幸せをおすそわけ
私はアリア。結婚後も実家の食堂を姉と一緒に手伝いながら、毎日楽しく暮らしている。
「アリア! 今日もランチと、おまじない頼むよ!」
「はーい。おススメランチと、はい! 今日もいい事がありますように!」
軽くウィンクしながら、お客さんの鼻先をちょんと指でつつく。
ほんの少しの聖魔法。夫のマリクに教えてもらって初めて知った。
ちょっとだけ明るい気持ちになって前向きになる、たったそれだけ。
でも、ちょっとの言葉で周りが皆幸せになっていく、不思議なおまじない。
その人の幸せは自分で見つけた幸せ。
神様は、私に大きく幸せにはなれないと仰った。でも私は今、とても幸せを感じている。これ以上の幸せは胸がはり裂けてしまうから、今のままが丁度いい。
「アリアちゃん、旦那さんと仲良くしてるかい?」
「仲良いにきまってら、皆の前で求婚したんだから!」
「違いねえな!! っははは」
ちょっぴり恥ずかしいけど、こんなからかいの言葉でも皆が笑顔になってくれるのはとても嬉しい。
マリク様と最初に出会ったのは神殿だった。
お祈りをした後、ふと顔を上げると、とても美しい横顔の人が居た。
背中まである長い黒髪を幅広のリボンで結わえて背中に垂らしていて、肌触りの良さそうなマントを羽織っていた。
私は一目で恋に落ちた。でも町娘の私と違って、身分の高そうな佇まいで、自分には手の届かない人だと、遠くから見つめていた。
その方は司祭様と話しながら神殿を出て行った。その時、一瞬目が合い、深い青色の瞳が印象的だと思った。
そんな事をトレイを胸に抱きしめて思い出していたら、今まさに思い浮かべているその人の声が耳元でした。背後からふんわりとお腹の前で指を絡め、彼の腕の中に閉じ込められたような状態だ。
「我が愛しのアリアは何をぼんやりしているのかな?」
「マリク様!」
一瞬で真っ赤になった頬を恥ずかしく思いながらもじもじしていると
「どうしたんだい? 誰かにいじめられたの?」と背後から肩に顎を乗せて覗き込んできた。
「いえ……あなたの事を考えていて。……あの、恥ずかしいです」
「私といない間も思い出してくれるなんて光栄だな」
こんな素敵で優しい人が私の旦那様だなんて、未だに夢じゃないかと思う時がある。
でも人前で仲良しすぎるのは、ちょっと恥ずかしい。
「ひゃー昼間っから熱いねぇ」
「こっちが照れちまうよ」
でも夢じゃないから、嬉しいけど人前では、ほんの少し控えてくれると恥ずかしくないかも、なんて現実逃避していた。
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マリクは第一騎士団の魔法術師。第一騎士団は陛下の護衛を受け持つので、身分の高い貴族が多く所属していた。
彼は伯爵家の次男で、官爵もあり領地はないものの、男爵だ。
その彼と結婚するには、実家の手伝いを辞め、マリクの留守を預かる妻として男爵邸に在宅するべきだった。
だけど、マリクは私が幸せに笑っている事が幸せと言ってくれて、皆の幸せを望む私の希望通りに働く事を許してくれた。
ほぼ毎日ランチを食べに来てくれるし、帰りも迎えに来てくれる。毎日の帰宅時間がデートみたいで、ちょっと楽しい。
この幸せな時間は子供ができるまでって約束している。
だから、しばらく手伝いに来られないと伝えないといけない。
寂しいけど、違う幸せな時間が待っているから。
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さあもうすぐマリク様が迎えに来る時間だわ。
彼は喜んでくれるかしら。新しい家族を歓迎してくれるかしら。
私、もうおまじないは決めているの。
この子が産まれたら真っ先に鼻をちょんってして、いつも笑顔に包まれますようにって、するつもりなの。
私とマリク様と家族になってくれてありがとうって。
家族でも、お互いが思いやって笑顔ですごしたいから。
私は決して、子供を捨てないから。
拙い文ですが、読んでいただきありがとうございました。
続編にあたるサイドストーリーは【幸せの影響】になります。
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