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何も知らない世界の君へ  作者: 瓜戸たつ
第一章 最後の日常
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第八話 「『絶対』なんて信じない」







 ユニは初めて会った客には、常に気を遣い、また宿を利用してもらおうという意気込みで接していた。どんなに態度の悪い客にでも、ユニは心の中では嫌がっても絶対に表情や行動に出さず感情を抑えていた。感情に素直で短気なユニにとっては辛い事であったが、客が減って家族が悲しむ顔を見るのはそれ以上に嫌だった。

 だから、マナシィから話を聞いて満足したはず。勝手に話を聞いた事になるが、『あの人』と同じように彼女の心は寛大で話しやすかった。確かにマナシィが醒者(ヘジター)だという事には驚き、つい自分の事を話してしまったという失言はあったが。


 だが、マナシィが何かをしている時に、「『あの人』が死んだ」と言ったのは、あまりにも予想が出来なかった。














 ノックをしようとした手で口元を覆い、恐怖と動揺でユニはその場にしばらく立ち尽くした。



——きっと、何かを聞き間違えたんだと思う。

そうだ、それしかない。もしくは、悪い冗談に決まっている。



 そうだ、そうだとユニは自分に言い聞かせ、深く息を吸い、数歩後退りしたつもりだった。しかし固まった足は自身の思った通りには動かず、踵が床に引っかかって尻餅をついてしまう。



 「痛っ……」と、自然と声が漏れた。



 本当に、小さい声だったと思う。普通だったら聞こえない声だろうが、目の前の扉はそれに反応してか、カチャと不快な音を立ててノブが捻られる。









——待て、開けないでくれ!










 声にならぬ叫びは届かず、いとも簡単に扉は開いた。


 恐怖がこびりついたユニの顔を、マナシィは青い光を放つ石を手に見下ろす。その顔は、先入観からかユニにはとてつもなく恐ろしく、得体の知れない者のように見えて息が荒れた。

 光の燈らない瞳で、マナシィはにっこりと笑む。



「……ユニ君、どうしたの?」



 ユニは小刻みに震えて、こんな状況でもマナシィから目を話す事は出来ない。



「そ、それ」


「ん?ああ、これ?」



 ユニは震える手で、必死にマナシィの右手を指差した。マナシィは光りを失った石を見て、顎をしゃくり

「これは『醒石』よ。」と、珍しい石を隠し通そうともしないですんなり答えた。



「連絡用の『醒石』って言えば良いかしら?最近王都の研究で分かったのよ、青色の『醒石』にはこういう力があるってね。だから遠距離でもこうやって話をする事が出来るのよ」


