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魔は悪となりうるか

「……あら」


 夜明け前。

 とある事をする為に家を出ると、小さく声が聞こえてくる。目をやると、相変わらず蜘蛛の糸で出来たハンモックに揺られている女性の姿があった。


「リリアナ。まだ起きてたのか」

「月が満ちてきたでしょう。こうなると夜の方が居心地がいいの」


 今はアラクネの姿でぐでっとした姿を見せる彼女だが、その半分は魔人であるサキュバスである。夢魔が人々の眠る夜に活動するのはわかるが、その割に堕落しているように見えるのは気のせいか。いや活動的なのも少し困るのだが。


「で、どうしたの? そんな物騒なモノ持ってきて」

「……月が満ちてきただろう? 必要になるかもしれないからな」

「あぁ、スタンピード」

「そういうこと」


 昔幾度となく世話になった武器を携えた俺は、少々憂鬱になりながら空を仰ぐ。そこにはうっすらと赤く染まった月が七分程で浮かんでいた。

 三ヶ月に一度程、普段は青い月が赤く染まり上がる。赤い月の満月はモンスターの活動が活発になり、スタンピードという魔物の大進行が起きることがあるのだ。

 前の赤い月も、その前の赤い月もスタンピードは起きなかった。ならばそろそろ動きがあってもおかしくはない。


「でも、別に貴方が出なくてもいいんじゃない? 他にいくらでも腕利きがいるでしょうに」

「勿論、今の俺よりも現役の連中に声がかかるだろうけど」


 腰に下げた数本の投げナイフ。それを抜き取り、リリアナがハンモックをかける片方の木に投げて、また投げて、もうひとつ投げて。

 狙ったところに寸分違わず――とはいかないまでも、全て同じようなところに突き刺さったナイフを見て、まぁこんなものかと残ったナイフを手で弄ぶ。


「そんなの意味ある?」

「実際に使うときはちゃんと術式でも込めるさ」


 わかりやすく破壊力のある爆発の術式でも込めておけば、それなりの攻撃手段にはなるだろう。今から仕込んでおけばそれなりの数は作れる。出費は嵩むが、五十本以上仕込めば足りないことは無いだろう。

 昔のように前衛で暴れることが出来ない以上、やれることは後衛からの援護や支援になる。混戦になるであろうことから、適当にやっていては味方の背中を切ることになるが――まぁ、そこまで腑抜けているわけでもない。弁えてやれることをやれば、そう酷いことにはならないだろう。


「そっちは試さないの?」

「今の俺にはちょっと使いきれないんだ。曰く付きの業物でね」


 腰に下げた鞘付きの剣――正しい名は刀――を撫でる。持ち主の魔力を常時吸い上げ、切れ味を保ち続ける術式が付いている。そこまでならまぁ、珍しいものでも無いのだが。

 リリアナが地面に降りてきて、まじまじと刀を見つめてくる。やがて、その異様さに気付いたのか、うぇっと小さく声を上げた。


「呆れた。呪われた人間が呪われた武器を持ってるなんて」

「自分でもそう思うよ」

「……もう。少しぐらい怒ってみなさいよ。失礼なこと言ってる自覚はあるんだから。これじゃただの嫌な奴じゃない」


 ばつが悪そうに顔をしかめるリリアナに苦笑を返し、刀を鞘から抜き放つ。

 月明かりに照らされた刀は、赤く妖しく光を放つ。いかにも妖刀といった雰囲気がだが、別に特に危険なものという訳ではない。

 実は、この身に宿す呪いと、この刀にかけられた呪い。かけた人物は同一人物となる。

 元はこの刀もただの刀――業物なので、その時点でとても良い代物ではあるが――であり、それこそ肌身離さず旅を共にしてきた相棒である。が、その人物によって、この身体共々色々と手を加えられた結果。


「貴方、よく貧血にならないわね」

「そこまでわかるのか。詳しいな」

「そんな隠すつもりも無い呪い、ちょっと見ればわかるわよ」


 あまり近付けないで、と手を払うリリアナ。

 そう。この刀は――端的に言うと、俺の血を吸う。

 詳しく言うならば、この刀は俺の血を吸うことで初めて刃物としての能力を発揮する。吸えば吸うほど切れ味が増すわかりやすい性質だが、当然ながら調子に乗れば貧血で倒れることになる。

