第九話:おやつを作ってみよう
薄暗い小屋の中、二人の瞳が煌々と輝く。
奥では丸い球体が、一心不乱に何かを見つめていた。
「ジェンガの塔が沈黙しました。フィーオ様、如何がいたしましょうか?」
「面白い。あのマルコと言うオーク、どこまでやれるか見てみようではないか」
「承知……」
「ウルセェ、黙ッテロ」
俺は震える手で、ジェンガのブロックを一つ抜こうする。
ジェンガとは『小さく細長いブロック』を長方形に積み上げていった玩具だ。
それを崩さぬよう一本一本抜いていく遊びで、崩した者が敗者となる。
ヌケサクという元野盗の人間と、フィーオというエルフの少女。
この二人に誘われて遊んでみたのだが、これが意外に面白い。
しかし楽しんでいたのも中盤まで。今は一本抜くのも場がピーンと張り詰める。
「マルコったら、そんなに指先を震わせて……何を求め彷徨うの?」
「オマエヲ……崩ス」
「兄貴、崩したら負けです」
分かっとるわい。
しかし、もう殆ど抜ける場所が無い。唯一の点を俺は慎重に引っ張っていく。
ヌケサクとフィーオも瞳を震わせながら、グッと息を飲む。
「ヨシ、モウチョットデ」
「「ブヒヒィ&ふんごー((まさかの時のスペイン学級裁ばぁぁぁん))」」
小屋のドアを勢いよく開けて、オーク二人が飛び込んでくる。
元野盗の三馬鹿、その残りのピッグとポークだ。
「ブヒヒィ(お前たちの罪は二つ。豚を殺した、豚を食った、羊になった)」
「ふんごー(三つ、三つだっ。そんな君達にスペシャルなオシオキを用意しましたっ)」
「ブヒヒィ(オシオキは……乗馬マシンーーーっ)」
二人はゴロンと横に転がり、腹の上をポンポンと叩く。
そしてフィーオに「さぁ、上に乗ってくれ。ダイエット感覚でっ!」と声を掛けた。
「……行ケ、ヌケサク落下傘部隊」
「御意。ねじりん棒も突っ込んでおきますね」
「「ブヒヒィ&ふんごー((ああっ、いやぁ! エクストリィムゥゥ)」」
ピクリとも動かなくなったオークを小屋の外に履き出す。
そして振り返ると、フィーオは崩れ去ったジェンガを指差していた。
「アンタの負け」
「理不尽ダッ。ヤリ直シヲ要求スルゥッ」
ニヤニヤ笑うフィーオは、俺の訴えを無視して勝利の宣言をするのだった。
うぅ……なんてこった。
まぁ罰ゲーム自体は大した事じゃない。負けた事が悔しいのだ。
「てな訳で兄貴が今日のおやつ当番ですね。頑張って用意して下さい」
「ハイハイ、分カッタヨ」
ヌケサクから背負い袋を渡されて、俺は小屋の外に出ようとする。
そこでふと思いつき、フィーオに話し掛けた。
「オマエハ留守番カ、フィーオ」
「あったり前じゃない。せっかく勝ったのに、わざわざ面倒な事したくないもん」
「ソウイヤ、鍾乳洞ニ行ッタ事ハ無カッタヨナ?」
「鍾乳洞?」
「涼シクテ綺麗ナ鉱石バカリノ、ソレハ面白イ洞窟ダ」
フィーオのエルフ耳がピンっと跳ねる。
ふっふっふ、食いついて来たな。所詮は子供よ。
勿体ぶりながら、俺は言葉を続けた。
「オヤツハソコニ保存シテルンダ。一緒ニ行ケバ観ラレルノニ、ソウカ行カナイカ」
「ふ、ふん。そうやって私に勉強させるつもりでしょ? 騙されないんだから」
「甘イ湧キ水モ出ルノニナァ」
「えっ? なにそれ飲みたい」
少女は目をキラキラさせるが、持って帰る頃には甘さが消えてしまうのだ。
悔しげに顔を赤くしてムッツリしていたが、やがて声を上げた。
「分かったわよっ。私も一緒に行けば良いんでしょ」
はい、釣れたー。
そんな俺とフィーオのやりとりを、ヌケサクが微妙な笑みで見守るのだった。
* * *
森を歩いて数十分、そろそろ鍾乳洞の付近だ。
本来はサンゴ礁などの傍の山や台地に出来る地形で、山の無い森に出来るのは珍しい。
