5 ヴァルハラの日常(表)5
「ふう、思わず眠ってしまったみたいで、すみません」
「ぐっすりだったです。きっと疲れていたのです」
暑い日差しの下、すずちゃんと並んで歩くボク。
心地良いもふもふに包まれて意識が飛んでしまったらしく、気付いたら少し早めのお昼を食べに来たお客さんが食堂に入り始めていた。
もうちょっと遅かったら、食堂で昼寝しているみっともない姿を大勢に晒してしまうところだ。すでに何人かには見られたけどセーフだよ。
すずちゃんとヌマネコちゃんたちは、ボクを起こさず寝かせておこうとしてくれたみたいだけど、次からは遠慮せず起こして欲しいところだ。
まあ寝ちゃったボクが悪いんだけど……そんなに疲れてたのかな?
特に忙しかったり、無理をしているつもりはないんだけどね。あとなんか眠る前の記憶が曖昧だ。
「次は神殿に行くです?」
「あ、そうでしたそうでした。第四階層の神殿(予定地)ですね」
気を取り直して神殿(予定地)のノーラさんに会いに行こう。
なぜ(予定地)なのかと言えば、まだ神殿が建っていないからだ。
代わりに第四階層は現在、ノーラさんの住居となっている小さなお家がぽつんと存在するだけである。
ボクとしては早く立派な神殿を建てて、ノーラさんを粗末な小屋からお引越しさせてあげたいけど、未だに設計図が届かないのだ。
大事な神殿だから細かい部分まで凝っているのかなって思うものの、今日はその辺りを確認しておきたかった。
「うぅ、それにしても暑いですね……」
「またどこかで休むです?」
「うーん……いえ、あれに乗りましょう」
じりじりと照り付ける日差しに耐えかねたボクは、ポケットから懐中時計を取り出してフタを開けると、埋め込まれた水晶レンズに触れながら話しかける。
「もしもし聞こえますか? あれをお願いします。……これで良しです」
知らない人が傍から見たら、暑さに頭をやられたのかな? と疑ってしまう行為だけどボクの頭は正常です。
実はこの懐中時計、通信機能が付属された携帯電話でもあるのだ。
エネルギー由来だから相変わらずダンジョン内でのみ動く物だけど、逆に言えばヴァルハラで使うならまったく問題ないので連絡用として各所に配ってある。
具体的には各ギルド支部にひとつずつと、リゼちゃんやノーラさん、ワンダ君やすずちゃんだ。
階層も増えて広くなったし、こういう連絡できる道具でもないと、とんでもなく不便なんだよね。
「あ、もう来ましたよ。さすが早いですね」
すいーと静かに、かつ安全運転で現れたのは電動カートもどきだ。
元々はダンジョン内を快適に移動するために生成したカートだけど、今ではヴァルハラ内のどこにでも来てくれるボク専用タクシーみたいな扱いになっている。
どういう仕組みかというと、実は車体にゴーレムを組み合わせたから、指示を出すだけで勝手に動いてくれるのだ。
もちろん通信機も取り付けてあるから、呼び出すにはボクが持っている懐中時計から連絡するだけでいい。
さらに改良も加えられて、屋根からはカーテンのような幕が下りて外気を遮断できる。エアコンも付けたから夏場でも快適だ。
もうカートじゃなくて普通の車だ、これ。
「アルマ様、あれに頼りっきりになると運動不足になってしまうから、なるべく歩くって前に言っていたです」
「うっ、それはそうなんですけど……やっぱり無理は禁物ですよね」
こんなに暑い日まで外を歩き回って鍛えるのは冒険者だけでいいと思うんだ。
「あっという間に到着しましたよ。暑い中を頑張って歩いていたのが馬鹿らしくなりますね」
ゴーレムカートに乗り込んだボクとすずちゃんは、歩きとは比べ物にならない早さで第四階層に到着した。
基本的にすべての階層は閉塞感のあった天井を撤廃して、どこまでも続くような空を投影してあるので、この第四階層も第三階層と同じく青空が広がり、太陽が忌々しいほどに輝いている。
違いがあるとすれば、それは建物の数くらいかな。
「一度だけ来たことあるですが、なにもないところなのです」
「これでも前よりマシになったんですけどね……」
後で神殿を建てるからあまり弄れなくて、以前は地面をすべてコンクリートで塗り潰したような灰色の大地が広がっていた。
さすがに酷い光景だったので、とりあえず草原へと変えて、それだけだと寂しいので追加で花を咲かせたり兎を放ったりしたら、生命が感じられない灰色の世界は一転して緑に溢れるメルヘンな世界へと変貌したのだ。
そんなメルヘンワールドに、ぽつんとノーラさんのお家がある。
兎が跳ね回る草原で、白い壁に赤い屋根のお家というシチュエーションも相まって、まるで風景画のような光景だ。
「あそこにいるです?」
「さっき連絡したので間違いないですよ」
この時間のノーラさんは、いつも自宅にいるので確認するまでもないけど、いきなり訪ねるのも失礼だからね。
家の前にカートを停めると同時に、扉が開いた。
「あ、ノーラさん。こんにちはー」
「です」
「こんにちはアルマさん。それにすずさんも、ご一緒だったのですね」
暑さにダラけた様子もなく、たおやかなノーラさんが出迎えてくれた。
