ねこみみです
なんとか、投稿。書いてはあるのですが、遅れてどうもすいません。なるべく、一週間以内を目標にしたいです。
丸い小さな惑星。青々とした水に満ちた惑星の周りには一つの太陽と一つの月。
北半球には扇のような形をした半円型の大陸が一つあるだけ。大陸の沿岸部はなだらかな土地が広がり、中心部に向かうと大きな山脈が根を張る。
この大陸には、人と魔物が住んでいる。
魔物は数が少なく、大陸の北のとある山脈に暮らしている。逆に人は数多く、大陸中を覆い尽くしている。人は沢山の国に分かれていて、絶えず争いを止めることはない。
魔物が住む山は昔、聖地と言われ崇められていたという。『魔物信仰』によって。
今は鎧を着て鉄兜を被った、大砲引き連れた人間が大勢訪れる。ただ、一度もその侵攻が成功したことはない。
山脈の麓に魔物を統べる王の城は立っている。下には城下町が坂に沿って斜めに存在し、白い建物が山の付け根から谷間まで覆っている。山の頂上には大きな湖があって、そこから町に水が引かれて、生活の中心となっている。
かつん。かつん。
綺麗に磨かれた石の廊下を硬い足音が響く。その後ろを十歩ほど後ろから軍服を着たフレデリックが追う。洗濯はされていたが、染み付いた血やドロはそう簡単に洗い流せない。
火傷がまだ痛いので歩くたびに顔をしかめている。
城の中は閑散としていた。フレデリックは部屋を出てから今まで誰一人として会っていない。魔物の気配も無い。
軍人として数多くの紛争地域に出て行き幾つかの修羅場を潜り抜けていくうちに、フレデリックには生き物の気配や殺気などが、なんとなくだが感じとれるようになった。五感に例えるなら嗅覚に似ていて、うっすらとしたものから濃密なものまで区別がつく。魔物の匂いが濃いこの場所ではあまりあてにはできないようだが。
―――会いたいってわけじゃないけど。
そう言いごちて、前に視線を向ける。黒い軍服を着た女軍人が前を歩いている。その背中は全く警戒をしていないようだった。むしろフレデリックが何かするのを待っているようにも見えた。その瞬間、腕の一つや二つは飛んでいるかもしれない。魔物にとってすれば、人間になど注意を払うまでもない、ということなのか。
とりあえず、今のところフレデリックは何かをするつもりはなかった。怪我もあるが、今は敵の手中にある状態で、迂闊な行動は出来ない。
フレデリックは魔物を殺すことに躊躇いはなかった。
ニコという魔物の少女を思い出して、フレデリックは首を振った。どうしてか、あまり考えてはいけない気がした。
人に害をなす存在に躊躇うことなど、ないはずだ。不必要に殺す必要はないという話なだけで。
――なあ、俺をこれからどうするつもりだ。
と、問いたくなったが、口から出ることはない。
女軍人は答えないだろうし、もし答えたとしても、フレデリックにはそれを判断できない。いかなる答えだろうと拒否権はない。また、女軍人が正直に喋っているかどうかも分からない。つまり意味がない。
今、何も信じてはいけない。魔王が待っているとは言ったが、そんなもの実在するかもわからないのだ。
フレデリックはどこか他人事のようにそう思った。
魔王。ローラシア大陸で赤子から老婆まで誰もが知っていて、しかし誰も見たことのない。
だというのに誰もが、その存在を恐れられている。
その姿は異形だとか、身の丈がオークよりもある大男だとか言われているが実際はどうか。
フレデリックの故郷ロディニアでは、魔王は竜の姿をしていて一晩で街を焼き尽くす化け物だと教えられ、子供心に恐れを抱かせる。
そうまで行くと逆に実感できないものだ。
目の直ぐ先に魔王が待っているなどと、まるで御伽噺のようだ。だが、フレデリックは勇者などではなく、軍人だ。軍人は理想よりも現実を理解しなくてはいけない。
さて、何故俺が生かされたのか。これは、一番良く分からない。
