7 ヴァルハラの日常(表)7
ノーラさんの家で開かれた、ちょっとした昼食会。
この日のメニューはノーラさんのリクエストでオムライスだった。
半熟でふわとろ卵に包まれたオムライスは、アルマ食堂でも人気料理のひとつであり、ソースはトマトソースかデミグラスソースのどちらが相応しいか、などと議論されているくらいだ。
もちろんアルマ食堂では自由に選べるし、ソースなしの注文や、トマトケチャップをかけるのもお好みだよ。
なおノーラさんはトマトソース、すずちゃんはケチャップ、リゼちゃんはデミグラスソースが好みらしい。
ボクはその日の気分だけど、今日はデミグラスソースに決めた。
それと今回はエネルギーで生成する。
できれば手作りしたいところだけど、残念ながらボクの腕では重くてフライパンを振るえないのだ。同じ理由でチャーハンも作れない。
ちょっとべっちゃりした食感で良ければ作れるけど、どうせなら美味しいほうを食べたいよね。
まあ、エネルギーで生成しても、みんなはボクが作った物だと認識してくれるから、そんな細かいことを気にしてるのはボクだけかも知れないけど。
やがて食卓の準備が整った頃にリゼちゃんがやって来たので、人数分のオムライスを生成して、みんなで楽しくおいしく頂いた。
アルマ食堂でも人気料理のひとつだけあって、みんな大絶賛だ。
次はチーズ入りも試してみようかな?
オムライスをお腹いっぱいまで食べ終えると、リゼちゃんはまたすぐに出かけてしまった。
どうやら魔術ギルドでの研究が忙しいらしい。
本人も少し名残惜しそうだったけれど、まん丸に膨らんだお腹を抱えて颯爽とリゼちゃん専用ゴーレムカートに乗り込んで去って行った。
乗りこなしてくれているようで、なによりだ。
そろそろボクも次のお仕事を頑張ろう。
「ではノーラさん、ボクたちも行きますね」
「行くのです」
「はい、またいつでもいらしてください」
引き続きすずちゃんと一緒にゴーレムカートに乗り込む。
次の目的地は第一階層だ。
「アルマ様、次はどこに行くです?」
「そろそろアレが始まるので、第一階層に行きますよ」
午前中はギルド支部の広場で訓練していた冒険者たちだけど、午後からは第一階層で訓練を行うのが最近の流れだった。
そして今日はぜひとも見ておきたいイベントがある。
「新しく作った訓練用エリアの感想も聞いてみたいですし、あと今日はちょっとしたイベントがあるので見物に行きましょう」
「障害物がいっぱいあるとこなのです? あそこは楽しいのです」
すずちゃんもお気に入りのようだ。
ただ彼女の場合、身体能力が高すぎて訓練所ではなく遊び場という感覚になっているけどね。実際あれは遊び場みたいなものだし。
本気で危ないエリアは第八階層にある……けど、あそこを利用しているのは現状ひとりだけなので、お披露目の機会はだいぶ先になるかな。
そうこうしている内に、もう第一階層に到着した。
少し探してみると、すでに若手冒険者たちも集まっているみたいだ。
ボクはゲオルクの姿を見つけたのでゴーレムカートを止める。
「なんだ、お嬢ちゃん来たのか?」
「ちょっと見物させてください。あ、それとゲオルクさんに相談がありまして」
「それは構わないが、急ぎなら先に聞くぞ?」
「いえいえ、後回しで大丈夫なので、こっちは気にしないでください」
「そうか。なら先にこっちを済ませてしまおう」
あまり邪魔にならないようボクたちは少し離れた位置の日陰に陣取る。
すでに気分はショーの観客だ。
「では今から午後のテストを行う! 何度も言っているように、これは訓練でどれだけの実力が身に付いたのかを試すものだが、お前たちの報酬にも影響する。あまりに酷い場合は街へ送り返されるだろう。覚悟して挑め!」
「はいっ!」
このテストが行われるのはボクも事前に教えて貰っていた。
というか、今日は午前中のゴーレムとの戦闘も含めてテストの日なのである。
あっちは正直あまり興味がなかったから、結局すずちゃんと一緒に抜け出しちゃったけど、こっちは少し楽しみにしていたんだ。
冒険者ギルド支部は、訓練している若手冒険者たちにエネルギーを発生させてポーションを得ている。その報酬としてお金を支払っているけど、あまり怠けていると減点されるし、訓練する意味がないと判断されたらヴァルハラからも追い出されてしまうのだ。
