第51話 質疑応答
「という事で、サミーさんとオルレアさんには教会本部に行って貰う事になったわ」
「行くって、いつから?」
「もちろん今から」
「ええ……いくら何でも急過ぎだろ」
セシルは呆れたように言った。
早朝、呪いの館のエントランス。
マリアンデールは唐突に現れると、すっかり熟睡していた人間二人と寝床に入ってうとうとし始めていた怪異たち全員を叩き起こし、リディアとの会話の内容を伝えた。
寝ぼけ眼だった面々も、たった今から教会本部へ行くだの、偽ベレンの一件に関係する事件かもしれないだの、教会本部の地下に地獄の穴があるだの、と刺激の強すぎる内容を連発されてすっかり目が冴えている。
特にサミーとオルレアの驚きぶりは酷かった。
「リディア司教補佐が、魔女……?」
怪異たちと対面した時ですらある程度平静を保てていたというのに、今回は動揺を隠す余裕もないほど狼狽えてしまっていた。
二人にとって仲間だと思っていた人間が魔女だったというのは余程衝撃的な事実だったのだろう。
ただ、「確かに思い返せば納得のいく節は多々あるが……」「そうですね。第三支部で怪異と関係がありそうな方と言えばリディア様を置いて他にはいません」などと言い合っているのを見ると、驚いてはいるものの精神的なダメージはそれ程でも無いのかもしれない。
というか正体をばらされて即そこまで言われるリディアってのは一体どんな奴なんだろう、とセシルは思った。
「それでマリアンデールさん、オルレアさんとサミーさんを教会本部へ送り込むというのは、つまりオレとサミーさんの二人で行くって事で良いのか?」
セシルはマリアンデールに尋ねた。
呪いの館の周囲には怪異が外に出ないように結界が張られている。
そして現在オルレアはセシルと交代で人形――怪異に変わってしまっている。
現状では外に出られるのはサミーとセシルの二人だけなのだ。
しかしマリアンデールは言った。
「いえ、行って貰うのはセシルとサミーさん、あとオルレアさんの三人よ」
「へ? でも結界は?」
「あれを張ったのは私だから別にどうにでもなるわ。そもそもあの結界はあなたたちと言うよりも地獄の穴から現れた連中を外に出さないための保険みたいなものだからね」
「そうだったのか……」
セシルは半ば茫然とした。
それならひょっとして、マリアンデールに頼めば外に出して貰えたりしたんだろうか。
外に出れるなら中庭に植える野菜の種類を増やしたり、他にも色々と出来ることが増えそうなんだが……。
そんな事をぼんやり考えている間にサミーが言った。
「それで、私たちは何をすればよいのですか?」
「詳しい話はリディアが計画書を作ってくれたから、それを読んでちょうだい」
マリアンデールが軽く片手を掲げると、まるで手品のように分厚い紙の束が現れた。
サミーはそれを受け取ってパラパラめくりながら内容を確認し始めた。
セシルとオルレア、そして他の怪異たちも横から計画書を覗き込む。
マリアンデールは言った。
「書かれた内容を見て貰えばわかるけど、今回の目的は教会本部に広まっている噂を消すことよ。それによって黒幕が尻尾を出してくれれば良し、出さないようなら追加で何かしらの対応を取るつもり」
「……まあ確かに、この方法なら怪談話なんて簡単に吹き飛ぶでしょうね」
ウェンドリンが計画書に目を向けながら言った。
その横でリンゲンが首を傾げる。
「しかしどうにもやり方がまどろっこしいな」
「私もそれには同感だけど、相手の狙いがはっきりしないからね。封印の扉が狙いだというのも私とリディアの予想だし、あまり強引な手は使いたくないのよ」
「むう……」
やがてめくっていた計画書は最後のページになり、全員がある程度計画内容を把握した。
マリアンデールはオルレアに言った。
「読んでみての通り、この計画はオルレアさん、というか『人形のセシル』が要になるわ。結構負担も大きくなると思うけれど行けそうかしら」
オルレアは真剣な顔で計画書を見つめていたが、やがて顔を上げると頷いた。
「はい。リディア様がやれると言うのならきっと大丈夫と思います」
「意外とあいつも信用されてるのね。まあ良い返事を聞けて安心したわ。セシル、分かってると思うけどしっかりサポートしてあげてね」
「ああ」
それから一同は計画案について気になる部分の質疑応答を行った。
サミーとオルレアは計画案の他に地獄の穴や瘴気についても質問し、その返事を聞いて真っ青になっていた。
二人は怪談話については教会にとって由々しき事態だということは理解していたが、どうしてマリアンデールやリディアが急いで対処しようとしているのかいまいちピンと来ていなかった。
