何にもしてなくても、時間は過ぎていくね
ソファで目を閉じて、眠っているのか起きているのかハッキリしないようなリョウの耳にマサシの自分を探す声が聞こえ、昨夜のユウコとのことがかき消えてしまった。
来週からブロードウェイのオーディションのための渡米予定なのだが、その前に明日と明後日に短いドラマの撮影が入ったと興奮気味のマサシがリョウに短い台本を渡してきた。
その30分ほどのミステリードラマの脚本では、リョウは主役の、交通事故に巻き込まれて死んだことが理解できていない大学生の幽霊の役、急遽代役、となっていた。
役者はいつも他人の人生を生々しく生きる仕事なのだが、与えられた脚本は、いつ、どのような心の状態のリョウであっても役の仮面を付けることを要求され主役となると容赦はない。
ユウコが死んでしまってから自分はいったい何人の人生を演じただろうか、と、めずらしく過去を辿ってみたリョウは、
せっかくユウコと話が出来たのにそのままの空気に浸ることなく予定に無かった次の台本を憶える作業に入らなくてはならなかったことが、今回はどうしても不本意だった。
リョウが代役主役となったことで、マサシに初めての主役と絡むようなエキストラの役も与えられたことは、どちらかといえばリョウにしてみれば急の主役の割にはやり易い。
おそらくユウコがやってくれたのだろうな、とリョウが思っていると、
何も見えていないマサシの近くで幽霊のユウコが微笑んでいたのだが、
すぐ後ろでハヤトが意志無さげに頼りなく消えかかっているように見えた。
もう、幽霊のハヤトは面白そうにリョウも見ていないしユウコのことも見ていない。
リョウの身体を一本の電気が流れるように小さく胸の奥が震え、
ユウコがハヤトのようになる日も必ず訪れるのではないかと感じた。
少ないながら台詞があることでマサシは興奮しているが、
リョウは役の心の作り方に入った。
急に亡くなった大学生にとっては自分の死を受け入れて浄土に登るまでの不安と混乱の演技が必要になる。
ユウコの心情が解るような役を自分との逢瀬の懐かしさが冷めやらぬリョウに急に与えてきたのは、
現実を生きるリョウと、もう時間の流れも無くなったユウコとの境界を曖昧にしないための、ユウコの配慮だったのかもしれない。
ユウコ、死期を知っていたとはいえ、本当に驚いてやるせなかったことだろう。
ユウコやハヤトのようにのように、死んだ者の世界に入らず生きていた時の大切な人の傍に居続けることでどの世界にも存在できなくなってしまった幽霊は、自分を見た人間が手を合わせて心から成仏を願ってくれることで現世との永遠の別れを受け入れるのだとすれば、
リョウがユウコを引き留めているとこになる。
このまま自分が年老いて死ぬ日までずっとユウコには幽霊でいいので傍にいてもらおう、と決めていたリョウは、
ユウコは、どうしたいのか、という当たり前のことを、初めて考えていた。