第三十二話(後):悪を退治しよう
俺達は魔術師の案内で砦を安全に移動したが、最後は外と通じる広場を通らざる得ない。
門は既に閉じられており、攻城兵器でも無ければ開きそうに無い。
見える限り、広間に居る男達は数十人。
四つの高楼には弓を持った見張りが二人ずつ居て、広場のどこでも自由に狙える。
常識で考えれば、そこを突破するのは不可能だ。
「君に聞きたい事があるよ、オーク君」
右足が義足の老人は、戦士達に守られながら砦の入り口でそう話し出した。
広間の中央で仁王立ちする、俺に向けて。
「まずは君の名前を聞こうか?」
「サッキモ同ジ事ヲ聞イタダロウガ」
「アレは私の影武者でね。改めて、是非聞いてみたい」
偽物が居るなら、本物も居るという事だ。
「マルコ」
俺の言葉に、満足そうな顔で頭目は頷く。
どうやら無愛想なのは影武者の性格だったようだ。
「ではマルコ君、影武者にも同じ答えを返しただろうが、もう一度聞きたい」
「断ル」
「では死ね」
矢が一斉に放たれた。全部で八本ッ!
目前の二本を手刀を落とし、一本は外れる。
空中に飛び上がって三本をかわし、残る二本が俺の腕と足に刺さった。
くっ、流石に四方八方からでは、全部回避するのは無理か。
「ムグッ」
砦の一角から、フィーオの掻き消された悲鳴が微かに聴こえた。
全く、アレ程に何があっても声を出すなと言ったのに。
思考を進める暇も無く、次の八本が続け様に襲い掛かって来た。
俺は来ていた外套を激しく振るって、その多くを払う。
だが、やはり三本が俺の身体に刺さった。
「ムゥ……ッ」
「よし、撃ち方止め」
高楼の弓兵達が矢をつがえたまま、動きを止める。
「大人しくなってくれた所で、マルコ君に特別なお知らせだ」
「ナンダヨ、クソ野郎」
「君の愛しい姫君は、この私が預かっている。意味が分かるね」
姫君?
誰の事だ、想像もつかない。もしかして人違いじゃないか。
「君が私に従うなら、彼女の命は保証しようじゃないか」
「他ノ物ハ失ワレル、ト言イタソウダナ」
「うむ。君の誇り、勇気、姫君との平穏な生活」
平穏な生活……やはり彼は俺と他の誰かを勘違いしているな。間違いない。
「また姫君の人生は諦めて貰う。なに、高貴な方の元でペットとして暮らすのだ」
「フム」
「豚小家でむさ苦しく生きるより、余程にエルフとして充実した生き方だろうさ」
ああ、コイツは駄目だな。
きっと影武者には「自分のかく在りたい理想」を演じさせていたのだろう。
悪党が自伝やエッセイを書けば、それなりの物が仕上がるのと同じだ。
どんなに着飾っても、現実のコイツは、やはりただの『クソ野郎』なのだ。
「と、頭目っ! 大変です」
「どうした?」
駆け寄る男に、頭目は鬱陶しげに返事する。
顔が真っ青な男は、慌てながら報告した。
「エルフ娘が居ませんっ。あと捕まえてた人間の捕虜も……」
「なにぃ?」
集団がざわつきを始めた。それを静める事も出来ず、頭目が俺を睨みつける。
ははっ、随分と間抜けな連中だ。わざわざ俺が囮になる理由も想像できない。
戦術的発想や指揮の原則が全く出来ていない。
これで分かった。コイツ等は単なる『兵隊ごっこ』なのだ。
「敵ヨリ早ク多クヲ知ル。勝利ヲ定義シ、任務ノ達成ヲ評価スル」
これらを全く出来ていない。だから俺の目的を分からないし、後手に回る。
目前の『餌』に食いつくのが必死で、大魚を逃がすのだ。
「くっ殺せっ! このクソ野郎を殺せぇぇー!」
三度、弓が俺に向けられた。
五本の矢を受けた俺は、これを避ける事など出来ないだろう。
頭を庇う俺の全身に、八本の矢が深く刺さった。
終わりだ。
「普通ナラ、ナ」
「兄貴ィ! 準備が出来ましたぜ!」
砦の奥からヌケサクの声が響く。
それによって全員の注目が彼の方へと集まった。
果たしてそこにあったのは、大砲を構えるヌケサクの姿だ。
「いくぜぇぇー! マキシマムレベル・シューーーーッ!」
ヌケサクの大砲が火を噴いて、砦の門をぶち破る。
周囲に居る戦士たちも悲鳴を上げて、空の人となって飛んで行く。
おーおー、死んでなきゃいいけど。
「マルコッ! 早く逃げてぇ」
フィーオの声が届いた。
