9話
アクセルを回すたび、轟く豪快なエンジン音。
ジナたちを乗せた魔導バイク───『スレイプニル』は、順調にメローペから西へ、ネビュラ帝国領までの道のりを駆け抜けていた。
巨兵山脈を眺め、鼻歌を歌うクラリス。
風を受けて、爽快感に浸るジナ。
時折すれ違う馬車に手を振り、さらに風を切る。
街道の景色が矢のように過ぎ去っていく。
このまま行けば、今日のうちに国境が見えてくる。
先生に会えば、ペルセポネーにつけられた傷について、分かるかもしれない。
『人でなくなったのなら、雲上に手が届くと誇りなさい。超越者然として傲慢でありなさい。同時に怪物にならないよう力を持つ者の責務をたたき込んでやる』
魔術・仙術の先生───イヴァンナ・アン・サリバンは、一切の容赦なくジナにそう告げた。
『あなたがすべてを失ったとしても立ち上がれる術といっしょに』
最後の言葉は、先生の親心なのだろう。
あの人の師弟愛は、少々ツンデレ気味だった。
「はねっかえりが」と懐かしい声が脳裏に蘇り、ジナは小さく笑った。
◇◇◇
バイクを走らせていると、向こうの方が騒がしい。
トラブルでもあったのだろうか。
ジナはブレーキをかけ、バイクの速度を落とした。
ゆっくり近くまで行くと、目に飛び込んできたのは馬車の列。数台が立ち往生していた。
何かあったのか、立ち尽くす商人風の男に聞いてみると、先頭の馬車の車軸が折れて動かせなくなっているらしい。
「これでは、今日中に帝国に着けない」と言って、男は嘆いていた。
ジナは男に礼を言って、クラリスの所へ素早く戻った。
「話聞いてきた。馬車が壊れて、道を塞いでるってさ」
「迂回する?」
「うーん」
バイクなら街道を外れて、進める。だがジナたちは、そこまで急いではいない。
少し悩んで、ふたりは様子を見てから決めることにした。
「前の方、ちょっと見に行ってみようか」
「そうね」
バイクを引いて、歩いていくと人が集まっている。聞いた通り、一台の馬車が横転しており、派手に積荷が散乱していた。
これでは馬車が通れるようになるまで、かなり時間がかかるだろう。
頭を抱える商人、ため息をつく旅人。
皆、ほとほと困り果てた様子で立ち尽くしていた。
「馬車は通れないけど、バイクなら素通りできそう」
「周りの人には、悪いけど抜けちゃう?」
ふたりのほかにも、歩行者は悲惨な馬車を横目に通り過ぎていく。
「ジナ、やっぱり助けてあげてくれない?アレ、うちの商会の馬車みたい……」
クラリスが指さしたのは、幌に描かれた『ヴァンシュタイン商会』の紋だった。
◇◇◇
街道の復旧作業を手伝っていただけなのに、まさかこんなことになるとは。
集まった商人を狙う盗賊たちが、ふたりを取り囲む。
夜闇が蔓延る世界では、暗がりに紛れるような人には言えぬ家業が幅を利かせるようになってきていた。盗賊もその一つ。
各地の治安は悪化の一途を辿っていた。
「いい感じに集まってるじゃねぇか」
罠だと気づいたときにはもう遅い。
「死にたくなかったら金目のもん全部出せ!」
商人の護衛も武器を構えるが、数が多くてしり込みしている。
武器を持たない者たちは、皆震えながら物陰に身を潜めるしかなかった。
「おい見てみろ、この女!二人ともべっぴんじゃねぇか」
「金目のもん出して、そこで服を脱げ。そうすりゃ、可愛がってやるからよ!」
「上手に腰を振れたら、生命は助けてやるよ」
ギャハハ、と下品な笑い声が響く。
「クラリス、一本銃借して」
魔銃を受け取ると、ジナは躊躇なく引き金を引いた。
「てめぇ、なにして───」
無慈悲な発砲音が響き渡る。
喚き散らす男を無視して、ジナは容赦なく頭を撃ち抜いた。
「ゴミの話に聞く価値があるの?」
転がる死体に、駆け寄って何やら叫んでいる。
ジナが処分したあの汚物は、盗賊たちのリーダーだったようだ。
頭がいなくなれば、あとは騒ぐだけの有象無象。
ジナはゴミを見るような目をしながら、腰のレイピアを抜いた。
クラリスも剣呑とした表情のまま、二丁の魔銃を構える。
ふたりの迫力に怖気づいた盗賊たちは、案山子のようになっていた。
ジナが地面を蹴り、ふわりと舞う。
レイピアは吸い込まれていくように盗賊の胸や喉を貫いていく。
銃声が鳴るたび、盗賊が倒れ伏す。
急所を正確に撃ち抜き、近づく者は銃身で殴り倒す。
ジナとクラリスに次々とやられて、盗賊たちはどんどん数を減らされていき、商人の護衛たちの加勢で大勢が決した。
