第三十一話 王族の存在
更新遅れました……申し訳ありません。
しかし、本日よりどうしても厳しい日以外は、更新頑張りたいと思います。
情報の街というのは、アリゼの予想以上に発展している都市であった。アリゼはリオンに街中を案内され、この情報の街がただの交流の場ではない事が分かった。情報が多く行き交うのはもちろん、色々な地域からも人が集中しているようだ。だから、暑さ対策の水筒から寒さ対策の防寒具まで店に売り出されているのだろう。ここはユニ達の村より暖かく、この服で充分過ごしやすい街だ。
「そういえばさぁ」
「ん?」
表側の大通りに戻り、アリゼとリオンは働かせた身体を喫茶店で落ち着かせていた。買い物はしてないが、飲食代は全てリオン持ちだった。リオンが「お礼だよ、だからお金は気にしないで!」と爽やかな笑顔で奢ってくれたが、アリゼは「必ず返す」気持ちだった。はっきり言って情けない。何故自分より年下の子に奢ってもらっているんだ、とまたここで自分の信条が露出する。常識的に考えても、よろしくないのでは?
納得のいかない気持ちで、アリゼはリオンを見た。リオンは打ち解けた相手には親身になり、別人のように明るくなった。元々このような性格なのだろうが、初対面が人見知りのイメージだった為、意外ではある。
アリゼの正面に座る懐の大きな少年は、アリゼに素朴な疑問をぶつけた。
「アリゼのその服って、珍しいね」
すっかり呼び捨てが定着した無邪気なリオンはじっと黒地の服を見つめた。
「やっぱり?」
アリゼはちみりと飲み物を啜り、この服を着るまでの経緯を説明した。
「これね、ユニのお父さんからの贈り物なんだよ。黒服に黄色い模様は、村の伝統なんだってさ。ざっくりしてるけど、結構珍しい服なんだって」
「ふぅん。そうだよね、珍しそうだよ」
「でしょ?ユニとお揃いだし、変わった服だけど、なんやかんやで気に入ってるよ」
「お揃い嫌なんだ?」
何故そこを拾う、とアリゼは言葉に詰まった。リオンの悪意ない純粋な視線が、何気なく溢した本音に見事に刺さる。
「いや、別に嫌と言うほど嫌では……まあまあ、この話は終わりにしましょう。さてと、リオン君、次は私が訊いて良い?」
普通なら引き下がらないのだが、リオンは「うん良いよ」と素直に頷く。いや、普通なら掘り返さないのか?弄るという行為を習得していないリオンが、急に子供っぽく見えた。アリゼは自分の心が、汚れているのではと考えた。たった数年の違いでこうも汚れてしまうとは。せめてリオンは誰にも嫌味を言わないような子になってほしい。
——そこまで考えて、自分の思考が馬鹿馬鹿しいものだと察した。
「いっぱいあるけど良い?」
「うん」
「じゃあ、騎士団って何?」
「えっ?」予想していなかったと言わんばかりにリオンは目を丸くした。「アリゼ知らないの?」
「うん……今訊いておかないと忘れそうで」
ヨハンが所属していると言った「騎士団」。唯一自分の名前に聞き覚えのあるといった彼の事は把握しておくべきだろう。
他に訊きたい事はあるのだが、今これを聞いておかないと忘れそうだった、というのも嘘ではない。他は大切過ぎて忘れそうにない質問だから、優先順位が高くなっただけだ。
リオンはピンクの飲み物を平らげ、ぺろりと口を舐めた。
「騎士団はいっぱいあるよ。特に王都に行くといーっぱいね。と言うか、騎士団自体は王都を守っている集まりみたいな感じかな?この辺だと、どちらかと言うと傭兵団の方が活躍してるイメージがあるよ」
ずずず、とアリゼも飲み物を平らげる。
傭兵と騎士は違うのか、とアリゼは自分でも不思議なくらいあっさりと納得した。
「そうなんだ……ありがとう」
「任せて!」リオンは頼もしく胸を張った。「他には?」
「あ、うん。王族の方がいらっしゃるんでしょ?どういう人が来るの?あとなんで来たのかも教えてほしいなぁ」
リオンは自信満々に頷き「任せてよ」と繰り返した。
「僕も聞いた話ばっかなんだけど、良いかな?」
「うん、全く構わないよ」
