四十一話 飛竜におんぶで空を飛び
朝食の後にも拘わらず、初の収穫と言うこともあってか、ついつい食べ過ぎてしまった。蒸しきれなかったさつま芋は天日ぼし。
蒸かした芋の残りはウエストポーチに入れて弁当がわりに持っていく。
今日は地上に降りてみようと思う。翼と折れた腕が折れてからだいぶ時は流れた。もう添え木をはずしても良いはずだ。
「んー。うん。もう、動かしても大丈夫だな。これで地上に降りられるな」
「治ったばかりで、空を飛んでも大丈夫なのかのう? 無理は良くないのじゃ」
「それはそうかも知れないが早く地上に降りたい。城なしに石を持ってきてやりたいし」
城なしは城を欲しがっている。城を作るには石が必要だ。ひと月も石を拾ってきていないからしょんぼりしているかも知れない。
城なしには感情がある。城なしは物でも道具でもない。掛け換えのない家族だから、なにもしてあげられないのは悶々とする。
早いところ石を持ってきてあげたい。
「じゃがのう……」
「うーん。納得はしてもらえないか」
シノに心配掛けるべきじゃあないよな。大事をもって、もうしばらく様子を見るか。
そう考えて、今日はやめにしようとしたのだ。だがその時、ツバーシャが俺を握る手にギュッと一度力をこめて口を開らいた。
「どうしても、空を飛びたいの……?」
「そりゃあ、空が好きだからな。それに俺から空をとったら、なんも残らんし」
「そう。私も好きよ。久しぶりに飛びたい。だから、空を飛んであげても良いわよ……?」
なんという事だ。城なしに引きこもってから、一度たりとも空を飛びたいなんて言わなかったツバーシャが、大きな一歩を踏み出そうとしている。
「おお、それは助かる!」
「フン。今日はたまたま気分が乗っただけよ……」
「はー。ラビはツバーシャちゃんの背中に乗ってみたかったのです!」
あれ? これ俺の立場が危うくないか? ツバーシャがいれば俺いらないんじゃ!? ぐぬぬ。ちょっといいとこ見せねば。
いや……。
さっきツバーシャが手に力を込めたのはきっと勇気を振り絞ったんだろう。ここはツバーシャの気持ちを汲んであげようじゃあないか。
「ルグググ……」
ツバーシャが、喉を震わせ辺りに煙が立ち込める。
飛竜の姿に戻ろうとしているんだな。って、おい。手を繋いだままじゃないか!
「ま、待ってくれツバーシャ。このままじゃ……!」
うん? どうなってしまうんだ?
俺の制止の言葉も、そんな疑問も吹き飛ばすツバーシャの咆哮が放たれる。
「ルガアアアアアア!」
「お、お耳が痛いし体にビリビリ響くのです……」
「姿を変えるときは離れていた方が良さそうなのじゃ」
そうな。俺もそう思う。
手を繋いだままだった俺は、つり革に掴まるサラリーマンの様な格好で、巨大化にともなうエネルギーの暴流に飲まれ。
結果、そのまま垂直にビュンと飛ばされ頭から落下した。
「イテテ。次からは、お手てを放しておくれ……」
頭が悪くなってしまう。
ともあれ、ツバーシャが心変わりしない内に乗り込んでしまおう。
ツバーシャは、「フン」と、鼻息ひとつ吐くと背を向けて腰を低くし、乗りやすいようにと配慮してくれた。
「ツバーシャちゃんの背中は広くて大きいのです!」
「しかし、鱗があるとは言え、滑りそうじゃのう」
「ほらほら。せっかく乗せてくれると言ってくれたんだし、ありがたく乗せてもらおう」
「ボクが、乗るの手伝ってあげるね」
パタパタが、ラビとシノを前足で抱えて、ツバーシャの翼の間に二人を乗せる。しかし、このままでは、シノの言うように問題が残る。
大きめの布をウエストポーチから取り出すと、細長くなるよう畳んだ。それをツバーシャ両翼に輪を掛けるようにくくって結ぶ。
背中に上下二本の帯が走り、上は掴まるために、下はちょっと広げれは、座るなり立つなりする足場になる。
「これなら落ちにくいだろう」
「楽チンなのです!」
「赤子を背負う紐みたいじゃのう」
ツバーシャから落ちそうになったらフォローする為に、俺は二人の背中に手を回し、上の帯を掴んだ。
飛竜になったツバーシャは迫力があるな。とても引きこもりにはみえない。いっそ、ずっとこっちの姿の方が良いんじゃあないだろうか。
でもないか。わずかに震えている。
「落ちないようにしっかり掴まるんだぞ」
「わぁにぬかりはないのじゃ」
「ラビは不安なので鎖を握っていて欲しいのです」
みんなツバーシャに乗ってしっかり掴まると、空の上へと飛び立った。
「うおおお! 速いし力強いな!」
風が絶え間なく顔を叩き続けて痛いぐらいだ。
「ご主人さまより速いのです!」
「地上は海では無いみたいじゃのう」
ふむ。白い大地は抜けたのか。
緑の平野が広がってる。しかし、この高さでも人の住む街がハッキリと確認できた。レンガ造りの建物が主体なのか街全体が赤みがかって見える。
更に奥には城まであり──。
おっと、これは大変よろしくない。
「ツバーシャ! 人の居なそうなところに降りてくれ! 面倒は避けたい!」
「ルガアアアアアア!」
飛竜であるツバーシャが人前に現れたらパニックになりそうだ。人類と飛竜の仲が良い何て事は、以前のツバーシャをみる限りないだろう。
俺の言葉を受けたツバーシャは、街から離れた森へ向かい、そのど真ん中に狙いを定め高度を下げた。
「ん? 森の中に降りるのか。確かに見られていても簡単にはたどり着けないからそれも良いかもしれないな」
「のう主さま。着地するのにこんなに勢いついていて大丈夫なものなのかのう?」
「言われてみれば少し、いや、だいぶ速度がありすぎる気がする」
何か忘れてないか? 思い出せ。それはとても重要な事だったはずだ。
俺は脳内で皆との思い出をひっくり返して、忘れ物を探す。
ぬんぬんぬん……。
『アイツね。着地が下手だから、城なしに突っ込んで血まみれになるんだよ』
あった。これだ!
