17 ナンデモニウム1
翌日、ギルドと冒険者のみんなが帰る時がやってきた。
今回はお土産にポーション三種を五十個ずつ、日用品をそれぞれ三十セットほど渡してある。
どうやって持ち帰るのか疑問だったけど、どうやらダンジョンの外に馬と荷車を用意していたようだ。職員さんが馬の世話で何度か出ていたそうなのに、ボクはまったく気付かなかった。
そして今回も大変だったのがリーゼロッテちゃんだ。
またしてもボクとの別れを悲しんだのか、帰りたくないと言い出したリーゼロッテちゃんは、がっしりとボクに抱き着いて離してくれなかった。
縋るように両腕を腰に回して、ボクのお腹に顔を埋める姿は駄々っ子だ。
ここが部屋の中だからいいけど、誰かに見られてたらちょっと恥ずかしい。
「……ここに住む」
「ボクのお腹には住めませんよリーゼロッテちゃん……」
いやそういう意味じゃないってわかるけども。
少しだけボクより背丈の高いリーゼロッテちゃんに抱き着かれると、筋力の差もあって身動きが取れなくなってしまう。
ボクとしてもリーゼロッテちゃんがダンジョンで暮らすのは大歓迎だし、そこまで言うなら帰らなくてもいいんじゃないかって思う。
だけど、今回は調査という名目で来ているから、ちゃんと無事に帰らないと危険なダンジョンじゃないかって疑われてしまうそうだ。
そこは理解しているから、リーゼロッテちゃんも本気でこのまま居残るつもりはないみたいだ。要するに甘えているわけだね。
それなら、きっかけを作ろう。
「リーゼロッテちゃんにお願いしてもいいですか?」
「……お願い?」
唯一、自由になる手で軽く頭に触れて。子供をあやすようになでる。
「実はボク、本が欲しいんです」
なんで? と言いたげに上目遣いで見つめるリーゼロッテちゃん。
「ボクはヴァルハラから出られないので、外の世界を知りません。そもそも記憶がありませんからね。色々な知識が学べる本が読みたいんです。だから、もしリーゼロッテちゃんがよければ」
「……わかった」
腕の力を緩めると、そっと離れてくれるリーゼロッテちゃん。
「いいんですか?」
「……アルマちゃんのお願いなら断れない」
「ありがとうございます、リーゼロッテちゃん」
「……ん、がんばる」
なんとか納得してくれたみたいだ。
最後にぎゅっとされてから、リーゼロッテちゃんはボクを解放してくれた。
たまに外見相応に子供っぽくなるけど、ちゃんと話せばわかってくれる良い子なんだよリーゼロッテちゃんは。
ちなみに本については建前じゃなくて、本当にボクが欲しい物だ。
地球の知識があるとはいえ、知識があればあるほど作れる物の幅が広がるんだから勉強しない理由がない。
この世界の常識すら知らないボクからしたら、本は知識の宝庫だよ。
あと、ボクも魔術が使えたりしないかなー、って願望もあるけどね。
最後にギルマスさんから、これから忙しくなるから次にダンジョンへ来るのはいつになるか予想できないと言われた。
でもリーゼロッテちゃんのように個人で来る場合もあるから、いつでも受け入れられる態勢だけは整えておこう。
幸いエネルギーは十分だから問題ないと思うけど、なるべく早めに……今日からでもダンジョンの改造を始めよう。
何度も振り返るリーゼロッテちゃんを見送って、ボクはひとりでダンジョンの奥へと戻る。
ただでさえ広いダンジョンが余計に広く感じたけど、それも今だけだ。
すぐに人で埋め尽くされて忙しくなる予定なのだから、余裕のあるうちにヴァルハラを完成させないとね。
幸いみんなのおかげでエネルギーは潤沢だ。
それはもう初期のエネルギーと比較したら、ざっと百倍くらいある。
一気に百階層まで拡張できてしまう勢いだよ。
そんなことをしたら他になにもできなくなるから、やらないけど。
きちんと計画的なダンジョン作りを心がけよう。
まず優先すべきは、たくさんの人を受け入れられる大型ホテルの建設だ。
今のホテルは潰すのもったいないし、せっかくだからスタッフ用の宿泊所として流用しよう。あまり大きすぎなければ土台ごと移動させられるからね。
次に新しいアトラクションの設計だ。
いつだって楽しませることを忘れてはいけない。ダンジョンテーマパークを運営する者の心構えってやつだね。
残念ながら今はアイデアがないけど、訓練に使うって話だから、それっぽいのを思い付いたら作ってみよう。
そして第三階層の冒険者ギルドと、第四階層の神殿だけど、こっちはギルマスさんとノーラさんが設計図を用意してからじゃないと手が付けられない。
とりあえず階層だけ用意しておこう。
細かいところで言えば入口を少し広げようと思った。そうすれば次からは馬と荷車をヴァルハラ内に引き入れられるからね。
その場合、入ってすぐのところに広い駐車スペースみたいなところを作ったほうがいいと気付いた。
思えばテーマパークに駐車場は付き物だ。停める場所がないと、これから馬車でヴァルハラに来る人がいたら困ってしまう。
だけどヴァルハラの外は森になっていて、ギルドが用意した荷車くらいならともかく、あまり大きな馬車なんて通れないかも?