「まずは誰が来るか、だよね」リオンは足をぶらぶら揺らしながら、細い腕を机の上に乗せた。「今代は王子が何人とかは知ってる?」
「……ごめんなさい。世間知らずではあると恥じております」
「いや、気にしないで!?知らないなら理解したら良いんだよっ。未知を知るってすごく大切なんだから!」
アリゼは、リオンの溢れんばかりの笑顔に救われる。「ありがとう」と熱くなった目頭をそっと押さえた。
「今は王様と女王様が一人ずつ。今代の王様は一途だけど気の弱い方らしいよ。子供は第一から第三王女、第一、第二王子の五人。多分来るのはこの五人の内の誰かだよ」
暇なのか、リオンは空のコップからストローを引き抜いて口に咥えた。
「五人……」
人数が少ないのか多いのか、これくらいが普通なのかは不明だ。だが王族というなら、王都から来ているのは間違いなさそうだった。
マナシィさん達に会いたいな、とアリゼはほんの一ヶ月前の事を思い出した。マナシィの軽やかな動き、イーグルの描いた地図——これは失礼か。
王族が王都から来るなら、二人がついてくる可能性はゼロではない。なら少しでも信じようかなとアリゼは思った。
「そうそう、僕調べたんだけどね、王族が来る日はここでは祭典みたいな感じらしいから、暗い空気出さないよーに!……ただでさえ危ない街になってるんだから」
リオンは思案するアリゼを見つめながら、咥えていたストローをくるくると回した。物分かりの良いアリゼと話し上手のリオンは目が合い、慌てて会話を再開した。
「うん、分かった。それで、その王族が来るのはいつ?」
「昼時だよ」リオンはストローを元の場所に突き立て、椅子を引いた。「もう場所を取らないとー。それにトリッシュ達も探さなきゃ」
「そうだね、早く行って損はないよ」とアリゼは同意した。
飲み物のゴミを片付けて喫茶店を飛び出すと、リオンは広い通りをぐるりと見渡す。リオンの昨夜とは比べ物にならない晴れ晴れとした表情を見ると、アリゼは自然に頬が緩み、微笑ましくなった。
「こっちかな?」
リオンはアリゼの手を引きながら「四の情報屋」の近くまで戻る。パトリシアのいる場所へ行くのだろうか。
人がかなり増えたようだ。喫茶店から離れ、恐らく王族が通るであろう道には人が集中していた。アリゼとリオンは時には邪魔し、時には手を貸して人の間を通り抜け、赤毛の女性を探した。暫く奮闘したところでリオンが「あっ」と声を上げた。
「どうしたの」と言うアリゼに「待っててね」とだけ反応して、リオンは握っていた手を離した。アリゼは腰を押さえてぐっと伸びをした。走って行ったリオンを見ると、予想通り探し出したパトリシアとユニに声を掛けていた。
アリゼはいつの間にか整備された大通りの、最前列にいる二人にとても驚いた。アリゼは二人とも積極的で探究心が強そうだと苦笑した。
「アリゼ」
するすると小柄な身体を生かして、リオンは器用にアリゼの元に戻ってきた。
「ユニ達は?」
「早く来い、だってさ。あと数十分は待たなきゃいけないのに……元気だね」
リオンはポケットに手を突っ込み、金貨と銀貨を数枚手の平に乗せた。一、二、三……とまだ小さな指で丁寧につまんで数える。
ちょうど八枚数え終え、強く握ると「うん!」とリオンは満足げに頷き、アリゼの服を引っ張った。
「じゃあ行こー!!」
「う、うん!」
更に元気の出たリオンに引かれ、アリゼは「すみません」を連呼しながら人々を押し退けた。正確にはユニ達に辿り着く為に押し退けざるを得なかったのだが、向けられた視線はどれも冷たかった。おそらく、この街では王族が来るというイベントは珍しく、崇拝するものなのだろう。
「おっ、やあっと見つけてくれたな!」
その辺で買ったと思われる食べ物の残りカスを袋へ突っ込んだパトリシアはユニの肩を叩いた。振り返ったユニは「遅いぞー!」と少しも怒らずに言った。ネリスについてどう思っているのだろうと考えると、アリゼは彼と顔を合わせづらくなる。なるべく明るい笑顔を見せて、二人に近付いた。
「見つかんなくって……その、隣すみません、良いでしょうか?あっ、ありがとうございます。よっと……」