仕官クラスの人間ではあるもののフレデリックは叩き上げの実戦部隊に長く所属しているので内部事情に疎いので、敵側に優位な情報はほとんど持っていない。
フレデリックは何度目か、心の中で首を傾げた。
これが、全く理解できない。フレデリックのそういった事情は知らずに重要そうな人物を連れてきた、という考えも薄い。
そもそも、そんな必要は無い。
魔物は、人よりも遥かに強いのだから。
大きな扉。
人の背丈の優に三倍以上はあるかという巨大な扉の前にフレデリックは立っていた。天井自体とんでもなく高く、それと同じぐらい高い。全体的に青を基調とした装飾がなされており、少し薄暗い廊下と合わせて雰囲気がある。
扉の前には二人の魔物。どちらも若い男の姿で、暑苦しそうな前時代的な鎧を全身に纏っている。魔術加工されている鎧。成る程、兵士の見張り驚くほど警備が薄いらしいこの城の中でも、ここが重要な場所であることが窺える。
兵士は隣の女軍人を見るや、勢い良く姿勢を正した。
「「お疲れ様です、ヘル様!」」
「ああ。魔王様は、大丈夫だろうな?」
一人が代表して言う。
「ええ、特にお変わりなく」
「そうか、見張りご苦労」
兵士二人は、報告をしながら後ろにいる人間が気になるようで、居心地の悪い視線にフレデリックはさらされていた。
好意的な視線とはいえないが、ヘルと呼ばれた女軍人や、ニコのような大きな感情はあまり見て取れない。例えるなら、珍獣を見るような目つきだ。
「へえ、これが人間」
報告していない方の獣耳の兵士がぼそっと呟いた。
「――では、引き続き頼む」
「「了解しました」」
二人分の好奇な視線が背中に刺さりながら、フレデリックはヘルと共に扉の前に立った。
「魔王様、連れて参りました」
ノックと良く響く声。
扉の奥からは何の声もしない。奥からは人の気配がするのだが、物音もしない。
「魔王様?」
ただならぬ気配を感じ取ったのか、ヘルが幾分か硬い声を出した。
「開けますよ? いいですね?」
ドアを開けた瞬間、冷たい風が流れ込んできた。
窓が開いているのか、山風がドアの隙間から廊下に雪崩れ込む。
広い部屋だった。部屋というよりも空間というべきで、フレデリックの本国にある大聖堂の大広間に近い、つまりとんでもなく広い。人間が百人座っても全く問題がなさそうだ。赤毛の絨毯で床は真っ赤に染まり、真っ白い壁が廊下と同じぐらいの高さまで伸びている。部屋内部を囲むようにして本棚が立ち並び、部屋の奥には大きなバルコニーがある。バルコニーは開け放たれ、藍色のカーテンが風に棚引いている。
「や、良く来たね」
本棚を除き部屋唯一の家具と言っても差し支えない千年樹を加工した執務用の机に手を置き、革張りの椅子に腰掛けている一人の魔物は、軽薄そうにそう言った。
ヘルと同じ黒髪の魔物。整った顔立ちだが少し釣り目で、まだ子供だった。
フレデリックは、こいつが魔王なのか、と思った。
隣からいきなり怒声が飛んだ。
「どこに座っているんだ貴様はッ!」
呆気に取られたフレデリックの目の前を、肩を怒らせたヘルが少年に迫る。
「お、と。どうどう。怒らないでくれ、姉さん」
ヘルの、狼の吠え立てるような唸り声に慌てて席を立つと、両手を振って弁護する。
「魔王様に命令されて仕方なく、座ってたんだ」
「その魔王様は何処に行った! お前は魔王様の見張りをしていたのではなかったのか!」
「聞いても怒らない?」
「早く言え」
「窓から街へ逃げました」
「書類はどうした!?」
「伝言があります。『魔王やめたい』、だそうで」
頭を抑えて、ヘルは心底怒りから来る溜息を付いた。浮き上がった血管が、まずい感じに痙攣を起こす。
「貴様に頼んだのが間違いだった」
「いやあ、オレは魔王様の忠実な部下だから」
少年はヘルの視線にも動じず、朗らかに笑うと、フレデリックに歩み寄った。微笑む口から犬歯が覗いた。