 勿論、勝手に持っていかれる訳ではない。どの程度吸わせるかは此方の意志次第であるし、余程でなければ身体に障らない程度の量で充分以前の切れ味を取り戻す。

 使わない時は定期的に血を吸わせる必要があるが、それも数滴指先から垂らすだけで事足りる。

 もし俺の身体が昔のままだったならば、思う存分こいつを振るうことが出来ただろう。しかし悲しいかな、血に問題が無いとしても、魔力の問題が残るのだ。


「ま、いざという時の手段だな。積極的に使うつもりはない」

「使わない、とは言わないのね」

「使えない物は持っていかないさ。そうでなきゃただの重りになる」


 実際、最終手段のつもりで持つ手札は切るタイミングに迷いが出てしまう。使いたくないものなら尚更だ。使わずに終わる手札は意味が無い。勝てばいいが、負ければただの無駄骨で終わるのだから。


「……まぁ、無茶はしないことね。貴方が只者じゃないのはわかるけど」

「弁えてるよ。無理だと思ったら尻尾巻いて逃げるさ」

「カッコ悪く?」

「あぁ、無様に背中を向けてでも」


 言い合って、互いに笑い合う。彼女はきっと、本当に俺が逃げ帰って来たとしても、今と同じように笑うのだろう。それが、何やらとてもありがたく感じた。







「悪いな。本当なら声を掛けるつもりはなかったんだが」

「そのつもりで準備してたんだ。構わないさ」

「面目ねぇ。俺も気張るからよ」


 それから数日経ち、予想通りにギルドから呼び出しを受けた俺は、申し訳なさそうに頭を掻く男に軽く手を振った。

 スタンピードはその規模の大小に差はあれど、基本的には無視できない災害の一種である。仮にその進行上に国や街が無かったとしても、いずれは進行している魔物同士で食い合いが始まる。それを放置してしまうと、残った魔物が変異して手が付けられなくなる可能性だってあるのだ。どの道、スタンピードは確実に制圧しなければならない。

 そんな状況で、ある程度名が売れてしまった自分が呼ばれない訳が無い。それは、目の前にいる大男もまた同じだった。


「こういう時に限ってバカ王女は姿見せねぇしよ」

「そう言うな。居たら俺だって手伝わせるが、いないなら無理に引っ張ることもない」

「ちょっと前に街中歩いてたじゃねえか」

「まあな」


 彼の言い分もわからなくもないが、あれで一応正真正銘の王女様である。もしかすると国に戻っているのかもしれないし、下手にこういう事に首を突っ込めない事情があってもおかしくはない。……もしくは、単に面倒で姿をくらましている可能性もあるが。

