最終話 この政略結婚に、今一度恋愛を、です!
「アンリさま万歳!」
「イェルハルドさま万歳!」
「ユングバリ夫妻に永久の栄光あれ!」
アガメノンへと出向くと、私たちが乗る馬車に向かって、沿道から喝采が飛んできます。
この地に住まう人々、そして工事に従事していた方々からの歓声。
目的地に着き、馬車を降りると、待っていた人々は膝を突き、私に祈りまで捧げる始末です。
「聖女様……」
いえ、それはさすがに過分かと……。
別段、教会に貢献をしたわけでもありませんし……。
「いいや、きみは立派だとも。彼らとともに泥にまみれ、その上で、これを完成させたのだから」
私の横に立ったイェルハルドさまが、頭上を見上げながら感慨深げに呟かれました。
私も視線をあげます。
そこに聳えているのは、石垣でした。
ただの石垣ではありません。
普段は水だめとして機能し、増水すればこれをせき止め、決して壊れることのない巨大な防壁。
ダムが、ついに完成したのです!
もちろん、普通の工事ではこのように迅速な対処は難しかったでしょう。
しかし、ここはアガメノン、史跡都市。
住民の皆さんに伝わっていた、古来の技術が、問題を解決しました。
「塗り固まる石」
石を積み、その隙間を全てコンクリートで埋めることで、ダムは完璧となったのです。
もともと、石造りの街であるアガメノンでしたが、中には人工的に作られた石もありました。
それがコンクリート。
砂と礫と一緒に水で練ることで、万能かつ強固な接着剤と化す建材だったのです。
今日はその除幕式にお呼ばれしていたわけです。
というわけで、イェルハルド閣下とともに儀式を執り行うと、関係者の皆さんからたいへんな歓声が上がります。
なにせ、この地を襲った水害は酷いものでした。
そこから甦り、対処法まで手に入れたのです。
人々の感動はひとしおでしょう。
「アンリさま!」
「聖女アンリ!」
「イェルハルド閣下!」
「万歳! 万歳!」
……まあ、ちょっと収拾がつかないことになっていそうだなとは感じるのですが。
さてはて。
活気と喧噪に満ち満ちた祭典が無事に終わった私たちは、お屋敷へ帰還。
後日、ふたりでアフタヌーンティーを楽しむことにしました。
「盛大なものになったな。花火も用意すればよかったか」
「閣下、いつかの二の舞になります」
ミルクティーのほんのりとした甘みを楽しんでいると、なかなかたいへんなことを言い出すイェルハルドさま。
思わず言い返してしまうと、彼は怪訝そうな顔をして。
「だが、きみとの結婚を祝して花火を打ち上げた、という建前はまだ残っている。いつか解決しなくては」
「でしたら、このセレスに名案がございます」
ひょこっと顔を出したメイドのセレスさんが、グッと拳を握り、熱く語りかけてきます。
「披露宴を開く、というのはいかがでしょう」
それは。
「素晴らしい考えですね、セレスさん!」
「そうでございますよね、アンリさま!」
私たちは手を取り合って、喜びます。
きっと素晴らしいものになると思います。
たくさんの肩を集めて、楽しく。
「賑やかに、したいですね」
いつかの未来を空想し呟けば、閣下は驚いたような顔をしました。
「きみは、賑やかなのはあまり好まないのかと思っていた」
「まさか。大好きですよ?」
「披露宴か……それがきみの、やりたいことなのか?」
私は空を見上げます。
雲ひとつない、快晴の空。
迷いなんてものも、いまの私の中にはありません。
「やりたいこととは、なにをしたいかと定めることは、わざわざ取り決めるものではないのかもしれないと、そう思うのです」
「ふむ?」
「今日までの歩み」
これまでの積み重ねが、先にあって。
「そういったものから、勝手にでてくるなにか。衝動や願いこそが、欲望であったり未来への展望であったりするもので」
だから、私は別段、これぞというものを決めなくてもいいのではないかと、考えるようになりました。
