第52話 いざ教会本部へ
「オーウェン枢機卿、お時間宜しいでしょうか!」
唐突に扉を叩く音が室内に響き、何やら慌てた声が聞こえてきた。
室内にいた老人は書類へ向けていた目を扉のほうへ向けた。
「入りたまえ。鍵なら開いているよ」
そう答えるなり勢いよく扉が開き、老人の部下である修道服の男が入って来た。
随分急いで来たらしく苦しそうに肩を上下させている。
「……お、お忙しいところ申し訳ありません、オーウェン様」
「なに、構わんさ。普段は冷静な君がそこまで慌てているということは余程のことなのだろう。一体何事だね?」
オーウェンと呼ばれた老人は相手を落ち着かせるため普段以上にゆっくりと語りかけた。
相手にもそれは伝わったらしい。胸に手を当てて呼吸を整えたあと、それまでよりは多少落ち着いた語調で事情を話し始めた。
「実は、教皇様にお目通りしたいという者たちが訪ねて来ておりまして」
それを聞いてオーウェンは俄かに眉を寄せた。
「はて。本日はそのような予定は無かったと思うがね」
「その通りです。ですが何でも火急の用件とのことで一向に引こうとしないのです。第三支部のリディア司教補佐の使いの者だそうで、サミーとセシルと名乗る二人組なのですが」
「リディア司教補佐の? ……わかった、私が会おう。ここへ通してくれ」
オーウェンは即答した。
しかし修道服の男は何か言い辛そうな顔をしたままその場を動こうとしない。
どうやら慌てていたのはその訪問者だけが原因では無いらしい。
「他にも何かあったのかね?」
「そ、それが、その者たちが警備の者に話をしていたところへ、カルセド枢機卿が通り掛かられまして……」
「カルセド君が?」
「はい。それで、目通りの約束が無いのならそんな事を許すわけにはいかない、出直して正規の手続きを踏め、とその者たちと言い争いを始めてしまいまして。我々ではどうにもお止めすることもできず……」
またあの男がトラブルを起こしているのか。
オーウェンは肩をすくめた。
「やれやれ、全く仕方ないなあの男は。わかった、私が対応しよう。正面玄関でいいのかな?」
「はい、宜しくお願いいたします」
修道服の男がホッとした様子で深々と頭を下げる。
オーウェンは手にしていた書類を机に置くと自室を後にした。
※ ※ ※
「だから何度言わせるのだ! 教皇様は大変お忙しい。突然のこのこやって来た貴様らなどにお会いするはずがないだろう!」
教会本部、正面玄関前。
馬車でも余裕で通り抜けられそうな巨大で豪奢な扉の前で、数名が言い争いをしていた。
いや、正確には、一人の男が来訪者らしい二人組を怒鳴りつけていた。
声を荒げているのは二十代後半くらいのまだ若い男だった。
しかし身にまとっている衣装は他の信者とは見た目が異なっており、教会でもかなり位の高い人間だということがわかる。
スラリと背が高く、顔立ちは整っている。その鋭い目からは知性の高さと意志の強さが感じられたが、その半面プライドの高さと神経質そうな印象も窺わせた。
門の警備たちからは先程『カルセド枢機卿』と呼ばれていた。
そしてそのカルセドに怒りの矛先を向けられているのは、どちらも一般的な修道服の二人組。
小太りで小柄な中年男と赤いドレスの人形を両手で大事そうに抱えた少女。
サミーとセシルである。
「は、はい。仰られることはご尤もです。ですがこちらも至急お耳に入れねばならないお話がありまして……」
サミーはセシルを庇うように立ちながらどうにか話を聞いてもらおうと食い下がる。
だがそれは火に油を注ぐ結果にしかなかなかったらしく、カルセドはこめかみに青筋を立ててさらに怒鳴りつけた。
「何が至急だ! 貴様らの用事などどうせ下らん事に決まっている! どうしても教皇様にお目通りしたいというなら正規の手続きを行ってからにしろ!」
「しかし、それでは時間が……」
「黙れ、例外など認めん! ただでさえ今は根も葉もない噂の為に不安が広がっているのだ。ここで規則を守らず貴様らを通したとあっては一般の信者の方々に示しが付かん!」
その信者たちが三人の様子を遠目に眺めながら若干引いた顔をしているのだが、興奮したカルセドは全く気付いていないようだった。
正門を守る警備の人間たちもどうしたものかと困り果てた顔をしている。
「大体何だ、そちらの小娘が持っている物は。この神聖なる教会の総本山にどうしてそんな玩具を持ってきた? そんなふざけた物を持っている時点で貴様らの話など聞くに値しないと判断できるだろうが!」
カルセドは苛立たし気にセシルが抱えた人形を指差した。
すると人形――オルレアがおもむろに顔を上げ、カルセドをじろりと睨みつける。
カルセドはギョッとして思わずたじろいだ。
「なっ!? ……な、なんだその人形は!?」
「はい、この人形はですね……」
サミーが説明しようとした丁度その時、教会の中から声がした。
「――騒がしいな。もう少し静かに話せないのかね」
落ち着き払った、しかしよく通る声だった。
その声を聞いた途端、カルセドは目を見張って振り返った。
「オーウェン枢機卿! どうしてこちらへ?」