親切な住人に場所を空けてもらい、アリゼとリオンは横並びになった集団の一番前で足を止める。待っていたわけではないのに、正面に誰もいないというのは変な気分だな、とアリゼは思った。
「ユニが王族が見たいなんて珍しい」
「違うぜ?俺が見たいのは、その後の……」
「ユニトレイア」パトリシアが唇に人差し指を当て、器用にウインクをこなした。「それは内緒だろ?」
「ああー、そうだったな」
「その後?」
「いやなんでも。それより、もうそろそろじゃねえの?」
言葉を濁し、ユニは忙しなく左右を見た。アリゼは気になったもの、後で教えてもらおうと思い、それ以上深くは聞かなかった。
「うん、あと少し……かもね」
パトリシアが腕時計で時間を確認し、二度頷いた。
パトリシア、ユニ、アリゼ、リオンの順で一列に整列し、談笑が数分過ぎた頃、リオンがふと思い出したように「あっ」と口を押さえた。
「ねね、アリゼ。僕言い忘れてた事あったよ!」
「うん?」
「ほら!どうしてここに王族が来るのか知りたがってたよね?でね、この街の名前がラミレスってのは知ってる?」
「う、うん」
「ラミレスって人がこの街を繁栄させたから、街の名前にされたんだ!で、そのラミレスさんはなんとラガンライラ家とは血の繋がりがあって……」
リオンはたどたどしい不恰好な言葉を必死に選び、なるべくアリゼに伝わるように話した。アリゼはその、どこか聞いた事のある話にうんうんと首肯する。
「リオン君は物知りだね?」
「ふふふ」リオンはわざとらしく声を上げて笑った。年相応で可愛いな、とアリゼは和んだ。
「ふぅん」
見守っていたパトリシアは、興味深そうに腕を組んだ。彼女がニヤニヤと笑っていたのを怪しんだユニが「どうしたんです?」と訊く。
「いや、ふふ、何でもないよ。それよりも……ほら」
パトリシアは肩を揺らし、街の中心部を指差した。瞬間、そちら側から歓声が上がる。アリゼは驚き、リオンとの会話を中断すると、歓声が聞こえた辺りに顔を向けた。大勢の人と白馬が見える。
周りがざわめき、アリゼは近くの男性が「おい、来たぜ」と話しているのを聞いて、いよいよ王族が来たのかと好奇心が疼いた。王族を見たいわけではなかったが、いざ見れるとなると興味が湧いた。
「こんなにも信仰されるもんかね」
ユニがぼそりと呟き、アリゼは思わずその耳元で囁いた。
「あんまり言わない方が良いよ。ほら、ユニの村ではそういうのなかったかもしれないけど、もしかしたら王族を慕うのが普通かもしれないよ」
「なるほどな。でもそれだと……俺を馬鹿にしてるだろ?」
「へっ、いやっ、決してそんな事は……!」
「はーあ、どうせ田舎暮らしには分かりませんよ」
「ち、違うってば!」
久々にユニに弄られ、アリゼはかちんときた。アリゼが一生懸命否定すると、ユニは「くくっ、知ってる」と悪戯に微笑む。
「馬鹿!!」
アリゼは腕を組み、分かりやすく拗ねた。冗談かもしれないが、ユニの嫌味は的を射ていて冗談に聞こえない。アリゼは本当にやめてほしいと思った。
「悪い悪い!やっぱアリゼはおもしれェわ!」
「嬉しくないよ!」
「まーまーまー」アリゼとユニを仲裁するように、パトリシアが二人の頭を撫でた。「お姉さんの前で喧嘩は許しません!」
「喧嘩じゃないですよ?」
「じゃあユニトレイアは意地悪するな」
若干低い声でパトリシアはユニを見下ろした。座っていてもパトリシアの長身は変わらず、まだ成長期のユニは彼女の背より低い。つまり見下ろされ訳で、ユニは「は、はぁ」と顔を引攣らせた。
「ちょっとみんな、雑談は止めてよ」
今まで黙っていたリオンが、じっとりと恨めしげにアリゼ達を見遣り、不満げに頬を膨らませた。
リオンは王族の知識が豊富だ。それに真剣に見ようとしている。彼は余程王族に興味があるのだとアリゼは一人考察した。
しかしリオンの言う通り、黙った方が良さそうだった。いつの間にか、すぐ近くまでパレードらしき集団がやってきていた。意識が外に向いたからか、周りの歓声が一気に激しくなったように感じた。アリゼはうるさいと思うより先に、すごいと思った。こんなにも人々の注目を集める王族とは、一体どれだけの存在感があるのだろうか。
