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泣き虫ヴァンパイアと狼女な彼女  作者: トキノトキオ
■第一章 アライバル
3/14

(2)血


「ハァ ハァ ハァ …………」

「大丈夫ですか?坊っちゃん。すみません、ワタクシが魅了チャームの魔力を放出したばかりに……」


 人混みを抜け、路地裏に駆け込むと、ジュリアーノはイヴァンをスッと下ろした。


「ハァ ハァ …… ありがとう。ボクは大丈夫だよ。そのせいじゃないし……」

「では、いかがなさいました?」

「さっきの子が……『ヴァンパイア』って言ってたんだ……それに……」

「それに?」

「なんだか、胸の傷跡が……ひどく痛むんだ」

「ほほう。人の中にも我らを見抜く者がいる、ということですかねえ。そして、その波長に坊っちゃんが触れ、体調を崩されたと……しかし……やはり急がねばなりませんなあ。人間ごときの波長に乱されるなど、完全体でない証拠……一刻も早く処女の生き血を吸い、完全なヴァンパイアとなることです!」


 そう……彼らこそはヴァンパイアだった。

 ヨーロッパに住まう正当なヴァンパイアだ。

 その彼らがなぜ日本にいるのか?その理由は少し遡る。




 ヴァンパイヤ……彼らがいつから存在するのか……それは正確にはわからない。すくなくとも数世紀以上の歴史を持ち、人のあいだに、いや、人の上に存在していた。

 かつて……人類は驚くほどか弱くその昔には今より多くいた、怪物モンスターだけでなく、野獣類や荒ぶる荒天、疫病にもさいなまれていた。その人類をひとつに束ね、導いていくためには外敵をはねのける圧倒的な『チカラ』が必要だった。ヴァンパイヤにはソレがあった。

 彼らの前ではあらゆる疫病が無力であり、野獣も怪物も彼らの支配下にあった。彼らはたいした食事もとらないというのに、怪力の持ち主で1トンは有ろうかという大岩も持ち上げた。

 そして彼ら一族の全員が痛々しいほど整った顔を備え、その瞳に睨まれれば、女のみならず、男もその身も命もすべてを投げ出すという、強烈なカリスマ性を持っていた。

 そんな彼らにも弱点があったのだ。それは日の光でもなく、木の杭でもなく、ましてや十字架などでもなく、その不死のカラダを維持するためのエネルギー採取方法にあった。

 そうだ。彼らは人の生き血を吸う。吸わねば生きていけないのだ。。


 『血』……人類にとってかけがえのない血液は、ヴァンパイアにとって、それ以上に重要なものだった。人類が使ってる血液の成分は、せいぜい赤血球、白血球、血小板、リンパ球くらいのものだ。これらは酸素や栄養素を体中に運び、ときに異物を排除する防御の役割を果たす。しかし血液には人類が使っていない隠された成分があった。V酵素と呼ばれるこの成分は、女性にだけ存在し、その生成量は十代で最大となる。しかし、なぜか非処女となると急速に減少してしまう。このV酵素はヴァンパイアが生命を維持するのに必要不可欠なものだったが、自らの体内でこれを生成することは出来ない。必要な量は僅かではあったが、それだからヴァンパイアは人の血を吸うのだ。


 ーーー 今、その血が汚された ーーー


 実際のところ、今、ヴァンパイアの一族は絶滅の危機に瀕していた。ヴァンパイアだけに感染する謎の死病によりヨーロッパのヴァンパイア族はほとんど死に絶えてしまったのである。

 ヨーロッパでヴァンパイア達を襲った死病、それはいまだ原因不明ではあったが、感染の経路だけは分かっていた。それは…………人類の血液である。エネルギーの源、生命の源であるはずの人類の血液の中に魔の病原菌が潜んでいたのだ。


 ある日突然、ヴァンパイアは死の伝染病によりつぎつぎと死にはじめた。

 人より遥かに長い寿命を持つ彼らは、優れた知識と知恵を持っていたが、その叡智を結集して原因を探リ出すより早く、その人口は激減してしまった。

 残された学者達がかろうじて探り当てたのは、病原菌は人類の血の中にあることだった。そして、ヴァンパイアの王にのみ備わるという能力『支配』により、病の根源をを抑えこむことができるだろう、ということだった。

 ヴァンパイア達はその解決策の知らせにまず狂喜し、すぐに絶望した。この半世紀の間、ヴァンパイアを統べる王は不在だったのだ。さらに王となるべき資格を持った純血種のヴァンパイアこそが、まっさきに死病に倒れたのだ。

