8話
メローペ軍病院施設が、何者かにより半壊。
患者、病院関係者の多くは、意識不明。
現場は騒然とし、駆けつけたグレゴリー少佐も青い顔をしていた。
病院でのペルセポネーとの一件は、新聞の一面を飾る立派な大事件だ。
「軍はテロの可能性も考慮して調査中だって。私、テロリストになっちゃうの?」
「大丈夫だから。ゴールドスタイン大佐とグレゴリー少佐にもちゃんと話をしたんだから」
「すっごく、怒ってたケドネ」
ペルセポネーの挑発に乗り、暴走したジナ。
恋人のクラリスに手を出すと言われて正気を保てなかった。
やりすぎは良くなかったと、ジナは改めて反省する。
だが決して、後悔はしていない。
何万、何億と同じ場面に遭遇しても、同じことをする自信がある。
クラリスを傷つける者は赦さない。それが最強種だろうと関係ない。
この手で殴り倒す。
手をもがれたら、蹴り飛ばす。
四肢をもがれたら、這ってでも喉を食いちぎる。
首を落とされたら、目線で呪い殺す。
跡形もなく焼かれたら、霊体になって祟ってやる。
霊体を滅ぼされたら、転生してやり返す覚悟だ。
最強種は首を切られても、首だけでもって敵に向かっていくような生き物だ。公式の記録にも記されている。
「本格的に国外脱出を考えなきゃ……」とジナは新聞を握りしめ、穴が開くほど見つめていた。
「連邦と戦うことになったとして、ジナは私が守るから!」
「私もクラリスを守るよ!」
クラリスは政治と外交の力で、ジナは武力と互いに拳をコツンとぶつけ合う。
そうならないように根回しはした。
「お母様からよ」
クラリスが手渡してきた手紙。封蝋には群星連邦の紋章が入っている。
ということは、クラリスの母としてではなく、連邦政府の長としての手紙ということになる。
ジナは恐る恐る封を切った。
『神霊への対応はジナさんに一任します。』
中には走り書きで、そう一言綴られているだけ。
「えっ?これだけ?」
封筒を逆さに振っても何も出てこない。
秘密の暗号も───
なさそうだ。
クラリスは頭に手をやって、ため息をついた。
何とも頭が痛い。ジナもクラリスとまったく同じ気持ちだった。
どこかで見ているのだろう。
ペルセポネーが笑った気がした。
「これって丸投げってこと?」
「まぁそういうことね」
事実上、政府からペルセポネー関連の全てを委任されたのだ。
◇◇◇
街を行く人の表情はどこか暗い。
雑踏も沈みがちで覇気がない。
ペルセポネーとの戦いからもう2週間経つ。
陽の昇らない日々は、人の心と身体を毒す。
(私がどう動くべきか……)
今いる街角のカフェテラスも客足は少ない。
「コーヒーを楽しむ気になんてなれないよね」
「ここのコーヒー、おいしいのにね」
クラリスの横顔にも陰りがさす。
このコーヒーのように苦い敗北。
カップに注がれた砂糖とミルクのような甘い女神の誘惑。
戦うか、手を取り合うか。
小さな風がジナの前髪を弄ぶ。睫毛に降りる微かな霜。
ミルクで造られたデュランタの氷華。
花言葉は『あなたを見守る』───。
また笑う声が聞こえる。
冬の女神の悪戯だろう。
「氷の花?綺麗ね」
無邪気にはしゃぐクラリスの髪に添えられた氷の花の名前はスノードロップ。
花言葉は『あなたの死を望む』───。
背筋が凍るようなメッセージを平然と送り付けてくる悪辣さには舌を巻く。
そっとテーブル越しに身を乗り出して、恋人の頭にある花飾りを取り上げる。不思議そうなクラリスをよそに、ジナは、そのメッセージを力いっぱい握り潰した。
パラパラと散る氷の欠片。
「甘いのが好き?苦いのが好き?私は甘いものが好き」と女神が囁く声がした。
暗に手を取れと告げてくる。
思いっきり髪をかきあげ、ジナは深く息を吸う。
落ち着かなければ、また同じことの繰り返しだ。ジナは自分にそう言い聞かせ、冷静さを保つ。
相手は最大限の譲歩をみせたうえで、こちらの弱みもつついてきている。
譲歩は飴で、クラリスを使った脅しがムチだ。
ペルセポネーとの契約にはカグヤも条件付きでなら賛成していた。契約を結べば、少なくともクラリスの安全と太陽の問題は解決する。
ジナはデュランタの花も握り潰したうえで、ペルセポネーに改めて語りかける。
(契約をしてやってもいい。ただし、一発殴ってからだ)
やはり、クラリスにちょっかいをかけようってのが、どうしても気に食わない。遺恨を残さないためにも決着をつける道をジナは選んだ。
(ふふっ、貴女のそういうところ好ましく思っているわ)
ジナは勇者でも、英雄でもない。
結局は世界の行く末なんてどうでもいい。
でも、身内が傷つけられるのは我慢ならない。
(やるの?やらないの?)
(いいわ。傷が癒えたら、死者の都に来なさい。待っているわ)
(首を洗って待っていなさい!)
(ええ、今度こそ雌雄を決しましょう)
その言葉を最後に、ペルセポネーとの繋がりが途絶える感じがした。
少しスッキリとした表情でジナはアイスになったコーヒーを飲み干した。
「ジナ、なんか嬉しそうね」とクラリスが首を傾げた。
「今、あのクソ女神に宣戦布告してやった」
清々しい笑顔でとんでもないことを口にする恋人に、クラリスから「ふぇ?」と間抜けな声が洩れる。
「怪我が治ったら死者の都プルトへ行って、ペルセポネーと決着をつけるわ!」
「まったく、あなたは……」
お説教をしてやりたいが、ジナが人間を辞める決意したときに、何があってもついて行くと決めている。惚れた弱みと諦め、クラリスはジナを好きにさせることにした。
◇◇◇
これからの方針について話し合い、ジナたちはメローペから出ることにした。
軍病院の一件で、ゴールドスタイン大佐に睨まれてしまったらしい。
グレゴリー少佐に聞いたところ、大佐は行動制限を課したがっていたようだが、上層部が却下したらしい。
苦肉の策が隠れての監視だった。
四六時中、見張られてるのは決して気分がいいものではない。
国境を越えて、ネビュラ帝国領へ。
動けるようにはなったが、ペルセポネーから受けた傷の治りが極端に遅い。
カグヤ曰く、「呪詛の類か、冥府の瘴気による汚染か」とのこと。だがカグヤも専門外で、詳しいことは分からないらしい。
三人で話し合った結果、当面の目的はジナの傷を治癒できる者を探し出すこととなった。




