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10 ヴァルハラの日常(表)10

 アルマ食堂の営業時間は短い。だいたい二時間くらいだ。

 あまり長いとボクたちの夕食が遅くなるし、そもそも要望に応えてやっているだけで稼ぐつもりもないからね。

 もし食べ損ねても、職人ギルドが運営する隣の大衆食堂なら夜遅くまで営業しているので、そちらで我慢して欲しい。

 そんなわけで……お客さんのいなくなったアルマ食堂では、ボクとバイトの人たちだけの貸し切り状態な第二のお祭りが開催されていた。


「うまっ!? これヤバいっ! すげーよアルマちゃんっ!!」

「落ち着いてください、口調もヤバいですよ!」


 ずっと鉄板焼き担当で、おあずけ状態だったリタさんは、それはもう吸い込む勢いで食べ進めていた。

 彼女は受付なのに訓練している冒険者と同じくらい食べるので、ちょっと前に体重を気にしていた気がするんだけど……スポーツジムとか作るべきかも。


「あの子は誰かに言われても止まらないよアルマちゃん。後で勝手に落ち込むだろうから放っておきな」


 そんなエマさんの厳しい言葉に、バイト仲間たちもうんうんと頷く。

 リタさんの食い意地は、すっかり周知されてしまっているみたいだ。

 でもたしかに……普段は賄い割引だけど、今回はみんなも特別に食べ放題にしたからお金は問題ないだろうし、食べすぎるかどうかは自己責任だよね。


「みなさんも遠慮しないでいっぱい食べてくださいね!」

「もちろん!」

「これ美味しそうだったんだよねー」

「ふふふ、この時間があるから頑張ったのよ!」

「アルマちゃんもしっかり食べな! じゃないと大きくなれないからね!」

「こ、これでも食べてるつもりなんですよ……」


 エマさんたちも冒険者ほどじゃないにしても、よく食べるほうだ。おかげでというべきか、初めて会った頃より肌ツヤが良くなったのは気のせいじゃない。

 一方ボクは少食だと言われている。

 魔力を使わないせいか、そこまでお腹も減らないから普通のハンバーガーひとつでお腹いっぱいになってしまうのだ。

 だから色々な料理を小さく切り分けて、広く浅く楽しんでいるんだけど……これって普通だよね?

 みんなの食べっぷりを見ていると疑問になる。


「あ、すずちゃんは、なにか食べたいのありますか?」


 臨時のお手伝いとして頑張ってくれたからサービスしよう。

 まあヴァルハラで雇っているから、すずちゃんはいつもアルマ食堂で食べているし、すべて無料なんだけどね。


「アルマ様の料理なら、なんでも食べるです」

「……じゃあ油揚げ食べます?」

「なんです?」


 これを好機と見たボクは油揚げを生成した。

 今までで一番イメージするのに集中して作りあげた至高の油揚げだ。ふっくらじゅーしーで、心なしか黄金に輝いているようにすら見える。

 絶対すずちゃんがおいしいと言ってくれるように思いを込めたので、きっと気に入ってくれるはずだよ。


「これが油揚げです。どうぞ」

「いただくです……はむはむ」


 首を傾げつつも疑う素振りを見せず、ボクから受け取った油揚げをお箸で挟んでもぐもぐ食べるすずちゃん。

 すると始めはスローペースだったのが、徐々にもぐもぐスピードが上がり、気付けば瞳にきらきらした輝きが……。


「どうですか?」

「これ、すっごくおいしいのです。もっと欲しいのです」


 おお……あの何事にも動じないすずちゃんが一瞬でテンションマックスに!