初めて会った時と同じ白いローブ姿だけど、これは白魔術師の伝統的な衣装だとかで、季節に関係なく普段から身に着けているらしい。
リゼちゃんも黒っぽいローブを愛用しているから、そういうものなのだろう。
とりあえず暑いので中に招かれて、ボクとすずちゃんはひと息付く。
すぐに冷たいお茶を出してくれるノーラさんは、すっかりここでの暮らしにも慣れたようだ。
「ぷはぁ。冷たくておいしいです。ありがとうございます」
「です」
「新しい茶葉を仕入れたのですが、お口に合ったのでしたら幸いです」
たしかに前はちょっと渋みがあったのに対して、このお茶は口当たりもまろやかで飲みやすい。
「前に頂いたのとは味が違いますけど、これも商人ギルドからですか?」
「ええ、ギルドから購入したものです。以前の茶葉は国境都市でも流通している一般的な物でしたが、今回は少し奮発してしまいました」
「なるほど……つまりお高いお茶ですね? なんだか申し訳ないです」
「うふふ、これはアルマさんに振る舞うためですから遠慮しないでください」
神殿の戒律的なものなのか、単に性格なのか。ノーラさんは普段から清貧を心がけている。そんな彼女が、お茶とはいえ高価な品に手を出すのは珍しいと思ったけど、お客さんをおもてなしするための物だったのか。
なんというか、実にノーラさんらしい。
「ところでノーラさん、神殿の設計図についてお聞きしたいんですけど、あれから進展はありますか?」
「ああ……申し訳ありません。私もアルマさんのご厚意に甘えて、このような場所まで提供して頂いているので早く用意したいのですが、神殿へ問い合わせても、まだ時間がかかるとしか返事がないもので……」
「そんなに手間取っているんですか?」
神殿と冒険者ギルドは、ほぼ同時期にボクのダンジョンの情報が入っているはずなので、その準備期間に大きな差はない。
すでにギルド支部がすべて建設されている今も、まだ設計図を用意できていないのは単純に神殿側の不手際か。あるいは他に理由があるのか。
ボクの考えを読み取ったように、ノーラさんが答えてくれる。
「私も詳細までは把握していませんが、対応に追われているのではないかと」
ノーラさんによると、他の神殿の扱いが難しいのだとか。
たしか神殿は全部で四種類あって、ノーラさんが属しているのは春の女神さまを奉っているという神殿だったかな?
つまり残りの夏の神殿、秋の神殿、冬の神殿から『お前のところ邪悪なダンジョンに神殿なんか建ててどういう了見だ?』と文句を言われかねないそうだ。
もちろんボクの信用は例の『杖』によって保証されているので、春の神殿としては一切やましいことはない。
しかし、それで他の神殿を無視するのは今までの関係を崩してしまう怖れがあるらしい。
「えっと、つまり他の神殿を説得しないといけないんですか?」
「その打ち合わせや調整に時間がかかっているのではと私は考えています」
まだ連絡を取っていないけど、もし『うちの神殿も建てさせろ』ってなったら位置関係にも気を配る必要があるし、そもそもボクが許可するのかどうかも確認していないから、前準備の段階で会議が紛糾している感じなのかな。
「ボクはもちろんオーケーですけど……お手紙とか送りましょうか?」
「いえ、あちらの状況がわからないので無闇につつくのは危ないでしょう。お恥ずかしい話ですが、神殿内部には様々な考えを持つ方々がいますから」
権力争いってやつかな?
ボクのダンジョンに神殿を建てた場合のメリットは、これからどれだけヴァルハラに人が訪れるかによる。
もしギルド関係者だけではなく一般人も多く訪れて大繁盛となれば、早期に神殿を運営しているほど影響力も強まるだろう。
これに便乗して自身の地位を高めようとする者と、それを防ごうとデメリットを強調する者、そして第三者がどちらへ加担しようか品定めしている状況か……。
そこに各神殿の力関係や、表向きは対等という体面もあって、もはや雁字搦めのような状態になっているのだろう。
なんだか、とんでもなく面倒な雰囲気が漂っている。
「ノーラさんは大丈夫なんですか? 巻き込まれたりとか……」
「ご心配ありがとうございます。幸いにも私は聖女モニカ様の庇護下にありますし、こちらのダンジョンとの繋がりを作った功労者として各所からの評価も良くなりました。これもアルマさんのおかげですよ」
深々と頭を下げるノーラさんに、ボクは慌ててしまう。
たしかにボクは神殿を建てる許可を出して第四階層を用意したけど、それもノーラさんからの申し出があってこそだ。
「ノーラさんは自分でチャンスを掴み取ったんですよ。だからあまり気にしないでください。まあ、どうしてもお礼がしたいなら、どうすればダンジョンを盛り上げられるか一緒に考えてくれると嬉しいですけどね」
「でしたら、アルマさんのお望み通り……私も頑張りますね」
うふふっ、と上品に微笑むノーラさん。
それがとても大人っぽくて、落ち着いた物腰もあって彼女が十三歳って事実を忘れてしまいそうになる。
どうしたらボクも、そんなにアダルティな雰囲気を醸し出せるのだろう。
あらあらうふふ、とか言ってみようか。