ここにいる間は他に収入もない冒険者たちにとって死活問題だから、誰もがマジメに取り組んでいる。
……それはそれとして、ここからがお楽しみだ。
「まずはレオン、お前からだ! 行け!」
「は、はい!」
名前を呼ばれた十代中盤くらいの少年が、勢いよく駆け出した。
乾いた音を鳴らしながら木製の通路を踏み締め、十分な加速を得られたところで大きく跳躍する。
向かう先は、水面から点々と突き立っている杭のような足場だ。
上手く飛び移ったら止まらず、その勢いのまま次々に足場を渡って行き、やがて向こう岸にある浮き橋へと無事に辿り着いた。
しかし、これで終わりではない。
続けて宙吊りになった回転する丸太を渡らなくてはならないのだ。
もし滑ったら……辺り一面に張られた水場へと落ちてしまう。
「おおー!」
「いいぞーレオン!」
「そのままいけー!」
同じ訓練所仲間から声援があがる。
それに押されるようにレオン少年は宙吊り丸太を危なげなく渡り、その後も水上に設置された障害物を突破して行く。
このまま完全クリアできるかと思われた……その時だった。
滑車付きのロープを掴んで滑り落ちるところで、次の足場へ飛び移らなければならなかったのに、最後の反動を活かせなかったのか飛距離が足りず、派手に水飛沫を上げながら落ちてしまったのだ。ああー、惜しい!
「もうちょっとだったのに残念ですね」
「重心の移動がいまいちなのです。もっと自分の体を理解したほうがいいのです」
「なるほどー」
解説のすずちゃんは辛口だけど、的確な意見だったのでボクも頷く。
たしかに最後は、どうやって飛び移るのか理解していないかのような動きだったので、次の機会があれば頑張って克服して欲しいですね。
……さて、ここまでの流れで誰も察せるように、この訓練用エリアはアスレチックとなっている。
最初は名前をサスケにするつもりだったんだけど、誰も理解できないと思い直して普通にアスレチックへ変更した。
でも、みんなは普通に第二訓練所と呼んでいるのを聞いた。悲しい。
このアスレチックは地面がすべて池のような水場になっていて、その上に建築された木製の遊具を攻略するデザインだ。
後半になると、さらに高所に上っての難易度が高いコースが待っているけど、まだそこまで至った冒険者はいない。
唯一、これを完全攻略したのはボクの隣にいるすずちゃんだけだ。
とてつもない動きをしていたのは覚えているけど、ボクの目では捉え切れなかったので、なにをどう動いたのかは不明だけどね。
そんな感じで、他の冒険者たちも挑戦しては池ポチャする。
ゲオルクは厳しい顔付きで黙っていたけど、あれは怒っているとか失望とかじゃなくて、ボクと同じで惜しいと思っている表情だ。
それを表に出さないのは、これが大事なテストだから、みんなが気を緩めないようにという気遣いからだろう。
最後にひとりだけ二十歳を越えている冒険者が挑戦して、誰よりも好成績を残してテストは終了した。
人数が多いから、それなりに時間がかかったね。
ちなみにヨハンは普通……平均的な結果だ。あまり記憶に残ってない。
ゴーレムとの訓練では結果を出していただけに、もうちょっと頑張るかと思ったけれど、今回はその健闘を称えよう。
ずぶ濡れの状態で、再び全員がゲオルクの前に集まる。
今日みたいに暑い日なら、水も涼しくていいかも知れない。
……あ、でも冬だったら大変だ。寒い日でも使えるように考えないと。
「よし、今日はここまでだ! ゴーレムとの戦闘テストと合わせて、結果はギルドに張り出しておくからな。自分で確認しておくように」
両方のテストによって判断されるから、このアスレチックの成績だけでは、まだ自分がどうなるかわからない。
それに判断基準も、どれだけアスレチックを攻略できたかじゃなくて、どれだけ良い動きができたかが重要だと前にゲオルクが教えてくれた。
ボクの目では、どこがどう良くて悪いのか判断できないけれど、すずちゃんやゲオルクは見るだけでわかるのだからすごい。
そんなわけで自由時間になっても冒険者たちは浮かれたりしないで、緊張した面持ちでそれぞれアスレチックを後にする。
結果が張り出されるのは一時間くらい後で、その後の夕食がおいしく食べられるかどうかは、その結果にかかっているのだ。
関係ないボクは、そんな冒険者たちの様子を眺めてわくわく気分で楽しんでいたりする。……ちょっと悪趣味かな?