残った盗賊たちは諦めたように自ら武器を捨て、大人しく地面に膝をつく。
クラリスに下卑な視線を向けていた不埒な奴らは、念入りに成敗した。
アソコを踏み潰して、二度と悪さできないようにしてやった。
商人や護衛の人は引いていたが、ジナは一向に構わない。これも恋人と世の女性の安全のためなのだから。
盗賊退治がひと段落し、ジナは魔術で荷物や壊れた荷車の撤去の手伝いを再開させた。
作業をしていると、一人の男がこちらにやってくるのがわかった。
男は、どの商人よりも身なりが良い。
似合っていない高級そうな服に、ごてごてと宝石を身に付けている。
かなり大柄で、商人より剣闘士の方がしっくりくる。
「いやあぁ、本当にお強い。盗賊が現れたときは、生命の覚悟をしましたが、あなた方のおかげで命拾いしました」
諸手を挙げて、媚を売る姿がどうにも胡散臭い。
クラリスも同じことを思ったのか、目も合わせず、素っ気ない。
「あなたは?」
「あっこれは、これは失礼。申し遅れました。ヴァンシュタイン商会のモリスと申します」
男は顔を引きつらせながら、何とか体裁を保とうと躍起になっていた。
「そう、ヴァンシュタイン商会の……」
ジナはクラリスの態度に、違和感を覚えた。
ヴァンシュタイン商会は、クラリスの実家。だというのに、なぜこんな冷たい態度をとるのだろう。
「……それは、何よりね」
そう言い放つと、魔銃を腰のホルスターから抜いた。
急にどうしてしまったのだろう。ジナはクラリスの思わぬ行動に、目を丸くする。
銃を向けられたモリスと名乗る男は後ずさり、慌てて両手を上げて膝を折る。
「ひぃ、お助け!!」
悲鳴を上げて、助けを求めるモリスの胸ぐらを掴むと、クラリスは身の毛もよだつような甘い声で、ゆっくりと囁いた。
銃をモリスの顳かみに押し当てながら、はっきりとわかるように。
「お前・は・だぁれ?」
狼狽えるモリスの喉が鳴る。
静かにふたりを見守るジナ。
「だっ、だから私はヴァンシュタイン商会のモリスと……」
震えながら、クラリスを見つめるモリス。
こいつは大男のくせに、やたらと気が小さい。
王侯貴族も相手取るヴァンシュタイン商会。そこに名を連ねるのは百戦錬磨の商人たちだ。この情けない男に到底、務まるとは思えない。
クラリスは男に魔銃を突きつけたまま、ため息を吐いた。
「じゃあ質問を変えてあげる。私がわかるか?」
「いや、えっ、どこかでお会いしましたかな?」
男はクラリスの質問の意図が理解できず、しどろもどろになる。
蔑むような目を男に向けると、クラリスはさっきよりさらに大きなため息をついた。
「はぁ……じゃあ自己紹介してあげるわ。私の名は、クラリス・ヴァンシュタイン。ヴァンシュタイン商会の会頭の娘よ」
ガチャリと、魔銃の撃鉄を起こす。
「ヴァンシュタイン商会の会頭の娘の顔も分からないの?」
追いつめられた男は顔面蒼白。
もう逃げ場は、どこにもない。
「これが最後よ、いい?お前はどこの誰で、なぜうちの商会を騙った?答えろ!」
ついに男は地面に崩れ落ちた。
クラリスは男にゆっくり近づくと、男の髪を鷲掴みにしていた。
静かに怒りを滲ませるクラリス。
「商会の者たちはどうした!?」
「ひい」と怯えて、男は嗚咽をもらした。
さすが元連邦軍情報部。尋問が板に付いている。
その後、偽モリスは立ち往生しているふりをして、道を塞ぐ囮役として盗賊団に雇われてたことを白状した。
奴は意外と強情で、クラリスに足と肩を撃たれて、のたうち回っていた。
ジナとクラリスが駆けつけると、本物の商会の者たちは手足を縛られ、街道沿いの納屋に放置されていた。
「モリス……ジェームズ……セラまで……三人とも無事?」
「お嬢様、なぜここに!?」
「たまたまよ」と言って、クラリスは彼らの手足を縛る縄を解いていく。
三人の無事でよかったと、ジナはほっと胸をなで下ろし、クラリスもセラと抱き合い、涙を滲ませていた。
「お嬢様、申し訳ありません。大切な商品に馬車まで盗賊どもに……」
クラリスは、モリスの言葉を制して首を振る。
「それはお父様やお兄様が考えることよ。私はあなたたちが生きててくれただけで、十分よ」
「お嬢様」
「お嬢様……」
「クラリス様……」
三人はクラリスの言葉に膝をつき、涙する。
セラに至っては、女神でも見るような表情だった。
良かった、良かったと、ジナは商会とグレゴリーに魔術で紙を鳥にして飛ばした。
商会には三人の迎えを、軍には盗賊のアジトを潰してもらうためだ。