うーん、ちょっと道を整備したほうがいいかも知れない。
とはいっても地上にはエネルギーでも干渉できないし、ボクも外に出られないから、やるとすれば方法はひとつしかないけど……。
少し悩んだ結果、今後のことを考えて交通環境を整えるべきだと決心した。
道があれば、それだけたくさんの人が来てくれるからね。
そうと決まったら、これは最優先事項だ。
他と違ってエネルギーでごり押しできないから、早めに工事に取り掛からないといけない。
まずはボクの部屋に急ごう。
さて、ダンジョン第一階層の最奥部にあるボクの部屋にやって来た。
初期に作った場所だから、広さはそこそこ。
小さいけどキッチンやお風呂、トイレも完備している。家具はふかふかベッドと絨毯とソファぐらいで、全体的に白くて地味な部屋だ。
くつろぐには十分だけどね。今はごろごろしている暇はない。
こんなところで、いったいなにをするのかと言えば、実はダンジョンには拠点というか、中心地点とも言うべき場所があったりする。
それは簡単に言えばダンジョンの核であり、ボクの部屋でもあった。
つまり、この地味な部屋こそがダンジョンの中心というわけだ。
そして、この場所だからこそ使えるダンジョンの主だけの機能がある。
部屋の中央に立つと、ヴァルハラ全体のエネルギーが収束しているのが肌で感じ取れた。まさしく中心地点だ。
ボクは意識を研ぎ澄まして、ここから外へ流れるエネルギーの束を探す。
なんだかそれっぽいのが見つかったら、先端にコンセントがあるイメージでボク自身にぎゅいーんと接続して……最後にとぅるるってどーん!
『――はい、こちらは仲介ダンジョンのナンデモニウムです』
頭の内側に声……というより思念が伝わってくる。
どうやら無事に繋がったみたいだ。
実はこれ、一種の電話みたいな感じで、意識をエネルギー循環ラインと同化すれば他のダンジョンとの連絡が取れるそうだ。原理はあまり理解してない。
ただ知らないダンジョンに繋げようとしても、基本的に相手側から拒否されてしまうそうなので、普通はこれといった使い道はない。
しかし唯一、このダンジョンだけが、ボクみたいな新人でも繋がってくれる。
そして、このダンジョンこそが魔族の派遣を生業としてエネルギーを稼ぐ異色のダンジョン『ナンデモニウム』である。
ボクは今から、この仲介ダンジョンとも呼ばれているダンジョンに頼んで、ボクのお手伝いをしてくれる魔族を派遣して貰うつもりなのだ。
ギルマスさんには申し訳ないけど、ゲオルクからも助言されたからね。
モンスターじゃなくていきなり魔族なのは必要なので仕方ない。
「えっと、初めてなんですけど……」
『ご新規様ですね? 本日はご連絡いただきありがとうございます。エネルギー計測装置は設置されておりますでしょうか?』
「え、計測装置ってなんですか?」
『はい、エネルギーを計測して数値で確認できる装置です。主の皆様は感覚で把握できるそうですが、ダンジョン同士がエネルギーで取引を行うのに規格を設けないと不便ですので、主の皆様には設置して頂く決まりになっております』
なるほど。たしかに千のエネルギーが欲しいのに、九百のエネルギーを渡されたりしたら困るからね。
きっちり数値を決めておけば、もうちょっと欲しい、あとちょっと、貰い過ぎたから返すね、なんて面倒な事態も防げる。
「その装置はどうしたら……?」
『主の皆様であれば、一定の空間を用意すればイメージするだけで創造できると伺っております。形はお好みで構いません。ただし計測装置は規定の物であると意識されなければ意味がありませんのでご注意ください』
「じゃあ作り終わったら、また連絡しますね」
『はい、お手数ですが先に計測を終えて頂けると助かります』
「わかりました!」
一度エネルギー循環ラインとの接続を切って、ボクは部屋のさらに奥に続く空間を作り出した。
