるタイミングを見出せず、逆に話しかけられるのを待っていたので膠着状態である。


 そうしている内にアルマと仲良くなろうと抜け駆けする者に睨みを利かせ、互いに牽制するという、誰もが遠巻きに眺めるだけの環境が形成されつつあった。

 アルマ本人は話しかけて欲しい、もっと仲良くなりたいと考えているとは誰も知りえないし、アルマもまた自分がどう見られているかなど知る由もない。

 ……ただ猫だけが、アルマを取り巻く状況を見ていた。ごろごろしながら。


「ゲオルクさん、調子が悪いゴーレムはどこですか?」

「ああ、それなら……」

『――――』

「もうワンダ君も来てたんですね。おはようございます」


 一風変わった服装の魔族、見えない(インヴィジブル)放浪者(ワンダラー)のワンダが、鋼色のフルプレートアーマーに身を包んだゴーレムたちを引き連れて来る。

 最初こそ人類の敵である魔族として恐れられていたワンダも、何度かアルマが付き添っていたおかげで、今ではすっかり打ち解けていた。

 顔が見えないため表情こそ窺い知れないが、きちんと言葉が通じ、ワンダの意思や感情は思念という形で受け取れるため、コミュニケーションに困らないのが大きな理由である。


(アルマちゃん、ゴーレムを直しに来ただけ? この後のテストは見るかな?)


 などとヴィオラが期待している間に、アルマは不調だというゴーレムにそっと触れると、ほんの僅かな間に直した。

 傍目には変化がないためわかりにくいが、アルマ本人が直したと言えば疑う者などいない。

 そしてゴーレムが壊れた理由を尋ねれば、その直接的な原因がヨハンとの戦闘訓練だと判明する。

 これにはアルマも驚き、すごいすごいと褒めちぎるのだが……。


 ヴィオラは知っている。

 実はヨハンに攻撃の訓練を徹底させたからゴーレムは破損したのだと。

 ……そう、これは冒険者ギルドが主導する計画の一端。

 アルマとヨハンをくっ付けて、アルマを冒険者ギルドに繋ぎ止める通称『キズナ作戦』であり、楔役であるヨハンの逞しさをアピールする意図があったのだ。


 もちろんゴーレム破損に不正はなかった。

 実際に訓練で戦ったのはヨハンであり、彼の実力も若手の中では群を抜いているのは事実なのだから。

 だが同じゴーレムを相手に、同じ個所を狙って攻撃を加えるといった小細工をしていたのも事実である。

 アイドル化しつつあるアルマ人気も考慮すると、もし明るみになれば他の若手からの嫉妬や非難は避けられないだろう。

 故に『キズナ作戦』をヴァルハラ内において知るのは、冒険者ギルド支部の支部長であるゲオルクと一部の職員、当事者であるヨハン、そしてフォローを秘密裏に依頼されていたヴィオラだけだ。


 当初ヴィオラは乗り気ではなかった。

 今回のゴーレム破損によって逞しさをアピールするという作戦も、効果があるのか疑問であったし、なによりヴィオラ自身もアルマを気に入っていたのだ。

 自然と仲良くなるならともかく、このような方法は容認し難い。

 だがアルマが他所に引き抜かれて冒険者ギルドとの関わりがなくなれば、今の環境すら失われる恐れがあると言われては、引き受けざるを得ないだろう。


 とはいえヴィオラは保険の意味合いが強い。

 大した手伝いもしていなかったのだが、結果としてアルマがゴーレムの破損に食い付いたので作戦は上手くいくと思われた。

 しかし……。


「えっと、それでアルマに――」

「アルマ様」


 流れによってはヨハンがアルマを食事に誘う想定だったが、ヨハンの声を遮るように別の声がアルマの興味を攫っていく。

 もうひとりの魔族、狐人族(フォクシー)の少女すずである。

 狐の耳と尻尾、そして遥か東国に伝わる民族衣装に似た服装が特徴的で、ヴァルハラでは二番目にアルマに近い人物と見なされている。一番はリーゼロッテだ。


「あ、すずちゃん、もうあっちはいいんですか?」

「もう終わったのです」

「薬師ギルドの人は、なにか言ってませんでしたか?」

「もっとわかりやすくって言われたです。理不尽なのです」

「すみません……ボクからも注意しておくので、どうにか根気よく教えてあげてくれませんか?」

「あ、アルマ様は悪くないのです。次はもっとがんばるですっ」


 不満を口にしたすずに、アルマが申し訳なさそうな顔をして謝れば、今度は焦ったすずがフォローしていた。

 ヴィオラを含め、その光景に若手たちがほんわかとする。


 すずは冒険者ではなくヴァルハラ側の住人……つまりアルマの仲間という括りなので、どれだけアルマと仲良くしても文句は出ないのだ。これはリーゼロッテも似たような扱いであった。