そしてこの鍾乳洞は、地下へと潜るような構造となっている。
ひんやりしているので、非常食などの保存に俺は利用していた。
「ねぇ、まだ着かないの?」
「モウ少シダ。鍾乳洞ハ逃ゲタリシナイ」
「そんなんじゃなくて、歩くのが面倒なんだってばぁ」
物凄い不満の篭った顔で、頬をぷっくりと膨らませている。
やれやれ。俺は頭を振って、先へと進むよう促す。
ブツブツ言いながらも、仕方無くフィーオは俺の前に出た。
その身体が俺の前に来た瞬間、ひょいっと持ち上げて高い所から景色を見せてやる。
「うわぁ。本当に洞窟だぁっ。綺麗……」
少女の眼下に広がるのは、剥き出しの石灰岩が生む大きな洞窟の入り口だ。
岩肌は森の木漏れ日を浴びて、青や赤、緑など様々な色で乱反射している。
あたかも巨大な万華鏡の中に入り込んだかのような、そんな景色だ。
「マルコ、早く行こうよっ。早く早く」
両手で持ち上げる俺の腹を、フィーオは足の裏でドンドンっと蹴った。
さっきまでこの世の終わりみたいな顔をしていたのに、この調子だ。
中に入ると、そこはもう既に肌寒いくらいの冷気が漂っている。
天井の石灰岩から染み出した水滴が、ツララに沿って床へと滴り落ちる静かな音。
そのツララの柱が木々の如く乱立し、まるで石の森に見えた。
「戦い忘れたエルフの私には怖いよ、マルコ。静か過ぎるし、寒いし」
「安心シロ。俺ガツイテイル」
「でもマルコだけじゃ駄目よ。あと八人の戦鬼が居なきゃ」
何の話だ。
まぁここは生物の気配が全く無い、不思議な洞窟だ。
ある意味では死の荒野と呼べなくも無い、奇妙な怖さがある。
「うぅ……マルコ、ヌケサク、ポークにピッグ。最大でも四匹しか居ないわ」
まださっきの話を続けるのか、この小娘。
怯え震える表情で、鍾乳洞をキョロキョロと見回す。
「特徴、マルコ火を噴く。ポーク火を噴く。ピッグ火を噴く」
全員同じじゃねぇかよ。
少し怯えがちなフィーオの手を引っ張り、俺は奥へと進んだ。
太陽の光が入り込み難くなり、流石に薄暗くなって来る。
暗闇が支配する手前で、俺は立ち止まった。
「ウム、ココダ。ソノ壁ニ立テ掛ケタ木ノ板ガアルダロ」
「これの事?」
言いながら、フィーオはそれをゴトッと動かす。
奥は空洞が広がっており、中央に布を被せた箱が幾つもあった。
それぞれ『保存食』『非常時』『一時保管』などと書かれたプレートが張ってある。
「もしかして、これ全部をマルコが一人で用意したの?」
「備エハ大切ダ。ドンナ時デモ対応出来ネバ、一年ヲ越スノモ難シイ」
プレートに『シイの実』と書かれた箱を見つけて、その蓋を開ける。
そこにはドングリが山ほどギッシリと詰められていた。
「わっ。こんなに沢山のシイ、どうするの? 食べるの?」
「二言目ニハ、ソレダナ……マァ食ベモスルガ」
俺はそれを一摘みする。保存状態は良好のようだ。
だがやはり幾ら選別してても、虫が入っている物も幾つか見られる。
小屋に戻ってから取り分ける事にして、ひとまずザザッと袋に詰めた。
それらおやつとして持ち帰る分とは別に、もう一摘みを大きめの革袋に入れる。
「サ、次ニ行クゾ」
「えー、まだ歩くのぉ。もう疲れて、ばたんきゅ~しそうだよ」
「ハッハッハ、元気出セ。甘イ水ヲ飲ミタクナイノカ?」
それを聞いて、自分がなぜここまで来たのか思い出したようだ。
フィーオは「飲みたいっ!」と言って、俺の身体を保存室から押し出す。
全く、現金な奴だ。
* * *
洞穴の暗がりを慎重に進む。
すぐに、ちょっとした林ならば丸ごと入る程の空間へと出て来た。
足元の先は崖のように切り立っており、その底は湖が広がっていた。