大砲の裏で、魔術師に腕を引っ張られながら俺に向かって叫んでいる。
そんな彼らに、高楼からの弓が向けられた。
「風のもの来たれ! ミサイル・プロテクション!」
魔術師の呪文が発動し、風の精霊の働きで矢が全て反れていく。
それらは一発も当たること無く、そしてヌケサクの大砲を止める事も無い。
狂える竜の如き唸り声が響く度に、広間で炎の巨人の燃える足跡が刻まれていく。
統率の取れていない歩兵は、重砲の前に無力であった。
「俺とこの大砲は五人兄弟だぁ! 武器が勇者を作り、勇者を死へ導くっ!」
「ちょ、ちょっと! マルコが居るんだから、手加減しなさいよ!」
「最高だぜ、シャーリーンッ!」
大砲の連撃で、そこから狙える高楼が三つ吹き飛んだ。
弓兵が泡を食って逃げ出すも、その爆発の衝撃で気絶した。
「弓は駄目だ、獲物を手に取れ! 突っ込めぇー!」
逃げる者は逃げ、怯える者は戦意を喪失しつつも、武器を手にするのは二十人を越える。
「オークはぶち殺したんだ! 大砲の奴らも地獄に送れ! エルフは捕らえろ!」
俺の上を跨いで通って行く戦士たち。
一団が過ぎた瞬間、俺は跳ねるようにして起き上がった。
男の一人に、俺は全力の正拳突きを背後から放つ。
骨の折れる感触を苦々しく思いながらも、身体は自動的に別の敵へ蹴りを放っていた。
動きながら二本の矢を抜いて、俺はそれらを残る高楼の弓兵へと次々に投げる。
「げぇ!」
「うがぁ!」
左右に肘打ち。怯んだ一人の腕を掴んで、別の群れに投げつけた。
姿勢を崩した一人に腰から体当たりし、連鎖的に転倒させる。
その中央にまた別の男を投げ、一気に数人が気絶した。
殺到する人数を半減させて、俺は大砲の前で、皆を守るべく拳を構える。
「ば、ば、化け物……」
「鬼だ、こいつはオークなんかじゃねぇ。鬼だっ!」
「一斉に掛かれぇ!」
頭目の掛け声で突撃する男達の攻撃を避ければ、後ろのフィーオ達が危ない。
俺は、それらを敢えて避けずに背中で受けた。
俺の全身を剣や槍が貫く。胸から刃先が幾つも飛び出した。
「嘘だろ……兄貴ィ!」
「いやぁ! マルコォ!」
二人の絶叫と、目を見開いて驚く魔術師の顔。
口や胸から溢れる熱い何かが、俺の意識を失わせようとした。
だが……。
「悪イガ」
俺は胸から飛び出た槍の柄を掴んで、そのまま固定する。
背後で「抜けねぇ!」という男の声を聞きながら、上半身を全力で横に回転させた。
「うわあぁあ!」
槍を持った男の身体で、そのまま周囲の戦士たちを薙ぎ払う。
やがて手がスッポ抜けたのか、槍の男は外壁まで飛んで気を失った。
背中から槍を抜くと、俺の身体の傷がみるみるうちに消えていく。
数秒もしない内に、血の一滴も流れないようになった。
「マ、マルコ……」
「俺ハ、ホボ不死身ナンデナ」
唖然とするフィーオ達。
俺の異常な姿を見て、敵の方も流石に動きを止めていた。
身体を縛るのは、畏怖という二文字の感情である。
「ヌケサクゥ! 撃テェェ!」
「は、はいぃぃ!」
静止する男達の周囲に大砲が弾着する。
士気が完全に失われた今、彼らに抵抗する力は残っていなかった。
「化け物だぁあー! 助けてくれぇぇ!」
「待てお前たち、正義を、正義を守らんかぁ」
「うるせぇ! 死んでまで守る正義があるかよぉ!」
「戦争が起こるのだぞ!」
「今が、戦争だ! 逃げなきゃ殺される!」
頭目を押しのけて、砦の出口へと殺到する男達。
混乱に後追いさせるべく、ヌケサクには四方八方へと大砲を撃たせた。
もはや狙うまでもない。相手の心を打ち砕けば、それで戦いは終わる。
何年にも渡って作られたであろう、堅牢なエルフ狩りギルドの砦。
その砦が空き家になるまで、僅か数分も掛からなかった。
* * *
人気が無くガランとした砦。
逃げ出す兵に押し倒されて気絶した頭目を、俺達は縄で縛っていく。
その最中に、老人は目を覚ました
俺とフィーオ、ヌケサク、そして魔術師の四人がそれを囲む。
「どうするかね? 私を殺すか。それとも衛兵に引き渡すか」
「後者ダ。報イトシテ、罰ヲ受ケロ」
「私を裁いても、次のエルフ狩りギルドが生まれるだけだ」