「王子様ー!!」
「王女様ぁ!!!」
「どうか、どうかお顔を!!!」
よく聞くと、周りの歓声は同じ事ばかり繰り返している。顔を見せていないのだろうか。
がしゃん、と音がして反射的に前を向くと、アリゼの前を鎧を着た人が通過した。ドキンと心臓が高鳴る。
「うわぁ、すっごい……」
リオンは目を輝かせて目の前の光景を楽しんでいた。アリゼも、神々しさに言葉を失った。
まだ、王女の乗っているであろう輿は通っていない。しかし警護するかのような銀の鎧を纏う人々はアリゼ達の前を堂々と進んで行く。
「アリゼ、あれが騎士だよ」
リオンがうわごとのように呟いて、アリゼは更に騎士に惹かれた。
頭から足元まで純銀に覆われ、背中や腰に剣を携える面持ちは、まさしく予想通りの「騎士」だった。アリゼは予想が的中した事よりも、こんなにも立派な装いの人がいる事に紅潮した。アリゼは顔が熱くなるのが自分でも分かった。
「格好良い……!」とアリゼの視界に、白馬が映った。馬車を囲むように、そよ一帯だけ見張りが増え、すぐに王族が乗っているものだと理解出来た。馬はもちろん見た事もないような毛並みで、全体的に馬車は豪華絢爛で平民のアリゼには眩しいものであった。
眩しくて目を細めていると、馬車のカーテンがさっと開いた。
「おおおお!!!!!」
民衆から大歓声が上がる。期待に応えた王族が顔を晒してくれるようだ。アリゼは高鳴る胸を押さえて、カーテンの下から現れた女性に目を奪われた。
「あれが、王族……」
白馬の馬車から顔を覗かせた女性は、物珍しそうにアリゼ達観衆を見下ろした。
陽光のように輝く金髪を腰まで伸ばし、宝石が散りばめられたドレスを難なく着こなす姿は、まさに王族であった。艶やかな体躯をぐっと伸ばし、民衆を眺めた女性は今この場にいる人の視線を一身に受けている。
美しい、とはこういう人の為に使うのだろう。
王女は丁寧な仕草で髪を耳にかけると、笑みを浮かべて観衆達に手を振る。アリゼもおこぼれ程度に、と手を振ってみた。
すると、目が合った気がした。もしかしたら自分ではないかもしれないが、王女はこちらを確かに見つめていた。一瞬、アリゼはふわふわとした不思議な心地良さに溺れそうになった。
目の前を馬車が通り過ぎ、騎士達も整列して規則的な動きで去って行く。このまま戻ってくるのだろうか、とアリゼは集団が去った後を見つめたが、周りの人が解散したのを見て、このイベントは終了したのだと分かった。
「っはあ、すごいや!!」
リオンが満足げに息を吐いた。頬が薄っすらと赤らんでいて、ぴょんぴょんと跳ねるリオンは本当に嬉しそうである。かくいうアリゼも、久し振りに感動した気がした。まだ心臓が早く鼓動しており、身体が熱を帯びている。王族には人を惹きつける不思議な魅力があるのだろうか。
「リオンやアリゼは満足そうだねぇ!……それに比べて、ユニトレイアよ、何を不満そうにしているんだい?」
前髪を整えつつ、パトリシアはユニの肩を組んだ。先程は気にしていなかったが、一人で興奮していたアリゼの横にいたユニは、あまり感動しなかったようだ。「やれやれ」と言いたげに溜め息を吐き「いやね、思ったより違ったなって」と不満を洩らす。
「思ったよりって?」
「もっとスゲェって感動すると思ったのに、なんか期待外れというか、ふぅ」
退屈そうに頭を掻くユニは珍しかった。アリゼは彼を好奇心旺盛だと思っていたのだが、物珍しいものに興味があるわけではないのだろうか。
「まあ仕方ないさ!ユニトレイアみたいな人もたまにいるよ。でもあんまりそれ言うなよ?過激派に襲われるよー?」
パトリシアは「うりうりー」と言いながらユニの頭を盛大に撫でた。
「ハハッ、気を付けますよ」
ボサボサになった髪を絶望した顔でユニは上から抑えた。自分だったら直らないな、とアリゼは苦笑しつつ「過激派」という単語について聞こうと思った。