 しかし、多くのヴァンパイアが絶望していると、ある者がとある言い伝えを思い出した。『本家の城の地下深く、高貴なる血の者が眠っている』と。同時に、言い伝えでは『彼の者を起こしてはならない。起こせば我が一族に災いをもたらすであろう』とあった。

 しかし……ヴァンパイア達には選択の余地などなかった。そうしてその棺は掘り出され、まだ、汚染されていない島国、日本へと送られたのだ。棺のままで。

 そう、その棺の中に眠っていたヴァンパイアこそ、イヴァン・D・ヴェルフォードだった。しかし、その心臓に突き刺さった杭を引き抜き、封印が解かれた時、イヴァンは弱り切っていて、その記憶の大半が消失していた。それだからなのか、イヴァンは弱々しく、女性に拒絶反応を示し、生き血を吸うことを拒んだ。だから、その身体はなかなか回復しないままだった。

 イヴァンは死病から逃れ、完全復活を果たし、王として一族をその手で救うために日本にやってきたのだった。


 ヴァンパイアは肉体の細胞が死滅しても1年間は生きている。

 その間に復活の儀式を行えば蘇る。

 しかし、今、ヨーロッパからヴァンパイアの姿が消えてから、およそ半年ほどが過ぎていた。




「わかってるんでしょうね?坊っちゃん!」


 一族の復興のためには、イヴァンが完全体となり、ヴァンパイアの王となる必要があった。だから、残された数少ないヴァンパイアのジュリアーノも執事としてだけではなく、教育係も兼任していたのだ。


「しかし……ジュリアーノ、キミも難儀な性格だよね。魅了チャームの魔力なんて使わなきゃいいのに……」


 イヴァンも頭では分かっていた。しかし、その話題となると話をそらしてしまう。


「う、うるさいですよもう!使いたくて使ってるんじゃないんですから!じ・じ・じ・蕁麻疹が出たじゃないですか!もう!あのメスども!ところかまわず触りまくってくれちゃって!」


 ジュリアーノは服の上から手やら足やらをかきむしった。


「一族の誰よりも強い魅了のチカラを持っているのに、対人恐怖症だとか……ほんと、意味ないよね」

「だ、誰が対人恐怖症ですか!坊っちゃんと一緒にしないでくださいよ!」

「一緒でしょ。ま、ボクは女性に限定した恐怖症だけどさ」

「一緒ではないです!ワタクシは醜いモノ恐怖症なのです!」

「だから一緒だってば」

「だーかーら一!緒じゃないですよ!それが証拠にほら!坊っちゃんならこうして抱きしめることが出来ますから!」


 ジュリアーノは背後からイヴァンを抱きしめた。


 ピッキイィィィィイイイイ

   ガッ ズドォーーーーン


 イヴァンの目が赤く光ったかと思うと、突然世界が暗転しジュリアーノの頭に雷が落ちた。


「い、イヤですねえ坊っちゃん。じょ、冗談ですのに。何もカミナリ落とすことないでしょう。死にますよ?普通は」

「普通じゃないから大丈夫だろ」

「まあ、何と言っても我々はヴァンパイアですからねえ」

「ただのヘンタイだろ」

「ヘ・ン・タ・イ?ま、まあ、確かに変体しますよね。犬歯とか……ハッハッハ。って、坊っちゃんは何で女子から離れるとそんな強気になるのですか?」

「う、うるさいよ。それこそ良い面の皮だよ」

「何言ってるのかサッパリですが今日はもう帰りましょう。日が暮れたらヤバイですから」

「あ、ああ……夜はボクらの魔力を増大させてしまうからね。望むと望まぬにかかわらずさ。ジュリアーノのチャーム垂れ流しだけはカンベンだし」

「坊っちゃんは単純に夜が怖いだけでは?」

「ウルサイよ!」


 ふたりは車に乗り込み、都心から小一時間ほど離れた場所にある、すこし、いや、かなり寂れた洋館へと帰っていった。

 そしてその洋館に車が入ってゆくのを、ジッと見る影があった。


「見つけた……ついに見つけたわよ」


 それは、さきほどの少女……千夏だった。

 千夏はどうやって車に追いついたのか……息も切らさずに洋館の前に佇んでいた。


「でも……今夜は満月。このまま外にいるワケにはいかない……ああ!もう!なんてツイてないのよ!」


 千夏は、赤く染まり始めた空を見上げると、悔しそうに顔を歪めた。

 静寂があたりをつつみこみ、洋館に灯りが灯る頃、少女の姿はもう無かった。


 やがて、夜が音もなく降りてきた。



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