 表情は普段とあまり変わらないけど、尻尾がばっさばっさと揺れているので一目瞭然だ。


「どうぞどうぞ。いっぱいありますよー」

「いただくです……はむはむ」


 やっぱり狐は油揚げが好物だったみたいだ。

 疑問がひとつ解消されてすっきりしたよ。


 ――にゃーん。


「ヌマネコちゃんたちは、いつものこっちですよー」


 どこからともなく押し寄せる十一の獣たちに、予想していたボクは専用のおやつを生成する。

 そもそもヌマネコちゃんたちはモンスターなので、ダンジョンにいる限り食事を必要としないんだけど、それはそれとして食べられないわけじゃない。

 だから一日に数回、こうして集まって来たタイミングで、おやつを与えるようにしているのだ。

 そして恒例のおやつタイムは、ちょっとした人気になっている。


「あ、猫ちゃんに餌あげるの?」

「私にもやらせてー」

「いいですよ。いつものをあげてください」


 ボクも慣れたもので、すぐにヌマネコちゃん専用おやつ『ちゅ~ぶ』を配る。

 地球でも猫に大人気で、猫用の麻薬とすら呼ばれる代物だ。

 もちろんエネルギーで生成すればまったく同じものが手に入るので、ヌマネコちゃんたちも大喜びなのである。


 こうしてヌマネコちゃんにあげるのも一度や二度ではなく、みんなも手慣れた様子でスティック状の袋を破り、中身をぺろぺろと貪るヌマネコちゃんたちの姿に癒されていた。

 喜んでおやつを与えるみんなを眺めるのも微笑ましいので、ボクは周りに人が集まっている時は必ずおやつを『ちゅ~ぶ』にするんだけど……最近ヌマネコちゃんたちが、これを狙って集まっている気がしてならないんだよね。

 この猫ちゃんたち、策士である、






 ご飯を食べ終わったら、次はお風呂がいつもの流れだ。

 あらかじめ用意していた手荷物だけ持って向かう先は、これもまたヴァルハラが運営する大浴場だった。

 料金は少しお高いけど、バイトの人たちの分はボクが支払っているので気にせず通えるのである。


「いつも悪いねぇ。ただでさえ給料が良いってのに、あんなに美味しい料理を食べさせてもらって、おまけに浴場まで無料だなんて」

「いえいえ、みなさんはギルドで受付の仕事を終えた後に、わざわざ来ていただいているんですから」

「アルマちゃんは良いお嫁さんになれるよ!」

「あ、はい」


 お嫁に行くつもりはゼロだけど、養う甲斐性はあると思います。


「と、とにかく……これくらいの福利厚生は当然ですよ!」

「ふくりこーせー? アルマちゃんって難しい言葉たまに使うよね」


 もしかしてギルドは福利厚生とか気にしないのかな?

 そうだとしてもボクはホワイトなダンジョンを目指しているので、従業員のみんなには働きやすい環境を用意するよ。

 今日の疲れは今日のうちに汗と一緒に流して、また明日も頑張るのである。


 大浴場の場所は同じ第三階層で、大通りを挟んだ食堂の反対側にある。

 すぐ隣には魔術ギルドが運営している公衆浴場もあって、出入り口付近には休憩できる憩いの場が設けられているから、この時間だと早くも湯上り姿の人たちがちらほらと確認できた。