自分の在り方を定め、形に押し込み、全てを縛り付けてしまうには、早いような気がしたのです。
だって、解ってしまったやもしれないのですから。
「私はいま、幸せなのです」
政略結婚からはじまった、ユングバリ辺境伯領での生活は。
けれど私にとって、とても刺激的で、初めて体験することばかりで。
その中でたくさんの苦楽を経験し、そして、やさしい人に出会えたのですから。
「閣下に、出逢えたのです。これに勝る喜びはありません」
彼の手を取って、そう告げれば。
イェルハルドさまは目を大きく開いて、こちらの手を握り返してきて。
「俺も、きみに出逢えたことが嬉しい。この感情は、きみとおなじ〝しあわせ〟だろうか?」
「そうであってほしいと、私は切に願います」
「アンリ」
そっと。
彼の無骨な手が、私の頬を撫でました。
あたたかで、ゴツゴツとした手。
触れられることは、決して嫌ではなく。
「きみに、口づけたい」
「め――面と向かって言われると、その……恥ずかしいですね……。ですが、私は閣下の妻なので」
「以前も言ったとおり、きみが傷つくようなことはしたくない。突っぱねてくれていい」
「んんんんん、嫌とか、傷つくとかではなくてですね」
こう、気恥ずかしさが!
ご本人はいまいち理解していませんが、閣下ってかなりの美丈夫ですし!
「アンリ」
「ひゃい!」
ずいっと近づいてくる彼のお顔。
もう、鼻と鼻が触れあうような位置で。
彼の碧玉の瞳が私の赤い眼を射貫いて。
「愛している」
「――――」
「これは、自分で気が付いた感情だ。アンリ、俺はきみを、心から愛している。幸せにしたい。だから」
「うー」
なんて積極的なアプローチ。
私は子どものようにむずがった挙げ句、目を閉じました。
だって、もうほっぺたとか耳とか真っ赤なんです。
色々と限界で、これ以上はあれで。
私は。
こくんと、頷きました。
唇に、熱が灯ります。
優しい口づけ。
ただ、互いの存在を確かめ合うだけの、ふれあい心を育むためのキス。
「……痛かったか?」
焦ったような閣下の声。
それは、私が涙をこぼしてしまったから。
「いいえ、いいえ」
私はしずかに頭を振り。
ゆっくりと両目を開いて、微笑みました。
「嬉しかったのです、心が溢れてしまうぐらいに」
「――――」
「……イェルハルドさま」
ギュッと、抱きしめられます。
今度は全身で、互いの熱が交わります。
私の心臓の音が。
彼の心臓の音が。
ドクンドクンと早鐘を打つそれを、二人で感じ取りながら抱擁を交わして。
……私と閣下の関係は、政略結婚からはじまりました。
これからも、貴族としての婚姻関係は続いていきます。
けれど、あるいはきっと。
このドキドキは。
甘酸っぱさは。
いまだからこそのもので。
「イェルハルドさま」
「ここにいる」
「私も、ここにおります」
お互いに、もう一度見つめ合い。
瞳にいくつもの感情を宿して睦み合って。
「私たちは、恋愛できたのでしょうか?」
「……確かめてみよう」
もう一度、私たちの影が重なります。
ああ、きっとこれが、これこそが。
いまの私が、したいことだったのでしょう。
ずっと欲しかった、幸せなのでしょう。
だから。
「愛していますよ、閣下?」
「もちろん、俺もだ」
何度でも、私たちは確かめるのです。
お互いの存在を求めながら。
いつまでも、この幸福な日々が続くことを。
たくさんの艱難辛苦を超えて。
辿り着いた今日を、明日を。
そこに慎ましやかな、日々の幸せがあると信じて。
私は、これからも頑張ります。
ユングバリ辺境伯夫人――アンリ・ユングバリとして!
お家存亡のため、ヒトの心がわからない辺境伯さまとやらに無理矢理嫁がされましたが、毎日一緒に過ごしていたら情緒が未完成なだけだとわかったので一緒に内政を頑張ります。ところで実家、私が居なくても大丈夫? 終
It's so happy day 了