「初めまして、第三魔獣部隊所属のオルトだ。人間、名前は?」
「………フレデリック・フォン・ルウシュ=オラニエ」
「おお、人間の名前って長いんだなあ。あ~………」
「名前はフレデリックだけだ」
魔物はミドルネームを持たない種族だと知っていたので、フレデリックは短くそう言った。フレデリックの祖国ロディニアでは名前と両親のミドルネームの間に祖父母のミドルネームを入れる習慣があるが、それを説明する必要は感じなかった。
十代前半の少年が軍人であることは驚かない。ロディニアでもそれはよくあることだ。
「フレデリックねえ、じゃあリックでいいか。オレもオルトでいいから」
自分を親指で指して、にっと笑いかけるオルト。
なにがじゃあなんだ、とは思ったが、別に怒るようなことでもないので、フレデリックは肩を竦めるに留めた。
「ふーん」
オルトは好奇心旺盛な子犬みたいな目でフレデリックの周りをくるくると回る。
目を細め、鼻を鳴らす。そして、冗談めかして言う。
「リック、美味しそうだな。食べていい?」
「―――」
一瞬、固まるフレデリック。それを見かねたわけではないだろうが、ヘルが横から口を挟んだ。
「オルト。で、魔王様はこの後いかようにしろと?」
「へ? いや何も聞いてないけど」
「ほう、では行き先は聞いて置いたのだろうな。当然のことだが、魔王様がどこにいったかぐらいはしっかりと。この国のもっとも重要なお方だ。安全だとはいえ、兵士の一人や二人、しっかりと付けたのだろう?」
「あ」
「………」
目を細めるヘル。ゆっくりと指が剣に向かっていく。
オルトはわずかに冷や汗を流した。
「姉上。ただ一つ言って置きたいのは誰しも、失敗はあるという事実にもとづいた訓示があるのは知っていると思うけど、やっぱりそれはオレも例外じゃないってことなんだ。後、暴力ってよくないよね。 うん、よくないよ。オレはそう思うんだ」
「で、魔王様は?」
「……………ごほん」←(物凄い冷や汗)
「どうした。言ってみろ」
「―――――えへっ」
「まさか、お前……。それすらもしていないと………?」
「―――あははははっ」
ぷちん。
ギリギリ冷静さを保っていたヘルの切れてはいけない何かが、音を立てて千切れた。
「この愚弟があああああああああああああああッ!! お、お前という存在にはほとほと愛想が尽きたわッ!!」
「ごめえええええええええええええええええええええええええええええええんッ!!」
ヘルが剣を抜いた瞬間、熱風が吹き荒れ、屈んだオルトの上を通過して本棚に激突する。粉々に砕けた本と本棚の破片が当たり一面に巻き上がり、部屋中に落下。間一髪かわしたオルトは二撃目、三撃目を命からがら回避する。
「ひいいいいいいッ!!」
「待てこらああああああああああああ!!」
とんでもないレベルの兄弟げんか、というより一方的な暴力を見つつ、フレデリックは、シリアスな表情から、何だか気が抜けた顔になった。飛んでくるなんかの破片を何気に避けつつ、誰とも無く呟く。
「で、俺は何しにここにきたんだろうね…………」
答える者は居なかったが、その代わり、ズボンを誰かが引っ張った。振り返ると、琥珀の双眸がフレデリックを見上げている。
「へ、ニコちゃん……?」
いつの間にか部屋に来たのか、フレデリックの後ろに居たニコは、静かにフレデリックを引っ張った。目の前の魔力に当てられたとはいえ、全く気が付かなかった自分に呆然としつつ、抵抗せずについていく。
「きて、こっち。……………ヘ、ヘルさまにばれないようにこっそりきて」
「…………………どこ行くんだい」
「ま、魔王さまのところ」
***
城からは、案外簡単に抜け出した。元々、人口(魔物だが)が少ないのか、それともニコがあらかじめ人気(魔物なんだが)がない場所を選んだのか。門兵は、命令されていたのか、フレデリックの行動については何も突っ込まなかった。