「……」



 青色の『醒石』。自然と発光しているように見えたそれは、長細く先が尖っていて彼女の手にフィットしているようだ。

 ユニは青色の醒石を見るのは初めてで、神秘的で美しいと思った。普通に見掛けたなら欲しいと思うのだが、今それを欲しがろうとはしなかった。

 得体の知れない醒者(ヘジター)と、得体の知れない石はユニの身体を締め付ける。動けないユニにマナシィは膝をついてそっと手を差し出した。



「大丈夫?」



 ほら、やっぱり聞き間違えたんだ。

 ユニは納得のいかない頭に無理な結論を叩き込んで片手でマナシィの手をとり、彼女は力を入れる様子を見せず、軽々とユニを立たせた。



「そういえばユニ君、『醒石』の使い方知りたいって言ったよね?……知りたかったのよね?こうやって、加工すれば使えるのよ」


「へ、へえ」



 やっと、相手から目を離せた。ユニが視線を落として足元へ視界を落ち着かせると、マナシィは『醒石』を持つ手を、握っていた手に重ねて——



「ねえ、何かあった?」



と、落ち着かないユニに向かって優しく投げ掛ける。その優しさが余計に怖い。ユニが黙っているとマナシィは握った手に力を入れつつ、穏やかな声で話し掛けた。



「ねえ、ユニ君。何か聞いた?」



 心配しているように見えて、マナシィの手の力は更に強くなる。ユニは眉を寄せ、唇を強く噛んだ。



「っ、何も……聞いてない、です」


「ふふ、敬語はやめてほしいんだけれど。でも、そっか、聞いてないのね」



 こく、と力なく頷くがその間もマナシィの力は緩まず、一向に強まるばかりだ。苦痛に耐えるユニを、マナシィは更に恐怖へ落とす言葉を並べた。



「アルベルトさんの事も、聞いてないわよね?」


「貴方達にとっての、冒険者さん。貴方はそれさえ聞こえなかったのよね」



——心臓が飛び出すような怖さとは、こういうものか。



「……冒険者さんが、何か?」



 マナシィの手に力が増した。

 顔を顰めたところでマナシィから手が解放され、ユニは痛む片手を左手で包み込む。そこで、ふと彼女の顔を見た。



 「……そう」と呟いた時、本当に瞬間的にマナシィからは恐怖より、悲しみを感じた。信じていたものを裏切られたような、そんな悲痛な表情に見えて、ユニは呼吸を忘れる。

 二人の間にまたしても気まずい空気が襲ったが、いきなり訪れた階下の騒がしさが一瞬で沈黙を破った。ハッとしてマナシィは石をポケットにしまう。



「何でもないわ、ごめんなさい。石の事がバレて、焦っちゃったのよ。うん、本当に。……。……それで、ユニ君の用事って?」



 独り言っぽく言ってマナシィは眉間を押さえ、ユニの顔を伺った。先程の怖さが嘘のように消え、マナシィは話を聞いた時と変わらぬ口調で続ける。



「何かあるから、待ってたんでしょう?」


「あ、ああ。昼飯って、いるか?」



 ズキズキと痛む右手をさすりながら、ユニは落ち着いて尋ねた。



「んー、果物だけ貰おうかしら。お腹が空いてないの。勿論、三食分きっちり払うわ」


「分かった。それじゃあ、また」



 立ち去りたい。それに一階の様子が気になって仕方がない。扉を閉める直前、マナシィは思い出したかのように言った。



「あ、ユニ君!」


「?はい」


「冒険者さんに会ったら、マナシィが探してたと言っておいて。あと、あの女の子に聞く時も、こう言っておいてね!」



 マナシィさんが探してた、と?

 ユニは頭の上に疑問符を浮かべるも頷く。扉が閉められた。そうして、下に行こうとして、マナシィの部屋以降の人の在否と奥のアリゼの部屋に行くのを忘れていた事に気付く。

 あの女の子ってのは、アリゼらしいが——まあ、何かあったら下りてくるだろ。



 



 ユニは膝を叩き、自分に喝を入れた。マナシィは怖かったし、手も痛かったが、とりあえず『あの人』については保留だ。

 宿に泊まって何日も帰って来ない時だって普通にあった。三日後ぐらいに戻ってきて「道に迷いました」というような事を言って安心させてくれる人だ。彼が、死ぬ訳がない。


 階段を下りようとして、すぐにロビーにたくさんの人がいるのが見えた。朝に出掛けて冒険者のようだ。昼飯、これは配れるかもなと思いつつ、階段を二段飛ばしで下り、人の束を避けて受付の主人を視界に入れる。


 「親父!」ユニが大声を上げると、主人はこちらを見た。「ああ、ユニ。ちょうど良かった!」



「何だよ、この人達」


「ちょっと、な」



 宿屋の主人としての父は「落ち着いてください」とか「今確認します」とか周りに言っていて忙しそうである。ユニが溜め息をついた、その時だった。



「まさか、ねえ」


「アイツが行方不明なんて信じられんなァ」



 すぐ後ろ、ユニの真後ろで不吉な単語を耳に入れる。振り返ると、朝に『醒石』を探すと言った、あの眼帯の女性と黒髪の男性が口々に何かを言い合っていた。






 行方不明……?







——『絶対よ。彼が、死んでしまうのは』



 マナシィの言葉が、最悪のタイミングで脳裏を過ぎる。ユニは居ても立っても居られず、その冒険者達の元へ駆け寄った。



「あの!」


「ん?おやァ、アメジストリーさんの御子息じゃあねェか」



 ねっとりとした口調で話しながら黒髪の男性はユニの方を向く。「何かあったかい?」



 何かあったか?こちらの台詞だ。



「あの、アイツって誰ですか。それに、どうしてこんな大勢が一斉に戻って来るんですか」



 黒髪の男性は、眼帯の女性とアイコンタクトをとった。眼帯の女性がユニに目線を合わせて



「みんなで一緒に行動してたからよ。あの森は意外に広いんですもの」



と、嫌そうに言った。そして、聞こえちゃったのね、と続ける。あんなに大きな声だったんだ、聞こえるに決まってる。

 ユニはもう一度「あいつって誰ですか」と聞いた。


 二人は困った、と言った風に肩を竦めた。





「アイツって、一人しか居ないじゃない」


「ああ、あの赤目の冒険者だよ」






 ユニは再びマナシィの言葉を思い返した。『絶対よ』とユニを説得するように何度も頭の中に響く。












「『あの人』は……」


「ん?」


「『あの人』は、死んじゃったんですか」




 ユニは唖然とする二人の冒険者の前で俯く。きっと、それを聞いた時のユニの顔は酷かったに違いない。




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