「もしかして、この先もずっと湖なの?」
「ソウダ、コレハ川ニ繋ガッテイル。強イ水流コソ無イガナ」
ここより更に地下の水脈となって走る川。
そこから湧き出して溜まったのが、この地底湖だ。
「へぇー。でもどうしてマルコがそんな事を知っているのよ」
「ソレハナ」
パシャン、と水の跳ねる音。
俺は素早く身構えると、音のした方向に視線を向けた。
フィーオは俺の後ろに隠れて、既にブルブルと震えている。
この子はもう少し、胆力と実力を身に付けさせてあげないといけないな。
少女を背に守りながら、俺は目を凝らした。
「……来ルゾ」
暗闇をタッタッタッと勢いよく跳ねる何かの音。
俺を無視してその横を駆け抜けると、背後のフィーオに飛び込んだ。
「キャアッ」
倒れるフィーオの胸に乗っているソレ。
俺はその生物をヒョイッと掴んで、少女を自由にしてやった。
「グググーッ」
「ヨォ、元気ソウジャネェカ」
返事をするのは額に宝石を埋め込んだ、猫くらいの大きさの生物。
カーバンクルだ。
「グー」
「何、久シブリダカラ、飛ビツク相手ヲ間違エタ? 嘘吐ケ、コノスケベ」
「ググー」
カーバンクルは兎のように伸びた耳を折り曲げて、フィーオを指した。
「流石ダナ、ヤハリ知ッテタカ。ソウ、エルフ族長ノ娘ダヨ」
「グッグー」
「ダヨナァ、ハッハッハ」
「ちょ、ちょっと待ってよマルコ。貴方、コイツの言葉が分かるの?」
フィーオが混乱した様子で俺に問う。
分かる訳じゃない。コイツの言葉は、基本的にグーしか話せない。
だが、意思として『伝えたい内容』が脳裏に入って来るのだ。
「俺ガコノ鍾乳洞ニ詳シイノモ、コイツガ教エテクレタ事デナ」
「ふぅん、私には全然分からないけど」
「一人ずつしか話せないらしい。ほら、ちょっと相手してみな」
俺はカーバンクルをフィーオに手渡す。
自由になった手を使って、背負袋に仕舞ったシイの実を取り出す事にした。
「こ、こんにちわー」
「グー」
「あ、なに言ってるか分かる。おもしろーい」
「ググー」
「え? そ、そうかしら。でも社員が声を当てるなんて、当時は珍しく無いし……」
「グッグー」
「分割商法じゃなくて、あくまでファンサービス的な雑誌風の展開であって」
「グー」
「盗作問題なんて末端ユーザーに関係無いじゃない。そんな事言うのは卑怯よ」
もう良いわよっと、俺にカーバンクルを押し付けてくる。
やたらフィーオが不機嫌になってしまったが、何の話をしてたんだ、こいつら。
そんなカーバンクルに、シイの実の入った革袋を見せる。
中身を転がして出すと俺は「湖水と交換してくれないか?」と頼んだ。
本当はカレーライスが好物らしいが、別にコレでも構わないらしい。
「ググー」
カーバンクルは袋を咥えてパシャンっと飛び込むと、すぐにまた戻って来た。
その袋に、水がタップリと入っている。
「ヨシ、楽シミニシテタ甘水ダゾ。飲ンデミロ」
「ふんっだ。あんな奴の入れた水なんて飲みたくないもん」
「誰ガ入レテモ同ジ味ダ。気ニセズ飲メ」
渋々と袋を手に取ると、フィーオは一口飲んだ。
その口を離さないままゴクゴクと喉を鳴らし続け、革袋はぺったんこになる。
「不味い、もう一杯」
「ハイハイ、オ嬢様……」
二度三度繰り返した辺りで、ようやくフィーオは満面の笑みで満足した。
お礼のシイの実を食べるカーバンクルを見ながら、俺も甘水を飲む。
「でも、本当に不思議な甘さ。なんかトロッとしてる気もするし」
「森林デ濾過サレタ地下水脈ト、鍾乳洞ノ雫ガ一部融ケ合ッタ味ダ」
「えぇ。じゃあ私って、洞窟の石を飲んじゃったの?」
「イヤイヤ、ミネラル成分ダケダ」
首を傾げるフィーオに、詳しく説明するのはまた今度と言った。