「こういうのって自分が関係ないと楽しくなりますよね」
「すずは、よくわからないです」
つい言い訳のように口走ったけど、すずちゃんは共感してくれなかった。
あまり他人に興味がない性格だからだ。きっとそうだ。仕方ないよね。
テストも終わったのでボクはゲオルクに話しかける。
「アスレチックはどうですか? 役に立ってます?」
「ああ、お嬢ちゃんのおかげで助かってるぞ。ただ、もう少し咄嗟の対応力が見られるような仕掛けが欲しいな」
「なるほど……例えば急に壁が迫ってきたり、足場が動いたり、棒が突き出したりですかね?」
「そうだな、それならより訓練になりそうだ」
仕掛け自体はエネルギーで動くようにすれば簡単だし、タイミングもボクが自動で動くよう設定するよりも、手動にしてゲオルクに任せたほうがいいかな。
あと大ケガする危険性も上がるから、ポーションは常備させよう。
ここの訓練の良いところは、死んでさえいなければ骨折しようと腕が千切れようと治せるところだからね。
「それと、さっきの相談についてですが……実は、冒険者のみなさんから得られるエネルギーが減っていまして」
これは訓練を怠けているわけじゃなくて、エネルギーの発生源である恐怖を感じなくなっているのが原因だ。
この二週間の厳しい訓練によって、若手冒険者のみんなは絶叫マシンに慣れてしまい、以前より余裕が生まれていたのである。
少し前からリゼちゃんみたいな楽しんでいる声が聞こえたから、兆候はあったんだよね。
じゃあ新しいアトラクションを開発すれば解決するのかというと、少しは効果があっても以前ほどのエネルギー回収は見込めないだろう。
「なので、そろそろ新しい人が欲しいなと……」
「お嬢ちゃんも同意見か。実のところ何人かは今回のテストで十分な実力を身に着けたと判断している」
「そうだったんですか?」
ということはボクが余計な口出ししなくても、冒険者ギルドのほうで手配してくれていたのかな?
「だが、このダンジョンから出たくないと考えるやつが多くてな……。なかなか訓練所は卒業だと告げるのは気が重かったが、お嬢ちゃんの言葉もあればギルド支部長として仕事をするだけだ」
「そんなにボクのダンジョンを気に入ってくれているんですか?」
「ああ、そういえばお嬢ちゃんは外の記憶がないんだったな。駆け出しの冒険者の暮らしがどんなものか知っていれば疑問すら湧かんぞ」
えっと、要するにダンジョンにある宿舎のほうが居心地が良いから、今さら出て行きたくない、っていうことか。
たしかに外にはエアコンも存在しないし、ものすごい田舎に引っ越すと考えれば納得かな?