「いかん、ツバーシャは優しく着地出来ないぞ! 振り落とされないようにきばるんだ!」
「なんじゃと!?」
「はわわわわ! 木に突っ込むのです!」
「二人とも口を閉じて。しゃべると舌噛むぞ!」
バキバキバキバキッ!
うおおおお!
おいおい、木々をなぎ倒して減速なんて無茶苦茶してくれる。自然破壊もはなはだしいな。森に道が出来ていくわ。
「や、やっと止まったのです。頭がぐるぐるなのです」
「うむ。次からはもう少し丁寧に着地して欲しいのじゃ……」
「フン!」
「ちょっと森を壊しちゃったけど、木材や薪にはちょうど良い。持ってかえって有効利用しようか」
ツバーシャはとても繊細だからね。ポジティブに行こう。実際、斧とかないから手間が省けたし。
「ふぅ。体がぼろぼろだから少し休むわ……」
「人の姿に戻ったのか。地上ではその方が良いな。って、袋被って穴に潜るんかい」
「帰るときになったら、声を掛けて……」
いつの間に穴を掘ったんだ。簡易シェルターを作って屋外でいつでも引きこもり。新しいな! まあそっとしておいて作業に取りかかろう。
「ふんぬぬぬ! むう。倒木は重すぎるぞ。と言うかウエストポーチや風呂敷に入らんな」
「入るものを持って帰れば良いかのう。薪が殆ど無くなっていたから、すぐ使えそうなのが良いのじゃ」
「ご主人さま! 実がなる木もあるのです!」
おやっ? そりゃあ、森だ木だといっても色々あるか。しかし、何だろこの木の実。梅の実より大きくて、緑色。
でもって、たっぷり実がついている。
「何だっけなあ。知ってる気がするんだが……」
「ふっふっふっ。ご主人さまラビはこの実が食べられるのを知っているのです!」
「おお! 分かるのかラビ」
ラビは、実をひとつ摘まむとビシッとそれを天に掲げた。
「これはクルミなのです!」
あー。そうだ。クルミだわ。食べるときは種の姿になっているから気が付かなかった。となれば、食いかたは分かる。
いっぱい拾っていこう。ついでに、折れた木を持ってかえって城なしに植えてしまおうか。
「良い収穫だったな。城なしがより豊かになる」
「ご主人さま。ラビはタマゴを見つけたのです!」
「おお! またママになれるな! 今日のラビは大活躍だ」
今度は何のタマゴだろうか。タマゴが孵ってからのお楽しみだな。
「増やして、とり肉食べ放題にするのじゃ」
「た、食べちゃダメなのです!」
「自分で育てると食えなくなるんだよなあ」
異世界で生きる。いや、前世の世界も同じか。ともかく、生きるのに甘いことを言っている自覚はあるけれど、甘くたって良いじゃないか。
必ずしも必要な事じゃあないし、いざとなったら、覚悟を決めれば良いさ。
「うーん。石も持って帰りたいんだけど、持てなかったな。往復はツバーシャに負担が掛かるし、森も削れてしまう」
「私が足で掴んで持っていくわ……」
「いや、大量にいるから、少し持っていったところで、焼け石に水なんだ」
「ふん、バカにしないで……」
そうは言ってもなあ。空を飛ぶのに重いものを持っていくのはまさに重石になるからなあ。
「ルガアアアアアア!」
何て考えたりしたんだけど、飛竜ナメてた。ツバーシャの体の二倍もありそうな大岩を掴んでみせるんだもん。
どうなってるのかね、君の握力は。いや、脚力か?
「フン!」
しかも、誇らしげだ。やっぱりツバーシャは自信満々の方が似合うし、気持ちが良いな。早く元気になっておくれ。
「って、おい! 高所から城なしにその岩落としちゃダメだよ!? それはもはや爆撃だから!」