 まぁ、どの理由にしろ、無理に参加させる必要も無い。

 目の前の彼も言葉では多少毒づいてはいたが、それはかつてと同じ軽口のようで。

 自由奔放な彼女を諌める彼が、その光景が昨日のように思い出せる。懐かしくも忘れられない記憶だ。


「……代わりと言ったらあれだが、聖女様が参加してくれるんだ。それで良しとしよう」

「聖女様、ねぇ……。あれを聖女と呼んでいいもんか」


 薄く髭が生えた顎をさすりながら言う彼に、実は先程から感じている気配を告げるかどうか迷う。

 そして口を開こうとして、がしっと首を抱えられた時点で諦めた。どうやら遅かったようだ。


「楽しそうな話してるなぁ。アタシも混ぜなよ」

「ゲッ、来てたのかよ」

「呼んだのはアンタだろう? 忙しい中来てやったんだ、礼のひとつでも言ってみなよ」


 快活な口調。聞き慣れた声だ。

 此方の頭を脇に抱えた彼女は、そのままカウンターに寄り掛かって向こう側にいる彼と顔を突き合わせているようだ。

 普通にカウンターに顔が当たって痛いのだが、頬に、というか頭の半分近くを埋める柔らかい感触に、自分でもどうかと思うがひどく懐かしく感じて笑みが溢れた。

 それに気付いたか――いや、実際に気付いたのだろう。より強く頭を抱えてきた彼女は、笑いながら言う。


「このスケベ。アタシの胸が恋しかったのか?」

「…………」

「なんか言えよぉ、可愛いやつめ」

「単に肉で口が開けねぇだけだろ。胸焼けしちまうわ」

「ハッ! 羨ましくてもアンタにはしてやんないよ」

「それこそ頼まれたってゴメンだね。首を折られたくはないんでな」

「わかってるじゃないか」


 軽口の応酬が飛び交う中、そろそろ呼吸が怪しくなってきたので、彼女の肩を叩いて解放してもらう。

 そうして彼女の脇から逃れた俺は、目の前で八重歯を出して笑う彼女に笑いかけた。


「久しぶりだな」

「本当だ。寂しかったぞ?」


 自分と背が変わらない彼女の顔が至近距離に近付く。ぐいっと腕を引かれ、そのまま抱かれた。


「うん。やっぱり収まりがいい。アタシの居場所はここだな。しかし……」

「あーあー、いちゃつくなら他所でやってくれ。聖女様は門の前、お前は……」

「外壁の上。明朝でいいんだろ」

「あぁ。あー……ひとつ言っとく。間違っても前には出てくるな。たとえ誰がやられようとだ」

「約束しかねる」

「おい……」

「心配すんなって。アタシも出るんだ。誰が殺されたって死なせないよ」


 何やら肩口で鼻を鳴らして訝しげに顔を歪めていた聖女様が、ぱっと表情を切り替えて誇らしげにその豊かな胸を叩く。

 その揺れ様に鼻の下を伸ばすこともなく、さもありなんとばかりに肩を竦める彼を見てから、建物を後にした。








「主、おかえ……」


 我が家の扉をくぐると、尻尾を振って出迎えてくれた獣人少女、ルミナスが全ての行動を停止した。尾も耳も、瞬きも息すら止まっているように見える。多分だが、その原因は――今も俺の腕に絡み付いている彼女の存在なのだろう。


「う、うわきもの……」

「おぉ、お前についてた匂いはこの子のだったか。……んー、でもまだ足りない。他にもいるな」


 ほほー、と腕に抱き付いたまま前のめりになってルミナスを観察する聖女様。ルミナスがぽつりと呟いた言葉はスルーした様である。


「本当に家に泊まるのか?」

「ん? いけないか? まだこうしてないと足りないだろう?」

「あぁ、あ、主から離れろ!」

「ルミナス、落ち着いて」


 再起動したらしいルミナスが、此方の間に割って入ろうと突っ込んでくる。その頭を撫でて落ち着けようとするが、どうにもそうはいかないらしい。

 ぐいぐいと身体を入れようとするルミナスだが、聖女様はその身体からは想像出来ない程に力が強い。それでピッタリと自分にくっついているものだから、そう簡単には割り込めないようだった。

 それどころか――


「可愛いじゃないか~。どうやってたらしこんだ?」

「ふぐぅ」

「人聞きの悪い事を言うな。今の俺の仕事は知ってるだろう?」

「わかってるよ。そんな器用な真似出来ないもんな」

「むふ! ふむぅ!」

「放してやれよ。息できてないから」

「おっと失礼」


 空いた片腕でルミナスを捕らえ、乱暴に抱き抱えた聖女様は屈託の無い笑みで笑う。自分が言ってようやく解放されたルミナスは数歩後ずさると、一瞬瞳から光を失い視線を下に落とした。それがどこを見ているのかはわかるが、俺からは何も言えない。

 しかし、隣の聖女様は別である。


「なんだ、胸なんか気にしてんのかい? 大丈夫だって、まだまだ育つ育つ」

「……主。今私は怒っていい」

「そういう話題には巻き込まないで欲しいな……」


 とりあえず、落ち着いて座らせて欲しいところだった。








「獣人に妖精族、鳥人にアラクネと魔人の混ざり物ねぇ。よくまぁそこまで集まったものだね」

「かつての仲間が仲間だしな」

「言えてる」


 くつくつと笑う聖女様。大体、キワモノというなら自分だって負けてない自信がある。今となっては尚更である。


「あのぉ、それで……聖女様って、あの?」

「あぁ、アタシは聖女だよ。自分で言うのは少しこそばゆいけどね」

「イメージと違い過ぎる。というか、私の見た聖女様はもっと聖女様してた」

「仕事の時はアタシだってちゃんとしてるさ。けど、今は仕事じゃないからねぇ」


 森の散歩から帰ってきたシルクは、目をパチパチさせながら。お茶を出して席についたルミナスは、若干訝しげに聖女様を見つめている。

 ルミナスに関しては一度目にしたことがあったのだろう。確かに、巡礼等で姿を見せる彼女と、今自分の隣にいる彼女ではイメージが違い過ぎる。自分はもう慣れてしまったが、二人からしてみれば信じられないというのが妥当だろう。世間一般の聖女とは、イメージがかけ離れ過ぎている。


