6 ヴァルハラの日常(表)6
きな臭い神殿の話は置いといて、ノーラさんの暮らしについてだ。
小さいとはいえボクが手ずから生成したお家なので、設備はホテルと遜色がないほど便利な機能が備わっている。
水道、電気、ガスはもちろん通っているしエアコン、冷蔵庫、洗濯機といった家電も使いたい放題だ。
あまりに便利すぎたのか、当初は遠慮しようとしたノーラさんだったけど、そこは作り直すには手間がかかりますからと説得した。
もちろん滞在費はすべて無料だ。
本当ならご飯もボクが用意するつもりだったんだけど、残念ながらこっちは断られてしまった。
ギルドの人たちは宿泊料も食事料も払っているのに、自分だけ特別待遇を受けるのは申し訳ないのだとか。マジメさんだ。
ボクとしてはノーラさんに感謝している部分もあるし、リゼちゃんみたいに優遇したい気持ちなんだけど、本人が望まないなら無理強いはしない。
でも、どれだけ設備が整っていようと第四階層にひとりで暮らしていることに変わりはないのだから、なにか不便があったりしないか確認しておきたかった。
「ひとりと言いましても、すぐに上の階層へ行くこともできますから、そこまで苦労はしていませんよ。街での暮らしより贅沢なくらいです」
「周りに誰もいなくて寂しかったりはしないんですか?」
ボクだったら、こんな草原のど真ん中でひとり暮らしはちょっと避けたい。
まあ以前はダンジョンにひとりだったし、その頃のボクだったら気にしなかったかも知れないけど、リゼちゃんと同居している今となっては孤独に耐えられないと思うんだ。
「そうですね……夜は少しだけ長く感じる時もありますけど、アルマさんがお連れした兎ちゃんたちのおかげで、とても楽しく過ごせていますね」
「あの子たちがお役に立ったならよかったです」
草原に放った兎は、本当は『飛び兎』というモンスターなんだけど、それを知らないノーラさんには普通の兎にしか見えていない。
というより、飛び兎たちに普通の兎として振る舞うよう指示したのはボクなので気付かないのは当然だった。
飛び兎はヌマネコちゃんたちと同じで、見かけは本当に普通の白い兎だ。
ただちょっと耳が長いくらいかな? 個体差でピンと立っていたり、垂れている違いはあるけれど、モンスターらしい特徴はない。……普段は。
その名の通り、飛び兎はほんの僅かに空を飛べる。
一度だけ見せて貰ったら、どうやっているのか耳をパタパタしたら数メートルほど浮かんだから驚いたよ。
これで人間に飛びかかって襲うらしい。
でもボクが作った飛び兎たちは、本性を表すと後ろの二本足ですくっと立ち上がって、その辺の木を背にしながら前足で腕を組む。
そしてファンシーだった愛らしいモフ顔を、ハードボイルドな濃くて渋い顔付きにして『……ボス、今日の用件はなんだ?』とでも言いたげにこちらを見る。
というか窓の外で一羽の飛び兎がそうしている。
幸いにもノーラさんは、彼らのそんな一面を目にしていないみたいだ。
「ああ、ちょうどあちらに兎ちゃんが来ていますね」
「きっとボクたちがいるから、何事かと様子を見にやって来たんですよ」
ノーラさんが目を向ける寸前、飛び兎は四足に戻って鼻をぴすぴす。
完璧なる擬態だ。猫かぶりともいう。兎なのに。
もちろん見た目だけじゃなくて戦闘力も期待できる。
なにせヌマネコちゃんと同等の一万エネルギーを注いでいるからね。
なぜか背中に『にんじん』と書かれた、まさにニンジンみたいな赤い剣を背負って微妙に頼りない感じがするけれど、それを使えば鉄板くらいなら容易に切り裂けるぐらい強いのである。
あまりにぶっ飛んだ彼らを内心で『ぶっ飛び兎』と呼んでいるのは内緒だ。
実のところ、そんなぶっ飛び兎たちには、この第四階層とノーラさんの守護を任せていたりする。
階層が違うとはいえ、すぐ上にはギルドの人たちが暮らしていて、自由に行き来できるのだから、しっかり防犯しないといけないからね。
だからか、ぶっ飛び兎たち的には守護騎士兎という認識らしい。特にボクがそう呼んだことはないんだけどね。
「兎ちゃんたちはとても頭が良いんですよ。お願いすると言葉がわかるみたいに動いてくれますし、それに近付いて撫でても逃げないくらい人懐っこいんです」
うふふと嬉しそうに話すノーラさんは、もふもふの魔性に魅入られていた。
だけど仕方ない。例え本性がハードボイルドなぶっ飛び兎でも、あの殺人毛玉には抗えないのだから。
「……猫の次は兎なのです。狐も負けられないのです」
すずちゃんがなにか呟いていたけど、ボクが見たら表情を変えず、逆に『どうかしたです?』と首を傾げられた。気のせいだったかな?