「いつ見ても立派な大浴場だよねー」

「ふふふ、自信作です」


 そう、この大浴場はちょっと気合を入れてみた力作なのである。

 まず外観は染みひとつない白い壁と床で統一されて、ドーム状の屋根が付いた大きな建物を芸術めいた何本もの柱が支えている。

 まあ元ネタはギリシャの……たしかパルテノン神殿だったっけ? あれを使いやすいようにアレンジしたものだから、見た目が立派なのは当然だった。


 ただ話によると、王国の最高級浴場はもっと大きくて、まさにお城みたいな造りらしい。

 少し気になるけど、さすがにそこまで大きくする必要はないよね。

 それに拘るべきは外じゃなくて中身だよ。別に悔しくないよ。


「すみませーん、七人でお願いしまーす」

「はーい……あら、アルマちゃんね。いらっしゃい」


 入ってすぐの場所にホテルのような広いロビーがあって、そこではアルマ食堂と同じように雇ったバイトさんがカウンターで受付をしている。

 こちらも本業がギルドの受付だから、大浴場の受付はすごく簡単な仕事だと喜んで引き受けてくれた。その分、働く時間は食堂より少し長いけどね。


「今日はひとり多いのね?」

「はい、こっちはすずちゃんです。支払いは同じにしてください」

「わかったわ。あとドリンクは一本サービス……って、アルマちゃんたちなら言わなくても知ってるわよね。何にする?」

「今日も牛乳でお願いします!」


 初めて大浴場を利用する人には必ず説明しているから、それが癖になってしまっていたみたいだね。

 ちなみにドリンクは牛乳、コーヒー牛乳、フルーツ牛乳の他、オレンジやリンゴなどのジュースから選べる。

 すべてボクが事前に生成して冷蔵庫に保管しておいたものだ。

 普段から自宅で飲んでいても、こうしてお店感覚で飲むとまた違った味わいがあるから不思議なんだよね。


「私はオレンジのやつがいいかな」

「あ、それもうひとつ!」

「こっちはフルーツ牛乳で」

「リンゴお願いね」

「いつもの牛乳にしようかね」

「アルマ様と同じがいいのです」

「はいはい。オレンジ二つにリンゴひとつ、牛乳三つとフルーツ牛乳ね」


 みんなも思い思いに一本ずつ注文する。

 湯上りでぐいっと飲むのに、予約しておくと在庫切れの心配がない仕組みだ。

 なるべく冷蔵庫いっぱいまで補充しているけど、すごいスピードで売れているんだよね。二本目からは有料なのに……。

 もっと大きい冷蔵庫を設置しようかな。


「それと中でアルマちゃんのお友達が待っているわよ」

「あー、わかりました」


 いつもリゼちゃんは一緒にお風呂に入りたがるから、きっと今日も先に来て待っているのだろう。たまに遅れて来るけど。

 ロビーから先は男女で左右にはっきり分かれていて、ボクたちは『女』と書かれたほうへ向かう。

 もう慣れた。そう自分に言い聞かせて。


 まず目に入るのはロッカーが立ち並ぶ脱衣所だ。

 銭湯とかでよく見る着替えや荷物を置いておけるものより少し大きい。

 泥棒なんて出ないと思うけど荷物置き場は必要だし、わかりやすいのがロッカーだったんだよね。


 端のほうには壁一面に大鏡が張られた洗面台と、ドライヤー等が揃えられたスペースもある。

 長イスが設置されているから小休憩や待ち合わせもできるので、そちらを覗いてみると見知った顔が二つあった。


「あれ? リゼちゃんと……ノーラさんも一緒だったんですね」

「はい、私もご一緒させて頂こうと思いまして」

「……三人は久しぶり」


 たしかにボクとリゼちゃんとノーラさんの組み合わせで入るのは、この二週間なかった気がする。主にノーラさんが公衆浴場のほうへ行ってしまうので。

 でも今日に限って大浴場を使うのは、なにか理由があるのかな?


「じゃあ、こっちはこっちで自由にやらせて貰おうかね」

「そうしましょうかエマさん。アルマちゃん、またねー」

「あ、はい」


 バイトさんたちが示し合わせたように先に行ってしまった。

 どうやらボクたちに気を使ってくれたらしい。みんな良い人たちだなぁ。


「すずちゃん大丈夫ですよ。一緒でも」


 こっそり離れようとしていたすずちゃんを引き留める。気を使ってくれるのは嬉しいけど、時と場合によるよね。


「お邪魔じゃないです?」

「そんなわけないじゃないですか。二人もいいですよね?」

「もちろんですよ」

「……アルマちゃんの友達ならいい」

「わかったのです。ありがとうなのです」


 すずちゃんはボク以外とは必要最低限の会話しかしないから、これを機会に少しでも仲良くなってくれたら嬉しいな。


「とりあえずボクたちも行きましょうか?」

「ええ、そうしましょう」

「……ん、行こ」

「よろしくなのです」


 てきとうなロッカーに服を入れて、備え付けのタオルを巻き、いざお風呂へ!

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