「どうしてもこうしても、君が正門で騒いでいると聞いたのでね。仲裁に来たのさ」
オーウェンと呼ばれたのは杖を突いた白髪に白髭の老人だった。
恐らく六十歳はとうに過ぎているだろう。しかし体つきは年齢を感じさせずがっしりとしていて、背中も全く曲がっていない。
枢機卿、と呼ばれた通り、オーウェンもまたカルセドと同じ特製の修道服をまとっていた。
オーウェンの呆れたような表情を見て、カルセドは抗議するように言った。
「騒いでいたとは心外な。悪いのは私ではなくこの者たちのほうです」
「どちらが悪いかは私は別に気にしていないんだ。とりあえずここは私に任せてくれないか」
「オーウェン殿に? まさか、そのようなお手を煩わせる訳には参りません。ここはこのまま私が……」
「まあまあ、そう言わずに。職務に忠実であるのは君の美徳だが、時には柔軟な姿勢も取ることも必要だ。少しだけ私に話をさせてくれたまえ」
オーウェンは穏やかではあるが有無を言わせない口調で言った。
それからサミーたちに向き直る。
「教皇様にお会いしたいというのは君たちかな」
「は、はい。正確には教皇様でなくとも良かったのです。中央本部で決定権を持った方にお会いできる機会さえ頂ければ……」
「一体どんな用件だね。リディア司教補佐の使いで来たと聞いたが」
「教会本部で広まっているという悪霊の噂の件で参りました」
「おやおや。出来る限り外部に漏らすなと命令を出していたはずだが、もう第三支部にまで噂が届いてしまっているのか。これはお恥ずかしい。それで、その噂の件で来たというのは具体的にどういった用件だね?」
オーウェンは促した。
それまでと変わらぬ穏やかな表情だが、目は全く笑っていない。
サミーは緊張した面持ちで答えた。
「その悪霊の一件、私どもにお任せ願えませんでしょうか。任せて頂ければ必ずや悪霊を打ち祓ってご覧に入れます」
「ふざけるな! 私たちでさえ手を焼いているものを貴様らのような田舎者に何が出来るというのだ! 余計な事に手を出して経歴に傷が付く前に大人しく自分の支部に戻れ!」
カルセドが喚く。
だがオーウェンは相手にせずサミーに尋ねた。
「随分自信がおありのようだが、あなた方にはそれなりに勝算があるという事なのかな」
「はい」
サミーは額に汗を滲ませながらも躊躇わず頷いた。
オーウェンはじっとサミーの顔を見つめていたが、やがて笑みを浮かべた。
「わかりました。教皇様には会わせられませんが私で良ければ話を聞きましょう」
「オーウェン殿、何を言うのです!」
「なに、ここまではっきり言うのだからやらせてみるのも面白いだろう。さっき君が口を滑らせた通り、我々はお手上げの状態なのだから」
「しかし」
「それに、だ。これ以上ここで君たちに騒がれたら、ただでさえ減っている来訪者がさらにいなくなってしまいかねない」
カルセドはそれを聞いてようやく周囲からの視線に気付いた。
門番たちや一般信者たちが、怯えるような、また責めるような目をカルセドに向けている。
「で、ですが規則は規則です。このような事を許しては今後の教会の運営に影響が――」
「もし問題が起こったら私が責任を取るさ。それなら構わんだろう? そうだ、そんなに気に入らないのなら君も私と一緒に話を聞いてみたらどうだ。その上で納得できなかったのなら私ももう君がこの二人を叩き出すのを止めたりはせんよ」
「くっ……! わかりました、では私も同席させて頂きます!」
カルセドは不服そうだったが拳を強く握りしめながらそう言った。
それからギロリとサミーたちを睨みつける。
「聞いての通りだ。オーウェン殿がお前たちの話を聞いて下さる。案内してやるからさっさと付いて来い!」
「はい、ありがとうございます」
「ふん」
頭を下げたサミーたちに構わず大股で歩いて行ってしまうカルセドの後を急いで追いかけながら、やれやれ、とセシルは思った。
……教会に入るだけでこの手間となると、これからはさらに大変そうだな。
リディアの計画の為には、セシルたちは教会本部で悪霊祓いの役目を任される必要があった。
しかし、急の話だったのでもちろん事前のアポイントや根回しなどは全く出来ていなかった。
どこの馬の骨ともわからない人間が行ってやらせてくれと言っても任せてくれるはずはない。
そのため、セシルたちはいきなり押しかけて門番に「教皇に会わせろ」と無理難題を言ったのだ。
別に本当に教皇に会いたかった訳ではない。
騒ぎを起こして階級の高い人間の気を引き、こうして話をする機会を得るのが目的だった。
騙し打ちのような手段ではあるが、もし手遅れになり封印の扉が破壊されるようなことがあれば大量の犠牲者が出かねないのだから仕方がない。
最初に駆け付けてきたカルセドがまるで聞く耳を持ってくれず追い払われそうになったときは焦ったが、これでどうにか第一段階は突破。
あとはオーウェンとカルセドを上手く説得して悪霊払いの任務に就けるかどうか。
さあ、ここからが正念場だ。
失敗は許されない。
セシルは歩きながらゴクリと唾を飲み込んだ。