「というか、いい加減離れる」

「断る。何も、アタシだって好きでくっついたまんまでいる訳じゃないよ? いや好きでくっついてるのもあるけどさ」

「訳がわからない。主のスケベ心が満たされるくらいしかメリットが無い」

「ルミナス……」


 ひどく悲しい心持ちになるので、たまには柔らかい表現をして欲しい。

 聖女様の言葉に嘘は無い。簡単に言うと、彼女が俺の身体に触れている間は、ひどく身体が楽になる。これは、彼女が持つ聖女としての力が俺に働いているからだ。

 しかしそれをどう説明したものか。この家にいるメンバーの中で、俺の身体に呪いが掛かっていることを知っているのはリリアナしかいない。

 別に隠す必要も無いのだが……説明する必要も無い。


 ……いいや、これを機に話しておくのもいいのかも知れない。今まで意識していなかったが、一度考えてしまうと隠し事のようで後ろめたいものを感じそうだった。

 その考えから、ひとつ咳払いをして口を開こうとして。

 それよりも早く、ルミナスが言った。


「それとも、主の身体が悪いとこ、貴女が治してくれてるとでも?」

「…………!」

「おや。お前、話してたのか?」


 ルミナスの言葉に驚いたような仕草を見せた聖女様だったが、本当に驚いたのは自分だった。

 そんな自分を見て、ルミナスは唇を尖らせる。


「主のことは、ずっと見てた。もしかしてって思ったけど」


 その反応見たら、本当だった。

 そうルミナスは続けた。


 本当に驚いた。彼女達の前では身体の不調など見せたことはない。常々身体の気だるさこそ感じてはいるが、それでも普段の生活をこなすには問題がない。精々、ちょっとした体力不足のような症状を起こす程度だが、それすらも見せたことは無いのだ。

 しかし、ルミナスはいつからか見抜いていた。その様子から確信は持っていないようではあるが。

 その隣にいるシルクも、どうやら気付いていたようである。彼女に関しては魔力を貰うこともあったし、俺の目の前で疑問を口にしてもいた。ただ、俺が言わなかったので聞かなかったのだろう。


「なら、話は早いね。細かいことは本人から後にでも聞くとして、アタシがこうしている限り、その不調から解放されるのさ」

「……下心は、無い?」

「あるに決まってる。……けど」


 ぐい、と抱かれていた腕が引き寄せられる。彼女の力には逆らえずに世界が回る。

 気付けば、俺の頭は彼女の膝の上にあった。

 見上げるその顔は、勝ち気な笑顔ではなく。


「それより遥かに、強い想いがあるのさ」


 その名に恥じぬ、聖女の笑みだった。








 明朝。まだ薄暗い内に外に出る。

 スタンピードとの戦いに出ると言うことで、普段なら眠っているはずのルミナスが見送りについてきてくれた。

 余程不安なのか、つい先程までしっかりと自分の服を掴んで離さなかった。


「主。無理はしないで」

「大丈夫。今回は後方支援だからね。前に出ることはないさ」

「でも、心配」


 ぎこちなく振られる尾と、しきりに動く耳が彼女の心情を現している。

 戦闘になるからには、絶対に安全など有り得ない。それがわかっているからこそ、彼女はここまで不安がっている。

 ここで何を言っても気休めにしかならないだろう。その頭をいつもよりもゆっくり、優しく撫でてやると、不意にルミナスは視線を横へと向けた。自分の隣にいる聖女様へとだ。


「主を、お願い」

「本当に良い娘だね。心配いらないよ、聖女の名は伊達じゃ無いのさ」


 彼女の戦闘スタイルは聖女とはかけ離れているが、ここでそれを言うのは野暮だろう。

 最後に一度、寄り添ったルミナスとシルクを抱き締める。これ以上いると決意が鈍る……わけではないが、後ろ髪を引かれてしまう。二人から離れると、そのまま踵を返して足を前に踏み出した。







