12 ヴァルハラの日常(表)12
「ぷはー、やっぱりお風呂上がりにはこれですね」
「……牛乳おいしい」
「なんで牛乳なのです?」
「……お風呂上がりの定番だから」
「そうなのです?」
パンダパーカー姿のリゼちゃんが、ボクが前に話した通りに浴衣のすずちゃんに教えていた。
きっとこうして定番というものが本当に生まれちゃうのだろう。
「あと牛乳には体の成長を助ける効果があるとかだった気がしますね」
「……たくさん飲む」
「いっぱい飲むです」
「一日一本がいいですよ」
正直よく知らないけどカルシウムが豊富だし、そういうイメージがある。
それを聞いた二人は、これから毎日牛乳を飲み続けると決意していた。体が小さいのを気にしていたのかな?
「ノーラさんはオレンジジュースなんですね」
「私は、十分といいますか、その、あまり成長し過ぎるのも困りますから」
白いパーカー姿の湯上がりノーラさんは、その服の上からでもわかるくらい大きく膨らんだ二つの丘を両腕で抑える。
すると無意識なのか、それは余計に強調させてしまう結果となっていた。
二人とは逆で、あまり大きくても気にしてしまうみたいだ。なかなか、世の中ままならないものだ。
「それじゃ明日もありますし、そろそろ帰りましょうか」
ここで解散……といってもリゼちゃんは同じ第十階層で暮らしているけどね。
ノーラさんは第四階層にある自宅で、すずちゃんはワンダ君と同じで第五階層の従業員用ホテルに住んでいる。
「アルマ様、すずも一緒じゃダメです?」
「一緒ってボクたちのお家に来るってことですか?」
「そうなのです。一緒がいいのです」
「今日だけ……じゃないですよね」
「ずっとがいいのです」
上目遣いでじーっと見つめられてしまった。
いつになく自己主張が強い。だけど、こういう話ならボクも大歓迎だよ。
「ボクは構いませんけど、その前にリゼちゃんはいいですか?」
「……すずちゃんなら問題ない。それにアルマちゃんが決めたなら、わたしが断る理由はない」
居候だから遠慮しているのかな?
でも同居しているんだから、ちゃんと許可を得るべきだよね。
「というわけで、すずちゃんも一緒に帰りましょうか」
「ありがとうなのです。嬉しいのです」
無表情のまま尻尾をぱたぱたさせて喜びを表しているすずちゃん。
微笑ましいけど、贅沢を言えばいつか普通に笑顔を見せてくれるようになるとボクも嬉しいな。
「それじゃあ報告会でお知らせしないとですね」
三人で場所を第十階層に移す。
水面から突き立つ四本の塔群で、最も大きい中央塔の頂上にある広場には、ボクの他にリゼちゃん、すずちゃん、ワンダ君、ヌマネコちゃんたち、ぶっ飛び兎のリーダーが集まっていた。それぞれ思い思いに座っていたり、ごろごろしてる。
満天の星空の下は明るく、昼間と打って変わって涼しい風が吹いているので話し合うにはちょうどいい環境だ。
これはボクが決めた夜の報告会だ。
参加者はダンジョン側のメンバーだけで、夜になったら集まって問題点や改善したいところ、細かな連絡から相談まで行うのである。
まあ、いつも大した報告もないので、ちょっとした交流会になってるけどね。
あっちこっちに散らばって、ごろごろしているヌマネコちゃんたちが自由すぎて実に気が抜けるけど、なるべくマジメな雰囲気を保ってみんなの前に出る。
進行役を担うのはダンジョンの主であるボクの役目だ。
「さて今日の報告会ですが……まず、すずちゃんがボクとリゼちゃんと一緒に暮らすことになりましたので、第五階層からこの第十階層へ移住します」
「よろしくです」
「次に一部の冒険者がヴァルハラを出て、代わりに新しい冒険者が来ることになりました。人数は聞いていませんが、もしかしたら前より増えるかもしれません」
というか確実に増えるはずだ。
最初から少しずつ人を増やす方向で話が進んでいるからね。
『――――』
「どうしましたワンダ君?」
思念を受け取ったところ、ワンダ君は人手不足を懸念しているらしい。
たしかに現状でさえ訓練用ゴーレムの操作はワンダ君に任せっきりだし、ヴァルハラ内の警備も要所要所に見張りのゴーレムを設置するだけで、見回りはヌマネコちゃんの一部に頼っている。
あくまでボクの護衛として生成した猫型モンスターなのだから、ずっとこのままではよくない。
人が増えれば、それだけトラブルも増えるからね。
「警備は新しくモンスターを作るとして、ゴーレムは……こっちも新しいモンスターを作りましょうかね?」
簡単な作業ならモンスターに任せられるけど、自分で考えて臨機応変に対応するのは魔族じゃないと難しい。
