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特異点、脱獄する


 あの見張り役が言っていたように、秘密収容所というだけあってかなり広い。

 地下を掘って作った蟻の巣のようだ。ジナが監禁されていた部屋のほかにも無数にある。

 鎖に繋がれた捕獄たちが、部屋の数いると思うとゾッとする。

 獄卒を恐れてか、施設の中は恐ろしく静かだ。

 時偶、鳴る金属が無機質な地面と擦れる音。


 囚人たちが息を殺し、こちらを窺っているような気配がする。

 脱出するためにも、もう少し詳細な施設の情報がほしい。

 ジナは180度ぐるっと首を動かし、目に止まったのは『1077』と書かれた部屋。

 

 「ここでいっか」


 耳を澄ますと扉の向こうから微かな衣擦れの音がする。

 中に誰かいるなら丁度いい。色々喋ってもらおう。

 見張りにやったように隔たりの向こうへジナは、瞬き一つせずに鋭利な視線を向けた。

  

 「なにこれ!あっ、頭の中にッ!」


 ガチャガチャと派手に拘束を鳴らして暴れる標的。

 気が狂ったような悲鳴は、随分と幼い。

 まだ成熟しきらない甲高い叫び声が部屋内に響くと、ジナは眉に深い皺を寄せた。


 「うるさい……」


 突き放すように吐き捨て、ジナは缶切りのように魔力を脳に捻じこみ、精神をこじ開けていく。

 蓋が開いたら、あとは無防備な中身を好きにできる。

 

 「あっ、あっ、あっ……やだ。助けて、私が消えちゃう……助け……」

 

 自我が侵されていく恐怖にみっともなく啜り泣き、しきりに哀願を繰り返す声が扉の隙間から洩れてきていた。


 ジナは心底どうでもいいという顔で、抑揚の少ない淡々とした口調で質問だけを投げかける。


 「ここは?どんな施設なの?」

 「あっ、やっ……お願いいたし……ます。ちゃんと、答えます……から。壊さないで」

 「嘘はだめ。わかった?」

 「はい……わかりました」


 脳を這い回り、精神を凌辱されるような感覚が一時的に止んだ。

 女は安堵の息を洩らし、冷たい金属の扉に向かって声を絞り出す。


 「こっ、ここは罪を犯した皇族や政治犯、表には出せない犯罪を隔離、管理するための場所、です……」

 「じゃあ、あなたも犯罪者ってことで合ってる?」

 「ちっ、違います……私は罪など犯してはいません。無実です……」

 「あぁ、じゃああれか。大義は自分たちにあるって信じてる人たちだ」

 「だから違うんです。私は国を裏切ってなどいません。思想犯なんかじゃありません」

 「なら、なんなの?」

 「私は帝国のッ……」


 女はハッとなって、言葉を呑み下した。

 そしてどこの馬の骨ともつかない者に簡単に口を滑らせそうになった自分を恥じた。

 きっと今から、あの悍ましい感覚に苛まれて自分は消えていくことになる。


 「…………いいえ、もうこれ以上話すことはありません。痛めつけるなら、すっ、好きにしなさい」


 涙目になりながら宣言すると彼女は口を一文字に結び、薄汚れた枕に顔を埋めた。

 そのまま牢獄の中からは物音一つしなくなった。もちろん返事はない。

 静けさの中、時の砂だけが落ちていく。


 「うーっ」とジナは唸り声を上げて、激しく頭を掻いた。


 元々、拷問じみたやり方は性に合わない。

 女の人をなぶって悦に浸る趣味はない。


 「ああ、もう。わかった!私が悪かったわ」

 「……」

 「無視ってわけね……はぁ、わかりました。もう私は消えますよ」


 反応のない鉄扉にジナは少しだけ頬を膨らませ、背を向けた。

 

 (結局、なんのために連れてこられたの?)


 得られている手掛かりは『アンティゴノス伯爵』がジナの拉致に関わっているということのみ。

 

 「帝国の仕業ならここの囚人全員解き放ってやろうか」


 帝国への嫌がらせを思い描きながら、じめっとした通路の先を剣呑と見つめる。

 いやとジナは馬鹿な考えを頭を揺すって追い出した。

 そんなことをしても解決しない。

 むしろ悪化するだけだと自分に言い聞かせた。

  

 「訳わかんない!」


 踵を返すと、ジナはさっきの頑丈そうなドアを思いっきり蹴った。

 物凄い音を立てて、くの字にひしゃげた扉は部屋の中の壁に突き刺さる。

 

 「ひぃ」と女はベッドで丸く小さくなっていた。 


 真っ暗だった房の中に光が差し込む。


 「ほら行くよ」

 

 半ば無理やり首根っこを掴んで女を中から引き摺り出す。手足に鎖や重りがジャラジャラぶら下がっているが関係ない。

 理不尽な膂力で自由への妨げをねじ切り、粉砕する。


 「なっ、なにを……」


 こんなに光を浴びるのはいつぶりだろう。

 女は恐る恐る顔を上げた。

 まだ目が明かりに慣れておらず、華奢な輪郭が揺れるのがぼんやりと映る。


 「分厚い鉄の扉を簡単に蹴破り、私を軽々と運んでしまう。あなたは一体……」

 「通りすがりの歴史学者」

 

 その声は最初よりも随分と血が通っていた。

 それによく通る涼しげな声。


 「歴史学者ですか?ゴリラではなく?」

 「すり潰されたいのかな?」


 ジナに凄まれ、「すみません……」と言って、女はすぐに口を閉じた。


 「助けてくれてありがとうございます。あの、私……」

 「別に名前、無理して言わなくていいから」

 「でも……」

 

 「イオナ」

 「えっ?」

 「あんたがいた部屋、1077号だからイオナ。そう呼ぶから。いい?」

 「はい……」


 少し呆気にとられながら、イオナは頷いた。


 「さっきの衝撃で誰か来るかも。イオナ、できるだけ静かに、さっさとここを出るよ」

 「えっ!?きゃあ」

 

 イオナを肩に担ぎ直すと、ジナは地面を蹴ってぐんと加速する。

 出口の見当はついていないが兎に角、上を目指す。ここが地下深い場所なら、上に行けば出口があるはずなのだ。

 

 息を呑むイオナをよそに壁を垂直に駆け、ジナは三歩目で豪快に天井を蹴り抜いた。

 

 「えぇー!!静かには〜〜〜!!?」

 「“ できるだけ”静かにー!!」

 「雑すぎます〜!!」


 破壊の衝撃と崩落で地響き、激しく砂埃が舞い上がる。

 あちらこちらで狂ったよう警報が鳴り響く。

 帝国の秘密施設は騒然となっていた。


 ジナの考えた『さっさと』は、縦にぶち抜くことだった。

読んくれなたぬかへむ

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