「よいしょっ、と」

「リリアナ? どうした」

「何よ。いちゃ悪いかしら」


 出発して家が見えなくなった辺りで、近くの木から飛び降りてくる影。その正体であるリリアナが、此方の言葉に不満そうに眉を潜めた。

 別に悪くは無いが、一体どうしたというのだろうか。


「それにしても、見る度に違う女連れてるわよねぇ。しかも今度は聖女様か」

「おや、アタシを知ってるのか」

「神官連中とはいざこざ起こしやすいから。事実上のトップくらい把握してるわよ」

「……あぁ、魔族混じりのアラクネの話は知ってるね。あんたのことか」

「他に私みたいなアラクネは見たことないし、多分それはアタシでしょうね」


 言いながら、身体を変化させて亜人から人間の形態にするリリアナ。そうするということは、彼女も街に来るのだろうが……。


「もしかして、リリアナも来るのか?」

「一応冒険者登録はしてあるのよ。実入りもいいし、参加してもおかしくないでしょう?」

「それは、まぁ」


 規模に寄るとはいえ、スタンピードは総じて危険が高いギルドからの依頼になる。個人や商会からの依頼と違って信頼性もあり、リスクに見合うだけのリターンはあるのだ。

 それを受けることに対しての疑問は無い。疑問というか、少しだけ気になっているのは――


「正体、バレてるだろう」

「ギルド側には当然バレてるでしょうね。それでも黙認されてるんだから、おかしなことしなければいいってことなんでしょう」

「……まぁ、あの人ならそれくらいはするか」


 自分でも多少の違和感を覚えたくらいだ、あの人ならリリアナに魔人の血が混じっていることくらい軽く看破してみせるだろう。

 それでも登録を通し、活動も許している。味方から中立、敵に属するような存在でも、利用出来るなら利用していく。あの人らしいと言えば、そうなのかもしれない。


「でも、その姿じゃアラクネの力は使えないだろう」

「別にアラクネじゃ無きゃ戦えない訳でも無いけれど。そもそも登録はアラクネで通してるから平気よ。始まったら元に戻るわ。前線に立つし、遠慮もいらないだろうし」

「前線なのか」

「心配はいらないわよ。貴方ほどじゃないにしろ、戦う術はあるんだから」


 そういうリリアナに、まぁ本人がそういうのなら心配はいらないのだろうと結論付ける。

 それに、彼女が立つ戦線には今も隣で腕を絡める聖女様もいるのだ。どちらにせよ、心配は無用だろう。








 街に到着し、二人と別れる。二人は外壁の周りに位置するのに対し、自分は外壁の上に位置することになっている。砲弾が並び、遠距離を得意とする魔術師や弩兵、弓兵が準備を終えてスタンピードを待つ中で、軽く下の様子を伺った。

 いくつか見知った顔がある。聖女様は言わずもがな、その隣には既にアラクネの姿となったリリアナ。彼女達は前線の中でも中衛の位置にいるようだ。

 最前線には一際目立つフルアーマー装備の大男。その鎧はどんな怪力自慢でも身動きが取れなくなる代わりに、鉄壁の防御力を誇る魔鉱石製。……まぁ、彼が本気で暴れる際にはそれらは無用の長物となるのだが。

 その他にも、皆が臨戦態勢を整える中で地面に寝っ転がって眠る長身細躯の男だったり、それを邪魔臭そうに蹴飛ばしている猫耳の女性であったり。

 はたまた壁際で酒瓶を傾けてケラケラと笑う魔法使い帽を被った妙齢の魔女であったりと……。


「……緊張感が無いな、あいつらは」


 どうして自分の仲間達は揃い揃って目立つ連中ばかりなのか。全員実力は折り紙つきなのだが、それにしたって目を覆いたくなるのは仕方がないと思う。

 というか、過剰戦力にも思うのだが、その辺はどうなっているのだろう。確かにスタンピードは脅威なのだが……。


 たとえば、飲んだくれている魔女は息を吸うように広範囲の殲滅魔法を連発するような奴であるし、今は受付に君臨する彼と聖女様が組めばそれは難攻不落の人間要塞となる。眠りこける彼と猫の獣人にかかれば、指揮するモンスターの元へと一目散に駆け抜けてその素っ首を落としてくることだろう。