「ゲオルクさんもですか?」
「……どうだろうな。色々と経験してきたせいか、もう若い頃ほど拘りはなくなったと感じている。うまい食事と酒があれば、それでいいとすら思うほどだ」
歳を取ったもんだと自嘲気味に苦笑するゲオルク。
むぅ……そんなこと言われたらボクの心もちょっと揺らいでしまう。
「ゲオルクさんってお酒好きですよね」
「そうか? 普通だと思うが……酒好きと言えばユリウスだな。あいつは感覚が鈍るのを嫌って量こそ飲まないが、代わりに質を求めるタイプだった」
「そういえばユリウスさんは、あまりお酒を飲んでいるイメージないですね。今は飲んでいるヒマもないでしょうけど」
「あいつはまだ潜っているのか?」
「連絡がないので、たぶんそうだと思いますよ」
現在ユリウスは、第八階層にいる。
そこは訓練所というより修行場といった感じで、大自然を人工的に作り出したダンジョン内とは思えない空間になっていた。
地平線の先まで続く草原や、鬱蒼と茂る森に、ビルのようにそびえ立つ山脈などなど、このヴァルハラでも最大の広さを誇る階層だ。
そして唯一、危険なモンスターが放し飼いにされている階層でもある。
これはユリウスからの要望で、狩人である彼はゴーレムとの戦闘訓練やアスレチックに目もくれず、もっと自分の腕を磨ける環境を欲した。
とはいっても狩人の訓練なんてボクは知らなかったので、リゼちゃんも混ぜて話し合った結果、第八階層は誕生したのである。
コンセプトは『大自然』で、修行内容はシンプルに『鬼ごっこ』だ。
第八階層に放たれたモンスターは二種類いる。
片方はユリウスを追跡して襲う攻撃型モンスターで、もう片方はユリウスから逃げ続ける逃亡型モンスターだ。
イメージとしては危険なモンスターの目を掻い潜り、何日もかけて標的である希少モンスターを探し出して狩る、という壮絶なサバイバルだった。
ちなみに、開始からすでに一週間を迎えている。
「……危険はないんだよな?」
「もちろんです。大ケガはするかも知れませんけど、そうなったら渡したポーションで回復できますし、連絡を取ろうと思えばすぐにできますよ」
モンスターには本気で襲わせているけど、ユリウスがケガをした時点で攻撃を止めるように命令してある。
あまり複雑な命令は受け付けないから、重傷だったら救助するとか、そういう臨機応変な行動はしてくれないけど、もし動けない状態だったら緊急用に懐中時計も渡してある。ユリウスが無茶して自爆しない限り、死ぬような危険はない。
「迷子になっても連絡してくれれば、こっちから捜索できますからね」
「広いとは聞いていたが、そこまでなのか」
「そのほうが面白いってリゼちゃんもユリウスさんも賛成したので、ちょっと手加減なしで張り切ってみました」
「……ダンジョンというのは、不思議な場所だな」
まあ、本当の地下じゃなくて異空間だからね。
もっと厳密に言えば、ボクたちダンジョンの主の『肉体』で、この場で話しているボクは『頭脳体』という感じかな?
どちらも『本体』と言えるから、もしボクが死んだら肉体であるダンジョンも死ぬ。ダンジョンから切り離されたらエネルギーが供給されない頭脳体であるボクは生きられない。まさしく肉体と頭脳の関係というわけだ。
つまりモンスターやギルドのみんなは、ボクの体内にいる状態なのだった。
これを言うと印象がすごく悪くなりそうなので、黙っているけどね。
異空間に存在するという話も当然で、こんなに大きなダンジョンが現実の地下空間にいくつも存在できるわけがない。
逆に言えば、異空間にあるからこそダンジョンは存在できるし、未知のエネルギーによって様々な物を生成できるのだ。
まあ異空間にも制約があって、なんでも出来るわけじゃないけど。
例えばすべての階層、すべての部屋は必ず通行可能な状態でなければならない。
なぜかと言えば、ダンジョンが存在するのは異空間だからだ。
これはイメージしやすく言い換えると、ヴァルハラは広大な海に浮かんでいる大型船で、地上である大陸に停泊している状態である。
だからこそ人間たちはダンジョンに入れるわけだね。
そして異空間という名の大海では、繋がりが保てないと漂流してどこかへ流されてしまうのだ。
これは各部屋も同様で、仮に最奥部にあるボクの部屋を完全密閉して、敵が侵入できないようにするとしよう。
その瞬間、ボクの部屋はダンジョンから切り離されて、漂流してしまう。
単純に扉で閉じてカギをかけるぐらいならセーフだけど、絶対に開かない、通れない状況を作り上げるとアウトだ。
物理的な密閉というより、もっと『概念的』な繋がりを絶ってしまうのがマズいらしい。
では、もしも入口を封鎖してしまったらどうなるのか?
考えるまでもないけど、錨を切り離した船は大海を彷徨うことになる。
ダンジョンを大型船に例えたけど、残念ながら異空間を旅する術はないので、陸地へ戻ることもできないまま漂流し続け、やがてエネルギーが枯渇して干乾びる末路を辿ってしまうだろう。
逆に入口を増やすだけなら無制限だ。
増やした入口があれば以前の入口を閉ざしたりもできるけど、その場合だと繋がりが不安定になるから乱用はできない。
特に理由がないなら、最初に根差した場所から動かないほうが賢明だね。
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