しかし、もしも封印の扉が破壊されて瘴気が溢れ出す事態になれば教会本部だけでなく周辺地域の人間たち全員が死に絶える、という説明を聞いてようやく事の重大さを悟った。
「すると、同じく地下に地獄の穴があるというこの館を取り壊して交易路を作るというのも元から無理な話だったのですね……」
「理解が早くて嬉しいわ」
それからセシルがこんな質問をした。
「そういや、その教会本部って所にはうちみたいに封印の扉を守ってる怪異はいないのか?」
「いないわ。そんなのを置いてたらそれこそ怪談話になっちゃうし、むしろ怪異の常駐してるこの館のほうが例外なのよ」
「そうなのか?」
「そうよ。本来であれば地獄の穴は封印の扉で塞いでしまえばそれでもう安全は確保できるはずなんだから」
「あ、そうか」
この館には『この世ならざる者』から執拗に狙われているロレッタがいるのだ。
だから封印の扉で蓋をしても扉の隙間から黒い液体が噴き出してくるのである。
そういった存在がいなければそんな事は起こらないし、だから怪異も必要ないのだろう。
あらかたの疑問が解消されて皆が納得すると、マリアンデールは手にした杖を軽く振った。
「それじゃ早速で悪いけど移動して貰うわね」
杖に嵌められた宝石が輝き、マリアンデールの隣の空間がぐにゃりと歪み、やがて丸い穴が開く。
穴の向こうには発展した都市のような風景が広がっていた。
サミーが穴の向こうを見つめながら呟く。
「まさかこれは……アインエルか……?」
セシルが聞いた。
「アインエルって?」
「教会本部がある都市の名です。何度かいった事があるんですが、印象的な建物が多くてね」
「ご名答。呪いの館とアインエルの郊外を繋げたの。この穴を通り抜ければ映っている場所に出られるわ」
「こことアインエルを繋げた……? とんでもない距離があるはずなのに……?」
サミーがあんぐりと口を開けた。
セシルも驚いていた。
だが、マリアンデールは普段から館へ来る時も帰る時も空間に穴を開けている。
本人にとってはこの手の操作はお手の物なのだろう。
「しかし、今すぐ行くとは聞いたけど本当に今すぐなんだな……」
「ええ。バタバタして申し訳ないけれど、リディアによると今の時間帯が一番人目に付かなくて済むらしいから」
そう言うと再び杖を振る。
すると、セシルとサミー、オルレアを包み込むように半透明の巨大な球体が出現した。
何だこれ、とセシルは思ったが、それを口に出すより先に球体は三人ごとふわりと宙に浮き――そのままアインエルへの穴へ突っ込んだ。
「それじゃあ頑張ってね。何かあったら連絡して」
手を振りながらそう言うマリアンデールの姿を最後に目の前が真っ白になる。
そして気が付いた時には、セシルたちは空き地らしい殺風景な場所に立っていた。
通って来たはずの穴は既に影も形も無い。
空は高く、雲一つ無い良い天気。
どこかから鳥の鳴き声が聞こえ、風が心地いい。
セシルにとっては久々の外の世界だった。
※ ※ ※
「……それでここ、どの辺なんですかね」
「大丈夫、私はこの辺りは前に通った覚えがあります」
「では道案内はサミー様にお願いして宜しいですか?」
「ああ、任せておきたまえ」
セシルたち三人は辺りを見回しながら話していた。
オルレアはセシルに抱きかかえられている。
人形が一人で歩いている姿を誰かに見られたら騒ぎになりかねないからだ。
「しかしまさか、行ってきますって言う暇もなく放り出されるとは。余韻も何も無いな……」
「余韻?」
オルレアが見上げて尋ねる。
セシルは少しがっかりしたように首を振る。
「いやあ、外に出られるのって久々だったもんだからさ。もう少し心の準備とかしたかったなって思って」
「あら、セシルさん外に出たことがあったんですか? ウェンドリンさんからは館の怪異はずっと館で暮らしていると聞いていたんですが」
セシルはギクリとした。
オルレアはそんなセシルを不思議そうに見つめている。
セシルは自分の正体をオルレアには明かさないと決めたのだ。
余計な疑いを持たれるのは避けなければいけない。
「あ、いや、うん。オレは怪異の中でも例外なんだ。だから色々と変わってるんだよ。ハハハ……」
セシルは慌ててそう言いながら笑った。
そして急いで話題を変えるために、先程から気になっていた建物を指差した。
「そ、それでサミーさん、あれがオレたちの目的地でいいんですか?」
「そうですね」
サミーは頷いた。
セシルたちが目を向けた先には白い石壁の巨大な建築物がそびえ立っていた。
ここからはかなり遠いはずだが、それでも見上げる程に高い。
建物の天辺には鐘が吊るされ、その周囲には精巧な女神像の彫刻が並んでいる。
この距離からでも視認出来るのだから鐘と女神像も相当な大きさだろう。
「あれが私たちイリス教徒の総本山。第一支部である教会本部ですよ」