「需要ヲ生ンダ顧客情報ガ有レバ、モウ商売ハ上ガッタリニナルサ。買イ手ガ無クナル」
頭目のやっていた事は、人間社会でも明らかに犯罪だ。
また犠牲となったエルフ達を救う為にも、彼の情報は役立つだろう。
殺してしまえば、それが永遠に失われる。
「戦争阻止を否定し、司法取引は肯定するか。都合の良い野蛮な連中だよ、貴様らは!」
「正義ヲ自称スルオマエニ、一ツ言ッテオコウ」
ある一面を否定や肯定しても、全ての事象に対して、それらを適用するとは限らない。
だからこそ状況に応じた多様な種族、多様な国、多様な法、多様な社会が生まれる。
「都合ノ良イ『野蛮な正義』モ有ルッテ事サ」
「うむ、兄貴の言うとーり!」
こいつ、たぶん何も分かってねぇな。まぁそれでも良いのだ。
俺はフィーオを救いたかった。
正義の組織が相手であろうとも、このたった一つの目的は揺るぎない、それだけだ。
「戦争で大勢が死ぬぞ。オマエも死ぬ。守ろうとした物、全てを焼き尽くされろ!」
呪詛を吐いた頭目に、魔術師がスリープ・クラウドの魔術を掛ける。
抵抗も出来ずに、老人は険しい顔のまま夢の世界へと旅立った。
たぶん悪夢だろうなぁ。
「コイツは俺が街にまで連れて行く。ついでの用事にな」
「魔術師だけには任せられません。俺も同行しますよ、兄貴」
「頼ンダゾ、ヌケサク」
「ふんっ、勝手にしろ」
二人はそう言って、ヌケサクが頭目を背負った。
その身体が宙に浮いていく。
「うぉぉぉ!」
「じゃあな、マルコ。師匠の保釈金も手に入ったし、もう会う事は無いだろうさ」
「ソウカ……達者デナ」
彼らの姿が空に消える中で「墜落するー! 頭目、君は何処に落ちたい!?」と叫ぶ声。
どこでも騒がしい男である。
俺はさっきから無言のままのフィーオの手を引っ張り、抜け殻となった砦から出ていく。
ある程度歩いたところで、少女は足を止めた。
「ドウシタ?」
俺の掛ける声で、フィーオが肩をピクッと震わせる。
そして、泣き出しそうな目で俺の顔を見つめた。
「マルコ、どうしてあんな無茶をしたの?」
「別ニ無茶ジャナイ。見テノ通リ、俺ハ不死身ダ」
フィーオは首を横に軽く振って「違う、違う」と呟き、俺に縋り付いた。
「大砲を奪えるよう、対話で隙を作るだけだって言ったじゃない!」
「影武者ハモウ少シ冷静ダッタガ、予想ヨリモ敵ガ馬鹿デ失敗シタ」
「私達を守る時だって、自分から敵の攻撃を受け止めて……」
「ダカラ、俺ハ不死身ナンダ。チョットシタ事情デナ」
「馬鹿!」
少女の頭を撫でて、その暖かさを感じる。
血が通い、生きている。一歩間違えれば失われていた暖かさだ。
「エルフ狩リギルドハ存在シナイ、暫クハダガ」
「……」
「マタ敵ガ生マレタラ、ソノ時モ守レルダケ守ル。安心シロ」
「……」
やれやれ。
俺は、自分の腕を触ってみた。
もう傷も何も残っていないが、やはり血が通って、暖かい。
俺も生きている。
「……分カッタ。モウ無茶ハシナイ」
「本当っ?」
フィーオがパッと明るく俺に笑い掛けた。
全く、自分の思い通りにならなければ、こうやって拗ねる。
子供の特権である。
「アア、自分ヲ顧ミナイ戦イ方ハシナイ」
「よぉしっ。約束だからね、マルコ!」
この子もこの子で『正義』とやらがあるのだろう。
譲れない正義がぶつかった時、どちらかが譲歩する。
今回は、俺よりもフィーオに軍配が上がったな。
そういう事なのさ、頭目よ……お前は勝負の席にすら居なかったのだ。
フィーオがタタタッと森を駆け出す。
少女は振り返って、木漏れ日を浴びて輝く顔に、精一杯の愛らしさを持たせて微笑んだ。
「私達の森に帰りましょ、マルコッ!」
第三十二話:完
大砲の歴史を調べると、色々と面白い事がたくさん知れます。
初期型は全く火力が無くて、ただ驚かせる為に使われた大砲。
強いけど旋回させられず、結局は据え置きにして定位置にしか撃てなかったり。
電車で運ぶ超大型を作るも、一万人の人員を必要とし結局お荷物になったり。
でも大砲は味方にした時、心揺さぶる力強さを受けます。それも大砲の戦術価値なんでしょう。
それでは、楽しんで頂けたなら幸いです。ありがとうございましたっ。




