【132】
宇宙軍火星本部にある総司令官室へ通じるフロアのオプティカル・エレベーターのドアが開くと、かなり硬いだろうと思われる靴音が白く磨きあげられた廊下に響き渡った。そしてそのすぐ後に3名ほどのスーツ姿の男性と、5名ほどの制服警備員が続いた。
最初の硬い靴音は3歩聞こえただけで、8名の男たちの足音に掻き消されてしまっていた。
しかし、靴音は消されてしまったものの、その集団の先頭を行く人物の姿は、続く男たちの存在さえ掻き消すのに十分な力を持っていた。
その先頭を歩く人物は空間鉄道管理局のエリス長官であり、HDのようなスラリとした長身を白いジャケットと白いスカートで包んだ、颯爽とした女性であった。
7200年代の銀河帝国におけるファッションは、高度化された管理システムの基盤の上に成り立っている社会の中で、管理者が個人を管理しやすくすることを目的に据えて決定されてきた服飾であった。なので、このエリス長官の服装は、かなり太古の昔に女性が女性らしくあるべきとされた時代における、自由かつ権力を持った女性を象徴する姿であった。
廊下の先には各部局のフロアへの自動ドアがあるのだが、1人の部下がスッと前に出てドアを開け、エリス長官は足を止めることなくドアを通過して行った。
おそらく彼女は、長官の座にも足を止めることなく到達することができたのではないかと思われる所作だった。
一行はいくつかの部屋の前を素通りし、比較的大きくて重厚なドアに向かった。
ここでは2人の部下が、手動で内側に向かってドアを開け、またもやエリス長官は足を止めることなく部屋へ入った。
「困ります!総司令官は……」
言いかける軍服姿の秘書官を、エリス長官は歩きながら睨み付けた。
前室の奥のドアも2人の部下が開け、長官は止まることなく、宇宙軍総司令官のデスクに到着した。
「なんの用かね?」
イアナ提督は執務椅子に座って仕事中だったが、部屋に入ってきた一行を認めると先頭のエリス長官を見上げて言った。
「提督、ウチのフレート・ライナー捜索の進捗状況を伺いに参りました」
長官は腕組みをして立ったまま、提督に言った。
「捜索は順調に進んでいるが?」
提督は椅子の背もたれに身をあずけ、エリス長官を見上げて言った。
「そうですか。では有力な情報はお聞かせいただけるのでしょうね」
「ああ。未だに発見されない場所にある」
長官の問いに、提督は答えた。
「おっしゃる意味が分かりませんが」
「ほお、トップキャリアの君でも分からないことがあるのかね」
「くだらない問答に付き合っているヒマはありません」
「相変わらず、手厳しいな」
「無能な軍に任せておけないということになれば、空間鉄道管理局に主導権を移していただきますが」
エリス長官は居丈高に言った。
「ご希望ならそうしてもよいが、君の求める答えは得られないだろうよ」
「どういう意味ですか?」
「空間鉄道の軌道沿線では、発見することはできないだろうということだ」
提督の言葉に、エリス長官は明らさまにムッとして見せた。
「我々の武装列車では非力だと?」
「誰もそんなことは言っとらん」
「では、なぜ、我々を否定するのですか?」
「まだ分からんのか」
「ご教示ください」
「空間鉄道の路線図内には無い。
つまり、銀河系内には無いということだ」
「………………」
提督の発言に、エリス長官は沈黙するしかなかった。
空間鉄道の軌道は、銀河系内にしかない。
武装列車が走れるのも銀河系内だけである。
空間鉄道管理局に捜索の主導権が移っても、銀河系の外には出ることができない。
提督がここまで言い切るからには、[フレート・ライナー1149号]が銀河系の外部へ持ち出された確証があるのだろう。
「分かりました。
本件はこれまで通り、軍にお任せします。
しかし、日に日に補償費が重みますので、できるだけ早い発見を希望いたします」
エリス長官は、これまでと打って代わって、提督に深々と頭を下げた。
「分かっておる。
私も早く、君の喜ぶ顔が見たい」
提督はニヤつきながら、長官を見送った。
エリス長官はクルリと後ろを向くと、またしても部下の1人が自動ドアへ急ぎ、道を開けた。
長官は部下と警備員を従え、足を止めることなく去って行ったが、一行が部屋を出る間際、1人のスーツ姿の長官の部下が提督に向き直って言った。
「提督、くれぐれもお嬢様にご助力をお願いいたします」
「分かっておる」
提督は部下に背を向けて答えた。
エリス空間鉄道管理局長官は、イアナ宇宙軍総司令官の次女であった。
「いくら銀河系内にくまなく空間鉄道網を築いたとしても、軌道の無い銀河系外までは武装列車も行かれまい」
提督は、部下の中将に言った。
「よもや、銀河系外までは予想しえなかったのでしょう」
中将は答えた。
「それが、素人というものだ。
プロの軍人に任せておけばいいものを、親子をいいことに総司令官室にまで乗り込んできおって」
提督は、顔を綻ばせて言った。
娘を喜ばせている父親の顔である。
「それはそうと、娘とは順調なのかね?」
「あ、はい。お陰様で」
提督の奇襲に、中将は答えに詰まった。
エリス長官と中将の付き合いはそろそろ1年になるのだが、このフレート・ライナー事故から少々距離が開いた感があるようであった。
「私の指揮下で列車を発見し、お嬢様にご報告申し上げます」
「その意気で頼むよ」
中将の言葉に、提督はご満悦で答えた。