 今上げた誰もが、現在も世界のトップを誇る戦闘力の持ち主であり、その巨大な戦力から国に属することを禁じられている『禁忌』の称号持ちである。まぁ、聖女や女王といった存在もいるにはいるが。聖女に関しては国に属することの無い協会に身を置く身であるし、女王は妖精国自体が俗世から離れたものである。どちらも『禁忌』の称号を与えられてはいるものの、所謂国家には属していないのでセーフ、という見解なのだろう。


「……まぁ、いいか」


 普段は自由に世界中を巡っている連中の一部がここにいるのは奇妙と言えば奇妙だが、好戦的な奴らばかりなので今回のスタンピードの始まりに一番近いここに集まったのも納得といえば納得である。

 今日自分がここでやるべきことは何も変わらない。おかしなことに気を取られる暇は無いのだから。







 太陽がその姿を完全に姿を表した頃に、地響きが辺りを小さく揺るがし始めた。目を凝らすと、地平線の向こうを埋めるおびただしい数のモンスターが波となって向かってきているのがわかる。規模で言うなら中規模程度だろうか……そんな感想を持ったところで、ひどく空気が歪むような感覚。煮詰めに煮詰めたような濃密な一個の魔力が、空気にまで影響を及ぼしているのだ。

 ほんの先程まで酒を煽り続けていた魔女が、その酒瓶までを魔力に変換して吸収しながら、単身前に躍り出た。……若干、その足元はふらついているが。

 久しぶりにアイツの魔法が見れるな、と腰の刀を抜いて外壁の床に突き刺す。既に血は吸わせているので、その刀身は容易くそれにささり、食い込んだ。

 そして、周りにいる連中に声をかける。


「吹き飛ばされないように身構えた方がいいぞ」









「さぁって、どれにしようかねぇ~」

「おい酒バカ! 周りの迷惑も考えて撃つんだよ!」

「だぁいじょうぶだってぇ。んんっとぉ……この辺でどうかなぁ?」


 ふらついていた足元が、その爪先がトントンと地面を小突いた。瞬間、水面に石を落としたかのように地面が揺らぎ、それを追うようにして新緑の魔方陣が広がる。

 それを見ていた、魔女に大声で注意を呼び掛けた聖女が頬を引くつかせて、隣の傭兵の背中へその身を隠した。隠れ蓑にされた傭兵もまた、その鎧の下で口をへの字に曲げて巨大な戦斧を地面に突いた。

 その間にも、魔女は酔っ払ったままの紅潮した顔付きで、楽しげに今度は指を踊らせる。


「風を~集めて~」


 草原がにわかにざわつき始めた。その場にいる全員が、魔女に引き寄せられるように前につんのめってしまうような感覚を覚える。


「まだまだ集めて~大きく~長く~」


 詠唱と言うには緩く。しかし魔力は絶望的に。


「技名とかいるかなぁ? んー……まぁいっかぁ。こんなの技とも言えないし~」


 世の魔術師が聞けば卒倒するような言葉を吐きながら、魔女は両手を空にかがけた。その頭上に浮かぶのは、姿無き巨大で凶悪な風の刃だ。

 彼女にしてみれば、こんなのはただのお遊び。ただ風を集めて固めて刃にしただけの、言うなれば力業。

 しかし、魔術師で彼女と同じ事をやろうとすれば、並の魔術師が仮に百人集まっても不可能だと首を横に振るだろう。

 それもそうだ。彼女は魔術師ではなく、全く別の魔法使いという存在なのだから。


「やぁー」


 ぺいっ、と。まるで適当に両手でボールを放り投げたような格好で腕を前に振り下ろす。


 ーー瞬間。


 暴力的、破壊的、そんな言葉すらも生温いと思える強大な風の刃が、地面すらも引き抜かんばかりの風を連れて射出された。

 その場にいた全員が根から引き抜かれるように連れていかれそうになり、それに動じなかったのは最初からわかっていた数名のみ。突風と言うのも生温い風を巻き起こしていった刃は、まだ遠いモンスターの群れの命を刈り取りに凄まじい勢いで飛んでいった。

 目には見えずとも真一文字に伸びた風の刃は、地平線を埋めるそれ以上の範囲を持って殺戮の限りを尽くす。

 それを腰に手を当てて見届けた魔女は、どこからか取り出したスキットルに口を当ててから、満足そうに踵を返すのだった。






「……相変わらずと言えばいいのか」


 半数以上は数を減らしたであろうモンスターに多少の同情を覚えながら、突き刺していた刀を引き抜いて鞘に納める。あれで本人からすればただの力業、有り余る魔力にモノを言わせただけのものなのだから呆れるばかりである。件の魔女は残る戦いを酒の肴にでもするつもりか、最後尾に下がって尚も酒を煽っていた。