 しかし困ったのはヨハンとゲオルク。遅れてフォロー役のヴィオラだ。

 これでアルマを食事に誘うどころではなくなってしまった。


「そういうわけですのでゲオルクさん、今日はもう行きますね!」

「行くのです」

「お、おお……まあ、こっちの用件は終わってるから構わんが」

「ワンダ君も、また後で」

『――――』

「ぁ……」


 おまけにアルマは、すずを誘って一緒に訓練所を去ってしまう。

 引き止めようとして言葉が出なかったヨハンの背中から、哀愁が漂っているのをヴィオラは幻視する。


 果たしてゴーレムを壊す逞しさはしっかりアピールできたのか。その効果すらも確認できないまま、作戦は失敗に終わったのであった。

 ただヴィオラは不思議とそれを残念に思えず、どこか一安心する。

 依頼を引き受けたとはいえ、やはり納得していたわけではなかったのだ。






 作戦は失敗したが、訓練まで中止にするわけにはいかない。

 予定通り、ゴーレムとの戦闘テストは行われた。


 このテストの結果次第では支払われる報酬にも影響し、あまりに酷いと訓練所から追い出されてしまうし、逆に成績が良くても訓練所は卒業となる。

 ダンジョンとは思えない快適な宿舎暮らしと、おいしい食事が楽しめなくなるのは非常に辛いものだ。

 かといって下手に手を抜けばゲオルクは即座に見抜いてしまうので、やはり真面目にテストへ臨む他になく……若手冒険者たちの誰もが気を引き締めていた。


 ゴーレムとの戦闘テストでは、まず一対一での模擬戦を行い、続けてグループを組んでの集団戦、最後に拠点を守る防衛戦となる。

 これらは結果だけではなく、それぞれの動き方まで細かくチェックされているので、ただ勝てばいいわけでもない。

 武器の扱い方、ゴーレムの動きを見る洞察力、仲間との連携、視野の広さ、冷静な状況判断などなど。戦いにおいて必要となる要素がすべて採点対象だ。


 なんとなく動いたら上手く行きました! などという偶然に頼るのではなく、確実に勝利を掴み取れる戦法を取り、そして自身と仲間の安全を考えた戦い方をしなくては評価されない。

 そして今日までの訓練で、その土壌はしっかりと構築されている。


 あまり実感のない若手たちは不安を拭い切れないでいたが、訓練を始めてから二週間でテストを実施するほどには、その成長速度は早いと言える。

 これは元々の素養に加え、訓練に集中できる環境……さらに十分に疲れを癒せる施設と、栄養豊富でおいしい食事が揃っているのが大きく影響していた。


 そもそも大半の冒険者は、ギルドに登録した時点で生活に困っている。

 というより、生活に困っているから冒険者になったというべきか。

 その日の食事代を稼ぐのにも精一杯で、訓練どころか装備すらまともに揃えられない者も多く、そうして準備不足のまま一攫千金を夢見て危険なダンジョンに潜っては、そのまま帰らぬ人となる事例は数え切れない。


 無論ながら、地道に稼ごうと思えば安全な仕事も与えられるのだ。

 少しは生活に余裕があったり、あるいは臆病だったり、慎重な性格ならば、そういった方法で資金を貯めてから装備を整えて、ようやくダンジョンへ挑む。


 残念ながら大半は余裕もなければ、無意味に蛮勇で無謀なのが冒険者ギルドの悩みの種である。

 仮に無理やりにでも引き留めれば命は助かるだろうが、今度は生活費を稼げない者が続出してしまうし、冒険者はダンジョンへ挑むも挑まないも自由だからこそ成り立っている故に、事実上の強制はできないのだ。


 訓練所の設立は、そうした者をひとりでも助ける救済措置の一環でもある。

 これ以上ダンジョンを成長させない意味合いも含まれているが、今回この場に集められた若手たちの活躍によっては、多くの冒険者が訓練所へと訪れるようになるので、多くの命を拾う結果へ繋がるのは確実だろう。


 そこまで若手たちは意識していないだろうが、救済の第一歩となる最初の戦闘テストがついに始まり……思いの外あっさり終わった。


 結果はヴィオラがトップの成績で、次点がヨハンという結果だ。

 経験の差もあるためゲオルクからすれば予想通りだったが、午後から別のテストも行われる。まだまだ若手たちは気を抜けない。

 ひとまず少し早めの昼休憩となり、それぞれが思い思いに過ごして英気を養うことになった。

 ヴィオラもまた、一足先に食堂へ向かう。

補足ですが、冒険者ギルドは主にダンジョン攻略者の集まりで

傭兵ギルドはガードマン派遣会社みたいになっています。

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