「とりあえずノーラさんは、今のところダンジョンでの暮らしに不満はなにもないんですね」
「おかげ様で、とても穏やかな日々を送らせて頂いていますよ」
「でもお金は大丈夫なんですか? もう冒険者として活動していませんし、他のギルドみたいに稼いでいるようには見えませんけど……」
各ギルド支部に在籍する人は、それぞれ収入がある。
例えば冒険者ギルドは訓練によって発生したエネルギーの分だけ、ボクからライフポーションが納品されて、冒険者たちはギルドから訓練内容に応じた報酬が与えられているそうだ。
薬師ギルドなら多少は品質の上がったポーションが作れるようになったので、ボクが納品する分だけでは足りないところを補うように稼いでいる。
職人ギルドはボクが作った日用品や家具や雑貨類を再現しようと努力して、魔術ギルドは新しい魔道具の開発に着手しているらしい。
そして商人ギルドは、そういった他のギルドからの商品を買い取るとダンジョン外へ流通させ、またダンジョンでの生活に必要となる食材や物資を外から持ち込んで販売していた。人気商品はお酒だ。
「私は神殿から生活費を支給されていますから、お金には困っていませんよ」
「そうだったんですか?」
「こちらのダンジョンに滞在することが、ある意味では私のお仕事のようなものですから」
なるほどー。神殿の建設予定地を確保しているからね。
今のところ、まだまだギルド支部の運営も始まったばかりで大きな利益は出ていないそうだけど、これから規模が膨らむと期待されている。
神殿としても重要な場所になると見越しているなら、ノーラさんがヴァルハラに滞在してくれれば色々と助かるのだろう。
ちなみに商売の話にボクは一切関わってない。
というより知識も経験もないから、まったく関われないんだよね。
もちろんヴァルハラに人がたくさん集まる努力はするけれど、商業的に盛り上がるかどうかはギルドのみんなの手腕にかかっているのだ。
そういう意味では、各ギルドにはたっぷり稼いで欲しいね。
まあ、やり過ぎてヴァルハラが敵視されたり、印象が悪くなるような事態になったら困るけど、その辺はボクなんかより気を付けているので心配無用だろう。
「あの、私からもアルマさんにお聞きしたいのですが、薬師ギルドにポーションの製法を教えてしまってよかったのでしょうか?」
「いいと思いますけど……あれ、ダメだったんですか?」
「知識や技術は、それだけでひとつの財産として扱われます。ですから商人ギルドや職人ギルドの技術はもちろん、薬師ギルドでもポーションの製法を絶対に口外しないよう契約を結ばせているほどなんです」
つまりノーラさんは、そんなお金の成る木を無償で提供していいのか、使用料くらいは徴収するべきではと、そう懸念しているようだった。
「でもボクはお金に興味ないですし、すずちゃんもいいんですよね?」
「アルマ様の頼みは断れないのです」
「なにより良いポーションがたくさん作れるようになったら、それだけ助かる人も増えますからね!」
きっとダンジョン攻略も捗るはずだ。
「そうですか……でもアルマさん、最初はそれでも問題ないと思いますが、これからは誰かに相談してからにしましょう。一方的に与えるだけの関係は、いずれ信頼も歪んでしまうものですから」
よくわからない話だけど、ノーラさんが言うなら素直に頷く。
「わかりました。いつもはリゼちゃんがアドバイスしてくれていますけど、これからはノーラさんにも相談に来ていいですか?」
「私にできることでしたら、喜んでお聞きします」
「すずもがんばるのです」
「もちろん、すずちゃんも頼りにしていますからね!」
二人ともボクの力になろうとしてくれているのが言葉の端々から窺える。
リゼちゃんやゲオルクたちの協力もあるし、こんなに素晴らしい味方を得られたことがボクにとって最大の幸運なんだと思うよ。
……それはともかく、そろそろお昼ご飯の時間じゃないかな?
「そうだ、せっかくなので今日のお昼はボクがごちそうしますよ」
「まあ! それはそれは大変嬉しいですね」
「なのです。アルマ様のごはんは毎日三食でも食べたくなるです」
ボクが提案すると、ノーラさんは花が咲いたように微笑んで喜び、すずちゃんも続けて尻尾を振っていた。
美味しいものが食べられるなら、誰だって嬉しくなるからね。
「あはは、リゼちゃんもそう言って本当にいつも食べていますからね……ってリゼちゃんも呼ばないと、あとで拗ねちゃいますね。ノーラさん、場所はここで大丈夫ですか?」
「構いませんけど、いつもの場所は使わないのですか?」
いつもの場所とは『アルマ食堂』のことだ。
第三階層にある食堂の隣にある空き地で、いつも夕食の時間だけ営業するからちゃんとした店ではなく、ウッドデッキに小さな屋台とテーブルとイスを設置するだけの、青空教室ならぬ青空食堂だ。
わかりやすく言えばビアガーデンかな?
まあ、お酒は出さないのでオープンカフェ……いやガーデン・カフェテリアというべき?
ちなみに持ち帰りもオーケーなので、お酒と一緒に楽しみたい人はそちらでお願いしている。
「あそこで食べると、たぶん勘違いされて人が集まると思うんですよね」
「落ち着かないのです」
「ふふ、それもそうですね。では今回は私たちだけで、こっそりアルマさんのお料理を頂くことにしましょう」
心なしか、艶っぽく微笑むノーラさん。
普段は慎ましい彼女も、たまにこうして贅沢を楽しむというか、遠慮がなくなったりするのだ。ボクとしては、こっちのほうが付き合いやすくて助かる。