 ……まぁ、あのまま暴れられたら他の仕事も無くなるだろうし、報酬やモンスターの素材目当ての連中も面白くないだろうから別に構わないが。


「そろそろ射程距離に入るんじゃないか」


 先程の一撃に腰を抜かしていた砲撃主にそう声をかける。

 モンスターの中でも特に足の速い連中や、空を飛んでいる種等が目に見えて近付いている。慌てて立ち上がった彼等を横目で見つつ、これからが本番だと自らも気を引き締め直した。


 ……ただまぁ、あの魔女に負けず劣らずの存在が他にも数名だ。果たして自分の出番はあるのだろうかと苦笑がこぼれたのだが。









 ーー戦いが始まる前のそんな想いは、見事に期待通りであった。


 とは言っても、魔女のようにワンマンな活躍はそこまで見当たらない。集まった冒険者や傭兵達の働きが凄まじいのだ。

 ただ、勿論それにも理由はある。見るからに全員の動きが良い原因は、自らも前線で拳を振るい、獰猛に返り血を拭う目を疑うような聖女がそれだった。

 彼女自身戦闘力の高い人間ではあるが、彼女が持つスキルがこういう集団戦闘では反則レベルで強力なのである。

 簡単に言えば、それは支援型のスキル。およそ戦闘における必要な要素を全て底上げするものだが、その範囲と効果が馬鹿げているのだ。

 例を上げるなら、範囲は決して小さくはないこの街を全て覆って余りある程度。そしてその効果は、年端もいかぬ幼子が石を粉々に握り潰し、馬車を跳ね返すまでに強く。

 彼女がその力を個人に集中しただけで英雄が一人出来上がる、そんなスキルを持つのが、今も尚暴れている聖女様である。

 最初こそ身に余る力に振り回される連中もいたが、今ではそれなりに使いこなしモンスターを圧倒していた。


 そして、それでも歯が立たないような規格外の怪物は、同じように怪物が迎え撃つ。


 いかな打撃も刃物も通さない、人を五人縦に積めばようやく届くかといった巨大なゴーレムが片腕を振り上げ、振り下ろす。

 およそ人には受けきれない、受けたところで形も残らないであろうその一撃を、全身鎧の大男が片腕を上げるだけで防御しようとしていた。本来なら自殺行為そのものだが。


「相変わらず……どんな身体してるんだろうな」


 術式が込められたナイフを投げながらぼやいてしまった。

 爆弾でも落とされたのかと思う程度には凄まじい轟音と地面の揺れ。しかし、彼はそこに微動だにせず立っている。防御に回したその腕は、恐らく動くことすらなかったであろう。

 そうして、もう片方の腕で巨大な戦斧を持ち直し、乱雑にゴーレムに向けて振り抜いた。そう、振り抜いたのだ。

 他の冒険者がどれだけ攻撃しても削れさえしなかった化け物を、型も何も無い横殴りのようなモーションでゴーレムにぶちあて、そして殴り飛ばしていた。破片がバラバラと散らばるが、最早そこに彼はいない。

 先程の意趣返しとでも言うつもりか、その信じられない脚力でゴーレムの頭上へと飛び上がった彼は、更に大きな爆音を響かせてゴーレムを粉砕した。


「はは」


 かつてはあれらと肩を並べることが出来ていたことを思うと、信じられないような悲しいような。そんなことを考えながら、尚もナイフを投げようとして。


「ねぇ、これアンタに預けていいよね」

「……は?」


 突然隣に現れた、自分より頭ひとつ小さい猫耳の彼女がそう言いながら何かを此方に押し付けてきた。

 ……いいや、これ、ではない。


「じゃ、ウチこれから頭落としてくるから」

「おい、いきなりーー」


 言うが早いか、そのまま飛び降りて、空中でその姿が掻き消える。

 ナイフを取り落とし、預けられた存在を取り敢えずしっかりと抱き抱え。


「参ったな……」


 意識を失っている『魔人』の少女を、人の目から隠すように更に深く抱くのだった。

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