「ちょ、ちょっと待って……!」
「?」
ずんずん前を進むニコは、不思議そうに振り返った。フレデリックは自分の傷を指差した。いい加減、歩くだけで痛い。
「すぐすむから、怪我、治療してもいいか」
ニコは、一テンポ置いて頷いた。
「は、はい。じゃあ、こっちに」
城脇のちょっと暗い森の中に入って、地面に腰を下ろす。ずくんと傷が痛んだのが分かった。フレデリックは軍服を探る。良かったコレは抜き取られていなかったらしい。
小指程度のいくつかの結晶を取り出す。
「アスクレピオスの加護を」
白い魔方陣が結晶を軸にフレデリックの指の先に一つずつ現れる。一つ一つは接触しないまま、複雑な文字が書き込まれていく。
魔術系の科目はいくつも存在するが、フレデリックが思うに、一番面倒なのは治療系魔術だ。ただ事象を起こすだけの攻撃系の魔術に比べて、人体の構造は複雑で一筋縄ではいかない。自然治癒強化ぐらいならそこまで難しくは無いが、専門的な技術と、補助の道具がほとんど必須なのは治療系魔術だけだ。
「………………」
ニコは、物珍しそうにフレデリックの魔術を凝視していた。
「面白い?」
フレデリックが問うと、びくっとして少し後ろに飛んでから、頷く。
「あ、あの、わたしたちは、あんまり、そういうこと、しないから……」
尻すぼみになる声。そういうこと、とは医療系魔術のことだろう。そういえば、さっき使った時も珍しそうに見ていたな、と思った。
なんで、と疑問が沸いたがすぐに納得した。魔物にはあんまり、必要ないことだからだ。人間とは比較にならない程の回復力を持つ魔物には。
フレデリックの包帯の巻き方がずさんだった理由も分かる。すぐに直ってしまうから使う機会がないんだろう。
「人間はひ弱だからな。こういった技術が必要なんだ」
少し、意地悪げにそう言う。ニコは首を振った。
「い、いえ。す、すごいです。まるで、魔法みたいで」
本当に感動した顔で言うニコ。
なんか、自分が酷く卑屈な人間になったみたいだ。
「ごめんなさい」
謝罪。
「?」
不思議そうな顔のニコに、曖昧に笑って誤魔化す。
治療自体は、直ぐに終わった。傷跡に指を押し当てて、それぞれの傷の軽重を図ってそれ相応の治療を行う。一つ、一つ、ニコは興味深そうに見ていた。
「よし」
大体終わった所で立ち上がる。ああ、五体満足っていいな。軽快な体が、なんだかとっても有難いと改めて思う。すがすがしい気持ちで空を仰ぐ。後はグラディウスがあれば完璧だ。
「あの、これ」
ニコは立ち上がったフレデリックに毛皮の袋を差し出した。
「これは?」
「あの、このまま町に下りると、いろいろたいへんなので、魔物にへんそうする道具が、入ってますから、付けてください」
「なんだって……!」
市街地潜入用迷彩だと、とフレデリックは内心、酷く驚いた。祖国ロディニアでさえ、潜入する機会がないという理由で未だに造られていないというのに、まさかその敵国が先に作るなんて。しかも、それをあっさりと敵に渡すとは。
わからない、魔王は一体なにをしたいんだ。フレデリックは魔王の内心が推し量れず、意図不明な物品が入った袋を、凝視する。
罠か、しかし理由が無い。
「どうか、しましたか?」
「いや………」
とにかく、くれるというなら貰って置いて損はないはずだ。フレデリックはその袋を開けた。
そこに指を入れる。柔らかい毛皮の感触。ただし冷たい。生き物ではない。そのまま、ゆっくりと腕を引き抜く。
入っていたのは。
「…………………」
フレデリックは一瞬押し黙った。そして、一旦腕を袋にしまい、もう一度見る。
「これは?」
先程と同じ質問だったがニュアンスは大分違った。
ニコはなんでもない風、というか、意図が分からないといった顔で言う。
「ねこみみです」
今日は、まとめてみました。