そして言われた通り、規定の計測装置をイメージする。
ちなみに形は自由でいいみたいだから壁一面に設置された大型機械で、金属パイプが何本も伸びていたり、丸いメーターがいくつも取り付けられていたり、中央には透明なガラスの巨大カプセルが内部の液体をぽこぽこさせていたりする。
特に意味はない。
「これでボクのダンジョンのエネルギーが数値化できるのかな?」
試しに一個だけある本物のメーターを覗いてみる。
その数値は百万ちょっとを示していた。
「うーん、これって多いのか少ないのか」
平均的なエネルギー獲得量が知りたいけど、まだその時じゃない。いずれ機会があるだろうから、今はできることから始めよう。
ボクは再び仲介ダンジョンと繋いで連絡を取る。
『問題なく装置をお作りになられたようですね。おめでとうございます。では改めましてご案内させて頂きます。当ダンジョンでは主の皆様のご要望にお応えする多種多様な魔族を紹介し、派遣する代わりに仲介料を頂くシステムとなっております。また魔族の方々にも雇われる条件というものがございますので、その点は主の皆様が保有するエネルギーとのご相談になりますことを予めご了承ください』
「は、はい」
なんだか丁寧な口調って緊張するんだよね。
「あの、ボクが持っているエネルギーを教えたほうがいいですか?」
『いいえ。保有する総エネルギーを開示する必要はございません。中には明かしたくないという方もおりますので、当ダンジョンから要求はしないよう徹底しております。ですがご予算として教えて頂ければ、こちらで条件に見合う魔族のご紹介も可能ですが……いかがされますか?』
どうしよう?
まずボクが必要としているのは、ダンジョンでの手伝いができる魔族だ。
だから手先が器用で、あとは人間と同じくらいの知恵と体力があって……それだけでいいかな?
まだエネルギーに余裕もあるから、ある程度ならここで使っても問題ないと思うし、とりあえず予算より条件を優先してみよう。
高望みはよくないけど、できれば見た目も怖くないほうがいいかな。
「とりあえずボクが探してるのは手先が器用で、知恵と体力が人間と同じくらいあって、あと見た目があまり怖くなければいいかなって考えてます」
『……かしこまりました。その条件ですと候補は多くなりますが、例えば鬼人族の戦士はいかがでしょう? 知恵は人間並みですが、素手で人間の首を引きちぎる腕力に、鍛冶場と素材を与えれば自分で武器を鍛える技術を持ちます』
なんで首を引きちぎる必要があるんですか……?
「……あの、他の方でお願いします」
『では不死族の魔術師はいかがでしょう? こちらは体力が人間並みですが、人間を陥れる知恵と知識が豊富ですし、生かさず殺さず苦しめる魔術も強力です』
あれ、ボクが雇いたい条件ってちゃんと聞こえてた?
「もうちょっと穏便というか、平和的な魔族はいませんか?」
『……穏便と言いますと、つまり直接的な戦闘能力は求めていないのですね。でしたら暗殺技能や、拷問器具や罠の作成、あるいは――』
ここでボクはようやく思い出した。
普通のダンジョンにとってモンスターや魔族は、人間を苦しめて恐怖の感情を吐き出させるために存在するんだってことを。
だから戦う必要がないどころか人間を楽しませるなんて、まったく真逆の魔族は存在しないのだろう。
でも、それじゃ困る。
なんとかここで人手を確保したいボクは、もうちょっとねばってみた。
「そういう技術はなくても構わなくて、その、ボクの手伝いをしてくれるだけでいいんです」
『ご予算の都合でしょうか? そうなりますとご紹介できるのは少々……いえ、なかなか癖のある魔族になってしまいますが……』
「どんな魔族なんですか?」
『見えない放浪者をご存じでしょうか?』




