(4)ジュリアーノの悲劇
「えーと、えーと、ブランドものスーツ支給で三食フランス料理付きで~時給が五千円以上の仕事と…………坊っちゃん。なかなか無いものですなあ~仕事ってのは」
リビングのソファーに身をうずめ、カプチーノのスチームを口につけたまま、ジュリアーノはドコからか持ってきた求人のフリーペーパーをめくっていた。
「そうなんだね。でも条件とか、そんな感じでいいの?」
「えーえー、そうなんですよね~条件が厳しいのかなあと、イタリア料理で時給が3千円まで下げてみたんですけどね~無いんですよねえ。あっ!」
「ん?どうした?」
「あ、ありましたー!有りましたよ!時給3千円+歩合給、スーツ支給!ちょっと条件落ちますけど、歩合給ってのが有りますからね」
「ふ~ん……こっちには、時給750円とか書いてあるけどねえ。750円って3千円より高いの?」
「坊っちゃん……しっかりしてください。お金はゼロが多いいほうがいいんですよ。750円なんてワタクシの三千円に比べれば、へ?ナニソレオイシイの?ってくらいの感じですよ」
「よくわからないけど、そうなんだ……で?その三千円ってのはどんな仕事?」
「さ、さあ……なんか、美味しいお酒を飲んでおしゃべりをするだけの簡単なお仕事です。って書いてありますけどね。貴方の能力次第で高給取りも夢じゃない!とか……」
「そう……じゃあ、ボクもそれ行ってみようかなあ」
「坊っちゃん!お酒って言ってるじゃないですか!坊っちゃんの実年齢、ワタクシは知りませんが、見た感じ、どう見ても未成年。ムリですよ!ムーリー!この国はなんだか、そういうのウルサイんですよ」
「そ、そうか……。じゃあ、ジュリアーノ……頼んだよ」
「まっかせてくださーい!ワタクシにかかればこのホストとかいう仕事でナンバーワンになることなど造作もないことですから!!!!」
「あれ?でもジュリアーノってお酒ダメじゃなかったっけ?」
そんなイヴァンの思いをよそに、その夜、早速ジュリアーノは出かけていった。そして明け方まで帰らなかった。
「ウィ・・ッス、あ、坊っちゃん、起きてらしたですかぁ~眠りこけてもらってわくわく夢気分でくれてよかったなーですのに・」
案の定、ジュリアーノは酔いつぶれて帰ってきた。らしくもなく服装も乱れている。
「だ、大丈夫かい?仕事はどうだった?」
「ん?仕事?仕事ですって?この夜の帝王、夜神彪に仕事はどうだった?と聞きますか?は?」
「ヤガミアキラ?ずいぶんとゴキゲンなようだね」
「ナンバーワンッスよ、ナンバーワン!オーナーさんが言うんだから間違いないんですからればたからねたあね…………………」
「ジュリアーノ?ジュリアーノ!」
「坊っちゃん……これ、キャビア弁当……お土産です……召し上がってください…………」
ジュリアーノはソファーに倒れ込むとそのまま寝てしまった。
そんな日々がしばらく続き、やがて給料日がやって来た。
「ぼぼぼ、坊っちゃん!やられました!このジュリアーノ一生の不覚!かくなる上は切腹いたしますデスよ!」
「ちょちょちょ、どーしたんだよ!取り乱したりして!だいたい腹切ったってヴァンパイアは死なないだろ!」
朝、ジュリアーノはまた酒の匂いを全身に漂わせ、狼狽して帰ってきたのだ。
「や、ヤツらに、汚い人間どもにハメられたのですよ!コレを見てください!」
ジュリアーノは給与明細と何かの請求書を振り回していた。
「なになに……総支給額が……350,000円……すごいじゃないか。ゼロがたくさんあるよ」
そう言われてもジュリアーノは請求書の方を力なくフルだけだった。
「請求書?ええと……ドン・ペリニヨン……60本……12,000,000円。おお!コレはもっとスゴい!」
「請求書ですよ。請求書」
「払えってことですよ!この貧乏吸血鬼のワタクシにその大金を!!!」
「え?」
「ですので坊っちゃん……ここを出て行かねばならなくなりました……」
「エエエーーーーーッ!」
「す、すみません……」
ふたりは、ほとんど着のみ着のままで屋敷を出て行くことになった。服も、車も置いて夜逃げしたのである。もちろん、ヴァンパイアの力を使えば腕力による対抗は出来たであろう。しかし、母国の後ろ盾を無くしたふたりは、僻地の日本で生きていくしかなかった。ジュリアーノはしばらくのあいだ落ち込んでいたが、イヴァンは意外にも楽天的だった。
ふたりが屋敷を去った新月の夜、ひとつの影が敷地内に侵入した。
「ちっ、感のいい奴らだわ。逃げたのね!」
千夏である。
千夏はしばらく屋敷内や庭、放置された車を見回し、鼻をクンクンとならすと悔しそうに顔を歪めた。
「昨日の雨で匂いが消えてる……コレじゃあ、どこへ行ったかわからないじゃない!でも、逃がさない。逃さないんだからね!やっと見つけたヴァンパイアなんだから、待ってなさい!」
千夏もまた姿を消した。