だけど例えばゴーレムを統括するブレーンみたいなモンスターを作れば、より多くのゴーレムたちが運用できるかも知れない。
問題は魂を持たないモンスターに、そこまで高い知能を持たせられるかなんだけど……あれ? そういえばヌマネコちゃんやぶっ飛び兎たちは、自分で考えて行動しているような気が。
『――――』
「あ、そうですね。どちらにせよ人手不足になるのは間違いないので、余裕のあるうちに作るなり、雇うなりしておきましょう」
ワンダ君の提案もあって新しい人材確保は決定したけど、魔族を雇うとしたら条件が合わないんだよね。
なぜなら魔族はダンジョンへの侵入者を撃退するために雇うのであって、人間をおもてなしする雇用条件なんて普通は存在しないからだ。
首を捩じ切っちゃう力自慢の魔族なんて雇っても仕事がないよ。
「必要なのは力よりも技術と知恵、あと性格なんですよね……」
ここで悩んでも仕方ないので近いうちにナンデモニウムに連絡してみよう。
「あと、次のお祭りについてですね。まったく決まっていませんが」
正直これは、お祭りじゃなくてジャンクフードが食べたい人のためって気がしてきたけど、ボクとしてはしっかりやりたい。
とにかくお祭りを開催するってことだけは周知しておこう。
「他になにか、誰かありますか?」
順番にリゼちゃん、ワンダ君、すずちゃん、ヌマネコちゃん、ぶっ飛び兎と見て行く……うん、だれも手を挙げてないね。
「じゃあ今回はこれで終わりにしましょう。明日もよろしくお願いしますね」
ものすごく早く終わったけど、これでも今日はいつもより長かったくらいだ。
特に問題なければ報告することもないからね。良いことだから喜ぼう。
大切なのは、こうしてきちんと話し合える場を設けることなんだよ。たぶん。
報告会も終わったのでボクとリゼちゃん、そしてすずちゃんで自宅へと帰る。
ただし二人用の家なので、ちょっと拡張しないといけない。
「ベッドも二つしかありませんからね。部屋をもうひとつ追加しましょう」
「アルマ様のお手を煩わせなくても、すずはアルマ様と同じ部屋で大丈夫です」
「それはちょっと狭いので……なにが大丈夫なのかもよくわかりませんし」
すずちゃん、少しリゼちゃんみたいになってしまった。
当のリゼちゃんも最初の頃は一緒のベッドで寝ようとしていたけど、この十階層に移設してからは別々の部屋で寝るようになっている。
あれはちょっとした失敗をしてしまってからだったかな。リゼちゃんが。
ボクは気にしてないのに、本人がすごくショックを受けて、ベッドだけじゃなくて部屋も別々にして欲しいと自分から言い出すほどだった。
また失敗するんじゃないかと恐れての別室生活らしい。
実際のところ、あれから失敗はしていないみたいだけどね。洗濯物的に。
「よし、これですずちゃんの部屋も追加できましたよ」
「これは……すごいのです。まさに理想の部屋なのです」
すずちゃんは和風っぽい服装をしているので、部屋も和室にしてみたんだけど正解だったみたいだ。
床はもちろん一面畳で、押し入れには敷き布団が収納されている。照明もアルマ食堂で使った提灯の大型を吊るしているので、ほんのりと明るい。
床の間まで完備してあるけど、窓だけはガラスだ。ただこれも内窓に障子という二重構造にして見た目に拘ってみた。
純和風ではなく、あくまで和風だけど、それでも自分で感心する出来栄えになったので満足だよ。
「じゃあ二人とも、おやすみなさーい」
「……おやすみ」
「アルマ様、おやすみなさいです」
いつも眠そうなリゼちゃんと、いつも通りなすずちゃんと別れて、ボクも自分の部屋に戻る。柔らかいソファやベッドがボクを誘惑するけれど、まだ夢の世界へ旅立つには早い。
本日最後のお仕事が残っているのだ。
向かったのはいい感じにアンティークな執務机。その上に置かれているノートを開き、ペンを走らせる。
内容は今日あった出来事や、これからの予定をまとめたもの。
そしてエネルギーの収支……つまりダンジョン運営日記である。
二週間前から書き始めたから、まだまだ薄くてぺらぺらだけど、これがいずれヴァルハラの歴史を綴った分厚い一冊になると思うと胸が熱くなるね。
「これでよし……ふわぁ、そろそろボクも寝よう」
ベッドに潜り込んで、今度こそボクの意識は夢の世界へ飛んで行く。
今日も一日、ちょっと大変だったけど楽しかった。
これから先もずっと、ヴァルハラをみんなが笑顔で楽しめる場所に――――。
今回で(表)が終わりになります。
次からはアルマ以外に焦点を当てた(裏)です。