それに水の甘さを感じるのは、身体の疲れも影響している。
ここで飲まなければ、案外に普通の無味な水となってしまうのだ。
「邪魔シタナ、カーバンクル。マタ来ルヨ」
「グッグー」
「もう二度と来ないからね。ふんっだ。のーみそかちこちバンクルー」
ベーッと舌を出すフィーオに、カーバンクルも負けじと舌を出す。
仲良くなるかな、と思いきや予想外の結果となってしまった。
年頃の子供の友達作りというのは、なかなか難しいものだ。
* * *
「炒メ過ギテ、弾ケナイヨウ気ヲツケロ。大怪我スルゾ」
そう言って、俺は小屋の調理場にある鉄板の上でシイの実を温めていた。
おやつとして作っているソレを、興味深そうにフィーオは見つめる。
シイの実は軽く炒めていれば油が出て来て、表皮が黒くなったら完成だ。
出来上がった物を皿に移すと、カンカンカンッと小気味の良い音が響く。
「面白そう。私にもやらせてよ」
「良イゾ。気ヲツケテナ」
火の番をフィーオに任せて、俺は背中を伸ばす。
俺たちの周りではオークのピッグとポーク、人間のヌケサクが車座で話し合っていた。
「浪漫、天外、トリオ……これら三つのカルマはブラックポーションでも減らせんな」
「ブヒヒィ(でも天外って、アーカイブ版だと銀蝿食わされた事になってましたよ)」
「ふんごー(何ぃ? そんな改悪があって良いのかよっ。言葉狩り反対だ、反対)」
相変わらず分からん連中だ。
温まったシイの実の入った大皿を、フィーオは皆の中央に置いた。
「ブヒヒィ(え? 今日は皆、シイの実を食っていいのか?)」
「アア、シッカリ食エ」
「おかわりもあるわよ」
「ふんごー(うめっうめっ)」
「すみませんねぇ兄貴。ブタになったまま姫を助ける方法教えましょうか?」
「ソレ、地下帝国デ詰ムダロ」
「いやそれがですねー……」
雑談に花を咲かせつつ、シイの実の殻を砕いて、やや狐色になった中身を齧る。
ほんのりとした甘さは栗よりも薄いが、ホクホクとした味わいは美味いの一言だ。
「マァ、コノ程度ノオヤツナラ、イツデモ用意デキルサ」
「だとしたら、毎日でも食べたいわ。ピッグ、おかわり入れるわよー」
「カーバンクルトモ会エルナ」
「それはお断り。あらポーク、おかわり遠慮しないで。今までの分たっぷり食べなさい」
そう言ってフィーオは、ヌケサクやオーク達にザラザラと実を足していく。
喜んで口に運んでいく三人。
……なんか俺の作った分より、量が増えてないか?
俺は嫌な予感がし、振り返って調理場を見る。
虫が入った穴のあるシイの実。それを避けた皿が、どこにも無かった。
「オイ、フィーオ。アノ皿ノ中身、マサカ」
「うわぁあああ! ドングリの中から、む、虫がぁぁぁ!」
「ふんごー(口の中でシャッキリポンっと虫がぁぁぁぁ)」
「ブヒヒィ(これより毒虫訓練を始めるっ。被験者は俺。あぁぁああっ)」
「……ん、私? このお皿は穴空いて無いのにしたから平気よ」
阿鼻叫喚の渦の中、平然とシイの実を食べ続けるフィーオ。
うん、こいつは真性のクズだな。
フィーオにとって必要な事。
それは社会勉強や情操教育よりも、もっと単純な『常識と思いやり』かもしれない。
などと考えつつ、俺は自分の皿に穴の空いた殻が無いか嘆息して調べるのだった。
次からは現地で選別しよう、そうしよう。
第九話:完
タフガイ一択。(発狂)
それはさておき、私はグーなアレの某鏡餅版も遊んでました。
でも地下の滑る床トラップがどうしてもクリア出来なくて、満点採れず。
……アレ、クリア方法あるんでしょうか? もしや仕様という名の(じゅげむ)
それでは、楽しんで頂けたなら幸いです。ありがとうございました!